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墓標

 

 籠のような物に入れられたまま背負われ、自分であれば半日以上かかる道のりを、あっという間に踏破していく。



「大丈夫ですかい?なんなら、速度を抑えますが」


「…………いえ、大丈夫です。目的地も、もう、すぐなので」


「……わかりました。何かあれば、すぐに言ってください」


 

 高いところが苦手になってしまったということもあり、浅くなる呼吸。

 でも、ゆっくりしていれば日も落ちてしまうし、さすがにそこまで付き合わせるのは申し訳なかった。


(……ただでさえ、楽させてもらってるんだもの。少しくらいは、我慢しないと)


 木々の間を舞うように、切り立った崖を平地のようにどんどんと進んでいく。

 私の知っている術式とはまた違うような気がして聞いてみると、どうやらグレン様のそれは非常に特殊で、直接目にした他の術式をある程度使えるというものであるらしかった。



「…………翠嵐様は、もっとお速いのですね」


「ええ。これで、だいたい半分のそのまた半分くらいですかね?」


「そんなに違うのですか?」


「はははっ。俺の知ってる中じゃ、ダントツの速さです。しかも、まだ最上位のものは見たことないんで、もしかしたらそれより上かもしれません」


「…………これ以上なんて、想像もつきません」


「頭に立つ方が化け物じみてますからねー。そりゃあ、似たようなのが集まりますよ」


「…………なるほど。ほんと、すごいなぁ」



 どうりで、私が目で追えないわけだ。

 それこそ、このほとんど全身すっぽり入ってしまえる頑丈そうな籠の中でも風の音が響いてくるくらいなので、今でもかなりの速度が出ているはずなのに。


(……ほとんど揺れないのは、気を遣ってくれてるんだろうな)


 でも、その速さに釣り合わない快適さは、きっとグレン様の優しさのおかげだろう。

 普通に走っても揺れるのだ。これほど動き回ってそうならないはずはなく、だからこそ、それがどうしてか理解できる。



「……それと、お気遣いありがとうございます」


「………………気にしないでください。ちなみに、聞いていた一本杉が遠目に見えてきましたが、あそこで降ろせばいいので?」


「……はい。そこが目的地です」



 そして、そのまましばらく揺られていると、やがてそれが収まり、恐らく一刻もたっていない程度の時間で、目的地に到着してしまった。


(……本当に、あっという間)


 ここに来たのは、二度あったが、どちらも一日仕事だった。

 私の足で来る間に、何度往復で来てしまうのだろうと、改めて感心させられてしまう。



「すごいですね。グレン様がいて下さって、本当に助かりました」

 

「気にしないでください…………というか、本気で、ここまで自分で登ってくる気だったんですかい?」


「はい。ここに、灯様のお墓を作ったので」


「はぁ……なんでまた、こんな不便なところに。さすがに、事情があるんですよね?」



 南雲のお屋敷から見える範囲で一番高い場所。

 そのてっぺんにある一本杉までの道は確かに険しく、理由がなければ来ることはない。

 しかし、それでも、灯様がもしお屋敷の外に出られたらと、時間があればたくさんの場所を巡って、連れていきたい場所を見繕っていた。



「…………………………一番、太陽が近い場所に、連れてきたかったんです。せめて、亡くなった後くらいは好きなものが見える場所にと思って」



 太陽と、お花と、私。それだけでいいと、よく言っていた灯様。

 だからこそ、私の描いた落書きのような太陽ではなく、本物にできる限り近い場所を探して、ここにたどり着いた。


(まぁ、結局……生きている間は外出の許可はでなかったけど)


 前当主様との間の取り決めだと、そう言っていたので何か理由があったのだろう。

 力があるのだから逃げて欲しいと、自由に生きて欲しいと、どれだけ頼んでも優しく微笑むばかりだったから。



「…………なるほど。健気なもんですねぇ、ほんとに」


「…………私が欲しかったものを、全部くれた方なので。出来る限りの恩返しがしたいんです」


 

 もっと卑屈で、もっと無価値だった私に、何もかもを注いでくれた。

 言葉も、知恵も、温もりも、愛も……本当に、何もかもを。

 だから私は、その恩を少しでも返したい。

 一生かけても返せないことがわかっているからこそ、余計に。



「奥方様が、そこまで言う人ですか……一度、会って見たかったもんです」


「ふふっ。どうでしょう?慣れるまでは気難しい人なので、もしかしたら合わないかもしれないですね」


「そうなんですかい?俺はてっきり、聖女みたいなお優しい人なんだと思ってやしたが」


「それくらいお優しい人ですよ?でも、同時に人嫌いなところもあるんです。焔様とも最初は絶縁状態だったみたいですし」



 それこそ、複雑な家庭環境ということもあり、話したことさえないと言っていた。

 いつの間にか関係が深まって、最後の方は贈り物もしあうような良好なものになっていたけれど。


(確か、夜中に訪問しに来たと言っていた後くらいからかな?)


 焔様が発した灯様への侮辱交じりの発言に私が噛みつき、お互いの過失をもって手打ちにしたと聞かされた時は土下座して謝ったなぁと、懐かしく思う。

 

(………………取引したとも、言ってたけど)


 そもそも、立場の違いを考えれば相殺などとてもできないはずなので、分の悪い取引になったことは想像に難くない。

 あまり物を持たない主が何をという疑問はありながらも、申し訳なさ過ぎて聞くことすらできなかった。



「は?…………旦那とですか?そんなこと、ちっとも言ってませんでしたが」


「どうなんですかね?私も、灯様に聞いただけなので、本当の所はよく知らなくて」


「………………相変わらず、この家族は複雑怪奇ですね。旦那は、先代とも殺り合ってますし」


「きっと、高貴な生まれ故の悩みもあるんでしょう」


「はぁ、やだやだ。これだから貴族ってもんは。一発殴って終わりでいいと思うんですがね、俺は」


「あははっ。グレン様は確かにそんな感じがしますね」

 


 カラッとした性格のこの人が言うと、本当に様になっている。

 それに、私も生まれは一応貴族の家ではあるものの、その意見には激しく同意だ。


(もっと、世界が単純なら良かったのに)


 そんな日はこないことはわかりつつも、そう願わずにはいられない。

 だって、もしそうだったなら、灯様と私だって、もう少しくらいは幸せな生活を得られたんじゃないかと、そう思ってしまったから。





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