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Shuffle  作者: タイチャビン
第一章 白と光と透明人間
9/11

表と裏

 長い余談だが、表裏世界、と呼ぶ理由は歴史的要因が大きかった。知りたい人は見ていってくれ。


 今から千年以上も前の話、和洋戦争と同様に、表国(おもてのくに)裏国(うらのくに)に二分されていた時代があったのだとか。

 その戦争は国名を賭けたものだったらしい。表と裏、正直どっちでもいいと思った。

 しかし、その時代において表の冠を背負うことは重要だったのだ。


 何故か、理由は単純。太陽だ。

 その時代、太陽は表国にしか当たらなかったのだ。

 それでは領土問題じゃないか、そう思うだろう。

 しかし違うのだ。

 当時の世界には元々太陽が無かったのだ。

 つまり、



———この世界の太陽は人が創ったものなのだ。



 最初にこの事実を知った時、本当に驚いた。同時に、疑問も出た。

 じゃあ何で生命があるのだ、と。

 地球に存在するどのエネルギー源を辿っても、それは必ず太陽だ。

 太陽が無ければ、エネルギー源が無い。

 生命なんかが誕生する筈がない、そう思ったのだ。


 ここからが面白い。

 

 太陽は元々あったのだ。

 さっきと言っていることが逆だが、これは正しい。つまり、


 太陽があった→無くなった→創った


 という流れだ。

 何故無くなったのか。これはわかりやすい。

 太陽が無くなる、なんてことは自然には起こらない。

 仮に起きたとしてもこの星がブラックホールに呑まれておしまいだ。

 しかし、この星はまだ生きている。

 ならば、考え得る理由は一つ。


 人間が消した。


 誰がやったのかは未だ分かっていない。

 意図的なのか偶発的に起きてしまったのか、そこも不明なままらしい。


 次の疑問だ。

 太陽が当たるのは表国のみなのは何故か。

 これも単純。

 太陽を創った本人が表国の人間だったからだ。

 まあ、正確には違うのだが。


 なんと、太陽を創ったのは子供である。

 名前は露葉(つゆは)太一(たいち)

 それだけならばなんの問題もない。


 大問題は、表国の男性と裏国の女性の間に出来た子だったことだ。

 当時は表国も裏国に完全に分離していた為、中立国など無かった。


『表裏物語』という本があったので、要約をここに載せておく。



△▼△▼△


 

 太一の父は悩んでいた。


 太一は太陽を創ることが出来る。

 しかし、その光を照らせるのは片方の国のみ。どちらかに太陽を創らなければ、いずれ私たちはおろか、太一まで死んでしまう。

 じゃあどちらにするか。

 二人とも同国民であれば即決だったが、現実はそうではない。

 現在もこっちの国に創ってくれと金やら使者やらが大量に送られてきている。

 両国共に自国民は自国の利益を優先するとか勝手に考えていて、自国にしなかったら死刑だとかほざいている。


 ふざけんな。息子は道具じゃねぇんだよ。


 と言えたらどれだけいいことか。俺が弱いから、それは出来ない。

 自分の弱さをこれ程までに憎んだことは無い。

 俺がこのままヤケクソで突っ込んだところで滅多撃ちにされて死ぬのは火を見るよりも明らかだ。

 非力な妻と太一が捕まっていいように使われて、最悪だ。



 ある時、妻が表国の使者に対して言った。

 

