拳とエネルギー
「ふわぁ〜」
この世界に来て二回目の朝。昨日思いっきり昼寝をしてしまったので、あまり寝れずに夜更けまで日記をつけていた。
お陰で睡眠時間は短くなったが、なんだかんだ丁度よく寝れた。
両開きの窓を開き、生きている事に感謝。
この世界に来た時に何となく決めた、毎日生きていることに感謝するルールだが、昨日はやっていない気がする。まぁ、ぼちぼちでいいか。強制じゃないし、自分のルールくらい甘くたっていい。
階段を降りて一階へ。
ケイルが朝食の準備をしているところだった。
「おはよ。なんかやろうか?」
昨日からずっと優しくされっぱなしなので、流石に自分も何かやらないと、と思い声を掛けた。
「おはよう。じゃあこれ全部切ってくれる?」
切り方を確認し、早速作業に取り掛かる。これでも料理は得意なのだ。
自慢しようと思って少し早く皮を剥いていたら、隣で同様に皮剥きをしているケイルの方が早いことに気がつき、自信を失った。
早いながらも正確性、効率も俺よりよっぽど良い。
ほんと、何でも出来るんだよな。すごいや。
野菜を切り終えた後も二人で作業を進め、二十分程で完成した。
その全ての工程においてケイルが俺より上手で心がズタズタなのはまた別の話。
「朝ご飯なんて久々だな」
「食べないと健康に悪いよ」
その通り、朝ご飯は健康に良い。集中力に大きく関わってくる。腹が減って集中できないのは勿論だが、頭を回すためのエネルギーが足りないのだ。故に、学生にとっては朝食は必須と言える。
だが、俺はほとんど食べていない。通っている学校が割と遠く、片道一時間半はかかる。
家を出る時間は当然早い。加えて朝食を取るとなると六時とか五時半とかに起きなきゃならない。
俺は根っからの夜型なので早起きなど出来ない。
そうして毎日朝ご飯を食べずにいる。
「いただきます」
異世界にきて二日目。体感と比べると天地の差だ。うまい飯が食えて、寝床があって。
俺は運が良いな、本当に。
△▼△▼△
「それじゃあ、始めようか」
朝食を終えてすぐにケイルが切り出した。
昨日、俺は傭兵になることを決めた。
しかし、傭兵になるためには戦闘試験を抜ける必要がある。勿論戦闘などからっきし。
そこで、ケイルに戦いのいろはを教えてもらうことになった。何をやるかはケイルに一任しているので内容は分からない。
「お願いします」
深々と頭を下げる。何から何まで頭が上がらない。
「よっしゃ、じゃあ走ろう!」
軽くストレッチを行った後、ケイルに続いて走り始めた。
まずは体力づくりから。体力はどんなスポーツ、運動をするにおいても重要だ。日常生活でも意外と必要になる。戦闘ともなれば必須なのは間違いない。
そんな大事なものを俺は全く持っていない。
今まで何やってたんだよ。
そういえば試験って対人なのかな。対人戦闘って経験すればするだけ強くなるからなぁ。
俺の場合ケイルのみとなってしまう。ずっと一人だと変な癖とかつきそうで怖い。まぁ俺が考えたところで仕方がない。まずは体力だ。
そう決めたはいいが——
「早いな…」
ケイルの後を追う形で走り始め約五分。もう息が上がってきた。俺の持久力がないのも原因だが、山道もきつい。登り下りもお構いなしにずんずん進んでいく。
おまけにケイルが早い。俺が全力で走った時の八割くらいの速さだ。あと十分も持たない。猪の鬼ごっこをした時のことが思い出される。
「やっぱ来人の課題は体力だね。あと一時間だから、頑張って」
一時間、、だと、、?
