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城下町


 朝食が終わり、出立の準備を整えた後。

 私はまたもや籠の中に入れられ空を舞っていた。



「すごいですね」


「ええ。俺も、この城に来てすぐ、そう思いましたよ」



 幾層にも及ぶ巨大なお堀。

 その間にある曲輪くるわと呼ばれるらしい場所の外周には、立派な瓦屋根と黒塗りの壁、それに見上げるような高さの石垣が存在感を放っていた。



「どうです?やっぱり上から見たほうが楽しいでしょう?」


「……はい。こんなに、広かったなんて、知りもしなかったので」



 それに、お城の敷地の中に家を構えている人達もいるのだろう。

 立派なお屋敷がいくつも建っていて、そこで寛いでいる人の姿も見えた。


(…………グレン様には申し訳ないけど、これ、結構好きだなぁ)


 会わせたい相手がお城の外にいるらしく、移動手段を決める際にはひと悶着あった。

 相応しき形でと立派な馬車やお輿を提案する翠嵐様と、片っ苦しいのは御免だというグレン様。

 結局私が大仰なのが苦手というのもあり納得はして貰ったものの、いつかは慣れないといけないことなのかもしれない。



「まぁ、奥方様のいるところはほんとに端の端ですしねぇ。というか、あそこだけ後で作られたんでしょう。ちょっと、作りが特殊過ぎる」


「そうなんでしょうか?私が来た時には、もうああだったんですけど」



 確かに、こうやって初めて全体を見てみると、少し変な位置にあるなとは思う。

 というより、関係のない場所を無理やり囲い込んで足したようにも見えた。


(…………灯様は、静かでいいと言っていたけど)


 近くには人なんておらず、広がっているのは自然のみ。

 聞くところによると、その小さな山一つ囲んだ広大な場所には、四方に立てられた櫓以外は建物すらも存在しないらしかった。



「……ちなみにですが、昔はずっとあそこに?」


「えと、はい。灯様がお亡くなりになるまでは。特に、不自由もなかったので」


「…………飯とか、他の事はどうしてたんです?本当に二人しか住んでなかったんでしょう?」


「最初は、灯様が。私がいろいろと出来るようになってからは、それも無くなりましたけど」


 

 あのお屋敷は、元々そこだけで全てが完結できるような造りになっていて、こじんまりとしながらもお風呂や炊事場、それに糸を織り込む道具さえも、その全部がちゃんと設けられていた。

 それこそ、灯様が元気な頃はいろいろと教えてもらえたし、そうでなくても、灯様が少し力を使えば私がいなくても回っていくようなものだったのだ。

 

(でも……あれってどうなってたんだろ?あんなに便利なのに、他の人が使ってるところは見たことが無いし)


 人の形に整えられた青白い炎とでもいうのだろうか。

 使うほどに咳き込んでいる様子が増えていたので、私にやらせて欲しいと必死に頼み込んだけど。



「あの、ただの好奇心なんですけど」


「なんです?」


「家事を手伝ってくれる術式とかって、あるんですか?」


「家事?そりゃ、火を起こすとか、氷で冷たくするとか、風で刻むとか、そういうことですかい?」


「あ、いえ。勝手にいろいろとやってくれる……お手伝いさんみたいな」


「…………ちょっと違いやすが、無いこともないです。岩とか、泥とかで作る人形。まぁ、西方じゃゴーレム、こっちじゃ……岩石兵やら泥人形やら色々呼び名があるみたいですけど」


「なるほど。そういう名前なんですか」


「でも、正しく操り人形なんで、繊細な動きをさせようとすれば一つを動かすのが関の山でしょうね。それに、視界とか感覚器官が繋げるわけでもないので、そこまで便利なものでもないんですよ」



 操り人形。その言葉に、少々首を傾げるも、自分は知識がほとんどないのでそういうものなのだと納得する。


(……お辞儀とかもしてくれてた気もするけど。灯様のお茶目な冗談だったのかな?)

