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卒業パーティでの断罪

一番最初に書き始めた話で、とにかくベタで典型的なざまぁを目指しました。

◇◇


「イザベラ・ルクス! 王太子である私の婚約者であるという地位を笠に着た暴虐、もはや看過できぬ! お前との婚約は今夜を以って破棄とする!」


 セルイム王国王都に設立された貴族学院の大広間、生徒の保護者達や国の重鎮、他国の大使を招いて開かれる卒業と進級を祝う盛大な夜会の会場に響き渡ったその声に、さざめき笑う人々の声が水を打ったかのように静まり返った。


 人々の目が一斉に向けられたのは王族やそれに準ずる高位の者達の席が設けられた壇上。

 日が落ちた直後の、まだ薄明るいが仄かに夜の気配が漂い始めた会場の中、一際数多く灯された魔石燭台によって照らし出されたそこにはひと塊の男女……正確には一人の少女と幾人もの少年の姿がある。


 男性の胸程の高さがある壇上から言い放ったのは金髪に青い瞳を持ち、派手な赤いベルベットに金の刺繍を施したジュストコールに身を包む、十七、八歳の見目好い男性……学院をこのほど卒業するセルイム王国王太子、ラインハルツ・ノッシェだった。


 その背後には数人の側近が控え、王太子の脇にはハニーブロンドのふわふわとした髪にペリドットの様な明るい緑の瞳を持つほっそりとした少女が、ラインハルツとそろいの赤と金の華やかかつ高価なドレスを纏い、怯えた様に寄り添っている。


 対峙するは王太子の婚約者であり、隣国ユグラン王国の第一王女であるイザベラ・ルクス。

 青銀の髪を美しく結い上げ、落ち着いた深い紺色の絹に星降るような精緻な銀の刺繍の、一見簡素だが素材や仕立ては豪奢極まりないドレスに身を包んだ彼女は、僅かに首を傾げて蒼穹を写した色の瞳を壇上に向けた。


 ラインハルツの婚約者として生まれる前から定められ、卒業後の婚礼を控えてセルイムへ二年間の留学に訪れていた彼女の席も本来は国賓として壇上に設けられているが、今は同じく今年卒業する学友や後輩達と談笑していたらしく、ラインハルツ達より低い位置に数人の男女に囲まれて立ったまま静かな目を彼らに向けていた。


「婚約破棄……にございますか? わたくしは構いませんけれど……セルイム国王陛下、並びに我が父であるユグラン国王陛下へのお話は既にお済みですの?」

 動揺の欠片も無い声音で問う少女に、ラインハルツは盛大な舌打ちを返し、側近の一人に目を向けて顎をしゃくる。


「黙れ! 貴様ごとき悪女を打ち捨てる事を父上が認めぬ筈がなかろう? この通り、婚約証明書は今を以って破棄された! これで貴様の暴虐ももう終わりだ!」


 あざ笑いながら、ラインハルツが側近の差し出した羊皮紙を受け取り、真っ二つに破り裂いて床に捨てた。


「まあ……その書類は神殿に保管されている筈ですけれど……ああ、ユラン様が入手されたのかしら?」


 扇で口元を隠し、王太子の側近であり、大神官の三男である少年をちらりと見遣って問えば黒髪の少年は得意げな顔で鼻を鳴らす。


「貴女の様な悪女をこの国の国母とするなど、神が許しません。父の為にも、神の御意思を代行させていただいたまで」


 少年の言葉に、周囲の者達、特に大人たちは戦慄する。

 王侯貴族庶民を問わず、婚約や婚姻に関する書類は非常に重要な物であり、それを保管し、守る事は神殿が持つ大きな役割の一つでもあった。

 当然ながら勝手に持ち出し、あげく破損する事など許される筈もなく、ましてやその禁忌を大神官の息子が犯すなどと、あってはならない。


 公式の場での突然の婚約破棄、それも二つの国家を結ぶ重要な婚姻を反故にする王太子の発言と言い、戦が始まっても不思議が無い程の不祥事に貴族達は固唾を呑み、まだ来場していない王や自身の寄り親の元へ報せを送るよう密かに指示する。


「まあ、そうですの。つかぬ事を伺いますけれど、わたくしの暴虐とは一体?」


 相変わらず落ち着き払ったイザベラの言葉に、ラインハルツは苛立ちを顕わにした。


「しらを切る気か! 貴様が身分低くか弱きリーシャ・ミンツ男爵令嬢に暴虐を働き、苛め抜いた事など学園中の誰もが知っている事だ! 王太子の名に於いて、貴様の故国には厳重なる抗議と共に王女の身分剥奪を要求する事とした! 剥奪の後はその見た目だけは良い姿を生かして娼婦として賠償金を稼ぐがいい。既に娼館にも話はついている。貴様の父親とて否とは言わぬだろう。この祝いの席に貴様の様な下賤な女がいるだけで皆の迷惑だ。即刻娼館へと送ってくれる! そこでその性根を叩きなおすがいい!」


