不夜城【グレン視点】
朝のような騒がしい夕食に続き、自由気ままな侍大将とのやり取りに疲れ果てた後。
天守の屋根に寝転んで一人酒盛りをしていると、未だ灯りの漏れるその部屋の存在に気づき近づいて行く。
「旦那…………まだ、起きてたんですかい?」
夜警の者達のみが起きているような遅い時間だというのに、未だ主は政務を行っていたらしい。
山のように積まれた書簡を次々と切り崩す姿が、そこにあった。
「……ああ」
驚かせられたら儲けもんだと気配を極限まで消してはみたものの、やはり気取られていたのだろう。
一瞥もせず、ただそうとだけ口にすると、また次の書簡が手元に広げられた。
「ははっ。『ああ』、だけってのはちょっと愛想がなさ過ぎるんじゃないですかね?」
説明も一切ない端的な言葉は、ある意味らしいと苦笑してしまう。
それこそ、あまり勝手を知らない若い衆がカチコチに緊張してしまうのは、この一見冷たく感じる部分が大いに関係しているはずだ。
まぁ、どれほど危機的な状況でも冷静沈着を貫いてきた人なので、これはこれで部下が動揺しないという意味では、相応しいのかもしれない。
「……………………炭玲はどうした?」
「侍大将が攫っていきましたよ。夜はどうやら、あっちで警護されるそうで」
手を出しかねんだのなんだのと、ありもしない疑惑をかけてくる侍大将に言い返す俺と、それを見て楽しそうに笑う奥方様。
結局、もっと侍大将と仲良くなりたいと奥方様が恥ずかし気に言った瞬間に結論は出てしまい、瓦の一部が壊れるほどの全力の速さで連れ去られてしまった。
「……ほう。思ったよりも、関係が深まるのが早いようだ」
驚きはありつつも、想定内だという顔に、改めてさすがだなと思わせられる。
過度な慎ましさと傍若無人な強引さ、ある意味正反対にも思えるような二人がこうなることをどうやら主は少なからず予想していたらしい。
個人的には、思い込んだら一直線の侍大将がなぜあれほど容易く考えを翻したのか、まだいまいち掴み切れていなかったのだが。
(…………演技ができる性格ではないからなぁ)
確かに、奥方様に主が入れ込む理由も朧気ながら理解はできてきた。
しかし、それは丸一日近い距離で接したことで初めてわかってきたことで、とてもではないが一瞬の邂逅でわかるようなものではない。
「こうなることがわかってたんですかい?」
「…………いずれはな」
「さすがですね。ちなみに、そう思った理由を聞いても?」
「……炭玲を迎え入れることを伝えてすぐ。翠嵐は、あの屋敷への立ち入り許可を求めに来た。恐らく、実家から付いてきた臣下達に情報を集めさせていたのだろう」
「つまり……生活の跡を見ただけで、人となりがある程度わかったと?」
「ああ……西園寺は諜報の一族。それに加えて才覚も申し分ない。本人すら説明できぬその直感が、今回も働いているのだろう」
「じゃあそれだけ、琴線に触れるものがそこにあったってことですかね?」
まるで、未来予知にも似た変態的な予測を立てる指揮官であることは知っていた。
そしてそれが、理屈ではなく、本能的なものであることも。
しかし、それが痕跡、しかも十年以上前のものから辿れると聞かされると今更ながら呆れてしまう。
「…………ふっ……まぁ、一番の理由は忠義という点か」
「……あー、なるほど。そりゃ、あの人が好きそうなことだ」
「裏切りを繰り返して勢力を拡大してきた西園寺で忠義を叫び出奔するような者だ。小さき存在を好む趣向もあって、尚更強くそれが響いたのだろうよ」
「ははっ。そういわれると、なんか納得ですねぇ。ある意味、好みを全部突っ込んだようなものだ」
何よりも忠義を、そして何よりも弱き者を守ろうという想いの強い人だ。
確かに、そうであるならば奥方様はピッタリの存在だろう。
それこそ、あまりにも健気過ぎて、つい手を貸したくなってしまう。
迷惑をかけないようにと、全部自分でやってしまおうとするから、余計に。
「ああ。故に元より心配はしていない。落ち着いたら、いずれ良好な関係は築けるだろうと、そう思っていた」
「はははっ。それも愛ってやつですかい?」
「…………ここが居場所だと、そう思って欲しいのだ。先代の時とはいえ、一度裏切るような真似をしたということもあるしな」
呟くように放たれたその言葉には、どれほどの想いが込められているのだろうか。
部屋を照らしていたロウソクの火が風も吹いていないのに強く揺れ、心の内が荒ぶっていることを教えてくれる。
「まぁ、先代はクソ野郎でしたからねぇ。力だけはあるから余計に面倒でしたし」
「ふっ……そうだな」
「あっ!そういや、姉君様とも昔は仲が悪かったんでしょう?奥方様に聞きましたが」
「…………仲が悪い、か。ふむ。そうなるのかもしれんな」
「ん?なんか、歯切れの悪い言い方ですね」
事実であればそうはっきりと言い切るはずなのに、どこか曖昧な言い方で不思議に思う。
もしかしたら、絶縁状態というのは何かわけがあるものだったのだろうか。
「何というべきか悩むところでな。ある意味俺は、先代以上に灯の方を危険視していたくらいだ。力ではなく、その人となりにな」
「は?…………そりゃ、どうして。お優しい方だったのでしょう?」
確かに、人嫌いだとは奥方様も言っていた。
しかし、人となりに警戒するというのは穏やかじゃない。
それこそ、先代のことは個人的にはかなり下の方に置いているので、それ以上となると面倒の一言ではとても済まないだろう。
「………………炭玲のおかげで、灯も変わったということだ」
「…………ちなみに、変わる前は?」
「間違いなくお前の嫌いな部類だろうな」
「……………………………はぁ。俺の貴族嫌いが加速しそうなんで、止めときます。死人を悪く言うつもりはないので」
「そうしろ。それに、最期の方はまるで別人だった。炭玲ほどではないが、俺も悪口を言われるのは好かん」
「…………そりゃ、よかった。奥方様に見る目がないのかと疑うところでしたよ」
本人曰く、主もだいぶ昔から変わったということなので、本当にこの家は混沌としていたのだろう。
というより、俺の嫌いな貴族詰め合わせみたいな先代に、それ以上に問題児だったらしい姉君様。
とてもではないが、どれだけよく言っても仲のいい家族になるとは思えない。
「まぁ、聞きたいことはありますが、今日は寝ます。旦那も、あまり無理をなさらないよう」
「ああ、ゆっくり休め。報告は明日以降でよい」
「そりゃどうも。では」
本当は報告まで済ましてしまうつもりだったが、別の話題で思った以上に時間をかけてしまったうえ、語り尽くすには時間が悪すぎる。
俺は、有難い言葉に感謝しながら部屋を出ると、欠伸をしながら寝所へと足を向けた。
読んでいる方がいるかいまいちわかりませんが、もしお暇な方がいればご意見・感想等いただけると助かります。
どこどこがつまらない、こうした方がいいなど、具体的であれば強い言葉でも大歓迎です。
ちなみに、この作品は元々ハイファンタジーを作ろうとして転換したものなので、本題の恋愛要素からは逸れがちですが申し訳ありません。




