相応しき者
翌日。
嬉々とした翠嵐様に着せ替え人形のように着物を割り当てられた後。
ようやくといっていいほどの時間をかけてお屋敷を出ると、そこには待っていたらしいグレン様が驚いたような顔をこちらに向けていた。
「あ、申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、お気に――」
「謝罪は不要。主人を待つのは、当然のことです」
「あー、まぁ、それでいいです………………でも、侍大将。これだけは言わせて貰ってもいいですかね?」
「なんだ?某は、今炭玲様と話をするので忙しいのだが」
「…………似合ってますよ、それ」
「っ!うるさいっ!!」
「ははっ。すいません」
翠嵐様の着物姿も見てみたいと、ダメもとで頼んでみたところ、長い苦悩の末に動きやすいものであればと頷いて貰うことができた。
似合わないと何度も何度も、愚痴をこぼしていたものの、グレン様は穏やかな笑みとともにそれを後押ししてくれたらしい。
「ふふっ。ですよね?私も、そう言ったんですけど」
「炭玲様っ!騙されてはいけませぬ。こやつは、ただ揶揄いたいだけです」
真っ赤な顔でそういう姿はとても可愛らしい。
それに、やっぱり何度見ても綺麗だなと、そう思ってしまう。
(……まるで、絵を見ているみたい)
凛としたその立ち振る舞いは、他の誰にも真似することは敵わないだろう。
恐らく、もう少し髪を伸ばしていけば、もう誰も文句は言えないに違いない。
「純粋な、誉め言葉なんですがねぇ」
「うるさいうるさい!少し、黙っておれ」
「あははっ。相変わらず、息が合っているんですね」
「「それは違います」」
「あはははっ。ごめんなさい」
これで息が合っていないのなら、なんだというのか。
相変わらず、何とも言えない相性の良さを感じさせる二人が、とても面白くて、私はしばらくの間笑いを止めることができなかった。
◆◆◆◆◆
昨日の三食を経て、少しだけ見慣れてきた奥御殿。
それでも、すれ違う人たちに頭を下げられるのはどうにもなれなくて、思わず頭を下げ返してしまう。
「ははっ。ずっとそんなんじゃ、相手が恐縮しちまいますよ?」
「申し訳ありません。ただ、まだ慣れなくて」
「まぁ、仕方ありますまい。炭玲様は、昔からそう育てられてきたわけでもないようですので、ゆっくりと馴染ませていきましょう」
そう慰められ、少しだけ申し訳なさが薄まる。
やはり、体に刷り込まれた動きは、使用人側のものでしか無くて、すぐに変えることは難しそうだと何となく思っていたのだ。
それに、自分がやっていた経験から、相手のしていることの有難さが理解できるからこそ、心情的にもそうしなければという気持ちもあった。
(………………でも、仕事を邪魔をしてしまうなら、そうしちゃダメなんだよね?)
本音を言うのなら、立ち止まって一人一人に素直に感謝を述べていきたい。
私がただ着替えをしている時も働いていて、それこそ、日の昇る前から働いている人も大勢いるはずだから。
「…………どうされました?浮かない顔をされていますが」
「あ、いえ。本当に、皆さんに良くしてもらっているなって思っただけです」
「…………………………される側というのは、落ち着きませぬか?」
「は、はは。そう、ですね。私は、焔様のように何かをしているわけではないので」
頭がいいわけでも、力があるわけでもない私は、この立場に見合ったことをできるわけではない。
貴族には、貴族たる重責があるからこそ、その恵まれた生があるはずなのだ。
ならば、何も出来ない私がそれを得ていいのだろうかと、思ってしまう。
「…………御屋形様の様子を見るに、炭玲様はそこにいるだけで責を果たしていると、某は思いますが」
「それは、とても嬉しいです。でも、私も何かしたいんです。焔様や翠嵐様、それにグレン様、そんな素敵な方たちと一緒にいていいと、思えるように」
もしかしたら、お飾りのように座っていることが、一番いいのかもしれない。
でも、もしも……そう、奇跡的にでも何か役に立てることがあるのなら、それをしたい。
たとえそれがどれだけ大変で、誰もが嫌がるようなものであったとしても。
(…………うん。やっぱり、できることを探しに行こう)
もちろん。
焔様が許してくれるのなら、だけど。
「しかし……………………いえ。某に何か手伝えることがあれば、何なりと」
「ありがとうございます」
「はぁ。奥方様は、もうちっとサボってもいいと思うんですがね」
「……そもそも、術式を使えない私は、貴族として失格なんです。これ以上怠惰を重ねるわけにいきませんから」
「…………………貴方で失格なら、他にどうしようもないのがいくらでもいるでしょうに」
「え?何か言いましたか?」
「いえ、なにも」
何か言っていたような気がしたが、答える気がなさそうなグレン様の様子に、もう一度問い返すのを諦める。
この方の性格からすれば、伝えるべきことはちゃんと伝えてくれると、そう思えるのもあるし。
「じゃあ、行きますかね。旦那が首を長くしちまいますよ」
「あ、そうですね。急ぎましょう」
そして、私は足早に動き始めた。
南雲の主。冷たいようで、温かい、その人の待っている場所に少しでも早く行けるように。




