桃太郎(全米版)
むかーしむかし、あるところにおじいさん(元グリーンベレー)とおばあさん(元FBI捜査官)がおりました。
おじいさんは山にテロリスト狩りに。おばあさんが川で洗濯をしていると、上流から大きな桃がどんぶらこと流れてきました。
おばあさんは言いました。
「ドラム式全自動洗濯機がほしい」
人間の赤ちゃんが入っていてもおかしくない大きさの桃については、見なかったことにしたのです。
洗濯を終えたおばあさんが帰ろうとすると、桃に足が生えて追いかけてきました。
おばあさんは尾行に気づくと街へと逃げ込みます。
桃は叫びました。
「待てババア! 俺を割れ!」
果たして割るべきか、割らざるべきか。割るということは、犯人の要求に屈することを意味します。
しかし、桃を割ってしまえば殺人……かどうかはわからないものの、殺桃の罪に問われるかもしれません。
人混みに紛れても、桃は追従してきます。
どうやらおばあさんにしか認識できないのか、はたまた見て見ぬ振りなのか。
都会の人間には人の心がないのです。
おばあさんの心にも冷たい隙間風が吹き抜けました。
「割れ! 早く! 割れよババア!」
おばあさんは悪い夢でも見ているようでした。ついにビル街の袋小路に追い詰められ、桃はゆっくりとおばあさんに迫ります。
その時――
「待たせたな」
ビルの上にヘリコプターの影が落ちます。完全武装したおじいさんが、パラシュート降下してきました。
吹きすさぶ風もなんのその。
そう、おばあさんは追走されながらスマホのGPSをオンにして、おじいさんに居場所を知らせていたのです。
おじいさんは着地寸前でパラシュートをパージ。桃の前に立ち塞がると、愛用のM4A1が火を噴きました。
毎分900発を誇る発射レートがカービンライフルのマガジンを瞬時に空にします。
桃は穴だらけになりました。
果汁をしたたらせながら桃は言います。
「割れって……割ってくれよ……なあ……」
みるみるうちに銃創は塞がっていきます。
「下がってろジェシカ」
「けど、おじいさん。これ以上は下がれないわ。後ろは壁だもの」
「そんなもの、いつも乗り越えてきただろうお転婆め」
「うふふ、そうだったわね。わたしは大丈夫。自分の身くらい守れるから」
「そうこなくっちゃな。で、分析は?」
「対象は犬並の追跡能力と化け物じみた再生能力。それに、周囲の人間の認知をゆがませ存在に気づかせないようにする力があるわ」
「どうして俺は認識できてる? 愛の力は偉大ってことか?」
「減らず口はそこまでにしてくださいね」
「はは、さすが俺の惚れた女だ」
おじいさんは背におばあさんをかばいながら、ライフルに取り付けたM203グレネードランチャーを発射しました。
最小安全距離は31メートル。至近距離で放つようなものではありません。
が――
発射されたのは発煙弾だったのです。紫色の煙が充満し、桃の視界を埋め尽くしました。
煙がビル風にかき消された時には、桃の前から二人の姿は忽然と消えていました。
二人はマンホールから下水道に逃れたのです。
おじいさんのタクティカルライトが暗いトンネルを照らします。
「撒いたか?」
「おじいさん、油断は禁物よ」
そう、下水道は都会を流れる川なのです。
どんぶらこっこどんぶらこっこ。
闇の中、流れてきたのは巨大なドラゴンフルーツでした。
「割れよ……なあ……割ってくれよぉ……」
今度は足だけではなく、腕まで生やしたドラゴンフルーツが二人に襲いかかります。
「腕があるなら好都合だ。ジェシカこいつを頼む」
おばあさんにタクティカルライトを投げてよこすと、おじいさんは得意のCQC( Close-quarters Combat)でドラゴンフルーツの腕を極め、折り、倒し、叩きつけ、踏みつけ、潰し、蹂躙しました。
再生する気配はありません。
「どうやら熟し切っていたようだな。甘ちゃんが」
動かなくなったドラゴンフルーツに吐き捨てると、おじいさんは煙草で一服しました。
「おじいさん。煙草は体に毒ですし、下水のメタンガスに引火する恐れがありますよ?」
「おっと、そうだったな。これで七度目の禁煙成功だ」
煙草を投げ捨て笑うと、おじいさんはおばあさんをエスコートしながら下水道を進みました。
しばらく歩いてマンホールを見つけます。
「おじいさん、ここから出られるわね」
「ああ。そうだな」
「いったいあの化け物はなんだったのかしら」
「BOW……テロリストが持ち込んだ生物兵器だ。拠点を叩いて残らず焼却処分したと思ってたんだが、何匹か街に入り込んでいたとはな」
「まさかおじいさん、芝刈りって……」
「また、巻き込んでしまって済まない」
「じゃあ最初からあの化け物の存在を知ってたのね。愛の力だなんておかしいと思ってましたよおじいさん」
「おいおい、愛してるさジェシカ。まったく、大佐にはあとでクレームだな」
元上司の顔を思い浮かべて、おじいさんはため息をつきました。
二人はマンホールの蓋をずらして外に出ます。
夕暮れの閑散とした街外れです。新鮮な空気が心地よい……はずが、遠くの街のあちこちから火の手が上がり、人々がピンクの触手に捕らわれて、増殖した桃たちに食われているところでした。
おばあさんは思います。
あのとき、そう、自分が追われていた時に誰かが通報してくれていたら。
「どうしますおじいさん?」
「ここからは軍の仕事だ。帰って夕飯にしよう」
沈みゆく太陽の中にB2ステルス爆撃機の編隊が浮かぶのを背にして、二人は昔話に花を咲かせながら家路につくのでした。
思いついたらさっとまとめておいておく感じのやーつーです。