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人の子


「では、そろそろ始めるとするか。下らないことに付き合うのも疲れたしのう」


「それは…………いえ。もういいんで、始めてください」


 

 しばらくの言い合いの後。

 二人の目がこちらを向き、どうやら何かが始まるらしいと、私も笑っていた顔を引き締める。


(何を、するんだろう?)


 気づくと、遥か上にあったはずの青白い満月がすぐそばまで降りてきていて、驚く。

 そして、やがて複数に分かれたそれは、新月、三日月といろいろな形に変化した後、私の周りをゆっくりと回り始めた。



「…………む?」


「どうしました?」


「これは……なるほど」



 しかし、徐々に怪訝そうな顔をし始めたカグヤ様が、急に得心のいったような顔で頷くと再び景色は元に戻り、月がゆっくりと上へ上へと昇っていく。



「やめじゃ、やめ。恐らく、どれだけやっても無理じゃよ」


「……どうしてでしょう?いつものように、すぐに終わると思ってきたんですが」


「普通ならのう。じゃが、此度のこれは例外……儂ではどうにもならん」



 呆れたように笑うカグヤ様と、困惑を隠さないグレン様。

 事情はよくわからないが、何か問題が起きてしまったのだろうか。


(もしかして、私のせい?特に、何かしたわけじゃないと思うけど)

 

 忌み子だからだろうか。

 でも、もしそれだけが理由なのであれば連れてくるときにグレン様が気づいてくれる気もする。

 


「…………何か、あったんですか?」


「あっと、いや。奥方様が悪いわけじゃないんですがね。ちょっと、城に自由に出入りできるための鍵みたいなものを手に入れようとしたら、問題が発生したようで」



 もしかしたら、申し訳なさそうな顔をしてしまっていたのかもしれない。

 一瞬、しまったというような焦りを見せたグレン様が、少しだけ早い口調でこちらに声をかけてくる。



「そうじゃ。悪いのは、ヌシに纏わりついた呪い。どれだけ儂の力を注ごうとも、全て喰らい尽くしてきよる」


「…………もしかして、灯様の」


「うむ。ちと、手に追えん。まるで、生きているかの如き呪いが、守っておるのか、蝕んでおるのか、全てを呑み込み他を許さぬ」



 さらに呆れ顔を強くしたカグヤ様が、やれやれとでもいうように首を竦める。

 そして、今度は逆に理解の色を見せ始めたグレン様も、しばらく眉間にしわを寄せた後に苦笑し始める。



「ははっ。ほんと、規格外ですね。まぁ、無理なものは仕方ないでしょう」


「……申し訳ありません」


「いや、奥方様はちっとも悪くありませんよ。それに、考えてみればそれほど問題もない気がするので」


「………………その鍵みたいなものがなくても、困らないんですか?」



 普通なら、それがなければ困るはずだ。

 でも、それほど気にした風でないところをみるに、別の解決方法があるのだろうか。

 


「俺が近くにいれば、特に。それか、侍大将か旦那ですね」


「そうなんですか……って、あれ?でも、他の方はどうしてるんですか?」


「他は、ちょっと入り方が限られてるんです。攻める側からしたら面倒なことこの上ないでしょうけどね」



 そのまま、知識のない私にもわかるように噛み砕いて教えてくれるグレン様。

 そのおかげで、何となくだが理解が追い付いていく。

 




 カグヤ様の力は切り取るということに特化したもの。

 その領域化とも呼ばれるそれで、お城の全体が包まれているらしい。

 

 そして、そこを出入りするために必要な鍵――カグヤ様曰く、一種の呪いの類であるそれは大きく二つに分かれており、一の丸、二の丸……と城郭毎に限られた鍵と、全てを出入りできるものがあるようだった。

 