既に声を出す余裕もないので、心の中であんぐり。今の俺はきっと酷い顔をしているだろう。鏡を見てみたい。
よし、他のことを考えよう。レッツ現実逃避だ。
ケイルはどうして俺が体力が少ないと分かったのか。
猪との鬼ごっこは見ていないはずだ。となると他に何があるだろうか。
あ、あれだ。家の屋上まで階段で登った時だ。あの時少し息が切れていた気がする。
でもそれだけで分かるか?普通。
例えば、ケイルは相手の立ち振る舞いや歩き方を見ただけで得手不得手がわかるとか。
こいつ、出来る…!的なことがケイルには可能なのかもしれない。
もしくは異能力か。さっきの考えと大体同じだが、感覚的なものと能力的なものでは大きく違ってくる。経験値の差が露骨に現れるからだ。
ケイルは異能力を持っているし、それに応じた強さもある。現時点でどちらかの判別はつかない。
まずい、考え終わってしまった。何か次のことを——
「はぁ…はぁ…」
「十分経過〜」
体力底無しかよ…。
ケイルは息が切れる様子もなく、平然と走っている。段々とスピードが落ちる俺に合わせペースは緩んだが、八割が七割になった程度。きついことに変わりはない。
「来人は自分の適性は知ってる?」
「あ?」
荒い息が混ざってガラの悪い人みたいになってしまった。
ケイルが聞いているのは恐らく『拳』の話だろう。
生まれつき何か一つ適正があり、その『拳』は感覚のみで使えるとか。
勿論俺は自分の適性など知らない。
喋りたくないので分かりやすく首を横に振ったら、頭の中で暴れている血が右へ左へと揺れて吐きそうになった。
「なら、走り終わったら適性探しからスタートしようか」
△▼△▼△
走り始めて三十分が経過した。
俺はもう悟りを開いている。
何も聞こえない。何も見えない。何も感じない。無我の極地。
雑念を全て振り払い、ただ走るのみ。
誰にも邪魔されず、突き進む。
いまの俺は神様だろうと母親だろうと、誰にも止められ——
「——ると?来人ー?大丈夫ー?」
「あ?」
また柄悪になってしまった。
周囲すら気にせず走っていたので、久々に目に光が入ったみたいで目が眩んだ。
俺は今、湖に沿って走っている。
まだ走っている自分を褒めてやりたい。そんな景色だ。
湖のはかなり広く、東京ドーム十個くらいの面積だ。東京ドームの面積知らんけど。大体そんぐらい。面積は感じるものなのだ。
水は透き通っている。ケイルほどではないが、透明だ。見える透明とでも言おうか、水中でも1キロ先が見えそうだ。
太陽は真上から少し傾き、湖に光が照りつけ反射、森が輝いて見える。
「さっきの話、聞いてた?」
未だまったく息の切れていないケイルからの質問。
「適性の、話?」
気づけば、俺もだいぶ落ち着いてきた。丁度良くきつい感じだ。話すとなると呼吸に合わせ言葉が途切れ途切れになるが、無理ではない。
「そこからか〜」
「もしかして、ずっと、話してた?」
「まぁ、すぐに済む話だよ」
「ごめん、何も、聞いて、なかった」
本当に申し訳ないことをしたな。何分も一人で話させていたことになる。多分傭兵とか『拳』とか、今後に関わる重要な話だったはずだ。
走り途中に話すのもおかしい気はするが、一方的に知識を貰うだけであれば、俺が話す必要はない。
そう考えると、話すには一番の好機だったのか、より申し訳ないな。
「いやいや、僕が気づかなかったのも悪いよ」
いやいや、後ろにいる人の心理状態までわかったら怖いって。
ケイルならやりかねないのがもっと怖い。
「じゃあもっかい話すね、『拳』の仕組みについて。念動力と異能力の話はもう知ってるんだったよね?」
首を縦に振る。また吐きそうになった。
ほんと学習しないな俺は。
「『拳』に使うエネルギーは、大きく分けて、肉体エネルギーと精神エネルギーの二つ。両方そのまんまの意味なんだけど一応説明するね。肉体エネルギーは筋力とか体力、脂肪のこと。個人の身体能力とかコンディションに左右されるから、鍛えるに越したことはないよ。努力次第って感じ」
魔法で例えるならば魔力、MPみたいものだ。
違っているのは二種類あるという点。それぞれのエネルギーに特徴があって、それらを最大限活かし使い分けることが肝要、だと思う。
一種類目は肉体エネルギー。文字通り身体能力に比例していくようだ。要特訓。
「あっぶね」
ケイルから言われた事を整理していたら、木の根に躓いて転びそうになった。