「太一を表国に連れてってあげて」


 俺は声を荒げ、必死に止めた。

 そんなことをしたら死ぬのはお前だ、何を言っているんだ。

 死ぬのは俺で良いんだよ。

 いっそのこと手をあげようかと思ったが、彼女の顔見て、その気も失せた。


「太一を、頼んだわ」


 その顔は、一生頭にこびり付いて離れない。

 微笑みながら、泣きながら、恐怖で引き攣った顔を見て、俺は何も言えなかった。何にも出来なかった。


 ——それどころか、内心死ななくてほっとしているような人間のクズがここにいる。


 死ぬべきは俺なんだよ……。



△▼△▼△



 大体こんな話である。

 非常に胸糞悪い話だ。

 原本は七巻程あるのだが、揃いも揃って地獄絵図。鬱になる寸前だった。

 因みに妻視点の本も読んだのだが、本当に吐き気がしたので二度と読みたくない。

 ただの死刑で終わらなかったのだ。

 ……あとは想像してくれ。


 結局、太一という少年は表国に送られ、太陽を創らされた。

 それを機に、戦争が始まった。

 太陽、もとい太一の奪い合いだ。

 約十年間続いたと言われている。

 終止符を打ったのは誰か。


 太一本人だ。

 彼は子供とはいえ歳を重ねていけば、自分の周りで何が起こっているのか理解し始める。

 それを知ったら、罪悪感が大きいどころでは済まない。

 なんせ自分が戦争を引き起こし、何百万の人々を殺しているといっても過言ではないからだ。


 ここからは太一視点の話だ。

 少し補足だが、太一はとっても強い。

 太陽を創れるのだから、当たり前である。

 使用するのは太陽の拳だったと言われている。火拳の完全上位互換で、火力、爆発力の桁が違う。



△▼△▼△



 すべての責任から逃げたかった。

 誰かに押し付けたかった。

 でもそれは出来ない。

 自分は太陽を創れてしまうから。

 

