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不死人:グレン・ガーハルド

 

 不思議な掛け合いの後、静かに続けられる食事。

 その合間にポツリポツリと続けられる会話に、気の利いたことは一つも返せず、ずっと緊張しっぱなしだった。



「また、三日後に遣いを送る。それまでは、好きにしててよい」


「は、はい。寛大なご配慮ありがたく思います」


「…………やはり、その言葉遣いは好かんな」


「あ……も、申し訳ありませんっ!できる限り早く、相応しい言葉遣いを身に付けますので」



 花嫁に必要なものの一つとして教え込まれたとはいえ、所詮は付け焼刃だ。

 一応は、灯様の元でも習ってはいたが、それも遠い昔。

 本家の貴き御方にとっては、見苦しいものだったのだろうと、反省する。

 

(…………やっぱり、今のままじゃ、ダメ。頑張らなきゃ)

 

 さすがに、今のままでというのにも限度があるのだろう。

 せめて、最低限くらいは身に付けなければどこかで見限られてしまうかもと、食事の膳を避けるようにして深く頭を下げる。



「…………いや、そうではないのだが」



 しかし、それに返ってきた言葉からは、どこか困惑したような様子が感じ取れて不思議に思う。 

 もしかして、何かまだ足りなかったのだろうか。


(…………貴族特有の暗喩?それとも、そういった文脈を読む文化があるのかな?)


 灯様も、お屋敷の外に出たことはないと言っていたから知らなかったのかも。

 そう考えをめぐらしてみるも、やはりそれ以上のことに自分で気が付くことは出来なかった。



「申し訳――」


「あっはっはっは。こりゃあ、おもしれぇ」



 そして、再び頭を下げ、恥を承知でその真意を聞こうとしたその時。

 突然響いた笑い声に驚き、そちらを向く。



「…………グレン殿?お二人の会話に水を差すとは、死にたいのか?」


「は?うおっ……いやいや、そんなつもりじゃないですって。ほら、奥方様が怯えてますよ」


「む……これは、申し訳ございません。某にそのようなつもりは、全く」


「へ?い、いえ。私は、ぜんぜん気にしてないので」

 


 いつの間に二人とも刀を抜いたのだろうか。

 何もかも理解できないまま、弾けた甲高い音に腰を抜かしていると、翠嵐様がこちらの体に手を添え助け起こしてくれる。

 

(…………というより、やっぱり、見えなかった)


 それほど距離が離れているわけではない。

 でも、先ほどまで、グレン様と刃を交えていたはずのその人が、今は私の横に寄り添っている。

 瞬きする間に移り変わる位置に、いつも私だけが置いてけぼりにされてしまっていた。



「グレン………………先ほど笑ったのは何故だ?何がおかしい?」


「ははっ。だって、旦那が困ってる顔なんて、そうそう見れたもんじゃないでしょうよ」


「……そんな顔をしていたか?」


「気づいてなかったんですかい?そりゃ、もう……ふっ、ははっ。思い出しただけで笑えてくるくらいだ」


 

 どこか怒っているようにも見える焔様は、その実そうではないのだろう。

 あまりにも砕けた会話。

 傍から見ていると恐れ多いほどのそれに、お互いの関係性がはっきりと感じられる。


 

「旦那は言葉が足りなすぎるんですよ。どうやら、女性への関わり方だけは不得手だったようだ」


「ほう。グレン殿は、それほどご高説をできるほどの男なのか?某には、微塵も感じ取れぬが」


「…………侍大将殿がお望みなら、これからはそっちの扱いをしますけど?」


「死んでも御免だ。虫唾が走る」


「……じゃあ、少しだけ静かにしていて貰えませんかね?これは、お二人のためでもあるんです」


「………………………………いいだろう。だが、わかっているな?」


「へいへい。まぁ、大人しく見ててくださいよ。折衝なら、俺のが得意でしょう?」


「ふん。そのようなつまらぬことは、好かん」


「どうりで副将殿がいつも胃をさすっているわけだ…………いや、まぁ、今はこっちか」



 グレン様は、そう言ってため息を吐いた後。  

 肩を諫めながら、まるで困ったものだとでもいうように私と焔様の方に視線を向けてくる。



「つまりですよ?旦那は、奥方様ともっと仲良くなりたいってことなんですよ」


「……え、あ、はい。なので、私も頑張りたいと思ってます」


「ははっ、そりゃ、真面目が過ぎます。だから、言葉遣いも硬いんでしょうね」


「でも――」


「言いたいことはわかりますよ。確かに、奥方様はこの家に恥ずかしくない振舞いを身に着けるべきなのかもしれません」


「そう、ですよね」



 それはそうだ。

 今の状態では、とても私じゃその立場に見合わない。

 それこそ、振舞いだけを見れば、翠嵐様がそうだと言われた方が私自身納得がいく。

 目に見えない気品。それが致命的なほどに、私にはない。



「そんなに落ち込まないでください。俺が言いたいのは、それも時と場合によるってことです」


「……時と場合、ですか?」


「ええ。だから、せめて屋敷の中くらいでは楽にしててください。旦那もそれを望んでる……ですよね?」


「………………………………その通りだ」



 そうは言えど、ピクリとも動かない表情。

 本当に、そうしていいんだろうかと、若干不安に思ってしまう。



「くっ……あはははっ。奥方様はまだわからないかもしれませんが、これは寂しそうな顔ですよ」


「えっ……さすがに、それは」



 冗談というやつだろうか。

 慣れないそれに、どういった反応が正解なのかわからず、困惑する私。



「わかりづらいでしょう?だけど、大丈夫です。いつか、わかりますよ。真面目過ぎる……それこそ、人の気持ちを考えすぎる、貴方様なら」



 しかし、その男くさい顔に浮かべられた表情は子どものようで、それでいて、どこか包み込むような、そんなもので、不思議なほどに心が安らいでいく。


(…………そっか。灯様と、私も)

 

 実家ではありなかった気安さ。

 それはどこか、昔を思わせる懐かしいもので……だからこそ、頭にストンと落ちた。



「………………………ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ。しばらくは、退屈しなくて済みそうです」


「ふふっ。なんですか、それ」


「まぁ、旦那が嬉しそうで何より。そういうことですよ」



 何も気負わぬその軽口に、凝り固まっていた心がどんどんとほぐれていく。

 

(……やっぱりここは、温かい)


 そして、私は自然と浮かび始める笑顔をそのままに、こちらの様子を黙って見守っていた焔様の方に向き直る。



「…………三日後、楽しみです」


「そうだな…………今度は、人気の甘味でも用意させておこう」


「…………ありがとう、ございます」


「気にするな。お前の笑顔が見れるならば、安いものだ」


「っ!」 

 


 ピンと背筋を伸ばしながらお茶を啜っている翠嵐様と声を押し殺しているグレン様。

 そして、その中心には、顔が真っ赤になっているだろう自分と、微笑んでいる焔様。


(…………は、恥ずかしい)


 私は、その生暖かいような視線に取り囲まれる中、ただただ顔を手で覆うことしかできないのだった。


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