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Shuffle  作者: タイチャビン
第一章 白と光と透明人間
11/11

「そこ、立って」


 手慣れた感じで俺に言ったのは医者の中田さん。黒瞳黒髪、日本人まんまだ。


 後藤はハーフのような顔をしているし、ケイルは顔が見えない。俺は常時顔面蒼白で、灯は顔とか言っている場合ではない。

 日本人の顔を見るのは本当に久しぶりでなんだか安心する。


 彼女は長身で全体的にスタイルがいい。女性らしい起伏もしっかりあり、健康的な痩せ方をしている。顔は吊り目が特徴的。あとは美人のそれだ。服装は白衣。


 言われた通り立ったのは廊下の中心。特に何もない場所。一体何を——


「ごっふ」


 不意に鳩尾を殴られ、後方に吹っ飛ばされた。速すぎて捉えられなかった。


「痛———くない…?」


 鳩尾の痛みは勿論だが、朝から今まで全身に響いていた針を刺すような痛みが引いた。


 体を見れば、埋め尽くしていた傷は全て消えている。傷跡も無く、完璧に治っている。


「癒拳、凄いな……」


 俺が感動していると、嫌な視線を感じたので顔を上げる。

 中田が懐疑的な視線を向けてきている。なんだお前、といった感じだ。


 多分、今の俺の体の持ち主、灯はしょっちゅう自傷行為をしていて、中田さんはその治療のためによく呼ばれている。

 俺が初めて癒拳を見たような反応をしたのだから無理もない。


 後藤を見ると、どうぞどうぞと頷いている。

 隠す必要もないので、事情を話すことにした。

 この事象が病気とは思えないが、もしかしたら何かを知っているかも知れない。



△▼△▼△



「恐らく、逆拳だな」


 自信のある声で一言、中田に言われた。

 逆さの拳、何でも逆転させる拳だったか。


「君の精神と灯の精神が逆転したと考える他ない」


「じゃあ今、元の俺の体には灯さんがいるってことですか?」


「そういうことだ。逆拳を使える人は私の知る限り精々二人だが……知り合いに心当たりは?」


「一応、逆拳を使える人は一人いますが彼がやったとは思えません」


「そうか……」


 中田は人差し指で頭をコツコツと叩きながら考えている。


 いつまでも他人任せではいけないので、俺もぼんやりと天井を見つつ考える。


 つまり、今起こっているのはいわゆる入れ替わり現象だ。漫画とかでよくあるやつ。

 物語として見る分には面白いが、実際になってみるとかなり面倒臭い。

 頭ごっつんこしたわけでは無いので、元に戻すのは大変そうだ。


 今は中田と後藤という有識者がいるから原因が素早く分かったが、もし誰も周りにいなかったらと考えると俺の幸運さがよくわかる。

 たらればのことを考えても仕方ないか。


「もう一回逆拳を使ったら戻りませんかね」


「それができたら苦労はしない。精神の入れ替えは消費エネルギー量が尋常じゃなくてな。さっき試したがダメだった」


 俺の案が却下されたことよりも中田が逆拳を使えることの方が驚きだ。異能力二つとは一体どんな確率やら。


 あ、でもケイルも色々使えるよな。となると俺の知る人物のうち久遠も入れると、五分の二は異能力二つ以上持ち。本当に異能力は確率が低いのだろうか。


「具体的にどのくらいですか?もしかしたらケイル、逆拳使いなら出来るかもしれません」


「そのケイルとやらがどんな人物かは知らないが、肉体エネルギーで腕一本で山一つ飛ばせる、且つ、精神エネルギーが最低七、八万はないと厳しいと私は思う」


 尋常じゃないな。

 山一つ吹っ飛ばすくらいならケイルなら容易いと思う。

 実際飛ばしてるの見たことあるし。

 問題は精神エネルギーの方。


「ケイルでもギリ足りないか……」


精神エネルギーは肉体エネルギーのように目に見えるものではないので数値がよく使われている。

 一般人が約百、傭兵は平均値は三百二十二。ちなみに俺は一万九千三百十。


「因みにですが、そのケイルというものは何者なのですか?」


 先程から俺たちの会話を傍観していた後藤だが、食い気味で割り込んできた。

 中田も気になっている様子だ。


「戦闘力こほ凄まじいですが、ただの研究好きですよ。」


「ギリ足りないというとどれくらいなんだ?」


「大体六万七千くらいと聞いた事が——」


「水王の次じゃないですか……」


 後藤は椅子からゆっくり立ち上がって、俺の目に真偽を問うてきた。


 少しして後藤は諦めたのか、ストンと椅子に座った。


 ケイルの精神エネルギーの量がバグっているのは承知だったが、そこまでだったのか。


 水王。確か水拳使いであり、和人を救った英雄だったか。

 彼がどれほどの人物か、会ったことのない俺にはわかりようがない。

 噂だが、津波を海でなくとも起こせると聞いた事がある。

 精神エネルギーが世界一であることも頷ける。


「失礼ですが、中田さんの知る二人がやった可能性はありますか?」


「それなんだが、確信を持ってその可能性がないとは言えない」


 あるのね。

 念の為、確認程度で聞いたつもりだったがそれで片付けることは出来なそうだ。


「片方は今西のどこかしらで働いていると聞いた事があるが実際のところ怪しくてな。最近そいつに関わる事件が出始めた」


「事件というと?」


「『爆弾魔』だ。知っているだろ?」


「……ええ、もちろん」


 もちろん知らない。誰だよ。

 その物騒な名前から何となく想像はつくが、細かいことは分からない。

 だがその『爆弾魔』がこれをやった可能性はゼロじゃないことが分かったので良しとする。


「『爆弾魔』というのはですね、二週間ほど前でしょうか、街が一つ消えたんですよ。当時は原因不明でしたが、幾らかの目撃情報や街の跡から一つの大きな爆発が原因だということが分かったんです。街の大きさは物理的に引き起こした爆発では到底為し得ない大きさだったので、拳によるものだと判明しました。爆発に関する拳を使用できるのは現在は世界に彼一人しかいないので現在最も疑われている形ですね」


