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優しい人達


 食事の後、政務に戻られる焔様を見送ると、私も灯様のお屋敷へと帰ることにした。

 


「奥方様……何かありましたら、すぐに某の名をお叫びください。足の速さには自信がありますゆえ」


「あ、はは。そんなに心配してもらわなくても大丈夫ですよ。ほら、グレン様もついておられますし」


 

 このやり取りは既に何度目だろうか。

 手を握ってまでかけてくれるそれはとても有難くはあるものの、少々心配が過ぎるように感じてしまう。



「…………グレン殿の無礼については、記録を取って置いて頂ければ後で報いを受けさせます。どうか、しばしのご辛抱を」


「……あー、そりゃ、俺のいないところで言ってくれませんかね?聞こえてるんですが」


「聞こえるように言っておるのだ。素行の悪い其方そなたにな」

 

「はぁ、人のこと言えた義理じゃないでしょうに」


「なに?某のどこが素行が悪いと?」


「…………素行が悪いとはちょいと違いますがね。行動がぶっ飛び過ぎなんですよ」

 

「なんだと、失礼な」

 


 相変わらず、仲が悪いというのか、仲がいいというのか、よくわからない二人だと思う。

 しかし、放っておくとこのままずっと、ということもあり得かねないので、さすがに話を切り上げることにした方が良さそうだった。



「今は、そこらへんで。ほら、私、これから行きたいところがあるんです」


「…………申し訳ありません。私も、夕刻からなら体が空くのですが」


「い、いえっ!ほんと、気にしないでください」


「そうですか?」


「はい…………それに、翠嵐様に心配して貰えて、嬉しかったです」



 強さと、気品。

 それらを兼ね備えたその姿は、私にとっての理想だ。

 若干、恥ずかしさはあるものの、それだけ気にしてくれていることが本当に嬉しかった。

 それこそ、これほど心配して貰ったのは、かつて灯様に仕えていた頃以来な気がする。 



「くっ……なんと、あり難きお言葉。それに、なんと可愛らしいことか」


「えっ?ちょっ、あ――」


「小さくて、よい。とてもよい」

 


 大きな手があっという間に近づくと、その身長差もあって息もできないほどに抱え込まれる。

 何とか抜け出そうともがくも、足すらも大地から離されてしまい、徐々に頭が朦朧とし始めた。


(…………ああ。灯様、ついに、私も)


 そして、とうとう限界を迎え、意識を手放しかけたその時。

 鈍い音が上の方から聞こえてきて再び私の肺は空気を取り込むことができるようになった。



「相変わらず、かてぇ。ほんと、どんな体してんだ」


「……何故頭を殴った?理由次第では首を刎ねるぞ?」


「いやいや、それはこっちの台詞ですよ。奥方様を殺す気ですか?」


「何を…………あっ」


「げほっ、ごほっ……はぁ、はぁ、はぁ」



 ようやく回り始める頭。

 一瞬、剣呑な雰囲気を漂わせていた翠嵐様が、荒い呼吸を繰り返す私を見て、黒いと言ったほうがいいくらいに顔を青ざめさせていくのが視界の端に映る。



「も、もっ、申し訳ございません。つ、つい」


「……はぁ……はぁ……い、え……気に、しないで……ください」


「いえ、そういうわけには――」  


「っ……これは、心からの、お願いです。本当に、気に、しないで」


「は、はぁ。そこまで言われるのでしたら」 



 あれ、この光景って。

 そう思うと同時に、考えるより先に相手の動きを止める。

 

(……また、腕を、なんて言われたら困っちゃうもんね)

 

 よくやったとでもいうようにグレン様は親指を立てているし、なんとなく私も彼女の人となりが理解できてきたということなのだろう。

 それこそ、なんとか手綱を握ろうとするならば、あまり慣れないものの、それなりに真っ直ぐ言葉をぶつける他ないようだった。

 

 

「………………ほら、侍大将殿もそろそろ頃合いでしょう?」


「いや、しかし」


「また、同じことを繰り返す気ですかい?」


「くっ…………そうだな。では、奥方様。私はこれで」 


「はい。お勤め、頑張ってください」


「はっ!それでは」

 

 

