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献花


 朝食の後、灯様のお屋敷で動きやすい服装に着替えてしばらく。

 もしここに戻ってこれたら最初にしようと、そう思っていたことに取り掛かる。



「…………本当に大丈夫なんですか、ここ?危ない目に合わせるなという主命なんですがね」


「大丈夫です。昔はよく通っていましたし……むしろ、外で待っていて貰ってもよかったんですよ?」


「いや、さすがにそれは………」


「そうですか?でも、辛くなったら気にせず戻ってくださいね」



 お屋敷のすぐ近くにある深い森にひっそりと佇む寂れた祠。

 そこを目指して真っ直ぐ進んでいくと、どうしてか、景色が切り替わり洞窟のようなところに移動してしまう。

 最初遭遇してしまった時は、喉や目が少しだけ痛くて驚いたものの、慣れてしまえばどうということもない。

 というより、ここでしか見たことのない植物達は灯様の体を安らげるのにとても効果があって、重宝したのだ。



「…………これでも昔は神に仕えてた身でしてね。こういったことは、得意なんですよ」


「え?そうだったんですか?」


「意外でしょう?まぁ、片っ苦しいのは苦手で逃げちまいましたが」



 力のない私にもわかるほどに、周りの淀んだ空気が浄化されていくのが伝わってくる。

 やっぱり、便利なものだなぁ、と少し羨ましく感じてしまうほどだ。



「術式……グレン様のは、魔術でしたっけ?私には使えないので、羨ましいです」


「いやいや、奥方様の体の方が俺には驚きですよ。慌てて術を張りましたが、無くても平気だったんですよね?」


「はい。これくらいなら、なんとも」


「これくらいって……並の術者なら即死ですよ。こんなの」


「へ?……そっ、そうだったんですかっ!?ご、ごめんなさいっ!」


「そこまで気にしなくても…………いや、やっぱ、俺以外の時は気にしてもらっていいですかね?さすがに、人死は勘弁です」


「本当にごめんなさい……もっと、考えてから動くようにします」



 灯様以外とはほとんど関りがなく、それを基準にずっと判断してきたので、即死と聞かされて青ざめる。

 もし、これがグレン様でなくて……と考えたら、人を殺していたようなものだ。

 ちょっとでも、痛いなと感じたことのある場所や、植物、それらに近づくときには気をつけようと心に誓う。



「ははっ、次からでいいんですよ。終わっちまったもんは仕方ないですから」

 

「……ありがとう、ございます」


「それで?ここに来たのは、どうしてなんです?」


「あっ、それは、もうすぐ……ほら、あれを取りに来たんです」



 洞窟の半ばあたり、そこには湖とも言えるような場所が広がっている。

 そして、その中央。

 浮島のようになったところにだけ綺麗なお花――灯様が一番好きだったお花が燦然と輝くように咲いているのが見えた。


(…………よかった。まだ、ちゃんとあった)

 

