手作りの宝箱1
「結子ちゃん、ばあちゃんに会いに来て。」
「おばあちゃん、私も会いたいよ。どこにいるの?」
「結子ちゃん、ばあちゃんに会いに来て。」
「おばあちゃん、待って!おばあちゃん!」
結子は病室のソファーからガバッと起き上がった。
「またおばあちゃんの夢か。」
結子は母と2人で定食屋を始めた。
厳しい世の中だが店は常連さんも付いてなんとかやれている。
その矢先に母が過労で倒れてしまった。もう2週間も店を閉めているが結子は母の看病とこれからの店の事で精神的にも肉体的に限界に来ていた。
「おばあちゃん、会いたいよ。」
そう言って結子は顔を覆った。
結子と母親は酒乱の父親から祖母の元へと逃げてきた。
当時の暮らしは楽ではなかったが3人で静かに暮らしていた。
5年前に定食屋を開き母親とケンカをしながらもなんとかやっていた。
そんな中で祖母の存在は結子の心の支えになっていた。
結子は母にも言えない相談事も祖母には話ていた。彼女は結婚をしたい男性が出来ていたが定食屋を母1人にやらせるかどうか悩んでいた。
「結婚はしたいと思う時にしないといかんよ。お母さんのことは心配しないでいいから。」
祖母はそう言ってくれたが結子はその男性と自分からサヨナラをした。
自分だけ幸せになってはいけないと、それが彼女の決断だった。
その決断も何も言わずただ微笑んで受け入れてくれた祖母も去年の夏の暑い日に天国へと旅立って行った。
そして今の状況。
結子を支えてくれる人はどこにもいなかった。
3日後、母親は退院して自宅療養となったが、結子は店を開けるか悩んでいたがこのままではどうにもならないと考え1人でも店を開ける決心をした。
その矢先、結子に食材の取引業者から取引をしないと言われた。
もうあそこの店はダメだと噂が流れたためであった。
結子はゼロから食材の取引業者を探さなければならなくなった。
「なんで悪い事ばかり続くの。」
そう言わずにはいられなかった。
結子は何軒も何軒も取引してくれる業者を回ったがいい返事をくれる所は一つもなかった。
始めは今日こそはと空元気を出して出向いて行ったが最近はその空元気を出す気力も失っていた。
空っ風が吹くその日も4軒目も断られ途方に暮れながらトボトボと歩いていた。
「なんじゃぁあなたは!さては柿ドロボウに来よったな!」
「違う、違うよ。こんないい歳になって柿ドロボウなんてしかもここには柿の木なんてないでしょ。」
「なにぉぉ、そこまで下調べしてたんだぁな、はっもしやあんたはスパイか?スパイなんだな!」
「スパイって、あなたは何かの重要人物なんですか。」
「いい訳は聞かな〜いぃ、悪霊退散!!」
ゆみこはホウキでその男性を叩こうとした。
「ちょ、ちょっと待って。泰造じいちゃん知ってるでしょ?」
「泰造?あぁ、ゆみこ〜お菓子ばっかり食べんで〜野菜ばぎょうさん食べれ〜っていつも野菜をいっぱいくれる、泰造じいちゃんは知ってるけどあんたはしら〜ん!御覚悟を。」
「待って、だから私はその泰造じいちゃんの孫です。じいちゃんの代わりに野菜を持って来たん出すよ。」
「孫?代わりに野菜を持ってきた?そうだと思ったんだよね〜、泰造じいちゃんと似てるもん肘のシワ加減が。」
「肘のシワ加減ってそんな所、誰も気づかないよ。」
正一はそう言いながら野菜がはみ出てるほど入っているダンボールとお米をテーブルの上に置いた。
「じゃぁ私はこれで失礼しますよ。」
「武士の情け痛み入ります。」
ゆみこはそう言いながらホウキを鞘に納めた。
「じいちゃんが可愛い子じゃって言ってたけど変わった子の間違いじゃないか。」
そう言いながら正一は軽トラックを走らせた。ゆみこの家の門あたりで亜希子は正一の運転する軽トラックとすれ違った。
(あっ新鮮な野菜があんなに積んである。)
結子は思わず振り返り軽トラックを目で追ってしまった。そして門の中をふと覗き込んだ。
(うわぁ、新鮮な野菜がいっぱいそれにお米までいいなぁ。)
「はい、おひとつどうぞ。」
いつの間にか結子の後ろにゆみこがトマトをかじりながら立っていた。
「うわぁ、ビックリした。」
結子は思わずそう言った。
「野菜が好きだよぉ〜って顔に書いてありますよ。はいどうぞ。」
「あっありがとうございます。」
とっさに結子はトマトを受け取ってしまった。
「一緒にレモネードはいかがですか?」
「レモネード?ですか。」
ゆみこはトマトをかじったまま、レモンの木を指差した。
「わぁ、立派なレモンの木ですね。」
ゆみこはトマトをかじったままニコリと微笑み、どうぞ中へと結子を誘った。