今までの俺では走るだけで頭いっぱいだったはずなのに、走りに加えて頭を回すことだってできている。
何故こんな急に走れるようになったのだろうか。これもまたケイルのおかげなのか、謎は深まるばかりだ。
「精神エネルギーは心のエネルギー。簡単に言うと、水拳を使う時に水を操りたい!っていう意志の強さだね。基本的に生まれつきで、一生上限は大きくならないよ」
「上限?」
「精神エネルギーは消費するものじゃないの。穴を思い浮かべてみて。そこに大量の水を通すとして、一定の時間で通せる水の量は限界があるでしょ?この例だと、穴の大きさがその人の精神エネルギーの大きさってこと」
なるほど。つまり精神エネルギーは肉体エネルギーのように目に見えて存在するわけじゃないのか。
ただ、精神エネルギーがその人の心であるなら、心の状態に大きく左右される気がする。
「そそ、飲み込み早いね。感情の起伏でエネルギーの大きさは変わるの。プラス方向でもマイナス方向でも、意思が強ければ精神エネルギーは増大するよ。ただ、上限は決まってるって話」
心を読んだであろうケイル。
俺が話す必要ないじゃん。俺の頑張りを返して。
現在俺は余裕の表情をしているが、実際かなりきつくなってきた。少し前に調子乗って喋ったのが仇になった。
もう喋らないと心に決め、『拳』の話に頭を切り替える。
精神エネルギーはあくまでツール。水を操るなどは不可能だということだ。つまり、それを行うのは肉体エネルギーの方。
精神エネルギーが大きければより多くの水を操る事が可能ということだろうか。
「その通り。操物量が多くなるだけじゃなくて、動かす速度を上げたり複雑な指示を出したり出来るよ」
指示?
「じゃあ、その辺の木に水をぶつける時を考えてみて。普通に操ってぶつけることも出来るんだけど、ここから最短距離にある木に向かって時速三十キロで動くって指示することも出来るんだ」
そんな具体的に出来るのか。念動力の幅は思ったより広いようだ。てっきり操るだけかと思っていた。
そういえば、もう景色から水が消えている。いつの間にか森に帰って来たようだ。
湖の周りは平坦で障害物もなく、走りやすかったので体力の温存ができた。森はといえば真逆。湖に帰りたい。
また『拳』の話に戻るが、そんな複雑な指示をしたら、肉体エネルギーがごっそり持っていかれる気がする。
「勿論そうだよ。その辺は自分の体と相談だね。だけど利点もあるの。何だと思う?」
恐らくだが、木に向かって水を出した時点で自分がその水に干渉する必要が無くなる。
だから……なんなんだ?
「いい線いってるね。水を飛ばした後に自分はフリーになるの。そうすると次の行動に移れるんだよね。もっかい水を打つことも出来るし、逃げることも出来る。選択肢が広がるんだ」
なるほどなぁ…。
戦闘においての基本的な考え方だろう。手数は多いに越したことはない。
「あと一個、精神エネルギーのもう一個の使い道について。これが重要だよ。よく聞いてね」
はーい。
「いい返事。精神エネルギーはね、『拳』で操る対象を生み出すことが出来るんだ」
魔法やないか。でもどうやったら出てくるんだろうか。
「うーん、結構ややこしいから仕組みはまた今度ね。特に仕組みを知らなくても生み出せるから大丈夫だよ」
はーい。
因みにあと何分くらい走るんだ?さっきからペースが早くなっている気が——
「あと七分位。頑張って」
え、ちょ——
△▼△▼△
肺と足腰、ついでに心が痛い。
話を終えた途端、急にペースが上がった。上がり続けた。
無慈悲なまでの速さについて行くことも出来ず、最後の方は視界がぐねぐね、酔っ払いに等しかった。
現在も頭に血液のビートが響いているし、吐き気もするので地面に寝っ転がっている。
これでも頑張った自分を褒めよう。実際、ケイルを見失わずにここまで帰ってこれたのだ。素晴らしいことじゃないか。
「いけそう?」
「いけ、る。オェッ」
「だ、大丈夫?」
走り終えて十分程経った。そろそろ次のトレーニングに移りたいのだが、いかんせん俺のコンディションが悪すぎる。
「ま、いっか。次のは体力とか使わないし」
意外と慈悲なように思えるケイルの一言。だが俺のために色々考えてくれているということは知っている。応えなきゃな。
「うし、何やるんだ?」