 ここで俺はある事に気づいた。

 自分が太陽を創らなければいい事に。

 結局、太陽が無ければ戦争などやっている場合ではなくなる筈だ。

 なんでこんな単純な事に気づかなかったんだ。


 翌日、太陽を消した。

 俺が消したのだと分かるように、正午ちょうどに消した。

 すぐに父がやってきて、何故消したんだと顔を真っ白にして聞いてきた。

 彼の後ろには国の中でもかなり腕の立つ人間が三名。

 説得しなければ死刑とでも言われたのだろう。

 可哀想に。


 翌日、彼の父は公開処刑として見世物にされた。

 あんなクズは死んで正解だ。

 戦時中、あいつは何にもしていないのを俺は知っている。

 妻を失って、少しでも強くなろうとは思わなかったのだろうか。

 それどころか、俺が太陽を創っているのをいい事に国王相手にでかい態度をとって、接待されている。

 酒、女、金にありったけた生活。

 クズの本懐だ。

 こんな野郎の為に命を投げ出した母が可哀想で仕方ない。


 何日か経って、俺の家にぞろぞろと人が流れてきた。

 国の貴族やら役人やら、脂の乗った奴らばっかだ。

 太陽を創って下さい、何でもしますからとしつこい。

 お前らから何を奪っても痛くも痒くもないんだろ?そんなものは交渉になっていない。

 いや、意外とあるな。


「じゃあ、条件が三つだ」


 パッと表情が晴れやかになる。

 脂がさらにテッカテカだ。



「一つ、表裏国における貴族、王族は全員死ね。貴族、王族制は廃止だ」


 豚が狼狽える。

 こいつらは昔から気に食わない。理由はそれだけだ。


「一つでも満たなさなかったら太陽は創らない。創った後に条件を破ったら、勿論太陽は消す。いいな?」


 豚はだんまり。

 少しずつ死ぬより一瞬で死ぬ方がいいと分かる頭はあるようだ。


「二つ、この世界で剣を二度と作るな。今ある剣は全部折っとけ」


 この戦争で使われているのは主に剣。

 それを無くせばだいぶ収まるだろうという一縷の望みに賭けた。

 剣を無くしたところで殴り合いながら戦争をしているだろうが、死者は減る。

 まあ次の条件を満たした後の話だが。


「三つ、裏国を潰せ。絶対にだ」


 豚どもは呆れ顔。

 剣を折って裏国を潰せ、無理難題をいいとこだから仕方ないか。

 現状、表国と裏国の戦力は互角だ。戦争が長引く理由でもある。

 とはいえ、少しくらい考えれば分かる筈なのだが。

 そっか、馬鹿だもんな。

 分かるわけないか。


「戦争を終わらせるにはどうしたらいいと思う?」


 一人一人聞いてみる。

 返事はどれも汚い綺麗事。

 よくその顔で言えるよな。


「終わらせるなら相手国を潰せば一発だろ。馬鹿か?」


 それが出来たら苦労はしないとのこと。


「だろうな、お前ら戦争ヘタクソだからな」


 表国の戦術は至ってシンプルで、神風特攻の一択しかない。

 馬鹿より酷く、素人でも分かる愚かさ。

 まさに豚。

 いっそのことその辺にいた人をてきとうに引っ張ってきて指揮を取らせた方が良いまである。


「俺も協力する、というより俺一人でやる。足を引っ張るなっていう条件だ」


 豚は何故か嬉しそう。

 自分達の目的が上手くいったのだろうか。

 ま、いっか。


「そこのお前、こっちこい」


 取り敢えず一番近くの豚を選んで呼び寄せる。

 まだまともな部類の豚だが、その方が良い。

 手刀を地面と平行に構える。

 指を四本綺麗に揃えて、指先を豚の腹に向ける。


 心臓を一突き、柔らかすぎて手応えがない。

 手が心臓に到着したので、手を開いてみる。

 重苦しい悲鳴が聞こえるが、案外何も楽しくなかった。

 後は燃やす。簡単に殺すのは惜しいが、一人一人やるとなると時間がかかりすぎる。

 とはいえ、痛めつけたいのでじっくり燃やす。一瞬で炭にしたらもっとつまらない。


 次の豚を殺そうとしたが、周りに豚はいなかった。

 この場に残っていたのは表国の手練れが三名、いつだか父と一緒に来ていた人達だ。

 そうか、だからあいつらは余裕そうだったのか。この三人が自分達を守ってくれると。


 どんな過信だよ。そういう時だけ他人任せだよな、お前ら。

 二人突っ込んできた。戦争のやり過ぎで特攻の癖がついているみたいだ。

 非常に動きが読みやすくて助かる。

 取り敢えず外に誘い出す。家の中では動きづらい。

 

 まず一番速い奴から殺すか。

 彼の太刀は腰に封じたまま。居合だろうか。

 彼の間合い入った所で重心を下へ。

 思いっきり空振っている。

 急所がガラ空きだ。

 鳩尾か、金的かどっちにしようか。


 背後から気配がした。

 斧を持っていたでかい奴のカバーだが、分かり易すぎて見なくても対応できる。

 簡単に火力で斧が吹っ飛んだ。軽すぎだろ。

 斧のついでに速い奴以外の二人も吹っ飛ばしておく。

 速い奴は俺から距離を取る為引いていった。

 引いたらお前の負けだ。


 重心を低く保ったまま走り、奴に距離を取らせない。むしろ縮める。


 ゼロ距離になった所で腕を上げ、奴の顔面を掴み家の壁に叩きつける。

 必死に腕を退かそうとしてくる。

 痛いから引っ掻くなよ。

 早く片付けないと後続の二人が来てしまう。


 まず、鳩尾に一発、二発。

 意外と耐えたので、金的に膝を入れる。

 もう一発入れると、何かが潰れる音がした。

 別に他意があるわけじゃない。

 強いからチヤホヤされてたんだろとか、こいつイケメンだからどうせ色んな女とやったんだろとか、そんな私的な感情は一切関係無い。


「死んどけ」


 股間を徹底的に燃やす。それ以外は燃やさない。もう一度言うが、他意はない。

 二秒程最高火力で燃やしたら、声も聞こえなくなった。死んだのか。


「さて、お次は?」


 丁度向こうからやって来たし、次にでかいのを殺すか。

 何やら雄叫びを上げている。

 大丈夫だよ、一緒のとこに送ってやるから。


 頭上、剛腕から繰り出される素早い大斧。

 非常に厄介かと思ったが、よく見たら隙がかなりあった。不要な心配だった。

 難なく躱して様子を伺う。


 間髪入れず次の攻撃をしに来た。

 また縦の大振り、分かりやすい罠だな。

 一瞬避けるフリをすると、ニヤリとした表情が見えた。

 心理戦向いてないよ、あんた。

 斧を避けてから恐らく何かしらの一撃が来る。それをカウンターで返しても良いのだが、なんだか気に食わないのでやめた。


 斧が当たる寸前のタイミングで斧の根っこから空高く打ち上げた。

 斧を握っていた左腕がつられて上へ、隙だらけだ。

 だが、俺は敢えて何もしない。


 相手の動きが止まった。流石に何か裏があると警戒したのだろう。

 その判断の遅さがお前の死因だ。


 空中に打ち上がった斧を火力で男目掛けて撃ち落とす。


 刃から脳天にヒット。

 斧は男を縦に両断し、地面に鈍い音をたてて突き刺さった。我ながら良い精度だ。


「さて、準備出来た?」


 さっきから前に出てこないもう一人のヒョロガリ。

 二人で時間稼ぎをして、本命はこいつか。


 こいつもなんか叫んでいる。

 涙を浮かべて立っている。

 本当に何がしたいんだこいつらは。


「うわお」


 余裕ぶっこいてたら、地面に足を取られた。

 確かこいつは土を操るんだったか。たまにいるんだよな、俺みたいに魔法が使える奴。


 そのまま大地に引きずり込まれる。

 流石にまずいので、土を焼き切る。


 本来、鉱物質やら有機物やら様々なものをまとめて土という。

 その内の燃える物質を炭にしてしまえば、それはもう土ではないので操れない、といった寸法だ。解説終わり。


 これで土による縛りが効かないと分かったはずだ。

 となれば、恐らく——


「攻めてくるよな」


 本当に特攻癖なのだろう。

 さっきの二人と違うのは自分は距離をとっている点は良い。土を巧みに使って攻めてきている。

 彼にしか出来ない戦法だが、練度が低い。

 同時に来る攻撃が最大でも三つしかないので、余裕で対処できる。


 正面からの槍状の土を躱して叩き折り、燃やす。背後と横からくる二つの土球も手刀で叩き落とし、燃やす。

 いちいち燃やすのが面倒になってきたので、攻撃に移行する。

 目には目を、歯には歯を、魔法には魔法だ。


 まず初撃、遅めの火球を三十個飛ばす。

 遅いといっても、あいつらからしたら速いのかもな。

 彼に逃げると言う選択肢は無いようで、土の厚い壁で防いできた。

 ギリギリ防ぎ切られたが、そうでないと困る。

 