 やっぱり気になって後悔していたら後藤が全部説明してくれた。ありがたい。ありがたいが——


「……なんで嘘だって分かったんですか?」


「申しておりませんでしたな、私は嘘の拳という異能力を持っています。一度触れた相手の嘘を必ず見破るという能力です。執事向きでしょう?」


 「そうでしょ?」みたいな目を向けてくるので「そうですね」と返したら「嘘は良くないですよ」と窘められた。


 それはそうと今朝、後藤が俺に対して敵意を向けていたときに嘘みたいに俺の言うことを信用したのはそれが理由か。

 ケイルの話をしていた時も俺が嘘を言っていないことが分かったのだろう。


 にしても後藤も異能力持ちとは驚きでしかない。

 つまり俺の知る人間は三人とも異能力を持っているということ。

 異能力は大体百万人に一人の確率。また数字を疑いたくなる。


「それで、もう一人はどうなんですか?」


「完全に行方不明だ。奈落に落ちてから生死も分からない。


 奈落。これは俺も知っている。


 前提から話すと、この世界(星)の形はおよそ逆四角錐のような形をしている。

 今俺がいる場所はその逆四角錐の上の面だ。

 そんな馬鹿な、じゃあ重力はどうなっているんだ。

 そう思うことだろう。

 しかしこの世界は太陽において天動説の成り立つ世界。

 『拳』でなんでもまかり通る。

 察しの良い人はもう分かったと思うが、これもまた人為的なものだ。長くなるので詳しいことはまた今度。


 奈落というのはその逆四角錐の端っこから下のことである。

 勿論落ちる先はないが、数多くの地学者や少ないが自殺を望む者などが飛び降りている。

 実際どうなっているのかはわからない。

 誰一人として帰ってこないから。


「誰がやったのかいよいよ分かりませんね」


 寄り道し過ぎたが、本題は本題で目を逸らしたくなるほど絶望的だ。


「とりあえずこちらでも調べておくが、あまり期待はしないでくれ」


 そう言い残して中田は次の患者の元へと行ってしまった。


 残った後藤と目が合う。

 お互い八方塞がり、半ば諦めの表情をしても仕方ない。


「気分転換に外に出ませんか?」


「……」


 特に何も考えず言ったのだが、後藤がとてもじゃないが外に出る気分ではないことに遅れて気づく。


「すみません、軽率すぎました」


「あ、いえ、私が心配なのはそちらではなく……」


 後藤からは話したくない意志が溢れ出ている。何も聞かないでおこう。



△▼△▼△



 この一日は何をするでもなく、ただ呆然としたまま過ぎていった。

 後藤さんともほとんど話さず、家にずっとこもった。


「日記、どうしよ」


 異世界に来てから毎日サボらず書いている日記。こんな結果で中断することになるとは考えもしなかった。

 こういう事こそ記しておきたいのだが。


「はぁ……」


 ため息を漏らし、ベットに背から飛び込む。

 ベッドが軋み、悲鳴をあげている。

 悲鳴をあげたいのは俺の方だよ。

 正直、泣きたい気分だ。一体俺が何をしたのかというのか。


 何をしても仕方が無い、というか外に出ることすらできないので寝ることにする。

 本当に、ここの神様は何がしたいのだろうか。



△▼△▼△



「……」


 目が覚めてしまった。

 起きたくないのに。何もしたくないのに。


「あーダメだ、思考がどんどんネガティブになってる」


 生への感謝を忘れずにしながら、髪のない頭をゴンゴンと叩き、なんとか鼓舞を———ん?髪がない?


 慌ててもう一度頭に手をやる。ツルンツルンのスキンヘッド。

 肌を見る。病気を疑う程白い肌。

 下を触る。棒も穴もない。

 つまり———


「っしゃぁ!!戻ったああ!!」


 久々に大声を出したので変に裏返ったが、そんなものはどうでもいい。

 広大な森の中で一人、奇声を上げて喜びの舞を踊る。

 

