履修登録
10年前、日本政府が『好きなことで生きていける国』を実現するために、実験として神奈川県にある大学を設立した。それが私、彩孕・真優乃の通う、ここ『秀一大学』だ。
秀一大学は、学力が世間一般でいえば下の上くらいあれば入れる大学だけれど、国立にしては入学金や授業料やらが異常に高く、それ故、普通の家庭の受験生達なら眼中にも入らない所だ。
じゃあ、どういう人がこの大学を受験し、入ってくるのだろうか。
実はこの大学を卒業した学生には国から特別な権利や特典が与えられるのだ。その中でも多くの学生のお目当てが、『秀一大学を卒業した者は生涯に渡り、日本国内のどの企業等にも就職することができる』というもの。これは、就職後の役割までは選べないものの、自分がなりたい、やりたい職種に必ず就けると国から保証されるということだ。ちなみに、そのときの給料は必ずその業種の平均以上が約束されるらしい。良いなぁ。
えっと、どうしてこんな制度が出来たのかというと、最近の労働者達のほとんどが自分のやりたい事を仕事に出来ていないからだそうだ。それを少しでも無くし、やりたい事を仕事に出来るようにするためにって、秀一大学の卒業生に試験的に特別な権利等を与えているらしい。まぁ、仕事イコールやりたい事っていうのが素晴らしいことなのかは私は分からないけれど…。
最初の質問に戻ろうか。どういう人がここの大学に入ってくるのかだったね。答えは簡単で、自分のやりたい事が明確に決まっていて、それを仕事にする為にって人……はほとんど居なくて、多くはとにかく就職に困りたくない人、親に言われて来た人、そんなのばかりだ。
まぁ、当然といえば当然なんだろうけどね。だって、ここの大学を卒業出来たとしても、希望する企業に入れるだけ。例えば病院への就職を希望しても、この大学で医学の講義を取っていないと医者にはなれない。ようするに、就職先での役割は制限されるってこと。
本当にやりたい事を仕事にしたい人ならこんな特権なんて宛にせず、努力して自分の実力で夢を叶えようとするはずだ。
だから、この秀一大学には私みたいな大学3年生になってもまだ、やりたい事の「や」の字も見つかっていない人ばかりだ。
だけど、それでもなんやかんや言ってみんな講義に出てちゃんと単位を取って卒業していく。卒業生特権を使って様々な業種に携わって、本当にやりたい事を見つけたって先輩もいる。そういう意味ではこの大学は自分を見つけるのが不得意な人にとってはいい場所なのかも知れない。
ところでこの制度は……企業から見るとどう感じるだろうか。冷やかし半分で入ってくるような奴だとしても入れなくちゃいけないこの制度。正直、迷惑な制度なのだろう。秀一大学出身ってだけで若干嫌な顔されるらしい。まぁ、特権がある以上こっちに怖いものはないんだけど……。
でも、その特権が無かったら……秀一大学の学生はどうなるだろうか。明確な自分の意思すら無く、あまつさえ周りから見ると楽して生きようとするように見える私達を世間はどう見るだろうか。
それは就活における死だ。大袈裟だと思うかも知れないが本当だ。だってどこもそんな奴を優先的に取りたいなんておもわない。実際にこの大学を卒業せずに去っていった先輩達は相当苦労しているとの噂がある。
そして…私はその先輩達の後を追うのだろう。この大学には休学というものが無く、留学なども全て欠席扱いになる。オマケに在学期間は最大で丁度4年。留年も無いのだ。その期間を過ぎれば強制退学となる。
もともと虚弱体質の私は1年の頃から休みがちでほとんど欠席し、さらに2年の頃は事故をしてしまい、全講義不合格。結果3年生となった今、現在まで26単位しか取れておらず、卒業のために必要な128単位の残り102単位を残りの2年で取らなくてはいけない。
この大学特有の卒業特権があるから、就活をしなくていいことを考えるとこれから一学期におよそ26単位、つまり13講義取ればいいのだから頑張ればいけそうな気もするが、体調的にも精神的にも少し難しい気がする。
「なんかもう…どうでもいいなぁ。」
いっそのこと辞めてしまおうかと考えるが、親からの期待や周りからの目もあり、結局、寮にて今期の履修登録画面を開いている。
秀一大学には学部も必修科目も存在せず、全ての生徒は開講される好きな講義を自由に選び、合格点に達すればそれら全てが卒業単位として認められる。好きなものだけ取れるのは嬉しいが、自由度が高すぎてどれを取ろうか少し迷う。
「私なんかでも簡単に取れる講義は無いかなぁ…。」
そんなことを呟きながら講義を選んでいると……今までに見たことの無い講義を見つけた。
「何これ……!『ゲーム理論』!?」
ゲーム理論とは、『社会や自然界における複数主体が関わる意思決定の問題や行動の相互依存的状況を数学的なモデルを用いて研究する学問である。』というものらしい。知らなかったから調べた。でも、私がこの講義に魅入られたのはこの小難しい数学的なんちゃらに興味を持ったからでは無い。
この大学において全ての講義は16講義で2単位と統一されているはずのものが、この講義だけは違った。
「16講義で……取得可能単位数……128っ?!」
なんと、この講義さえ合格すればもう卒業なのだ。定員が6人ということもあって、講義内容の詳しいことも調べずに、私は急いで履修ボタンを押した。
これが全ての始まりだった。




