太陽は誰の上に
しばし城下町を楽しんだ後。
グレン様の後に続いて、細く暗い路地を奥へ奥へと進んでいくと、やがて見覚えのある寂れた祠が目の前に現れた。
「あれ?……もしかして、これって」
「ええ。奥方様と一緒に行ったとこと同じやつですね」
そして、その言葉を聞きながらさらに進んでいくと、案の定というべきか、同じように景色が切り替わり、別の場所に移動してしまう。
(…………どうなってるんだろ、これ?)
目の前には淡い光を放つ湖が一面に広がっている。
さらには、頭の上がいつの間にか夜空に変わっていて、青白い満月が宙に浮かんでいた。
(でも、痛みとかは無いみたい)
きっと、毒や呪い、そういった害になるものはないのだろう。
それこそ、どれだけ弱い効力のものも、集中すれば何かしら感じ取れるはずのこの体に何も反応はないようだった。
「……本当に、不思議な場所ですね。こういった場所は、他にもたくさんあるんですか?」
実家にいた時は、二度。
灯様に奉公をしに行った時と、焔様の出迎えに行った時。
それくらいしか敷地の外には出られなかったので、もしかしたら私が知らないだけでこれが普通なのだろうかと思い、問いかける。
「ははっ。こんなのがたくさんあったら困りますよ。領民がどんどんと神隠しに会っちまう」
「あ、確かに。それはあるかもしれないですね」
「まぁ、この南雲の領地にあるもの――というか、ここくらいにしかないんですが。それは、だいたいこれから会うやつの仕業です。普通は特定の条件を満たさないと入れもしないんですけどね」
「え?なら、私が入れたのはどうしてなんでしょうか?」
「……恐らくですが、奥方様の体には幻覚とかそういった類の物が効きづらいからでしょう」
「なるほど。つまり、忌み子ゆえにってことなんですね」
「…………いえ、それにしても異常ですよ。明らかに俺の知ってるのとはものが違う」
「そうなんですか?なら、それはきっと灯様と過ごした日々のおかげでしょうね。本当に、私は幸せ者です」
その点だけを考えるならば、やっぱりこの体は便利だなと改めて思う。
恐らくそれには、灯様にお出しするものを探すとき、片っ端から食べて確かめていたのも関係しているのだろう。
あの頃は、今より言葉も拙かったし、考え方も幼稚だった。
本当に、がむしゃらに、野生児のように走り回って、なんとかお役に立とうと頑張っていたから。
(……少しは、大人になれたと思うけど)
いろいろな事を知り、いろいろな考え方をできるようになり、昔よりは成長できたのではないかと思っている。
それこそ、灯様と一緒にいた時は、日々広がっていく世界が嬉しくて、毎日のように笑っていた気がする。
それまで感じていなかった希望。この人はそれを私にくれる人なのだと安心すらも感じて。
(…………きっと、幸せは贅沢なんだ)
でも、それもいいことばかりではないのを愚かな私が知ったのは、灯様が死んですぐの頃だった。
失った居場所、失った大切な人。
以前なら気づかなかった苦しみに、私は気づいてしまった。
得たものを失うということが、それを理解できてしまうということが、どれほど辛いのかということに。
(……………………それでも、私は後悔してない)
ふとした拍子に現れる灯様と過ごした証に、引き裂かれそうな寂しさを感じることは未だにある。
でも、同時にそれは私が貰った温もりを思い出させてくれる。
今も、私の役に立って、時には守ってくれているように、包み込むような温もりを。
「それは………………………………いえ。そうかも、しれませんね」
「ふふっ。そんな顔をしないでください。私は、今も幸せなんですから」
「……なら、いいんですがね」
「はい。だから、いつもありがとうございます。私が幸せを感じられているのは、グレン様や、翠嵐様。それに、焔様のおかげなので」
「……………………ったく。相変わらず、慎ましい方ですよ、ほんと」
慎ましいなんて、とんでもない。
穢れたこの身に、これほどの奇跡が与えられたことには、感謝しかないのだ。
そこに、どれだけツラい過去が横たわっているとしても。
たとえ、それがグレン様や他の人から見て不幸にしか感じられなかったとしても。
それでも、私は今、幸せだと、胸を張って言い切れる。
これほど贅沢なことがあるのかと、そう思ってしまうほどに。
かつて、灯様は言っていた。
幸せを決めるのは自分だと。自分以外の何者でもないと。
『私が不幸?そんな下らないことで、ずっと悩んでいたの?』
ちょうど、焔様が訪れてすぐの頃だろうか。
多くの人に傅かれ、明るい太陽に照らされた大地を力強く踏みしめる姿を見て気づいたのだ。
焔様とは反対に灯様の周りには、見すぼらしい私と座敷牢のようなお屋敷くらいしかないと。
同じ南雲の血統、恵まれた才能を持っているのに、そんなガラクタしか持っていないのだと。
『…………本当に、貴方って子は。まぁ、いいわ。この際だから言っておきましょうか』
元気にふるまっていたつもりだったが、それは主にはお見通しだったのだろう。
言っていいのかと迷いながらも、伝えた悩みに、灯様は呆れた笑いを見せると、私を慰めるようにしてその心の内を語ってくれた。
『生まれた時から、全てがつまらなかった。何もかもが、無価値で、どうでもよかった』
本当に、何でも出来る方なのだ。
昔一度見たと、見てなくてもたぶんこうだと、そう言ってされることは全てが正しくて、完璧だった。
お体さえ呪いに蝕まれていなければと、何度も悔し涙を私が流すほどに。
『でも、貴方が私の生に色を付けてくれた。下らない世界を照らしてくれた』
けれど、それが逆に主にとっては退屈だったのだろう。
最初から全てがわかってしまって、驚きなんて微塵もない。
それこそ、灯様は私がする突拍子もないことや失敗を何よりも楽しそうに笑っていたから。
『有象無象のことなんて、放っておきなさい。私の幸せは、私が決める…………いいえ。他の誰にも決めさせはしない。たとえそれが、神を名乗る愚か者であったとしても』
時折見せる傲慢さにも似た強さに、どうしようもなく憧れた。
そこに、私を気遣う優しさがあるからこそ、余計に。
『どう?気は晴れたかしら。なら、忘れなさい。貴方の時間を、そんな無駄なことに使う必要もないのだから』
気高く、強い主。その姿は昔からずっと私の誇りで、目標だ。
もしなれるのなら、お淑やかで、甘えるような、男性が好む姿よりも、灯様や翠嵐様のように私はなりたい。
いや、なれないのだとしても、少しでも近づきたいと、そう思っている。
(…………灯様。私は、ちゃんと。自分の幸せを、自分で決めていますよ)
だから、私はその想いを大事にしたい。
それに、あまりはっきりと言うのは苦手だけど、幸せなら幸せだと、嬉しいなら嬉しいと、ちゃんと周りに伝わるようにしていきたいと思う。
できることなら、周りも笑顔で。
私に気を遣わずに、幸せになって欲しいと、そう願っているから。
うーん。最初はこんなはずじゃなかったんですけどね。
炭玲の回想を入れていくと、そこに文量がいって話がどうしても進みません。
しかし、あまり入れないと内面が分からず薄っぺらさにも繋がってしまうので、難しいところです。