 そう、森の中。

 大自然の中で寝っ転がっているのだ。

 幸いランニングでよく通る場所だったのでおおよその位置は分かる。

 一旦ケイルの元へ行こう。


 ケイルなら、既にこの現象の原因を知っているかもしれない。いや、なんせこの世の全てを調べ尽くした男、知らないはずがない。


 二十分程走ると、俺がいつも目印にしている曲がった木が見えた。

 ここから曲がっている方向に真っ直ぐ進めばすぐに———


「……は?」


 ケイルの家に辿り着いた。

 予定通りだ。



———家が全壊していること以外は。



△▼△▼△



 やあやあ、こっちじゃ初めましてだね皆さん、ケイルだよ。

 僕は遠藤ケイル。ただの山に引き篭もっているおっさんだよ。

 今は訳あって教え子の来人に色々詰め込んでる最中。

 ちょっとアホっぽいけど物覚えはかなりいいから、教えてて毎日楽しいよ。

 話し相手がいることが大事だなとようやく気づいた今日この頃。


 ベットから跳ね上がり、軽く伸び。

 窓全開+風拳で一気に空気を入れ替える。これが気持ちいいので、毎朝早起きをしてしまう。

 いつもの羽織りを着て、一階に。


 朝食を作りつつ今日のおおよその計画を立て———


「今日もいつも通りでいっか」


 なんかもう最近色んなことが面倒臭くなってきて、毎日同じことしかしていない。

 確立した生活習慣があるのはとても良いことなのだが、いまいち心残りというか靄がずっとある。

 でも来人だしいっか、となる毎日だ。


 来人は変わった人だと思う。容姿や非凡な知識は勿論だが、あの性格が自分の知っている人間とも似ても似つかぬのだ。

 いつも穏やかで優しい顔をして、努力も怠らない。弱音もたまにしか吐かない。

 雷拳の時は酷かったけどね。仕方ないけど。


 しかしたまに、稀に、物凄く怖い顔をすることがある。


 ある時は、まるで余命が明日になったかのように、怯えた。


 ある時は、親の仇を見つけたような引き攣った嗤いを零した。


 ある時は、理性を捨てた狂人の如く叫んだ。


 僕が見たのはこの三回。

 三つ目に関してはつい昨日の夕方、川の辺りを走っている時のことだ。

 悪いものでも憑いているのかと思って調べたのだが、異常は何も無かった。

 来人に聞いても、自覚はないという。


 今後も注意しておこう。


「完成したけど、遅いな……」


 来人は早起きだ。

 彼に言わせれば、昔からの癖らしい。


 その来人は今日は遅い。

 今まで寝坊なんて一度もなかった。珍しいこともあるもんだ。


「来人ー?起きてる?」


 2階に上がって来人の部屋のドアを叩いたが、返事はない。


「入るよー、、、ん?」


 来人は、いる。起きている。部屋の隅っこで蹲っている。

 だが、来人ではないことが直感で理解できた。


「おーい、君、名前は?」


 来人の姿をした『誰か』に問いかける。

 しかし、『誰か』は首を振るばかりで何も話してくれない。


 仕方がないので朝食を持ってきた。

 むしゃむしゃ犬みたいに貪り食った。すっごい汚い食べ方だった。

 食事に夢中になっている間に『誰か』にそっと触れ、記憶を薄く漁ってみる。


 名前は……露葉灯。


 ちょ、ちょっと待って、露葉?

 国王の娘さんじゃんか。ドユコト?

 目の前にいる少女であろう人物、かの王の娘がこんなとこにいる。

 加えて振る舞いがこんなに汚いとは。ちょっとびっくり。


