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序章



「………………申し訳、ございません」



 地面に頭をつけてから、謝罪の言葉を言い始めてから、どれだけの時間が立ったのだろうか。

 ふと視線を向けると、自分の体温に地面が温められてしまったのか、蚯蚓みみずが顔を出し、鼻の先にぶつかってこようとしているのが見える。


(…………ごめんね、邪魔して。終わったら、すぐ退くから)


 昔、色々な失敗を繰り返しながら薬草栽培を始めてしばらく、彼らがとても働き者であることに気づかされた。

 それこそ、今こんな無駄な時間を過ごしている私達より、遥かに意味のある時間を過ごしていることだろう。

 



「本当に、使えないわね。何度言ったら分かるの?」

 

「………………申し訳、ございません」


 

 こちらこそ、何度言ったら飽きるのか、と言いたいくらいだ。

 そもそも、日ごとに、それも本人の内の中で勝手に変わるやり方に、どう合わせればよいというのだろうか。

 言い返すと余計に長引くのは明らかなので、そんなことはとても言うつもりはないけれど。


(…………また、女中頭にでも怒られたのかな?)


 昔からこの家に仕えているはずの、女中。

 その人が、後で入った若い者達にも追い抜かれ続け、たらい回しにされるように雑用を押し付けられているのはなんとなくわかっていた。


 それこそ、比較的温厚な方であるはずの女中頭が、耐えかねて怒鳴り声をあげるほどだ。

 恐らく、私に言っているこの言葉も、本人が浴びせられてきたものなんだろうと推察せざるにはいられない。



「はぁ……もういい。悪いと思うなら、後はあんたの方でやっておいてね」


「……かしこまりました」



 ようやく、とため息を吐きそうになる気持ちを抑えて返事をする。

 また、同じことを繰り返されてはたまらない。

 まだまだ、やらなければいけないことは大量に積まれてしまっているのだ。


(薪割りして、馬屋を掃除して、お風呂を沸かして…………急がないと、ちょっと危ないかも)


 相手が去ると同時に足を崩し、痺れたそれを戻しながら段取りを組み立てていく。

 太陽の傾き具合を見るに、時間的な余裕はあまりないだろう。

 恐らく、また何か無駄な時間を過ごしてしまえば、鞭で打たれるのは免れない。



「……火凛かりん様に、出くわさなければいいけど」



 瓜二つの顔を持つ妹の名を、半分怯えながら口ずさむ。

 苛烈な性格に加え、頭も回るその人の攻めは、先ほどの女中なんて比べるのも烏滸がましい。

 それこそ、目を合わせるだけでも刻まれた恐怖に体が震えてしまうほどだ。


(…………顔に水をつけることも、高いところに登ることも、できなくなった)


 無い無い尽くしの者からでも、奪えるものがあるというのを教えてくれのは彼女だ。

 本当に怖いのは、美しく自分を彩れるような人であるということも。

 その知識が、この先役に立つことはないと思うけれど。


 

「うん……よしっ、足は戻った。なら、まずは近いところから」


 

 考えるほどに気持ちは沈み、体は動かなくなってしまう。

 ならばと無理やり出した元気に、お腹が代償を求めるように鳴り始めるのが聞こえてくる。  



「全部終わるまで、我慢して。今日は、ちゃんと食べられるから」



 殺す気はないが、別に死んでも構わないとばかりに与えられる蠅のたかったゴミに等しい食事。

 忌み子として唯一の取柄である痛みや毒、病に呪い、そういったものに異常なほどに耐性のあるこの体でなければ、恐らくとうの昔に死んでいただろう。


 でも、今はそれ以外にも食べられるものがあることを知っているし、自分で手に入れられるだけの力もある。

 昔、本家でかつての主様――あかり様のために学んだおかげで。



「ふふっ。今日は、ウサギのお肉よ。嬉しいでしょ?」



 喋りかける相手は、返してくれる相手は、もういない。

 私は、その寂しさを誤魔化すように独り言を言うと、駆け足気味に馬屋の方へと向かっていった。


 

 

  

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