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Shuffle  作者: タイチャビン
第一章 白と光と透明人間
7/11

展望と日記

「ふぅ、やっぱり暗い話するの苦手だなぁ」


 軽く伸びながら、ケイルは言った。

 俺はといえばただ呆然と突っ立っている。現実を、受け入れたくないのだ。

 色々と疑問は湧いてくる。

 本当に久遠が己の欲の為だけに俺を殺そうとしたのなら、

 何故、無事かと声を掛けてくれたのだろうか。

 何故、ケイルの家に案内したのだろうか。

 何故、この世界の事を色々教えてくれたのだろうか。

 何故、名前を付けたらあんなにも嬉しそうだったのだろうか。

 しかし、全ての疑問はケイルが手に持つあの茶色の卵によって打ち消されてしまう。

 理由は、いくらでも思いつく。

 助けたことを装って敢えて俺を安心させた、とか。

 ケイルに夏芽犀を食わせたかった、とか。

 せめてもの手向けに教えてやった、とか。

 俺に害はない相手だと思わせたかった、とか。

 そう考えた方が腑に落ちてしまう。

 ストン、と嵌ってしまう。


「流石に、いきなり過ぎたかな…?」


 ケイルは俺を案ずるように聞いてきた。


「いいや、大丈夫。というか、今じゃなかったら俺は死んでたんだろ?」


「うん。それは、そうなんだけど…」


 なんだかやけに落ち着かない様子のケイル。一体何が気掛かりなのだろうか。一度ならず二度までも、俺の命を救ったというのに。

 まったく、聞かなきゃ後味が悪いとか言ったの誰だよ。

 喉に砂が詰まったような気分だ。飲み込みたくないが、吐き出せない。後味最悪だ。


「じゃあさ、案内の続きしてよ。この話はまた後でってことで、これから長い付き合いになるわけだから、いつでもいいし、言わなくたっていいからさ」


「うん、そうしようかな。やっぱ来人はいい子だね」


 喉に水を無理矢理入れて吐き出せれば良いと思った。ずっと詰まったままになるかもしれないが、まぁその時はその時だ。口に手をぶち込んで吐き出すよりよっぽど良い。

 その場合胃液も一緒に出てくるわけだからな。口の中にてを突っ込んで、砂を掴みながらゲロってる自分を思い浮かべたら想像以上に汚かったので、考えるのをやめた。本当に汚いな、最悪だ。

 何を考えているんだ俺は。今それどころじゃないだろうが。


「何考えてるの?」


 無駄なことを考えていたせいで、言葉を返すのが遅れてしまった。


「もし喉に砂が詰まったらどうすれば取り出せるかな〜って」


「そんなのお尻から水ぶち込めば良いじゃん。そしたら出てくるんじゃない?」


 逆転の発想。つい吹き出してしまった。

 この場合は口から一緒に便もゲロも出てくることになる。さっきより酷い。いや本当に酷いぞ。

 想像してみてくれ、口から便とゲロが一緒に出てきて、砂はそれらに溶けて泥みたいになって出てくる。気持ち悪いを通り越して笑えてくる。


「そんな変なこと言ったかな?」


 本人は素なのがもっと面白い。やっぱりケイルは変わった人だと改めて思った。



△▼△▼△



 汚い話は俺の下品な笑いによって終わった。

 現在俺は家の案内の続きをしてもらっている。まずは最初の小屋。下から数えれば二つ目で、高さは地上約七メートル程。かなりの高所だが、安全装置のおかげで恐怖心は大分薄れた。


