森の家と化け狐
「会話の機能付きなんてそんなに友達欲しかったの?いくら寂しいからと言ってそれはちょっと…」
堂々と久遠をディスっているのは、ケイルという男。果たして男なのだろうか、
透明であるが故、声しか判断材料がないのだが、その声は子供のように高く、無邪気な声。正直どっちか分からないが、話し方や佇まいから何となく男と判断したまでだ。
「マネキンじゃないですが、友達ですよ」
「いやいや、おっさんに友達が出来る訳がないでしょ。七十年近く生きてんのに友達の一人もいないんだよ?大体こんな変わった人間を———」
延々と悪口のオンパレードが開幕している。
どうやら久遠はおっさんと呼ばれているようだ。名前なんざ大層なものはない、と言っていたがそもそも友達がいないみたいじゃないか。そりゃ名前なくても不便ないわな。
ん?ということはケイルにも友達と思われてないってことじゃないのか?
そう思い、久遠へと目を向ける。
そっぽを向いている、口笛でも吹きそうだ。
本当に友達いないんじゃん。泣きそう。
「———だからね、いたらおかしいんだよ。君もこんなのと友達になっちゃいけないよ、わかった?」
お前は俺の母ちゃんか。
とはいえ、ようやく悪口のパレードが閉幕した。
「じゃあ俺は帰るからな、着いてくんじゃねぇぞ」
流石に機嫌を損ねた、というより居心地が悪くなった久遠。
哀愁漂う背中を見せながら、トボトボと帰っていった。
帰る場所はあるのだろうか、仮にあったとしても一人虚しく暮らしているんじゃなかろうか。
今度遊びに行こう。
「それで?君は何しにここへ?」
久遠が見えなくなるまで見送った後、俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
「ちょっと、というか大分お願いことがありましてね」
「うん、なになに?」
「ちょい長い間匿ってもらえないかな〜、なんて」
『長い間』と言うのが肝要だ。ここで仮に『ちょっと』とでも言ってしまえば、すぐに追い出される可能性がある。
こういった交渉みたいなものはしたことがない。
だから一つ一つ丁寧に見極め、様々な分岐を考える必要が——。
「なんだそんなことか、気の済むまで居て良いよ」
いらないようだ、めっちゃ良い人。
思わずガッツポーズ、声にならない喜びが体全体から溢れ出る。
これでしばらくは安泰だ。心の中の重い荷物が落ちるような感覚、心身共に軽い。
「そんなに喜ばれるとこっちも嬉しいよ。我が家は自信作だからね」
「自信作、ってケイルが作ったのか?」
少し前に俺が大興奮していたこの家、彼一人で建てたのだとしたらとんでもないし、そのセンスが素晴らしい。
「もちろんさ、僕はこれでも凄い人なんだよ?」
そう言えば久遠が、彼の戦闘力は世界クラスとか言ってたのを思い出す。便利な異能力でも持っているのだろうか。
「でも、家目当てってわけじゃなくて、ワケアリでしょ?良かったたら教えてよ」
急に図星を突かれて少し狼狽えてしまった。
とはいえどうしたものか。この間も言ったが異世界人です!といっても引かれるだけだ。気づいたら山にいた。うん、そうしよう。
「イセカイジン?イセカイってなんだ?」
あれ?うっかり声に出てしまったか。
いやいや、そんなはずは無い。心でも読めるのだろうか。
「うん、読めるよー」
「んなわけ……ある、のか?」
衝撃の事実。
この世界には異能力があるが、久遠からは一人一種と聞いている。
狐に言葉を与え、心を読む。そして透明なのも恐らく異能に関係する筈だ。
それら全てが同じ能力とは考え難い。
「あ、イセカイって『異』なる『世界』で異世界ね、なるほど。んーと他には、、、光速度不変?、、うお⁉︎こりゃ凄いや!こいつ天才じゃん!」
何やら一人で理解して楽しそうにしている。何をしているのだろう。
「ちょい記憶見てるだけだから気にしないでね。にしてもこの『相対性理論』凄いねこれ、発想が天才だよ」
もちろん、相対性理論なんて言葉は一言も発していない。本当に記憶を覗かれているみたいだ。
何故、相対性理論の記憶を覗いているのか非常に気になる。ただ知識欲が強いだけだろうか。
それはそうと、相対性理論を一瞬で理解するあたりケイルは相当頭が良さそうだ。
ん?なんで相対性理論を知っているのかって?