 第二撃、彼が作った土壁の反対側に直径十メートル程の火球を作り、奴に向けて勢いよく飛ばす。

 咄嗟の判断で壁を消し、火球から逃げてきた。

 俺が狙ったのはそこだ。

 シンプルな挟み撃ちだが、こいつみたいに遠距離で戦うタイプの人間にはかなり刺さる。


 火拳一発。腹に叩き込んだ。

 勢い余って拳が腹を貫通してしまったが、まあいい。


「返り血が多いな……」


 俺のダメージはゼロだが、全身に返り血が付いていて傍から見たらただの重症人だ。

 幸いな事にあたりに人はいな———いた。

 五、六歳くらいの少年が一人、俺の目をじっと見つめている。


「なあ、おっさん達がどっちに走っていったか分かるか?」


 少年は無言で指をさす。その向きだと東か。


「ありがとな」


 俺は西側へと走り出した。

 楽しい鬼ごっこの始まりだ。



△▼△▼△



「呆気なかったな…」


 辺り一面転がっているのは脂ののった肉の塊、よく燃えそうだ。 

 鬼ごっこは一日と経たず終わってしまった。

 大した戦略も戦力もあいつらは持っていなかった為、全然楽しくなかった。


「どうしたもんか……」


 次は国を一つ潰すだけ、簡単なお仕事だ。非常に分かりやすい。

 とはいえ、普通にやっても面倒臭いしな……。


 