「ここはね、研究部屋」


「研究?」


 何の研究をしているのか非常に気になる。

 ケイルが扉を開くと、鼻の曲がる匂いがした。今すぐ自分の鼻を捥ぎ取りたい。


「あ、やべ、換気忘れてた」


 忘れるなよと言いたかったが、それよりも換気の方法に驚いた。


「風拳、だっけ?」


 今、俺の体には強風が叩きつけられている。研究室の中から、だ。なんとか踏ん張って耐えているが、危うくまた落ちてしまいそうだ。


「あ、そっか。ほとんど知らないんだったね。中の空気全部外に出したら一発だから、皆やってるよ」


 風拳は空気を操る。つまり部屋の中の空気全てを操って外に出してしまえば、無駄なく換気ができるということだ。


「こんなもんで良いかな」


 換気を終えて、ケイルが灯りを点けると中が見えてきた。

 内装はザ・研究室。天井には白い蛍光灯のような細長い照明、壁も真っ白。

 入って左側には黒い机が壁にくっつく形で置かれている。

 フラスコやビーカー、薬品、顕微鏡などの器具は右側の大きな棚に入っているが、知らないものも結構ある。


「何の研究してるの?」


「ここは見ての通り化学とか薬品とかの研究。今は全部終わったからもう使ってないんだけどね」


「全部?」


 全部終わった、というのが引っ掛かった。何が終わったのだろうか。


「全部は全部だよ。僕が出来る範囲の研究は全部やったってこと」


「いやいや、化学に終わりはないって誰か言ってたよ?」


 地球にだって未だ解明されてない謎はいくつもある。この世界の化学がどれだけ進んでいるのか分からないが、対象があれば組み合わせもまた無限大。

 終わりなどあるわけがない、と俺は考えている。


「でも無限じゃないでしょ?」


「それは、そうだけど」


 確かにケイルの言う通り、化学の可能性は無限大だが、無限ではない。

 しかし、それら全てを研究、実験するとなればどうだ。一体どれだけの時間がかかることか。体がいくつあっても足りない。


「じゃあ終わるでしょ?」


「全部、やったのか…?」


「そう。全部やったの」


 開いた口が閉まらない。何故そんなことをやろうと思ったのか、ということより素直な感心の方が上回った。

 ケイルは本当に何者なのか、ますます気になってきた。



△▼△▼△



 研究室以降の小屋に関して、ざっくりと説明しよう。

 三つ目の小屋には研究に使う大型の器具がいくつもあり、実験結果を書き並べた紙が小屋の半分を占めていた。

 こんなにものを置いていると床が抜けそうで怖かった。ケイル曰く絶対に大丈夫らしいのだが…。

 四つ目の小屋は物置だった。手前に食料や水、奥には三つ目の小屋にあった紙の続きがまた大量に置いてあった。

 五つ目から十つ目の小屋はは全て紙で埋め尽くされていた。取り出したり探したり、かなり面倒そうだった。

 そして十つ目の小屋を出て、階段をまた登っていく。高さはもう二、三十メートルは越えているが、高すぎて正確にはて分からない。

 木に足を打つ音のみが耳に入ってくる。とても心地よい音だ。


「そろそろ頂上だね」


「お、やっとか」


 流石にずっと階段を登っていると、足が痛くなってきたので、丁度休憩が欲しかったところだ。

 暖かく、眩しい光が近づいてくる。


「とうちゃーく」


「ぁ…」


 息を呑んだ。その、景色にだ。

 下には青々とした自然が地平線まである。久遠が教えてくれた通り、ここは山の麓のようだ。頂上を探すため、頭を上げる。