 

 たくさんのそれが、まるで本当に生きているように動き回っていたので、昔はちょっと怖かったくらいだ。

 無害なことを知ってからはこちらもお辞儀を返していたけれど、もしかしたらそれを見て灯様は笑っていたのかもしれない。



「そうなんですね。ありがとうございます」


「いえ、また知りたいことがあったら聞いてください。とりあえず、今は行きましょうか」


「はい」



 そんなことを話しつつ、やがて大きな城門を飛び越えると、遠目にもわかるほどの活況さがある町並がだんだんと見えてきた。



「とりあえず、ここらへんで降ろしましょうか。どうせなら、直接見たほうがいい」


「いいんですか?でも、さすがに、この格好じゃ…………」



 翠嵐様が用意してくれた着物は、歩きやすいように足元が短くなっているものの、さすがにここに馴染むには立派過ぎる。

 それに、私自身も忌み子特有の髪を隠すものは持ってきていない。

 恐らく、混乱を招いてしまうだろう。



「大丈夫です。そこらへんは、俺達が別の姿に見えるように操作しときますんで」


「え?そんなこともできるんですか?」


「けっこー便利なんですよ、これ。あ、そう言えば……このことは侍大将には内緒でお願いしやす。真っすぐ行くと伝えてあるんで」


「ふふっ。大丈夫です。絶対に言いません」


「さすがは、奥方様。あの石頭とは違いますねぇ」



 その言葉に、思わず笑えてきてしまう。

 変な場所に連れていかれないにしても、翠嵐様の性格を思えば、それが視界に映っただけでも怒り出すことは間違いない。

 ある意味では、純粋な――潔癖な部分のある方だから。


(…………私は、別にいいと思うけどな)


 色街など潰してしまえばいいとさえ言う翠嵐様とは違って、個人的にはそれは仕方がないことだと理解している。

 人は、皆が皆綺麗に生きているわけではない。 

 それこそ、弱い人は、余計に。


(もし、この幼い体が嫌だと言われたら、我慢するしかないもの)


 あの焔様が、そう言ったことに興味があるのかは知らないけれど、他の女性の方に欲を抱くというのならそれも道理だ。

 私だったら、この肉付きの良くない体に、そんなことを求めることはしないから。



「…………でも、すごい人の数ですよね。びっくりしました」


「これほど賑わってる城下町は、そうそうないですよ。そもそも、ここだって数年前までは焼け野原に近かったので」


「そうなんですか?」


「ええ……先代との間で起きた大戦おおいくさ。これは、それが終わった後の旦那の努力の賜物なんです」



 綺麗に区画され、一直線に並んだ軒先と、その近くを流れる水路。

 そこかしこから聞こえてくる人を誘い込む声に、笑顔で走り回る子ども達。

 実家にいた時を含め、ちゃんと城下町に訪れるのは初めてではあったが、もしこれが焔様だからできたものだとするならば、それはとても素敵なことだと思う。


(……みんな、笑顔。それに、本当に色々な人がいる)


 選ばれた民だけが住まうことのできる区画というわけでもないのだろう。

 清潔ながらも、作業をする格好らしき人達も大勢いる。

 中には、グレン様のように肌の色が違う人もいて、楽しそうな輪の中に自然に溶け込んでいた。



「……………………焔様は、神様みたいに何でもできるんですね」


「ははっ。まぁ、それくらいじゃなきゃ俺達みたいなのは扱いきれませんよ」


「そう、ですか」



 直接は言わないながらも、その言葉の端々に尊敬の念が込められているのがはっきりと感じ取れる。

 それに、きっとそれは、グレン様だけに限らず、誰もが思っていることなのだろう。

 

(………………本当に、すごい方)


 軽装の兵士が門前に立つ詰所らしき建物。

 掲げられた家紋の刻まれた旗に、通り過ぎる人たちの悉くが会釈をしているのが印象に残る。

 そこに浮かんでいる表情に恐怖の色がないことから、この領地の人達が焔様のことをどう思ってるのかがなんとなくわかった。



「ほら、あそこの串物屋、とっても美味いんです。ちょっと寄っていきましょうか」


「あ、はい」


 

 そして、そんなことを考えている時にかけられた声。

 ぼーっとした頭でそちらを見ると、今にも涎を垂らしそうな顔があって、いろんなことがモヤモヤとした思いも含めて吹き飛んでいってしまった。

 


「…………いつも、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。奥方様関連のものは、勘定方が大盤振る舞いしてくれるのでせいぜいたからせて貰いますよ」


「あははっ。グレン様らしいですね」


「奥方様は、肩に力入れ過ぎなんです。もっと気楽に、テキトーにいきましょう」


「ふふっ。はいっ!」



 心の奥底に抱いていた、外は怖いという感情や、嫉妬混じりの劣等感は、きっといつか大丈夫になる。

 私は、そんな確信にも似た期待とともに、今日一番の元気な言葉を返した。

 

 





城の構造とかにはあまり詳しくないので、拙い所があってもご容赦下さい。

もし、こうだよとか知っているものがあれば、逆に教えてもらえると助かります。(根本はファンタジー世界なので、私の勉強程度で入れ込めないかもしれませんが)

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