「各門には、門番と呼ばれる鍵を付与された兵が交代で詰めることになってます。つまり、旦那が信頼を置く数十人、それ以外は自由に城郭の境界を越えられないんですよ」


「なるほど。そんな力も、世の中にはあるんですか」


「この方のは規格外です。普通は、そんなことできませんから」


「ふっふっふ。どうじゃ、すごいじゃろう?」



 その言葉とともに、しばらく自慢気に頷くだけだったカグヤ様が、ついに自分の番かとでもいうようにグレン様を押しのけながら体を割り込ませてくる。

 体格差的にはとても動くようには思えないのだが、若干痛そうにしているところを見るに、見た目に似合わない膂力がその小さな体にはあるのだろう。



「すごいです」


「はっはっはっは。そうじゃろう、そうじゃろう」



 羽のように広がる白い尻尾が、その上機嫌さを表すかのように大きく揺れ動く。

 その光景に、すごいとは思いつつもなんだか可愛らしさの方を強く感じて、思わず頭を撫でてしまいそうになってしまった。



「あ、申し訳ありません」


 

 謝罪の言葉を言いながら、思わず寸前まで近づけていた手を引っ込める。

 しかし、相手は気にした素振りは全く見せず、何故だか不思議そうな目をこちらに向けていた。



「なんじゃ、触りたいのか?別にヌシならよいぞ。触れても死ぬことはないだろうしの」


「えっ!?死んじゃうこともあるんですか!?」


「人の子にとって、儂の力は異質過ぎるのじゃ。いや、ヌシらが怪異と呼ぶものは大抵そうかの。混ざり合えずに反発し、それが強すぎれば毒ともなろう」



 怪異。

 その言葉に、そういえばそうだったと思い返す。

 あまりにも自然に会話をしていたので、つい忘れてしまっていた。


(……もしかして、それほど怖いものじゃないのかな?)

 

 そして、ふと。

 朧気ながら抱いていた未知のものへの恐怖が、勘違いなのではないかと思わせられる。

 もしかしたら、ただ皆が怖いと言っていただけで、本当はそうではないのかもと。



「…………奥方様。一つだけ、伝えておきたいことが」


「え、あ、はい」


「この方のような魔物――怪異は、本当に一握りです。ほとんどは凶暴で、人と相容れることは決してありえません」


「っ!…………わかりました」



 ふと、放たれた鋭い雰囲気に、呑まれる。

 その瞳には、怒りや、悲しみ、そういったものが感じられたから、余計に。

 

(……そっか。そうだよね。人にもいろんな人がいるくらいだもん)

 

 安直な考えに至ろうとしていた事が、少し恥ずかしい。

 そして、それを察して正しい方向へと促してくれたグレン様に改めて感謝する。

 きっと、優しいこの人は私のことを案じて、わざと強く伝えてくれたのだと、それがわかったから。



「……いつも、ありがとうございます」


「……………………ははっ。ほんと、調子の狂う方ですね」



 お互いの目線が合わさり、どちらともなく、ふっと笑いが漏れていく。

 恐らくそれは、僅かとはいえ重ねた時のおかげ。

 相手を理解し始めたからこそ感じるものなのだと思える。



「なんじゃ、二人で見つめ合って。ヌシらもつがいなのか?」


「……はぁ。相変わらず、空気を読まない方ですよね」


「そんなことは知らん。人の子の決まりを勝手に押しつけるでないわ」


「ふふっ。申し訳ありません」


「うむ。ヌシは、筋肉とは違って素直でよいやつじゃのう」



 その言葉に、そのやり取りに、またもや漏れ出ていく自分の笑い声。

 でも、同じような光景は、やっぱり少し前までとは変わっていて。


(……うん。カグヤ様も、いい人だ)


 私はまた一つ、温かい光を見つけられたのだと、強く感じた。







 





 

色々盛り込んだ設定を、自然に説明させようと思うとなかなか難しいですね。

無理やりいれようとすると唐突な説明者が現れてしまって、不自然になる。

また、ちょいちょい世界設定は入れていきたいなとは思っていますが、今後も上手く伝えられなかったらごめんなさい。


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