 上には雲一つない蒼穹が広がっている。太陽は地球のよりも少し小さいが、優しい光だ。

 上も下も全部青。

 頂上を見つけた。想像の倍の倍くらいの高さだ。高すぎる。

 景色に感動したことは今まで一度もなかったが、こうゆう事か。

 全身の血がゾワァっと騒ぎ立て、肌で自然の力を感じているようだ。

 腕を大きく広げて深呼吸をすると、おいしい空気が肺を満たしていく。


「どう?良いでしょ?」


 景色に感動し過ぎて見ていなかったが、ここはデッキのようになっている。もちろん手すりはない。

 ケイルはロッキングチェアに座ってゆらゆらしてながら聞いてきた。


「うん、滅茶苦茶いいな。毎朝見たいや」


「登るのちょっと大変だけどね」


 それはそうだが、体力作りということで来ることにしよう。


「ちなみにだけど、この木は頂上付近から取ってきたものだよ。絶対割れないから安心してね」


 何のことかと思ったが、視線を落としたらすぐに分かった。

 このデッキの床は板一枚で出来ている。しかも年輪がくっきりと丸く見えるので、横向きに切ったものをそのままくっつけたのだろう。

 頂上付近をよく見たら、驚くべきことに緑色をしている。あんな場所で育つような木だ、頑丈に決まっている。


「ふわぁ〜、眠くなってきちゃった」


 どこから出てきたのかハンモックでリラックスしながら言っている。だが仕方あるまい。

 この世界の太陽は本当に優しい。照りつけるとか、日差しとか、そういったものを感じない。

 丁度よいポカポカさなので、眠くなって当然だ。

 俺も眠くなってきたので、デッキの上に大の字になってみる。

 すると、この世界に来てからの疲れが一気に降ってきた。


「あ、やば、寝そ———」


 視界が、どんどん、狭く———。



△▼△▼△



「ん…」


 知らない天井、俺は布団を被っている。窓を見れば外はもう真っ暗。

 どうやらデッキで寝てしまったようだ。


「お、起きた起きた。もう出来るからそこの椅子で待ってて」


 目を擦りながら体を持ち上げると、暖かな空気と香ばしい匂いがする。周りを見たら場所は分かった。一つ目の小屋、ケイルの家だ。

 当のケイルはといえば、油の音がするフライパンの前で料理をしている。透明人間の料理とは、何とも不思議な光景だ。服がなければ、菜箸が勝手に動いているようにしか見えない。

 言われた通り椅子に腰掛け、伸びをする。


「どのくらい寝てた?」


「うーんと、五時間くらいかな?」


 五時間も寝ていたのか。いくら眠かったとはいえ、そんなに寝たら逆に疲れそうなものだが。


「かなり深かったから雑に運んでも起きなかったよ」


 雑ににやるなよと言いたいところだが、デッキからここまでかなりの距離がある。俺を背負って降りたとなると、相当キツかったに違いない。


「上からポイして下で回収したんだけど、爆睡だったよ」


「結構雑!」


 安全装置があるから大丈夫だったが、人をあの高さから投げ落とすかね普通。

 それでも運んでくれただけ感謝か。


「ありがとな、ケイル」


「どういたしまして、ってこのやりとり今日何回目かな?」


 確かに今日は感謝してばっかりだ。いつか必ず返さねばならない。

 とはいえどうしたものか、これからもケイルにはお世話になる。貸しが増えていく一方だ。

 俺にで出来てケイルに出来ないことなど殆どないだろうし、何も頭に浮かばない。

 