気合いを入れて、立ち上がる。ふらりとしたが、そこも気合いでなんとかする。
「走ってる時に言った通り、適性を調べるよ」
五大拳のうち、どれか一つが感覚のみで扱うことが出来る。それが適性の『拳』だ。
どうやって調べるのだろうか。
「目を瞑って、全身の力抜いて、腕を前に出して。手はパーの形」
言われた通り体の力を緩め、左腕を前に出す。一体何をされるのか。目を閉じている分不安が増す。
「僕が三つ数えたら一気に全身に力入れてみて」
「ん?ああ」
「三、二、一——」
「ふっ」
全身を強張らせるように力を入れる。顔にも力を入れたので、顰めっ面になっていると思う。
これが何になるのか、見当がつかない。
「はい、目開けて」
「え…」
時刻は正午手前、久々の太陽に目が眩む。
その先に見えたのは水だった。
それも、宙に浮いた球状の水。
「来人の適性は水拳だね」
「……意外と、あっさりなんだな」
「適性のは感覚で使えるって言ったでしょ?」
「本当に感覚なのか……」
事のあっけなさに驚きを隠せない。こんなにも簡単に出来るとは思わなんだ。
過酷な修行とか鍛錬とか繰り返してようやく、みたいなのを想像していたのだが——
「いやいや、出来ない方がまずいよ。出来なかったから人間じゃないって」
「そこまで言うか……」
出来て当たり前、出来ない俺が異端者なだけだ。
そして俺の適性は水のようだ。
うーん、なんとも言えない。
試しに左腕を右に動かしてみる。
呼応するように水の球も右に動いた。
「水拳って実際どうなんだ?」
「何が?」
「その、戦闘的な強さで言えばってこと」
「それがねー、難しいんだよ」
個人的な感想を言わせて貰えば、水拳はそんなに強くない気がする。火拳とか雷拳とかの方がよっぽど強そうだ。その物自体に攻撃性がある。
「来人の思う通り、三、四十年前位までは水拳って最弱だったんだよね」
「三、四十年前ってことは、今はどうなんだ?」
「使い方次第って考えてるね、皆」
そりゃあ全部そうだろ。と言いたいがそういう事ではない。何かきっかけがあるはずだ。
「水王っていう異名の人が出て来たんだ。今じゃ知らない人はいないと思うよ」
「やっぱり強いのか?」
「そりゃあね。彼がいなかったら和洋戦争は和人が一方的に潰されて終わってたよ」
つまり、ほぼ一人で洋人全員を相手してたってことか。化け物じゃん。
水の王と書いて水王。文字通り水拳の使い手であり、恐らく傭兵なのだろう。
しかしながら、水拳が強いビジョンが全く思いつかない。
「異能力とかは持ってないのか?」
「いいや、水拳だけ。ただの化け物だよ」
もしかしたら異能力との組み合わせかもしれないと思ったのだが、それも違うらしい。
世にはそんな人間がいるのか…。
「その人のお陰で、水拳だから弱いって考える人は減ったね」
やはりどの世界でもとんでもない化け物はいるようだ。
俺も水拳を使うわけだし、いつか会ってみたいものだ。
「ま、弱いのは変わらないけど」
「おい!」
折角希望が見えたというのに…。
やはり弱いものは弱いのか。頑張るしかないな。
さっきから放置していた水を近くの木に思いっきり飛ばしてみる。
木が抉れる、なんてことは無かった。自分が異世界人だから強い的なことを想像したが、あくまで想像、現実にはなり得ない。
木にぶつかった水はといえば真ん丸のまま浮いている。
水から意識を離すと、すぐに重力で落ちていった。
「これって無くならないのか?」
「基本は無くならないよ。ただ、精神エネルギーの塊だからその人が死んだら無くなるね」
そのあたりは俺の知る魔法とは少し違うみたいだ。ならば生み出した水は飲めるのだろうか。
「飲めるけど、自分で出したもの飲むわけだからそれっておしっ——」
「分かった分かった、言わなくていいから」
汚い汚い。絶対に飲まないようにしよう。
△▼△▼△
話しているうちに体調はかなり回復してきた。まだまだ体を動かせそうだ。
「じゃあ適性の話はこれくらいにして、次に移ろうか。ちょっと待ってて」
そう言って家の三つ目の小屋にひとっ飛び。
どんだけ跳躍力あるんだよ……。
何かを取ってくるとは思うが、何かはさっぱり分からない。
「お待たせ」
「待ってないよ」
十秒経ってないよ。
いくらなんでも早すぎるって
ケイルの手元を見れば、一本の鍵があった。
「まだ見てないとこあったでしょ?」
ん?そんなとこあったっけ?