 そして、掻き消えるようにしていなくなるその姿に、まるで嵐が過ぎ去った後のようにも感じて苦笑してしまった。



「安心しました。どうやら、奥方様は旦那とは違ってこちら側のようだ」


「……あは、はは。いつも、こんな感じなんですか?」



 さも嬉しそうな顔でそう言ってくるところに、普段の苦労が窺えた。

 確かに、焔様は器が広いというのか、並大抵のことでは動じない風に思える。

 それに、今日の食事の時もそうだったし、翠嵐様の行動をあまり抑えるということもするつもりはないようだった。

  


「…………まぁ、あそこまでは珍しいですけどね。きっと、奥方様に懐いたんでしょうよ」


「ふふっ、懐いたって。獣じゃないんですから」


「俺にとっちゃ、獣みたいなもんです。いや?立ち振る舞いだけは無駄に品があるんで、番犬みたいなもんですかね?」


「あははっ。そんなこと言ってたら、また喧嘩になっちゃいますよ?」



 この、まさに歴戦の猛者と呼べるような風貌の強面のお方は、それに似合わず相当に付き合いやすい性格なのだろう。

 男性、しかも、強面のということもあって恐怖を感じていたはずなのに、こんな短期間でそれがほとんどなくなって今では言葉がスルスルと出ていってしまう。

 きっと、あえてそうなるよう気遣ってくれているというのもあるのだろうけど。


(面倒見も、すごくいいみたい)


 なんやかんやと、翠嵐様の突拍子のない行動に付き合ってきたのだろう。

 口ではあれほど文句を言っていたとしても。



「………………グレン様は、とても素敵な方ですよね」


「は?…………ちょ、ちょっと待った」


「え?……あの、もしかして、何か、お気に触ることでも?」 

 


 ただ、思ったことを言っただけなのに、どうしてか焦った様子で止められ、驚く。

 そして、何かまたいけないことをしてしまったのだろうかと、恐る恐る尋ねると、相手は何とも言えない顔をしてため息を吐いた後、頭をかきながら苦笑した。



「はぁ……どうやら、奥方様は人の調子を狂わすのが得意なようだ」


「あの、それは、どういう……」


「さっきの言葉。旦那と侍大将殿の前では絶対に言っちゃダメですぜ?最悪、俺が誑かしたと殺されちまいますよ」


「へ?……………………………………えっ、あっ、そのっ!そういう意味で言ったんじゃなくて。ただ、私は」



 焦りから、何を言うべきかまとめられず、しどろもどろに言葉を重ねるだけの私に向かって、それを制するように大きな手が差し出される。 



「わかってますって。まぁ、こんな俺にそんな言葉をかける女性はほぼいないですから。念には念を、疑われる様なことは避けたいだけです」


「…………そうなんですか?それほどお優しいのに」


「ははっ。まぁ、血の匂いのする男は一夜限りの相手くらいが丁度いいんですよ」


「…………そんなこと……いえ、申し訳ありません。私が、口を出していい事ではないですよね」



 本人がどう思っているかは、わからない。

 でも、もしも、温もりを求めているのに……ずっと選ばれないのは、ずっと一人であり続けるのは、どれだけ辛いことか。


 痛いほどに分かっているからこそ、余計に何かを言いたくなってしまう。

 それこそ、この人は私と違って誇るべきところをたくさん持っているはずなのに。

 なら、どうしてと、そんなのおかしいと、そう思ってしまったから。


(…………私から見れば、こんなに素敵な人なんて、そうはいないのに)


 こんな自分を見てくれる、大事にしてくれる。焔様のいないところでも、優しくしてくれる。

 それが、とても贅沢なことだというのは私の中だけの真実なのだろうか。

 


「…………奥方様こそ、優しい方です。きっと、旦那が惚れたのはそういうところなんでしょう」


「そんな、私なんて――」


「旦那も言ってたでしょ?卑下するなって。だからそれは、無しにしましょうや」


「………………ありがとう、ございます」


「ははっ。では、そろそろ行きますか。このままじゃ、日が暮れちまいます」


「……はい」



 卑下するな。

 それは言葉にすれば簡単で、私にとっては何より難しいことだ。


 でも、それをしなくても生きていけるならそうなりたい。

 そして、それはきっとここで出来ないようなら、どこに行ってもできないことなのだと思う。


(……………………私は、頑張るって決めた。なら、少しずつでも、前へ進もう)


 俯いていたら、顔を見ることさえできない。

 だったら、頑張ろう。

 優しさをくれるその人たちの顔をしっかりこの目に映せるように。

  










ジャンルは恋愛なんでそちらをやりたいんですが、ついつい他の登場人物を書きたくなります。

もし期待している方がいらっしゃったら申し訳ありません。

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