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悠久の白


 逢魔が時。

 燃えるような夕焼けが徐々に紫がかった闇に塗りつぶされていく中、あれほど賑わっていた往来も静かになり、ポツリポツリと人が歩いているだけになっていく。


 

「残念じゃのう。もうちと、遊んでいたかったのじゃが」



 本当に残念そうな声。

 それに、両手いっぱいに持ったお菓子や串物とは対照的なしょぼんと垂れた尻尾が可愛らしくて、ついつい笑えて来てしまう。



「ふふっ。よければ、また来ましょう」


「おおっ、そうじゃなっ!次は、月……いや、太陽が傾く前に来るのがよいじゃろうなっ!!」



 月明かりの中でしか碌に動けないと言っていたカグヤ様。

 最初外に出た時には歓声を上げ、グレン様の制止も力づくで押しのけてしまったほどだ。

 きっと、それほど心躍る光景だったのだろう。



「……はぁ。ようやく満足しましたか?じゃあ、早く戻りましょう。もう、とっくに戻るはずだった時間は過ぎてるんですぜ?」


「あ、申し訳ありません」


「いえ、奥方様は別に。俺が言ってるのは、そっちのちっこい暴れん坊の方なので」


 

 いつもより、低くなった声。

 感じる怒気に怯えつつも、器用に私とカグヤ様へ向けるものを切り分けているところに冷静さが垣間見えて、少しだけほっとする。



「む?儂か?」


「ええ、当然。今回は大目に見ますが、次からは強硬手段も覚悟しておいてください」



 まだ見たいと駄々をこねながら私達の通る道だけ異界化させた力。

 同じ場所を何度も行き来させようとするその透ける意図に、一触即発の空気を何とか宥めたのは確かに肝の冷える思いだった。


(…………でも、さすがに可哀想だったしなぁ)


 恐らく、グレン様が怒ってくれたのは、私の身の安全のためなんだろうとは薄々気づいている。

 でも、太陽の下を自由に歩くのは初めてだと、そう言われてしまうとさすがに弱くて、肩入れしてしまった。

 なんとなく、自分の境遇に近いものを感じたり……それに、灯様のことを重ねたりしたのが最大の理由だろうとは思っているけれど。



「じゃが――」


「奥方様は、貴方や俺ほど頑丈じゃない」


「……………………これほどの力を抱えておるのにか?」


「ええ。切られても、刺されても、普通に命に関わりますよ。毒とか、呪いには滅法強いんでしょうけどね」


「…………そうか。なら、うむ。仕方がないのう」


 

 カグヤ様はそう言うと、何故か上に伸ばした尻尾でこちらの頭を撫でるように動かしてくる。

 それほど、不憫な存在に見えてしまったのだろうか。


(でも……目線は下にあるのに、撫でられるって、なんか変な感じだな)


 嫌ではないのだが、違和感は拭えない。

 それこそ、首を傾けて見上げるほどに身長差があるのでなおさらだ。



「まぁ、あの女の呪いのせいで炭玲自身に作用する結界は張れぬが、その他なら関係はない。いざという時は儂が動いてやる」


「へぇ。そりゃ、頼もしい限りですね。ですが、やり過ぎにはご注意を。代わりに街一つなくなっちゃあ話にもなりません」


「なんじゃ、街の一つや二つくらい。百年もすれば、元に戻せるのじゃろう?」


「…………動くのは、本当にどうしようもない時だけにしてください。頼みますから」


「む……いろいろと注文の多いやつじゃ」

 


 温度感の違う二人が、それぞれにため息を吐いて話が終わる。

 しかし、お互い呆れたような顔なところを見るに、この先も同じようなことが繰り返されるのは想像に難くない。

 まぁ、物事の物差しが致命的に違うので、すり合わせるのは極めて難しいだろう。



「それじゃ、奥方様。そろそろ帰りますがよろしいですか?」


「あ……はいっ!よろしくお願いします」


 

 会話の外側でぼーっとそんなことを考えていた時。

 不意にかけられた声に慌てて返事をして、来た時と同じように籠の中に入る。

 そして、僅かな浮遊感とともに空に舞うと、そのすぐ後ろをカグヤ様がついてくるのが視界に入った。



「どうした?儂の顔をじっと見て」


「あ、いえ」


「なんじゃ?言うてみい」


 

 これほどの速さで動いているには、明瞭すぎるほど聞こえてくる会話は、グレン様が何かしらの術式を使ってくれているのだろうか。

 とはいえ、尋ねられてしまったのなら仕方がないと、少しだけ恥ずかしさを感じながらも、思っていたことを伝えることにする。



「じゃあ、その……なんていうか綺麗だなと思って」


「綺麗じゃと?」


「はい。なんだか、キラキラしてて、綺麗だなと。そう思ったんです」



 暗い闇に包まれる中、月明かりを反射して煌めくカグヤ様の体。 

 それは、太陽の光を浴びていた時以上に輝いていて、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。



「ほうほう。そうかそうか。褒められるのは悪い気はせんぞ」


「ふふっ。でも、そうやって笑ってるとまた印象が変わりますかね」


「そうかの?」


「はい。さっきまでのは、どこか近づき難い綺麗さって感じだったので」


 

 手の届かない美しさとでもいうのだろうか。

 研ぎ澄まされ、透き通った……どことなく畏怖のようなものすら感じさせる、そんな。



「ふむ。ヌシはどっちが好きなんじゃ?」


「え?難しいですけど…………そうですね。笑ってる方が、好きかもしれません。さっきまでみたいに、満面に笑っているのが、特に」



 陽だまりのような笑顔は、近づきづらさなんて微塵も無くて。

 それこそ、じゃれついてくるような気やすさがあった。


(…………もしかしたら、神様みたいな存在の方には、不相応な考えかもしれないけど)


 それでも、私はそっちがいい。

 見ているだけの関係より、近くで笑い合える関係の方が、ずっと。

 


「そうか……まぁ、これからはしばらく一緒じゃし、飽きるほど見せてやるかのう」


「ふふっ。ありがとうございます」


「うむ」



 上機嫌に放たれた声とともに、大げさに逸らされた小さな体。

 自慢げで、恩着せがましいその姿は、やっぱりどこか可笑しくて。

 私は、堪えきれずに笑うことしかできなかったのだった。









 

しばらく、体調不良で死んでました。

とりあえず、先週末から生き返り始めたので書いていきます。

時間が開いて申し訳ありません。

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