 年中咲いているので、さすがに枯れていることはないと思ってはいたが、無駄足にならなくてほっとする。

 それこそ、グレン様をここまで歩かせて、何もありませんでしたでは申し訳ない。



「………………あれは……まさか…………グレシェ……レーベン?」


「え?そういう名前なんですか?」


「あ、いや、俺も直接見るのは初めて……というか、奥方様は、あれが何か知らなかったので?」


「はい。いろんな本を読んでも、それっぽいのは書いてなくて」



 渦を巻いたような透明な花弁。

 それは自ら光を放っているようで、暗いところに持ち込んでも淡く輝く。

 最期まで、あのお屋敷を出ることを許されなかった灯様の、その太陽すらもあまり差し込まない薄暗い部屋の中でも、ちゃんと。

 だから、私はもっと喜ぶ顔が見たくて、出来る限り知ろうとした。

 欠片も、手掛かりは見つけられなくて無駄に終わってしまってけれど。



「………………そうですか。でも、まぁ、それも仕方がないでしょう。もしあれが、俺の知っている花と同じなら」


「じゃあ、珍しいお花なんですね」


「…………珍しいなんてもんじゃないですよ?それこそ、西方では実在するか議論もされていたくらいで、聖書並に古い書物にしか載ってないんです」 


「えっ!?じゃあ、もう持っていっちゃいけないってことですか!?そんな……せっかく灯様のお墓に備えようと思ってたのに」



 代々の南雲家が祀られるはずのお墓には入ることの出来なかった灯様。

 そもそも、前のご当主様に灰すら残らないほどにご遺体が燃やされてしまったこともあり、私が勝手に作ったそこが本当はそんな風に呼んでいい場所ではないのは知っている。

 でも……それでも、何か残さずにはいられなかったし、戻ってこれたのならば、そこをまた手入れしておきたかった。



「あ、いや、そういうことじゃなくてですね」


「えーと?……少しなら持って行ってもいいってことですか?」


「そりゃ、もちろん。というか、奥方様が誰かに喋らなきゃ、あれはもう、貴方だけのものです」


「なら、あんまり言わないようにします。さすがに、全部抜かれちゃったら、困っちゃうので」



 当然、花束にしようなんて思ってはいない。

 ちんまりとした――作った者でなければ分からないようなそこに見合う程度……それこそ一輪だけでいい。

 きっと、そっちの方が、あまり物に囲まれることを好まなかった灯様も喜んでくれるだろうから。



「…………ちなみに、本当かどうかはわかりませんが、長寿の薬になるって噂もありましてね。一輪売るだけでも、数代遊んで暮らせると思いますよ」


「はぇ……そ、そんなに価値がつくものなんですか!?ただのお花ですよ!?」

 

「価値ってものは、人が選ぶものなんでしょう。誰かが欲しがれば、ガラクタだって宝になる」


「…………………………………………確かに、そうかもしれませんね」



 そう言われて、確かにと納得する。

 誰かの宝物は、誰にでもそうであるとは限らない。

 それこそ、私にとって大事なものの価値は、私以外にはつけられないだろう。



「どうします?もし、捌きたいっておっしゃるなら、昔の伝手を紹介しますが」


「…………焔様は、そちらの方が喜ぶでしょうか?」


「え?旦那ですか?あの人は……まぁ、どっちでもいいんじゃないんですかね。金なら、腐るほどあるでしょうし」


「…………なら、このまま。灯様の好きだったものを、出来る限り、残しておきたいので」


「……そう、ですか。わかりました。俺も、誰にも言わずにおきますよ」


「グレン様は持って行かなくていいんですか?多少残しておいてくれれば、私は、それでも」


 

 勿体ねぇと、そう苦笑しながら肩を諫めるグレン様。

 もしかしたら、私の言葉のせいで持って行きにくくなったのかもしれないと、そう声をかける。



「………………正直なところ。もし、奥方様が旦那に隠してひと財産をって言い出していたら、こっそりちょろまかしに来ていたでしょうね」


「え?別に、そうじゃなくても、持っていけば……」


「ははっ。やめてください。それ以上言われたら、俺の意地汚さが際立っちまう」



 少しだけ疑問に思う。

 そもそも私は、お金というものに縁がなかったからこそ、そう判断しているだけだ。

 それに、価値を人が選ぶというなら、グレン様が違う価値をつけても私が文句を言う筋合いは無いと思っていた。

 

(別に……私が育てているわけじゃないしね)


 勝手に咲いていたものを見つけた。

 ただそれだけのものを全部私のものだと言うことはできない。

 もしそうならば、南雲の敷地にあるものを勝手に採っていた私も、怒られてしまうだろう。



「不思議そうな顔ですね」


「あ、別に言いたいことがあるわけじゃないんです」


「わかってますよ。しかし、なるほど……こういうところですか」


「え?何がですか?」


「なに、旦那の気持ちも少しは理解できたなぁと、そう思っただけです」


「あの、それは、どういう」


「さぁ?なんでしょうね」


「え、あの……え?」



 疑問に疑問が返され混乱する私。 

 しかし何故か、彼はその様子を見ても答えは言わず、ただ楽しそうに笑い出すだけだった。









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