疑問に思いつつもケイルについていく。その場所に近づくにつれ記憶が戻ってきた。
「確かにここ見てなかったな」
家の支柱となっている大木。その正面に扉があった。まさかくり抜いているのかと驚いたのを覚えている。
扉はシンプルで木に木をはっつけただけだ。
鍵が回され、扉が開いた。
「わーお」
やはり中はくり抜かれていた。トンネルの構造、といっても貫通はしていないが。
所々の照明が木の断面がくっきりと見せている。
二、三歩暗がりを進むと、階段が見えた。地下室だ。
十段程で階段は終わり、特徴的な匂いがした。図書館の匂い。
「ここは書庫。欲しい本を言ったらいつでも飛んでくるよ」
高さ二、三メートル程の本棚が横にも縦にもズラリと並んでいる。かなり広い。
所々天井に暖色の照明が吊られ、壁の作りやフローリングは木材を使用している。
換気をしっかりしてあるのか快適で、本を読むには最適な環境だ。
どの本棚にもびっしり書籍が入れてあり、合計で言えば軽く万は超えているだろう。
それはそうとひとつ気になったのは——
「飛んでくる?」
「例えば『水拳について』って言うと——」
左奥から数冊の本がケイル目掛けて飛んできた。
かなりの勢いだが、ケイルはそれを難なくキャッチ。
「こんな風に飛んでくるの」
便利の一言に尽きる。検索をする手間もそこへ行く手間も必要としない。
「返す時は『もういいよ』って言ったら勝手に戻るよ」
先程ノリノリでやって来た本達だが、そそくさと帰っていった。
『もういいよ』と言うセリフが懐かしいと思ったら、かくれんぼだ。
もう何年やっていないだろうか。三、四年はやっていない気がする。
「それじゃあ本題に行くよ。『地理歴史』」
ケイル本に声をかける。
地理基礎って、学校みたいだな。
しかし、この世界についての地歴は何も知らないので丁度いい。
なんせファンタジーの世界だ、想像するだけでワクワクする。
「お、多くない?」
前から後ろから、本が飛んでくる。
俺の前に積まれたのは文字通り本の山。百冊以上はある。
「そりゃ広いからね」
「そりゃそうだけどさ……」
本当に何も知らないので、この世界の大きさだって詳しく知らない。
さっきからこの世界この世界と言っているが、地球みたいに名前はないのだろうか。
……ないわけないか。
そう思い、一番上にあった分厚い本を手に取る。
題名は『表裏世界の歩き方』
地球の歩き方みたいなものだろう。
「にしても表裏ってなんだろ……」
かなり厨二を感じる言葉。まあ読めば分かるか。
「……」
——ページを一枚めくった途端、引き込まれた。
雄大とか、壮大とか、そういう次元ではなかった。ただ、スケールが大きすぎた。
地球では考えられないような歴史が、常識が延々と描かれている。
俺には鮮やか過ぎて、描かれているようにしか見えなかった。
異世界に来て、初めて興奮を覚えた。
変な意味じゃなくてね。
結局、寝るまでその本を読んだ。