婚約破棄ですか?喜んで!……でも、わたしが癒すのを止めたら、呪いが発動しますよ?
「偽聖女め、お前との婚約は破棄だ!!」
謁見の間に呼び出された私に向かって、場所に不釣り合いなバカ声を上げているのは、私の婚約者にして我がネーデリィア王国のバスティアン王太子殿下だ。サラサラとした金髪と青い瞳の美形だが、今その顔は憎々し気な表情のせいで歪み、見られたものではない。
私、スージーは元々平民出で、9歳の時に聖女選定の儀式で聖女候補に選ばれ、その後12歳で正式に聖女に任命されてから今日までの6年間ずっと、その務めを果たしてきた。聖女になった時に2歳年上の殿下と婚約したが、別に互いに愛情があるわけではないので、婚約破棄は構わないというか、むしろ嬉しいぐらいだが、偽物呼ばわりはさすがに気分が悪い。
「婚約破棄は謹んでお受けしますが、このことを女王陛下はご存じなのですか?」
婚約は一応陛下の命で結ばれたものだが、陛下は今、交易交渉のため隣国を訪問されていて、帰国は3日後のはずだ。この場には数名の役人らしき人達がいるが、どこまで話が伝わっているのか、はなはだ疑問だ。
「叔母上には、帰国された後に伝えるから、お前が気にすることではない」
王太子殿下は現陛下の御子ではなく、陛下の兄で先代の国王陛下の御子だ。まだ殿下が幼い頃、馬車で移動中の崩落事故で両陛下ともに亡くなられたため、妹姫であるヘンドリカ様が女王として即位し、バスティアン殿下を王太子に据えたのだ。
まぁ、自分で報告するというのなら、任せておこうと「では失礼します」とその場を後にしようとしたら、
「おい、まて!話はそれだけではない。お前の聖女としての地位も今日限りだ!毎日、ただ水晶玉をぶら下げているだけで聖女を名乗る偽聖女など、我が国には要らんからな。荷物をまとめてさっさと城から出ていけ!」
その言葉に愕然とした。確かに傍から見れば、そう見えるのかもしれないが、実際は違う。聖女の預かる金色に輝く水晶は、150年ほど前の初代聖女様が呪いを封じ込めたもので、毎日24時間、常に聖女の力を注がなければ、その上部から徐々に灰色に濁ってくるのだ。そして10分もほっとけば呪いが発動する。
おかげで私を含む歴代聖女が、どんなに苦労をしたか!!
私の拳ほどもの大きさのある水晶は重く、肩こり必須で、背中から腰にまで負担がかかる代物だ。おまけに肌身離さず持っていなければいけないから、入浴時にだって離せない。それどころか、就寝時はうっかり身体から離れないように、わざわざ手に持って、専用の手袋を着けて寝なければならないため、大変うっとおしいのだ。
「しかしバスティアン殿下、水晶に聖女の力を注ぐのをやめたら、呪いが発動してしまいますよ?」
「ふん、お前程度が出来る事なら、この麗しいアネットにも出来るわ」
殿下の斜め後ろに控えていた令嬢が前に出る。確かベークマン侯爵家の令嬢で、彼女も聖女候補の中にいたが、その力はそんなに強くはなかったはずだ。
この国の聖女と呼ばれる存在は、そのときに最も強い癒しの力を持つ少女に与えられるものだが、その力は大体9~10歳ぐらいで現れ、12歳で安定する。そして20歳になった辺りから徐々に衰えだす。なので、大体8年ごとに新しい聖女を探す儀式が国中の教会で行われる。私もそこで引っかかってしまったのだ。
「ですが殿下、彼女では少々力不足かと……」
「あら、スージーさん、お言葉ですが、あなたのなされていること程度なら、わたくしで十分だと思いますわ」
ほう、言い切ったな!じゃぁ、やってもらおう。
私は首から下げていた水晶玉を外し、アネット嬢に差し出した。受け取った令嬢の手が、ぐん、と下がる。ふふん、思ってた以上に重いだろう?
「ではどうぞ。頑張ってくださいね」
私の肌から離れた水晶はすでに濁り始めており、アネット嬢が首から水晶を下げたが、濁りは止まらない。確かに先ほどよりは遅くはなったが、
(あと精々15分ってところかな)
絶対面白いことになるから、それまではここに居ようと決めた。
「水晶をアネットに譲ったということは、自分が偽聖女だと認めたのだな!」
「いいえ、私はちゃんと聖女の仕事をしてきましたから。ただアネット嬢が、ご自分でもできるとおっしゃったので、まぁ頑張ってもらおうと思ったまでです。もっともこれで聖女のお役目から解放されるのなら、願ったり叶ったりなので」
しゃべっている間にもどんどん濁りが進んでいく。あと10分・・・無いな。とりあえず時間稼ぎだ。
「ところで殿下、あなたは本当に呪いを理解されているのですか?」
「当然だろう。150年前から王家に伝わる、初代聖女が残した言葉があるのだからな!≪聖女の祈りが消える時、神はその頂きからお姿を消される≫だろうが、ちゃんと知っておるわ」
判ってるんだ、一応。でもちょっと違うんだよなぁ。やっぱり呪いが発動したらどうなるか、知らないな、こいつ。顔がニヤつきそうになるのをこらえる。あと5分ほど。
「さて、もういいだろう。これ以上お前がこの城にとどまる理由はない。慈悲で一日くれてやる。その間にさっさと出ていけ。ぐずぐずしていると、牢にぶち込んでやるぞ!」
「そうよ、さっさと出て行きなさい、この偽聖女!」
アネット嬢も殿下も気づいていないが、水晶はほんの少し金色を残す程度にまで濁っていって、いまにも呪いが発動しそうな雰囲気だ。ふと殿下を見ると、金色の筋が彼の周りをひらり、はらりと舞っているのが見えた。それは時々きらりと光り、徐々にその量を増やしているようだ。見方によっては幻想的な光景だが、しかし、これは・・・
(きたぁー!呪いが発動した!)