△▼△▼△



 ——地鳴りがする。


 清々しい朝。

 体を起こし窓を覗けば、遥か遠くに数千の軍団がいる。予定通り。

 昨日の昼、といっても真っ暗な昼に太陽を創った。

 太陽を欲する裏国の人々は来るしかない。

 そこを迎え撃って潰そうという算段だ。

 家を出て、軍勢の方角、東を見据える。


「大体このくらいかな」


 足元に火力を集中。

 自分を斜め上空へと吹っ飛ばし、戦場へと凸る。

 顔面に強風が叩きつけている。風の音がうるさいが、下の景色は良い。

 街が一望出来たが、思ったよりも小さく見えた。

 多分、前の軍勢のせいだ。

 数は数千どころではなく、およそ街一つと同じかそれ以上の広大な草原に、人が敷き詰められている。

 この街の面積は約四キロ平方。

 それと同じだけの人となれば二、三万人はいる事になる。骨が折れそうだ。


 現在、俺の位置はちょうど裏国の軍勢の真上。

 正々堂々ど真ん中から潰してやろうじゃないか。

 飛ぶ為に維持していた足元の火を消し、重力そのまま頭から下へと加速する。

 地面との距離はどんどん縮まる。


「なんでバレるんだよ……」


 勘のいい奴に気づかれた。あいつは要注意だな。

 一気に俺にヘイトが集まる。


——もういいや、好きにやろう。


 再度足に火力をつけ、急降下。

 勢いそのまま大地へ踵落とし、おまけに大爆発。

 今ので百人は殺れた。一人一人は強くない。


 両手に一つずつ小さい太陽を生み出し、俺を中心に渦巻くように飛ばす。

 その半径を少しずつ大きくして、ジリジリと追い詰める。

 一人も残さないように綺麗に隙間なく旋回させる。


 三分経過。

 辺り一面荒野となった。生い茂っていた草花は焼かれ、大地も枯れている。

 おまけに変な渦巻き模様までついている。

 大胆な自然破壊、一体誰がこんな事を…。

 茶番はさておき、街にミニ太陽がぶつかりそうになったので両方引っ込める。


「十二、か」


 俺の目に映る人間の数。十二対一、不利だというのは言わずもがな。

 距離は様々、既に間合いに入っている者も何百メートル先にいる者。

 勘のいい男もその中にいる。

 スピード勝負で手前からいこう。


 足をブースト、手前の奴との距離をゼロにしてから顔面に拳を入れる。

 カウンターは無し、一発K.O。

 続いて後方に固まっている五人に意識を向ける。

 連携を取ってきそうな奴らは早めにとっちめておきたい。


 彼らの背後にミニ太陽を創り、挟み撃ち。先程と同じ戦法だ。


「見えてないとでも?」


 文字通り横槍が入った。

 体格ではあちらが上だが、逆に言えば的がでかいだけ。


 右の大振りをしゃがんで躱しながら、足をかけて相手を崩す。

 そこに一歩踏み込んで首に一発。爆発もつけておく。またも一撃で終わった。


 狙っていた五人へと意識を戻したが、既にいない。ミニ太陽にやられたのか。

 いや、それはないな。だったらさっきの渦巻きミニ太陽で死んでるはずだ。


 ネーミングセンスはさておき、三百六十度どこにもいない。上空にもいない。


「下か」


 左拳を構え、踏み込む勢いのまま真下に一発。

 手応え無し、逃げたか。


「……ッ⁉︎」


 腹にいいのを入れられた。見えなかったぞ。速いのか他にカラクリがあるのか分からない。

 とか考えている内にもう一発来ると予測。

 虚空に回し蹴りをしてみる。

 これもハズレだ。


「またか」


 僅かな隙の出来た足を何かに掴まれ、放り投げられた。

 膂力もあり厄介だ。

 おまけに投げた先が奴、勘のいい男だ。

 連携をかなり取ってきている。


 奴の間合いに入る前に体を飛ばし、空へと移動。一旦体制を整え———ようとしたが、無理みたいだ。どうやら奴も飛べるらしい。


 俺の退路を塞ぐように立っている。

 最後に回したかったが、今彼から逃げるのはかなり良くない。

 隙を見せず一気に——


「なあ、お前なんでこんな事やってんだ?」


「……なんだ急に」


 拳を突き出す寸前、話しかけてきた。

 想像よりも二回りは低い声。

 今、奴と話す事にメリットなど無い。俺が純粋に話したいと思っただけだ。


「お前は何もしなくたって生きていける。太陽を創れるからな。誰も殺せない」


「そうだな」


「それが分かってて何故自分で戦うんだ?」


「殺されなければ生きられるってわけでもないだろ。俺は生きづらくなったから自分で戦ってる、変なことじゃないと思うが」


「生きづらいってのは具体的に?」


「俺がいるから、奪い合う。殺し合う。それが本当に嫌でな。結局殺すなら自分の手でやろうって思った。そしたら俺がいるから皆が生きられる。に変わるだろ?それだけだ」


「あくまで自分の為、か。やっぱり悪い奴じゃあないんだよな……」


 これ以上ない自己満を語った俺が悪い奴じゃないと。全くもって理解できない。


「なんでもない。俺の話は終わりだ。早く殺してくれ」


 そう言って彼は両手を挙げた。


「言い残すことは?」


 顎に手を当て、少し考えてから彼は言った。


「特にはない。ありがとな。下の奴らは俺の分身みたいなもんだから、俺を殺せば全員消える。お前の勝ちだ」


 遺言あるじゃん。

 俺の主観だが、奴こそ悪い人間ではない。

 せめて痛くしないよう、一瞬で。


 彼の体内に集中。

 胃のあたりにエネルギーを集め、一気に暴発させる。

 そのまま太陽にしてしまおう。

 これで、死んだ事にも気づかないはずだ。


 下を見れば、誰もいない荒野のみが残っている。


「……名前くらい、聞いときゃ良かったな」


 彼はずっと太陽になる。

 名前があった方が良かった。


「……帰るか」



△▼△▼△



『表裏物語』はここで終了だ。

 この後太一は条件通り、裏国の人間を一人残らず全員殺した。裏国の歴史が唐突に途切れていることから、この事実は正しいと言われている。

 勘のいい男や太陽を消した存在が何者だったのかは未だ不明。

 この本は太一の手記を元にしたものらしい。

 太陽が現在も残っているのは、彼が何処かでまだ生きているからとか、精神エネルギーとは違う何かで創ったからとか、様々な仮説が立っているがどれも根拠がない。


 話を戻す。

 表裏世界と呼ばれるのはこの表裏戦争がを始めとして、この世界ではよく世界が二分化されるのだとか。原因は勿論不明。和洋の戦争もその一つだ。

 それら戦争の中で一番最初に起こった表裏戦争の名前を借りた形だ。


 二分された世界。

 そんな事を『表裏世界』というもので表しているのかもしれない。


表裏戦争


死者:32,638,023人

裏国の人間もとい太一が殺した人間:21,563,064人

太一が救った人間もとい表国の人間:76,523,894人

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