ただ何となく気になって調べただけだ。大したことじゃない。順を追って考えれば、意外と分からなくもないのだ。
あくまで俺が知っているのはその内容と理由だけであって、細かい計算とかは何も知らない。
ケイルはもうその先ぐらいに行ってそうな顔をしている、と思う。見えないから分からないが。
「ふう、これだけでご飯三杯はいけるや」
相対性理論は果たしておかずになるのだろうか。フルコースでも足りない気がする。
「家賃と言っちゃ変だけど、今後も色々見せてくれない?」
「ああ、好きなだけ見てって」
やはり知識欲が強いようだが、理由はなんとなく分かる。
化学とか物理学の発見は基本的に天才や秀才達のヒラメキや偶然、若しくは圧倒的な努力のいずれかだ。
世界が違えば見つかっているもの、見つかっていないものも大きく違う。
そう考えると地球では知られずとも、この世界では当たり前になっている法則があると考えられる。
ひょっとすると『拳』もその一つなのかもしれない。
「一応言っとくけど、プライベートなとこは見ないから安心してね。僕が見るのは知識の階層だけだから」
「気にならないのか?」
記憶を覗けるなら、異世界のこととか俺の体が白い理由だとか気になるはずである。聞いてこないのは逆に変だ。
「それはお互い様だよ」
多分彼が言いたいのは、俺も彼が透明である理由を聞かないから、ということだと思う。
しかし、それはあまりフェアじゃない。
「いやいや、俺は異能力の影響だって思ったから聞かなかっただけで、聞いていいんだぞ?」
まぁ、聞かれた所で俺にもわからんのだが。
「僕は透明になりたくてなってるの。理由、気になる?」
「気になるけど、気にしない」
「良い子だねー」
何がどう良い子なのかよくわからないが、スッキリした。いつか話すであろうことだったので、初めに聞けておいてよかった。
「しばらくここに暮らすの?」
「他にアテがないし、そのつもり」
久遠に出会っていなければ、今頃どうしていただろうか。二人には感謝しかない。
すると、彼は服の汚れを軽く払って姿勢を正した。
「じゃあ改めまして、僕は遠藤ケイル。名前の通り和人と洋人のハーフで、透明人間。大体何でも出来るから、頼りにしてね」
何でも出来る、とはなんと心強い言葉か。一度言ってみたいものだ。
「ではこちらも、俺は天草来人。歳はまだ十四だが、そこらじゃレアな異世界人。料理には自信あるけど、それ以外はからっきし。よろしくな、ケイル」
「うん、よろしく来人」
俺が手を差し出すと、しっかりと手の感触があった。透明が故に、実に不思議な感覚だ。
勝手に子供っぽい柔らかい手をしているのかと思っていたが、真逆だった。
その皮膚は非常に硬く、今までの努力や苦悩が容易に想像できる。一体何をしてきたのだろうか、こっちは全く想像がつかない。パッと思いついたのは一つだけ。
恐らく、ケイルは並大抵の人生は生きていない。だから人に優しくできるし、こんな手をしているのだと勝手に思った。
「不思議な人ってよく言われないか?」
「いいや、全然言われないかなぁ」
先程の話題とは何も関係ないのだが、俺はケイルに対して敬語を使っていない。気付かぬうちにケイルの話し方、ペースに呑まれていたようだ。
透明人間であることも要因だが、ケイルからは独特の雰囲気がする。
今まで色々なタイプの人と話してきたが、これは初めてだ。
一見すると親しみやすく、優しい。シンプルでとても良い性格だ。
だが話していると、どこか掴みどころがなく、ふわふわしている。透明というより霧や霞のような感じ、蜃気楼が一番近いか。
綺麗なものが見えるのに、実際は何も無い。
あまり良いものとは言えないことは確かだ。
「全部筒抜けだからね?」
「すいませんでした」
素早く腰を九十度に折り曲げる。
忘れていた、心が読めるんだった。物凄く失礼なことを考えてしまった。
「あはは、からかっただけだよ。何にも見てないって。来人は色々考えるタイプなんだね」
「元はこんな頭は使わないんだけどな」
知らない土地、知らない人。色々考えを巡らせないと、どこで落ちてしまうか分からない。
