自由気ままな居候
鍵、そう呼ばれるものが私には使うことができないということが分かった後。
爽やかな笑顔をこちらに向けながら、グレン様が上の方を指さし帰ることを伝えてくる。
「じゃあ、戻りますか。ここで出来ることも、もう無さそうですし」
「申し訳ありません。せっかく、連れてきて貰ったのに」
「いえ、いいんですよ。顔合わせが一番の目的だったので」
そうは言ってくれるものの、どちらも同じくらいの意味を持っていたことは明白だ。
わざわざ時間をかけてくれたのに、という気持ちが拭えない。
「本当に、気にしないでください」
「……ありがとう、ございます」
「ははっ、まぁ、それでいいです。では、カグヤ様。俺達は、この辺で」
「うむ。筋肉はどうでもよいが、炭玲はまた遊びに来るんじゃぞ」
「ふふっ。はいっ!また、来ようと思います」
結局、最後の最後まで名前を呼ばれなかったグレン様が、あからさまな不満げな顔でジト目を向けているのが少し面白くて、思わず笑えて来てしまう。
きっと、彼の性格を考えると、私を元気づけようとしてわざとおどけた態度を取ってくれているのだろう。
ほんの少しの付き合いでも、それが何となく伝わってくる。
「…………ん?」「…………む?」「…………あれ?」
そして、来た時とは反対にゆっくりと上へと昇り始める私達の体。
そのまま、ただ巻き返しのような景色が続くのかと思っていた時、思わず上げてしまった疑問の声が、三つ重なり聞こえてくる。
「…………どうしたんです?もしかして、見送りのつもりですか?」
「いや?儂はなんもしとらんぞ。ヌシではないのか?」
何故か、別れの挨拶をし、その場に残ると思っていたカグヤ様も一緒に上へと向かっている。
一瞬、そういうものなのかと思いかけるも、私以外の二人が不思議そうな顔をしているところを見るに、そうではないのだろう。
「「………………………………」」
「ぇ?…………私ですかっ!?何もしてませんよっ!というか、そんなことできませんっ!」
やがて、しばらく考え込んだようだった二人が、どうしてか同時にこちらを見てくる。
一瞬、何のことだかわからずに呆けるも、完全に冤罪なので焦りながら身の潔白を証明するほかない。
「……カグヤ様」
「…………ふむ。つまり、儂も半分取り込まれたということかのう」
慌てふためく私と、逆に冷静になって話し合いを始める二人。
どうやら、もう既に結論は出始めているようで、知らぬ間に私が何かしてしまったのは事実であるようだった。
(え?なんで?本当に、何もしてないのに)
混乱する頭が、出てくる単語を必死でとらえようと動き、聞き耳を立てる。
「大丈夫なんですか、それ?」
「どうだかのう?じゃが、どうやっても一定の距離から離れることができん。完全にお手上げじゃ」
「………………夜以外に外に出て、平気なんで?」
「普通ならば、一月ももたん。普通ならば、な」
「……つまり、今は平気だということですか」
断片的な情報が集まり、状況が掴めてくると、灯様由来の呪いが何かしら作用しているのが朧気ながらもわかってくる。
しかし、これに関して言えば私にもどうにもできない。
そもそも、自分ですら今日初めてそんなものがこの身に宿っていると知ったのだ。
どうにかできるはずもなかった。
「儂が月明かりの中でしか動けんのは、呪いの力の濃い刻限でしかこの身を維持できぬからじゃ。逆に、あの女の力が際限なく流れ込んでくる今は、調子がよいくらいじゃろうて」
「…………吸い取られた力のせいで、奥方様が衰弱してしまうとかはないんでしょうね?」
「ははっ。呪いを力とするのは、儂らくらいじゃ。まぁ、全体からすれば微々たるものじゃし、調子がよくなるとまでは、言えんがのう」
「…………なるほど。一応、旦那には報告させて貰いますよ」
「それがよいな。儂の潔白もしっかり伝えておくのじゃぞ」
「はいはい、わかりましたよ」
そういった知識のない私が会話に入れぬまま、じっと聞き耳だけを立てていると、どうやら結論がついたらしい。
半分、やけになったような声で会話を終わらせたグレン様が、どっと疲れたような顔をこちらに向けてくる。
「……申し訳ありません。いつも、いつも」
「……いえ。奥方様は悪くないでしょう。だいたいのことは、周りが悪い」
損な役回りだと、そんな言葉にしない声が聞こえてくるような物言いだ。
特に、私自身がそう思っているわけではないが、グレン様の気持ちを思えば、黙って頷いてあげた方がいいのではと思わされてしまう。
(…………私は、半分自分のせいかもしれないけど。グレン様は、なんだか可哀想だな)
この強面で、一見近づき難い大きな体躯の御方は、その感じる印象よりもずっと優しくて、面倒見がいい。
それこそ、獰猛な笑顔よりも、苦笑いとか、呆れ顔、そういった方が似合うと感じてしまうほどに。
「……本当に、申し訳ありません」
「そんなに、謝らないでください。うちは、問題児ばかりで……これくらいは気にもなりませんよ」
上についたら起こしてくれと、そういって寝息を立て始めたカグヤ様。
私は、諦め顔で肩を竦めるグレン様に、同情と尊敬の念をこっそりと送り始めるのだった。
年末に仕事が振られまくったおかげで完全に死んでおりました(笑)
とりあえず、感覚も抜け落ちている部分があるかもしれませんが、ざっと描き上げました。
また、明日読み返して違うなと思ったら直すかもしれません。