 住所は……知らないっぽいけど、周辺の景色を見るに山楽かな?

 多分王様の小さい方の家だ。


 最近の記憶は……わーお、大分病んでるね。


 文字に起こすことすら躊躇われるような傷付け、治して、傷付け、治しての繰り返し。

 原因は不明。


 ……不明?病んでるのに?そんなことある?


 気になってもう少し深く行ってみるが、何処を見ても真っ黒で何も見えない。


「うーん分からんなぁ……いて」


 頭に置いた手を離すのを忘れていた。既に朝食を終えていた来人———じゃない、灯に手を勢いよく叩かれた。


「ごめんよー。……って、あれ?」


 灯がいない。

 一瞬たりとも目を離したつもりはない。仮に離していたとしても移動の痕が残るはずなのだが、それもない。

 家中隈なく探してもいないので外に出る。


「あ、いた」


 いた(••)。今はいない。


 五つ目の小屋の屋根に腰掛け、空を見上げていた所を一瞬目端に捉えた。

 瞬間移動や逆拳の類と見て間違いない。


 透拳を使って辺り一体まるっと探す。今度は九つ目の小屋だ。


 今度は逆拳で灯とゼロ距離まで移動。


「つかまえ……た?」


 空振り。

 灯を見ている感じだと逆拳ではないのは確か。


 それにしても一体どんな反射神経をしているのやら。おまけに僕が見た中でスピードも最速。ひょっとしたら王様より速いんじゃなかろうか。

 なんせこの僕が見切れないくらいだよ。自慢じゃなくないけど目はいい方なんだけどね。


 仕方ない、こっちも最速で追うことにしようか。


 居場所はすぐわかったので、真っ直ぐに体をすっ飛ばす。


「うっそー……」


 また空振りだ。

 ここまで来ると受け入れるしかないが、灯は僕よりも速い。それも圧倒的に。

 このままでは鬼ごっこに勝てず逃げられてしまう。どうしよ———


「———破壊衝動もあり、と。最悪」


 とても一殴りで出たとは思えない音が耳に入る。

 音の中心にはもちろん灯の姿がある。

 その腕の先には一撃で木片の塊と化した一つの小屋。今度は七つ目の小屋だ。

 保管してある資料が木片と共にばら撒かれる。まさしく芸術。


 わー、綺麗だなー。

 などと考えている余裕はない。急いであたり一体に風拳と逆拳を展開。

 一気に自分の元へと集めていく。

 ついでに小屋も直す。


———壊された。


 七つ目と、ついでに六つ目の小屋が粉砕。

 なんかもう自分の手に負える人間ではない気がしてきた。


 両方とも直したが、また壊された。今度は八つ目の小屋も壊された。


 もう、何もしない方がいいか。



△▼△▼△



「ありゃー、やっちまったなあ」


 放置を決め込み、狩りに行ったはいいが、家が大変なことになっている。

 おまけに灯の姿もない。


 時刻は夕暮れ、今から探しに行ってもいいが、それをするメリットがあまりないことに気がついたので却下。


 じゃあ家だけでも直そうと思い木片達を巻き上げ、元の位置へと———



「……」


 臭いがした。


 絶対に、してはいけない臭い。


「………」


 音がした。


 聞くだけで吐き気がする。


 一瞬でも早く消えて欲しい。


「…………」


 姿が見えた。


 気持ち悪い赤色。


 もう見たくない。


「——————死ね」

 

 


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