元の生活じゃ何も考えなくたって生きていけたからな。逆にそっちがおかしかったと今になって思う。
「にしてもこの家いいよなぁ。昔から一度でいいから住んでみたかったんだよ、こんな家」
「よっしゃ、じゃあ我が家を案内しようか」
ケイルの後を追って大木に沿った螺旋階段に足を掛ける。階段の作りはシンプルに板を木にぶっ刺しただけなのだが、とても頑丈で落ちる心配は無用だった。
「板の中に鉄とか銅、金属を入れるとね、耐久性がぐんと伸びるんだよ。理由はそれ以外にもあるんだけど、ちょっと考えてみて」
「難しそうだな…」
やっぱり心が読まれている気がするが、それは一旦置いておこう。
あくまで素人の考えだが、そのまま鉄で作ってしまうといずれ錆びてしまい、耐久性を損ったり植物に害があったりするのかもしれない。
木の中でも錆びそうなものだが…。というか、どうやって板の中に鉄を入れたのだろうか。
色々疑問は湧いてくるが、何よりこの大自然の中に鉄は似合わない。そこが一番のポイントだろう。
「たしかに木の中でも錆びはするよ。でも歩いてたら何となく分かるから、その時にまた変えるの。他の理由はぼちぼち考えといてね」
長年住んでいたらそりゃあ分かるのか。しかし、他の理由、というのが全く分からない。
「まずは一個目の小屋、ここは僕の家だね。入る?」
「もちろん」
大木をちょうど一周ぐるりと登ったあたり、高さでいえば約三メートルくらいにある立派な小屋。ここに来て一番最初に目に入った建物だ。
ケイルが慣れた手つきで扉を開ける。
扉には目の高さに丸い磨りガラスが一つのみ、変わった装飾はない。ケイルはシンプルなものが好きなのだろうか。
「わ、めっちゃキレイ」
住んでいるのはケイル一人の為か、玄関はない。扉を開ければリビングがすぐにある形だ。
リビングに入って右手にキッチン、左手にダイニングがある。
それらは全て木製だが、使用している木材が違っているからか彩りのある部屋となっている。
広さにはかなり余裕がある。一人で住むには広すぎるような気はするが、のびのび暮らせて良さそうだ。
そして目を引くのは中央にある暖色のランプ。火ではなく、電気。この世界にも偉大な発明家がいたのだろう。
ん?電気?
「なあ、ケイル。ひょっとして板に金属入れてるのって送電のため?」
「お、せいかーい。早かったね」
「外から見た時電線とかなかったから、何となくそう思っただけ。どうやって繋いでるのかは分からないけど」
螺旋階段は一枚一枚の段が独立している。同じ大木に繋がっているだけだ。電流が渡っているとは考え難い、渦電流じゃあるまいし。
木の中に埋めてるのか?でも木は電流が流れやすいってよく聞くしなぁ…。
そうすると、流した電流がかなり散ってしまう。
「じゃあそっちを考えてみて、結構難しいけどね」
「俺に分かるのか…?」
ケイルが難しいというのなら相当な難題というわけだ。それだけでもう白旗をあげたい気分である。
「考えれば分かると思うよ。来人は割と頭が回りそうだから」
「うーん、すぐには分からなそうだから案内の続きお願い」
「オッケー」
小屋の二階をさっと見学した後、再び螺旋階段を登る。
「うひゃー、怖いなぁ」
もう高さ五、六メートルは超えている。階段は黒髭危機一髪みたいな構造なので、もちろん手すりはない。もし落ちたら、と考えるだけで身の毛がよだつ。
そういえば先程からふわふわとした感覚が体中にしている。
「流石に安全装置なしじゃ僕も怖いからね、その影響。一応落ちても無傷で済む仕組みだから、不安なら落ちてみてね」
「え、遠慮しておこうかな、あはは」
いくら安全保障付きとはいえ、怖いものは怖い。
誰が落ちるものか。
「ほいっ」
「え」
肩に軽い衝撃を感じたと同時、強烈な浮遊感と共に体中の血の気が引いていく、引きすぎて貧血になりそうだ。
段々と地面が近づいてきた。あー怖い。
でも大丈夫、安全装置がある。今は装置を作ったケイルを信じて身を任せる。頭が下になっているが、まぁいいや。
時間と共に加速していき地面が迫る。
あれ?大丈夫だよな?