 一息に言い放った少年を、イザベラは相変わらず静かな……いや、醒めた目で見上げる。


「わたくしがミンツ嬢を虐げた、と仰いますの? 身に覚えはございませんけれど……そう仰られるのならば、当然確かな証拠がございますのね?」


 感情の窺えない声音でイザベラが問うと、彼女を見下して鼻を鳴らしたラインハルツが背後へ目くばせした。


「ダッカス! この女に証拠を見せてやれ!」


 その言葉に応じて進み出たのは宰相の次男で、抱えていた箱から次々に細かな品々を取り出して得意げに掲げる。

 掲げられたそれは破れたノートや教科書、汚れたハンカチ、折れたペンや千切れたリボン、ひしゃげたブローチなど他愛の無いガラクタばかりで、周囲の貴族達の困惑を深めた。


「まずこれが物証です。これは全てそこの悪女が聖女の様なリーシャを妬んで破壊した彼女の私物。そして証言はリーシャがしてくれました。一人の時を狙ってやってきては言えないような汚い言葉を吐き掛け、リーシャの大切な物を取り上げ、目の前で破壊していると。他にも制服、殿下や私達が贈ったドレスを汚したり転ばせる、聞くに堪えない罵倒を浴びせるなど、王太子殿下の寵愛を受ける、それも聖女に列せられる程慈悲深い女性に対する所業ではありませんよ。本来ならば火あぶりにすべき所を娼婦に堕とすだけで許してやるなど、甘すぎるにもほどがあります」


 ダッカスが掲げる物証を示しつつイザベラを睨みつけながら憎々し気に言うユランを、王女は白けた目で見上げて嘆息する。


「破壊された物品と被害者当人の証言のみでは証拠にはなりませんわね。わたくしがミンツ嬢を虐げていた姿を見た第三者はおりますの? ああ、わたくしに付けられたセルイム、ユグラン両国の監視者に聞いてもよろしいですけれど」


「監視者だと?」


 ラインハルツが眉を顰めて問い、その言葉に居並ぶ貴族達が思わず顔をゆがめた。

 異国からやってくる王女の安全を守る為、そして隣国からは同盟国とは言え異国に生まれ育った王女に二心なく、嫁ぐ先を裏切るような行為が無いと証明する為に、双方の国から監視者が付けられるのは貴族であれば誰でも知っている事だ。

 それをまるで初めて聞くような顔で問い返す自国の王太子に、胸中の暗雲がより濃く、重くなってくる。


「彼らはそれぞれが仕える王に誓って虚偽は口にしませんの。わたくしの行動は六人体制、常に二名にてこの国に来てから二年間、一日中、就寝中や入浴中まで監視されておりますのよ。勿論着換えや入浴時には女性の監視者がついておりますが。……ミンツ嬢。わたくしに虐げられた日時を出来るだけ正確に書面にしてくださいませ。毎日全ての行動が両国に報告されておりますから、その記録と照合致しますわ」


 悠然と微笑んで告げる王女の言葉に、リーシャの目がせわしなく動いた。


「っ……その方たちもイザベラ様の権力とお金で言う事を聞かせているんでしょう!? 可哀そうな方たち……! きっと私みたいに脅迫されているんだわ!」


「あら、ミンツ嬢、そのお言葉はあまりにも不敬ですわよ?」


 苦笑したイザベラに、今度は王太子が眦を吊り上げる。


「何が不敬だ! その身分を笠に着られたのも今日までの事だぞ! 王太子として、今後全国民が貴様に何をしても罪に問わぬと宣言しよう!」


「わたくしに、ではありませんわ。ミンツ嬢のお言葉は両国の国王陛下への不敬に当たると申し上げているのです。両陛下が直々に任命した監視者が、国王より下位であるわたくしごときの地位や金、或いは脅迫とやらに屈する……つまりは両陛下のお力をわたくしよりも低いものだと仰ったのだと、おわかりになりません事?」


 嘆息して告げるイザベラの言葉をリーシャは理解出来なかった様で不思議そうに首を傾げてからイザベラ様が怖いです、などと甘えた声でラインハルツにしがみ付いたが少年達ははっと気づいて青ざめ、しかしそれを振り切るように口々に怒鳴りたてて、責任をイザベラへ押し付ける。


「と、ともかく貴様は今この時から王族ではなく卑しい娼婦だ! せいぜい己の傲慢さを悔いるがいい!」


 反論出来ないまま怒鳴りつける王太子を見上げるイザベラの無感動な表情に対して、周囲を囲む貴族達の体感温度は激しく低下し、気の弱い女性たちの中には失神するものまで現れた。


 それも当然の事で、自国の貴族の娘相手でも勿論同盟関係にある隣国の王女、それもこの国に嫁がせることを父である国王が最後まで渋り、国民からすら反対の声が上がっていたという、掌中の珠と呼ぶにふさわしい高貴な少女を娼婦に堕とすなど、王太子どころか国王にすらその権限はない。

 先ほどはあまりに有り得ない言葉を聞き間違いかと思っていた貴族達は、誤魔化しようの無いその言葉に愕然とした。


 提示された物など証拠とはまるで言えぬようなくだらない物だったし、そもそも容疑が真実だったとしても子供の悪戯程度のそれではどんなに重くとも口頭での注意が妥当なもの。

 たとえそれが実行されずとも、この話が耳に入っただけで長年続いた同盟関係が破綻して当然の大醜聞だった。


 事実、少女の母方の叔父でもあり、当然列席しているユグラン王国大使は言葉を発さないまま激怒を目にたぎらせ、その妻は扇子を折れんばかりに握り締めている。


 彼らが一言も発さないのは何かしらの考えがあっての事なのだろうが、それでも今後の外交における苦難を想像して幾人もの貴族たちが胃を押さえた。



お読みいただきありがとうございます。

お花畑ヒロインの思考が書けば書くほど理解できず少々難産でしたがお楽しみいただけますと嬉しいです。

もしよろしければブクマ、評価など、よろしくお願いいたします。

明日13時に続きを投稿予定です。


本日18時に悪役令嬢と猫の話の連載版の投稿を開始しました。

もしよろしければ、作品一覧よりご覧ください。

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