「よーし、完成」


 満足気な声と共に二枚の大皿がやってきた。

メニューはサラダにスープ、そして座布団のような肉だ。


「あとパンね」


 続けてやってきたのは茶色い球状のパン。嫌な事を思い出してそうだが、この世界では主流のパンとのこと。


「いただきます」


 手を合わせ、木の食器を手に取る。

 まずは野菜から頂こうか。

 正直なところ、俺は野菜があまり好きではない。嫌いでもないのだが、後味が悪いので大抵最初に食べて好きなものを残しているのだが——


「うんま」


 この野菜は違っていた。瑞々しさが段違いで、喉越しがいい。野菜に喉越しなんて言葉を使う日が来るとは。


「でしょ?今朝採ったんだもん」


「ほんとに色々やってるんだな」


 建築に化学、多様な『拳』に加えて野菜も育てているのか。


「もしかしてこの肉も?」


「ううん、これはその辺で狩ってきたやつだよ。ここから北東に五、六キロ行けば鶏の群生地があるの」


 鶏って群生だっけ?と思ったが、鶏がこの世界にあることの方が嬉しい。彼らの卵がなければ料理の半分がなくなると言っても過言ではないからだ。

 サラダを食べ終えたので、鶏肉へ移る。

 かなり大きいため、フォークを突き刺して豪快に齧り付いた。


「小麦粉?」


「そうだよー」


 パリパリとした食感の正体は小麦粉だ。鶏肉に小麦粉をつけて焼いて、あとは塩胡椒をかけたのだと思う。非常に柔らかい。

 シンプルでとても美味しい料理だ。

 ケイルは料理も出来るのか。ひょっとしたら俺より上手かもしれない。

 何となくケイルの方を見てみる。透明人間が食事をしているのも不思議な光景だ。料理は口に入れて閉じてしまえば、もう透明だ。忽然と消えたようにしか見えない。


「そういえば聞いてなかったけど、嫌いな食べ物とかある?」


「うーん、サクランボと炭酸くらいかな」


 昔といっても小学生の頃だが、当時の俺はフルーツが異常に嫌いだった。給食では一度も食べたことがない。

 だが中学生になって何となくみかんを食べたら、それはそれは美味しかったのだ。

 やっぱり食わず嫌いは良くないね、と母に言われたのをよく覚えている。

 その日を境に色々なフルーツを克服したのだが、サクランボだけはどうにもダメだった。あのショボショボした感じが変に口の中に残るのが嫌いなのだ。

 炭酸に関しては純粋に痛いから飲めない。何故あんなものを飲もうと思ったのだろうか。

 それがいいじゃないとよく言われたが、正直飲んでいる人の気が知れない。


「炭酸?なにそれ?」


「水とか飲み物にに二酸化炭素を押し込んでシュワシュワさせたやつのこと」


「あれ飲むの?どう考えても飲む物じゃないって」


 どうやらこちらの世界では炭酸を飲む文化は無いようだが、作れば売れることは間違いない。


「砂糖水とかに入れても美味しいんだとさ」


 コーラのことだが、詳しい作り方は俺も知らない。なんでも、コカ・コーラのレシピを知っているのは世界に二人しかいないとか。


「今度飲んでみようかな…」


 ここで会話が途切れ、しばらく沈黙が続いた。ゆったりとした食事だ。

 そんな中ふと思う。本当にケイルは良い人だな、と。

 真っ白いのはお互い様と話は済ませたが、それ以外にも聞きたいことはあるはずだ。

 異世界から来たと聞いて、へぇ〜で終わったのだ。純粋に興味がないだけなのか、それとも敢えて聞いてこないのか。はたまたこの世界ではよくあるのか。

 居候させてくれることだってそうだ。

 多分、ケイルは何か理由があってここへ来たのだと思う。この辺りに人は住んでいないと久遠は言っていた。

 そうでなければ、こんな人気のない場所で住むメリットがない。人がいないことこそがメリットなのだ。そんな所に俺を引き入れて何になるのか。

 おまけに久遠から助けてもらった。ケイルは何とも思ってない様子だが、俺にとっては命の恩人なのだ。

 そしてその見返りが俺の持つ地球での知識、それだけで良いというのだ。

 やるせないというか、もどかしいというか。


「来人はこれからの予定とかあるの?」


「うーん、今のところ元の世界に帰ることが最終的な目標かな」


「そっかー」


 そう言うとケイルは少し顔を見上げるような素振りをした。


「もしかして、帰る方法あったりする?」


 この世界には『拳』がある、異能力がある。その力でなんとかなるかもしれない。ケイルはその辺詳しそうなので希望は厚い。


「うーんとね、ちょっと言いにくいんだけど、、」


 あ、嫌な予感。


「帰るのは無理だね。絶対に」


「マジかぁ…」


 絶対、とまで言われてしまった。

 本当にどうしたものか。当たり前だが、俺は残りの人生をこの世界で暮らすわけだ。

 幸い、地球に未練はな無い。大した夢も無ければ、やりたかったことも無い。

 両親ももういない。

 せめて一言、感謝くらいはしたかった。まぁ、したところであの二人はあっさりとしているだろうが。

 そういった意味では未練はない。料理は続けたかったなぁと一瞬思ったが、料理ならどこでも出来るので問題ないことに気がついた。


「理由、聞いても良い?」


「ちょっと難しい話なんだけど、めちゃめちゃ簡単に言うとね、来人がこの世界に来たことに関して、この世界は何にも関係ないからだよ」


「え、じゃあ何で俺はここに来たんだ?」


 てっきりこの世界に勝手に呼ばれたと思っていたのだが、違うのか。


「来人がもといた世界が原因があるね。僕はその世界を知らないから、細かいのは分からないけど」


「そういうことか…」


 つまり、地球が一方的に俺をこの世界に送ったということだ。地球に異世界に転移させる術があっても、この世界には無い。俺が帰れるとすれば、地球から呼び戻された場合のみ。

 恐らく、俺が異世界に送られた原因はあの大火事と黒い地割れ。俺を呼び戻すためには、あれと同じことをする必要があるはず。だが世間は黙っちゃいないだろう。

 総合的に考えて今回の出来事は、何らかの実験に巻き込まれのだと思う。その実験を行った者たちは今頃逮捕され、ゴキブリのように叩かれているだろう。仮に、もう一度同じことをやろうものなら実験開始前に潰されてお終いだ。日本の警察をなめてはいけない。

 よって、俺が呼び戻されることは絶対に無い。Q.E.D.