一向に減速する気配がない。
え、ちょ、待っ——
「とぅおっ⁉︎」
ギリギリのところで安全装置が発動し、体が急ブレーキをかけて地面にぶつかる寸前で停止。
頭から落ちて危うく果てしない上空へ逝ってしまうところだった。
くるりと勝手に半回転して地面に着地。
「おっとっと」
「ね?大丈夫だったでしょ?」
「いや、うん、大丈夫だったんだけど…」
ケイルの言った通り、怪我はない。怪我はないのだが——
「だけど?」
「心臓に悪過ぎるってこれ…」
精神的なダメージがデカ過ぎる。文字通り死ぬかと思った。
体についた土埃を払いながら、何となくケイルのほうを見てみる。
「怒らないの?」
その声は疑問より驚きの方が大きい気がした。多分勝手に突き落としたことを言っているのだろう。
「怒らないよ?」
「いやいや、だって急に落としたんだよ?あの高さから、嫌だって言ってたのに」
ケイルは指を差しながら(多分)必死に訴えている。じゃあ何で落としたんだと言ってやりたいところだが、嫌と言われたらやりたくなるのが人の性。俺がケイルの立場なら百パーセントやっていただろうから、人の事は言えない。
「んー、まぁいずれ自分で落ちてチェックしてただろうし、丁度良かったよ。流石にその時は三メートルくらいでやるけど」
「安全装置は五メートルからだよ?」
「え、じゃあ怒るどころか感謝だよ。ありがとな、ケイル」
もしケイルが落としてくれなかったら、未来の俺は一人で投身自殺していたことになる。命の恩人第二号だ。
「ぁ……。来人は、優しいんだね」
掠れた声が漏れた後に一言、そう言われた。
「そうか?皆こんなもんだと思うぞ?」
人に優しく自分に優しく、とは母の言葉だ。とはいえ、こんなものは優しいの内には入らない。父の存在がその証明だ。
「おっさんにやった時は殺されそうになったんだけどなぁ…」
「久遠かぁ…」
常習犯だったことは聞かなかったことにしよう。
あいつならやりかねないし、キレる姿が鮮明に浮かぶ。そんなんだから友達がいないんだよ。
「え?名前付けたの?」
「うん、無いと不便だと思ったから」
そんなに意外なことだろうか。知り合っているならば、名前を付けない方がおかしい気もするが…。
「本当に根っこから良い子だねぇ。おっさんにも見習って欲しいよ」
「そんなに酷いのか?一応俺を助けてくれたわけだし、そこまでは——」
「それがね、想像以上に腐ってるの。まぁ仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。来人を助けたのも他の理由だと思うよ」
食い気味なケイルに返す言葉もない。絶対にそれはない、とも言い切れないのだ。
ケイルは多分、嘘をつけない。そういう人間だというのはもう分かった。
「ちなみにだけど、来人が襲われたのって夏芽犀?」
何だその野菜みたいな名前は。
首を傾げていると、ケイルはどこから取り出したのか紙とペンで絵を描いてくれた。
「あーこれこれ。この馬鹿でかいやつ」
絵の中の生物は小一時間前に見たものと全く同じだった。
額からは頭よりも大きなツノ。そして体の前半分は鼠色、後側は肌色をした大きなサイ。体長は百八十メートルくらいと書かれている。
そりゃあ肌色の部分は全く見えないわな。
「やっぱりかぁ。おっさんが人助けするわけないよなぁ。希望を持った僕が間違いだったよ。来人、口開けて」
よく分からないが、取り敢えず言われた通りに口を全開。ケイルが俺の胸を小突くとすぐにそれはきた。
「ゔぉぉえ」
胃の中から何かが逆流してくる感覚、最悪だ。その時間が短かったのが唯一の救いだ。