そして水晶が完全に濁った瞬間、パサン、パサ、パサンと、金色の束がキラキラと光を反射させながら、幾つも床へと落ちていった・・・
「ぎやぁああああああああああっ!!」
アネット嬢が叫びながら、すさまじい勢いで後ずさり、バスティアン殿下から距離を取る。
目の前で起きた光景に目を見開いていた人達が、俯いたり、横を向いて、肩を震わせていた。手はしっかり口を押さえており、中には後ろを向いてしまった者までいる。
「ぶっふーーーーーーーーっ!ぶひゃははははははっ!」
私は思わず吹き出した。必死にこらえている人達には悪いが、さっさと楽になったらいいのにと、笑いながら殿下を見る。
彼は己の周りを見回し、床を見て、頭に向かって恐る恐る手を上げた所だった。そっと触れたその両手が、やがてペタペタと動き、確認し、ようやく事態を認識したのだろう。目を見開き、真っ青になっている。
なんせその頭頂部は、直径15センチほどの丸形に、ものの見事に禿げていたのだ。きれいさっぱり、つるっつるに!
「うぁぁあぁぁぁぁぁああああああああああああ!」
叫びながら膝から崩れ落ちる。その周りにはキラキラと彼の抜け落ちた髪の毛が舞い上がっていた。
「…うっ、うっ、僕の……カミ……いた…き……いなく……ふぅっ、ぐすっ……」
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【ネーデリィア王家の男どもなんて、禿げればいい!】
それが王家にかけられた呪いだった。正式に聖女になったときに、女王陛下に聞いた話を思い出す。
『150年ほど前、当時、公爵令嬢と婚約していた王太子が、癒しの力を持つ平民女性と恋に落ちたのだよ。困ったことに初めての恋に舞い上がった王子は、婚約者をないがしろにした挙句に、一方的に婚約解消を突きつけてしまってね。
それに怒り狂った令嬢が、呪いをかけたんだ。その時は初代聖女となった平民女性が、何とかその呪いを水晶に閉じ込めたけど、防げたわけではなく、常に力を注がなくてはならなくなった。それからは君が知ってる通り、8年ごとに聖女候補を探すことになったんだよ。
そして、呪いをかけた令嬢は、修道院に送られたそうだ。
聖女の残した言葉《神はその頂きからお姿を消される》というのは、《髪が頭のてっぺんから抜け落ちる》ということで、しかも、直径15センチほどの丸形に禿げるのだから、歴代の王たちは皆、呪いに戦々恐々としていたらしい。
もっとも、呪いが発動した後なら、癒しの魔術が効くことは研究の結果わかっていてね。ただ、患部に癒しの魔術を毎日一時間、1か月にわたって施さなければ完治しない上に、頭頂部から少しづつ回復するらしい。ふふ、あまり想像してはいけないよ。
あと、君にはいい迷惑かもしれないが、聖女との婚約は一種の戒めでね、王家の男は皆、年齢が合う聖女と婚約させることになっているんだ。別に結婚する必要はなく、もし他に好きな人が出来たら、円満に婚約解消をすれば問題無いからね』
(さて、もう聖女でも婚約者でもなくなったことだし、いっそ、村に帰ろっかなぁ)
聖女になるときの支度金で、実家はちょっとばかし裕福な酪農農家になっている。それを手伝ってもいいかもしれないと、騒ぎの中、引き止められないのを良いことに、早々に出ていくことにした。
乗合馬車に乗ろうと思っていたが、鞍付きのラバが売られているのを見つけたので、悩んだ末にそれを購入した。乗合馬車が留まる村から実家までは、歩いて半日かかる。ならいっそ直に実家へ向かった方が良いように思ったからだ。ちょっとした食料と水と、簡単な地図を仕入れて、出発する。
ポクポクとのんびり歩くラバの背に揺られ、周りの風景を眺めながら旅を続ける。天気も上々。今頃家の畑の小麦は金色に輝いていることだろう。それを思い浮かべるのと同時に、あの時の殿下の様子を思い出し、ひとしきり笑う。まぁ、次の聖女候補もいることだし、きっと何とかなるのだろう。もっとも、彼女はまだ10歳だから、ふふっ、当分はあの状態なんだろうなぁ。
お読みいただき、ありがとうございます。
私は禿げに対して特に偏見や差別意識は持っておりません。ただ、金髪碧眼・傲慢俺様王子様が、ある日突然禿げたら面白かろうと書いたまでですので、そこら辺の突込みはご容赦を。
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ただ、ただ、感謝しかありません。
誤字報告、ありがとうございました。