 地球に帰ることは潔く諦めよう。


「どうしたもんかねぇ」


 この世界で生きていくとして、何をしようか。これといった目標というか、指針が無い。

 ケイルにずっと匿ってもらうわけにはいかない。

 森で一生を過ごすのも正直嫌だし、働く場所を見つけて、自分で稼いで生活する必要がある。

 言葉が通じるのが不幸中の幸いだ。

 とはいえ、土地勘や常識も知らず、ガキの俺でも出来る仕事などあるのだろうか。

 無いな、うん。


「一番手っ取り早いのはやっぱり傭兵だね」


 諦めてスープを啜っていたら、凄い事を言われた。


「傭兵って、人殴ったことすらないんだぞ?」


「それはそれで凄いよ…」


 単に周りに恵まれていただけだ。俺だって手を出す時は出すと思う、多分、メイビー。


「大丈夫、今は戦争してないから」


「和洋の戦争だっけ?」


 久遠から聞いたことの一つだ。和人と洋人の戦争で、現在は完全隔離よって収まっているらしい。

 嘘はついて無いんだよな、あいつ。


「そう、実際バチバチなんだけどね。表向きは一時休戦って事になったの。それが今から二十年前の話」


 かなり長い間休戦しているようだ。朝鮮半島もそんな感じだったと記憶しているが、今となっては関係のないことである。

 それはいいとして、一つ疑問が浮かぶ。


「ならとっくに傭兵はいらないじゃんか。内乱でもあるのか?」


「ううん、内乱も反乱もないよ。王様の腕が凄まじいからね。今の傭兵は、いわば何でも屋さんだよ」


「何でも屋さん?」


「家事の手伝いから国の警護まで、依頼されれば何でもやるの。収入も個人の成績に比例するからかなり良くてね。今一番人気の職業だよ」


 戦争が一時終結し、暇になった傭兵達に仕事を与えたのか。

 日本で言う交番、警察をまとめたような仕事。ファンタジーだったら、俗に言う冒険者ギルドがそれに近い気がする。


「資格とかも要らないのか?」


「資格は要らないけど試験が一個あるよ。戦闘技能の試験。一応傭兵だからね」


「結局いるなら無理じゃんか」


 休戦中とはいえ、いつ火蓋が落とされるか分からない以上、仕方のないことだ。

 戦力の確保は常にしておきたいのだろう。

 そんな情勢は一旦置いといて、本題は俺が傭兵になれるかどうかだ。

 一番人気の職業となれば試験の倍率は高く、受験者も猛者ばかりに違いない。

 試験だってきっとハイレベルだろうし、ど素人の俺が叶うはずがない。

 やはり仕事は自分で探すしかない。かなり厳しいがやらなければ生活が出来ない。


「まあまあそう言わずに、僕がいるじゃないか」


「え?」


「え?じゃなくて、僕が教えてあげるって言ってるの。僕はこれでも結構凄い人なんだよ?」


 つまり俺に戦う術を教えてくれると、そう言っているのだ。

 久遠の言葉が間違いでなければ、ケイルの戦闘力は世界トップクラス。結構凄いどころの話ではない。


「お願いします、師匠」


 断るわけがない。第一、魔法のようなものを使えるというだけでワクワクが止まらない。将来的な考えと男心の半々で頭を下げた。


「よし、そうと決まれば明日から。今日はちゃんと寝て休んでね」


 ケイルはそう締めて立ち上がり、食べ終えた二人分の食器を持っていってしまった。


「そういや、俺はどこで寝ればいいんだ?」


「二階の部屋が一個空いてるから、そこでいいよ」


「了解。あれ、洗わなくていいのか?」


 ケイルがいるであろう台所を見て言ったのだが、既に彼は戻ってきている。


「もう洗ったよ。水拳の応用なんだけど、来人はこの辺の知識からだね」


 水を操って皿洗い。本当に洗えているのだろうか、油汚れは水だけじゃ取れないと思うし、何より早すぎる。十秒程しか経っていない。

 そう思って台所に行くと、皿はもう無かった。向かいの食器棚を見れば、見覚えのある皿があったので取り出して触ってみる。

 キュッキュと甲高い音が鳴った。汚れのよの字もない。

 てっきり『拳』は戦いにばかり使うと思っていたが、案外汎用性が高く、日常から使えるものばかり、ってあれ?