「ほら、これ見て」
ケイルが見せてきたのは、大きめのビー玉くらいの茶色い球体だ。恐らく俺が今吐き出したものだが、こんなものを食べた記憶はもちろんない。
「夏芽犀って生き物はね、卵を産みつける場所がかなり特殊なんだよね。どこだと思う?」
普段の俺に聞かれたら絶対に分からないが、今は何となくわかってしまう。嫌な考えだ。
「人間の、体の中?」
「そう、正解。夏芽犀は夏が終わる頃、若しくは死ぬ直前に鳴くんだけど、その時に一緒に塵みたいに小さい卵をばら撒くんだよ。人間の近くでね」
あの轟音のような鳴き声のことだ。
卵は恐らく、あの時に吸い込んでしまったのだろう。だが——
「サイズがおかしくないか?まだ吸い込んでから一時間も経ってないし、そんなに急に大きくなるのか?」
吸い込んだ時に塵くらいの大きさだったなら、成長速度が早すぎる。この話が本当なら、若干一時間で五、六センチほど成長したことになる。
「それ含めて続き話すね。卵が人間の体内に入るとその表面からまず周りの水分、次に養分を摂っていくんだ。で、どんどん成長していくの。卵の表面はその分広がるから、二次関数的に大きくなっていく。そうすると、すぐ孵化ちゃうんだよね。まだ一時間しか経ってないからこの大きさで済んだけど、一日もしたら体を食い破って外にに出て行くの。ご丁寧に宿になった体全部食べて、体に取り込んだ後にね。もちろんこの事はおっさんも知ってるよ」
「・・・」
怖すぎて言葉が出ない。
まるで針金虫のような生態。針金虫の場合は宿がカマキリだからそうなんだ、で済んだ。だが人間がその宿になると聞いた瞬間、とてつもない恐怖心が体にへばりついて離れない。
「おっさんに繋がる理由は何となくわかった?」
「ああ、よく分かった」
久遠は俺を殺そうとしてたってことだ。もし、本当に助けようとしていたのであれば、俺を遠くへ逃してから夏芽犀を殺したはずだ。
どうして、俺を殺そうと思ったのだろうか。
「殺した動機は流石に分からないよね。聞きたい?」
「ここまで聞いたんだからな、教えてくれ」
乗りかかった船だ。ここで引き上げても後味がきっと悪くなる。
「じゃ、教えるよ。元から来人を殺すことが目的じゃないんだよ。目的はその先。夏芽犀の子供だよ」
「何かに使えるのか?」
「ううん、違う」
じゃあ俺を犠牲にしてまで、何がしたいのだろうか、全く想像がつかない。
考えていると、ケイルはまた口を開いた。
「おっさんね、たまに僕に食べ物を渡しに来るんだよ。美味いから食わなきゃ損だ、って言ってね。僕は食べたことないけど、おっさん曰く世界一美味しいんだって」
「ぇ…」
「本当にね、うまそうに食べるんだよ。これ以上ないくらい笑って食べてるの。この瞬間の為におれは生きている、とか言いながら。人を食った直後の夏芽犀の子供を、ね」
「・・・」
つまり、こうゆう事だ。
久遠はただ、美味い飯を食う為だけに俺を殺そうとして、挙げ句の果てに食べようとしたのだ。
吐き気がする。本当に吐き気がする。
久遠が俺の事を避けていたのはこれが理由か。そう考えると辻褄が合う。合ってしまう。
「おっさんがどんな人か、分かった?」
「うん…分かったよ…。教えてくれてありがとな、ケイル」
「どういたしまして」
久遠に友達は一人もいない。
だが、それで良い。いてはいけない。
そんなんだから友達がいないんだよ。本当に。
ちなみにですが、夏芽犀は人間の体を出た後も人間を主食とします。後半身が肌色なのは食べた人間の皮膚が消化し切れずにそのまま浮き出てきた為です。