その糸を、繋ぎ合わせて
固まり続け、しばしの時が流れた頃。
やがて、おもむろに動き始めた翠嵐様とグレン様が箸に手を付け食べ始める。
「…………旦那はこういうお人だ。早く慣れたほうがいい」
「然り。とりあえず、食べましょう」
「………………あ、えと…………はい」
先ほどまで言い争っていたのが嘘のような、息の合ったその様子に混乱するも、言われた通りに食べ始める。
(……あれ?)
考えがまとまらず、味すらも感じることができない。
それこそ、ただ体に教え込まれたことを再現している、そんな風に体が動いているだけだ。
(…………あれ?)
好き。その言葉の意味はなんだったろうか。
そう考えるも答えは煙にまかれたように曖昧で掴み取ることができなかった。
というより、あり得ない脈絡で出てきたそれに、頭の理解が追い付かないていない。
(………………あれあれ?)
焔様は、何を、好きだと言った?
不可解なほどにぽっかりと空いた記憶を、手繰り寄せるようにして思い出していくと、やはり信じられない言葉がそこには転がっている。
『俺の好きな、今のまま』
もしかして、私はまだ寝ているのだろうか。
それとも、まさか耳まで悪くなってしまったのだろうか。
(……………………好き?私を?………………誰が?…………焔様が?)
しかし、頬をつねっても、耳を確かめるように何度も手のひらで叩いても、異常は無くて。
余計にそのせいで、記憶がはっきりと、鮮明になっていく。
そして、その言葉が頭全体に染み渡るようにして広がっていき、とうとう理解をし始めた時。
全身の血が沸騰したのかと思うほどの衝撃が体に走った。
「え?…………えーーーーーーっ!?」
「「っ!?」」
つんざくような声が出ていき、焔様以外が飛びあがるのが視界の端に映る。
しかし、当の焔様は、若干眉をしかめる程度で、相変わらずの落ち着いた様子を保ち続けていた。
「ぐぁ……耳が、いてぇ…………急に、どうしたんですかい?」
「どっ、どうなされました!?もしや、毒の類ですかっ!?」
より近い位置にいたグレン様は面倒そうに、一方、翠嵐様はどうしてか気づくと目の前に立っていて口の中に手を入れてこようとしていた。
「あっ、申し訳ありませんっ!それと、毒でもありませんからっ!」
「む……では、何が」
「いや、だってっ!えっ?好きって、今…………え?え?」
なんとか、嫌われてはいないみたいくらいの気持ちだったのだ。
確かに、どうして私なんかが花嫁に選ばれたんだろうというくらいは思っていた。
でも、それが好きだと、そう言われても突然過ぎてついていけない。
(えっ、いやっ、ほんとに?、どうして?ほとんど、面識もないはずなのに)
その会った記憶も無礼を働いたものくらいしか無い。
むしろ、何か仕返しされるのではという恐怖と、灯様への失礼な言葉に端を発した個人的な警戒感、それのせいでほとんど距離を取り続けていたはずだ。
まぁ、灯様には直接謝りに来たと聞いているのでそれはもう、終わったことなのだけれど。
「む?それの何か問題が?元々、そういう話だったではないですか」
「そうなんですかっ!?」
もしかして、ついていけていないのは、私だけなのだろうか。
そう思い、周りを見渡すと、またもや頭が痛くなったとでもいうような態度で、グレン様がこちらを見てくるのが分かった。
「…………あー、と。ちなみに、お二人の関係が、そういったものという認識はないので?」
「ありませんっ!…………というより、そんなこと考えてたら恐れ多くて死んじゃいそうです」
「………………………………旦那?こりゃあ、いったい、どういうことでしょうか」
そして、そのまま矛先の向けられた焔様。
その人は、ゆっくりと腕を組んで目を瞑ると、やがて一度だけ頷いた。
「ふむ……そうか。では、三日後改めてゆっくりと話せる場を設けよう。それでよいか?」
「へ?あ、はい。もし、説明していただけるのなら……とても嬉しいですけど」
「ならば、決まりだ。すまぬな、お前の出迎えのために、少々無茶をし過ぎた」
確かに、言われて見ればそうだ。
動くはずのない人が動き、その分政務は滞っていてもおかしくはない。
しかも、ここに来るまでに翠嵐様に聞かされたところによると、珍しく仕事が溜まっている状態になってしまっているらしかった。
(…………ほんとは、すぐ聞きたいけど。時間を作ってくれるだけでも、有難いことなんだから)
それこそ、私のためにしてくれたことが、それらの要因となっているのはほぼ間違いない。
それでいて、僅かな時間でも共有しようと、食事を一緒に取ってくれているのだから、文句を言ったら罰が当たるだろう。
「いえ……逆に、お手間をおかけして、申し訳ありません」
「自分で決め、やったことだ。お前が気にすることではない」
その拒絶するような言葉は、今日のことがあったせいで、少し違ったように聞こえる。
(…………ううん。全部、か)
嫌われていないと、好きの間にはそれほどの差異があるはずなのだ。
そして、言われた通り……もしも……好き、なのだとしたら、全部が丸ごと変わってきてしまう。
「………………私……もう少し、焔様を知れるように頑張ります」
また、必要ないと言われてしまうかもしれない。
若干、怯えつつも勇気を出してそう伝える。
(でも、もし……もしも、それが本当なら…………きっと)
この頑張りは、受け入れてくれるだろうか。
まだ、私の中では、どんな人かわからないし、ちょっと怖いとは思っているけれど。
――知りたいと、理解したいと、そう思っているから。
「…………そうか。なら俺も、知ってもらえるよう努めるとしよう」
「っ…………はい。よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
不思議な掛け合いに、それでも、嬉しくなる。
私のことを考えて、歩み寄ろうとしてくれる人がいる。
ただそれだけでも、私にとってはすごく素敵で、幸せなことなのだ。
(………………灯様。やっぱり、貴方様の周りには、幸せが溢れていたようです)
呆れたように頭を押さえているグレン様。
鷹揚に何度も頷き続けている翠嵐様。
そして、どこか柔らかい表情をした焔様。
もしかしたら、私はまた、この先に居場所を得られるのかもしれない。
灯様から始まった、この南雲家との縁の中で。
(努力は必要ないって言われちゃいましたけど、やっぱり頑張ります)
大事なものは、自分で守ろうとしなければ、消えていってしまうことを知っている。
それこそ、どれだけ頑張っても、なくなってしまうものもあるように。
だから、たとえ頑張るなと言われても、頑張りたい。
もし、相手の中にあるものが好意なら、その奇跡に見合うような自分に今度こそなりたいと、そう思ったから。