「『拳』って一人一種じゃないのか?」


「得意なものが、ね。火、水、風、土、雷、まとめて五大拳って言うんだけど、それは努力次第で誰でも使えるよ。天性でどれか一つ、努力しなくても感覚で使えるの」


「それ以外の『拳』はどうなんだ?」


「五大拳以外は努力じゃなくて、才能というか運だね。生まれてから二、三年経つと何となく自分で分かるようになるんだって。ちなみに遺伝とか血統とかは全く関係ないよ」


 本当に運なのか。

 だが俺にはきっと無いと思う。今生きていること自体奇跡なのだ、これ以上を求めるつもりはない。


「ちなみに、ケイルは色んな種類使えるのか?」


「んとね、五大拳は人並み以上には使えるよ。でもそれ以外は秘密」


「気になる言い方するなぁ…」


 あまり人に教えて良いものでは無いのだろうか。

 いや、単にケイルが俺を完全に信用していないだけだろう。他人から信用されるには、まず自身が相手を信じるべきだと誰かが言っていた。

 今後ケイルとは良い関係を築いていきたい。

 好都合だし、またいつか聞いてみよう。


「あ、あとさ——」


「ちょちょ、ストップストップ!これ以上質問されると夜が明けちゃうよ、また明日ね」


「あ、いや質問じゃなくて紙とペン貸して欲しかっただけ」


「日記でも書くの?」


「そそ。それと色々と情報をまとめて置きたくて。紙は多めに欲しいかな」


「来人ってやっぱりしっかり者だよね。十四だっけ?今時の子は皆こんな感じなのかな…?」


 しっかり者、というわけではない。

 純粋に怖かったのだ、この世界が。落ちそうな穴は全て埋めないと気が済まない、ただの臆病者だ。

 それを言う勇気もない。酷いもんだ。


「ほいさっ」


「うおっと、ありがとう」


 紙の束が飛んできたので慌ててキャッチ。遅れてペンも飛んできた。

 それぞれ見てみる。紙はかなりいいもので、真っ白。学校の藁半紙みたいな紙とは大違いだ。

 ペンはインクで書くタイプ。万年筆のような細さはなく、ボールペンに近い形状だ。

 消せないのは少し面倒だが、贅沢は言うまい。


「じゃ、僕は先に寝るね」


「うん、おやすみ」


「おやすみー」


 ケイルは眠そうな足取りで階段を登っていった。

 時計を見れば、現在は、、、何時だ?なんだあの時計は、見た事がない。

 正方形の板が土台となっており、その内側にぐるりと溝が掘られている。これも同じく正方形で、板よりも一回り小さい。

 その溝にコルクのような円柱形をしたものが半分飛び出すように刺さり、ゆっくり溝に沿って動いている。スピードはそれぞれ違っていた。

 数は三つなので、秒針、短針、長針を表しているのかと思ったが、多分違う。

 動くスピードが一番遅いものでも、明らかに長針の速さではない。


「あ、ぶつかった」


 動くスピードが違い、同じ溝上を走っているのだから当たり前だ。

 ぶつかった二つのコルクを見ると、反対方向に進み始めて、別のコルクとまたぶつかった。


「さっぱり分からん…。明日聞いてみよ」


 こうなると体感を頼るしかないが、外は真っ暗なので夜しか感じない。

 諦めて二階へと登り、自分の部屋と思われる場所の扉を開ける。

 なぜ分かったかと言うと、ケイルの部屋の扉、その取っ手の塗装が大分剥がれていたからだ。

 対してこの部屋の扉はピッカピカ。まるで新品、放置しているならばこうはならない。しっかり手入れをしている証拠だ。

 何故だか少し緊張したので、落ち着いて一呼吸してから部屋に足を踏み入れる。扉横のスイッチを押すと、灯りが部屋の全容が見えてきた。


「ほんとに綺麗だな…」


 手前にはクローゼットが一つ、サイズは普通くらい。右手には少し大きなデスクと暖色のスタンドライト。奥には立派な木製ベットがある。

 そして天井にはこれまたオシャンティーなライトが一つ。

 ここまで綺麗に整頓されていると、一歩も動きたくなくなる。崩したら申し訳ない気分になる。

 濃厚な木の匂いに頭がクラクラしたので少し窓開けて換気をした。

 外の肌寒い空気が流れ込んでくる。虫の声は聞こえないので、物凄く静か。

 

「じゃ、書くか」


 まずは日記から書こう。昨日のことから、感じたこと、知ったこと全て。量はかなり多くなるが、この世界で俺は一生を果たすわけだ。

 二人への土産話としては丁度良い。

 そうと決まれば、俺がこの世界でやるべきことは一つだ。


「俺の人生がこんなに楽しかったんだって胸張って言えるように、後悔のないように、全力で生きる」


 たとえ二人でなくとも、いつかこの日記を、経験を、誰かに笑って話せたら良いなと心の底で思った。

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