モロの神1
「ちょっと休んだ方がいいわよ。」
「いや大丈夫だ。」
「昨日の夜も私が寝かせてもらったから、少しでも休んでお願い。」
「あぁわかったよ、じゃぁちょっとコーヒーを飲むついでに外の空気を吸ってくる。」
圭治は頭がボーとしてたのか、コーヒーを買わずに外に出た。彼は三日間、一睡もしていない。
「こんなに外は暑いのか。太陽が恨めしいよ。」
圭治はそんな事をボヤきながらトボトボと歩き出した。
(なぜだ、なんでなんだモロ。なぜ卓也を突き飛ばして襲ったんだ。なぜなんだ。)
圭治が赤ちゃんの時から一緒に育った飼い犬のモロ。圭治が結婚しても一緒に連れてきた。3日前そのモロが彼の長男の卓也を路上で襲い2人とも車にひかれ、モロは亡くなり卓也は意識が戻らず集中治療室にいる状態だ。
「うっそぉ、マジ?これすごいんだけど見てみて。」
「うっそぉ、マジ?これすごすぎ!」
今の圭治にはそんな女子高生の普段の会話も恨めしく聞こえる。
「なんて暑いんだ今日は。」
圭治は頬を伝って流れる汗を右手で拭いた。するとふっと涼しい心地のよい風が圭治を通り過ぎていった。
圭治は風が吹いて来た方を見る。
するとそこには白いワンピースに白いサンダル、紺色の野球帽をかぶりグローブをつけたゆみこが壁に向かってボールを投げていた。
ボールといってもビニールの和らいかボールだ。
「さぁこぉ〜いぃ。ヘイヘ〜イ。あれれ、取れないもんだね〜」
そのビニールボールが圭治の足元に転がって来た。
「しゃぁせ〜ん、ボール取ってくださぁぁい。」
圭治はそっとボールを投げて返した。
ゆみこはそのボールも取れなかったが
「あっがっとざーあぁした!」
そう言ってまた壁にボールを投げ始めた。圭治は関わっちゃダメな人だと思いその場を去ろうとしたがまたボールが足元に転がって来た。
「しゃぁせ〜ん、ボール取ってくださぁぁい。」
仕方なく圭治はまたボールを投げ返した。
「あっがっとざーあぁした!」
ゆみこはまたボールを取れずにいたが元気にお礼を言った。
またまたボールが圭治の足元に転がって来た。
「しゃぁ・・」
「手が逆なんですよ。」
「手が逆?あ〜グローブと逆の手で取るんですね!」
「いやその逆じゃなくて、上からかぶせるんじゃなくて、すくい上げるように取るんですよ。」
「すくい上げる。えいっ。おっ取れる!えいっ。お〜取れますよぉ。」
「ははは、それはよかった。でもこの暑い中に壁あてですか?」
「野球は夏の暑い時です。あっざ〜す。」
ゆみこは野球帽を脱いで深々とお辞儀をした。
「夏に野球?あーテレビで甲子園を見たんですね。でも今日は非常に暑いから気をつけて下さい。」
圭治が汗を拭いながら言った。
「暑いなら冷たいレモネードはいかがですか?」
ゆみこは両手の人差し指を上に上げてレモンの木を教えた。
「おぉ、立派なレモン木ですねぇ。」
「どぞ、どうぞ、どうぞ。」
ゆみこは入り口の小さな門へと案内した。圭治はなぜかすんなりとゆみこの後をついて行った。
圭治は近くでレモン木を見てまたその立派さに驚いていた。
「では好きなレモンをお選び下さい。」
「えっ自分で選んでいいんですか?」
「どぞ、どうぞ、どうぞ〜。」
このレモンの木でレモンを選ぶ時なぜか選ぶ人にしか見えない光がレモンを包む。
「あっこれがいい。これでお願いします。」
彼は背の高い男性であったが、彼の選んだレモンはしゃがんで取るほどの低い位置にあるレモンを選んだ。
「では、あちらに座ってお待ちくださいね。」
彼はゆみこに言われるままに椅子に腰かけた。
「しょしょ、お待ちください。」
「はい、ありがとうございます。」
圭治はこの空間の心地よさと徹夜続きだったので一瞬で眠りに入ってしまった。
圭治はハッと目を覚ました。どれくらい眠りについていたのかと圭治は思ったがまだレモネードは運ばれて来てなかった。
短い時間だったようだが圭治は頭がスッキリしていた。
「あ〜ここの空気はなんて気持ちよくて美味しいんだ。」
圭治は背伸びをしながら言った。
「お待ちどうさまでした〜。」
ゆみこは氷の入ったレモネードを運んで来た。圭治はほのかに香るレモネードの香りを嗅いだ。
「あ〜爽やかな香りだな、いただきます。」
圭治はレモネードをゴクリと一口飲んだ。
「あ〜濃厚で美味しいなぁ。それと喉の渇きが潤う。」
圭治はそう言ってゴクゴクとレモネードを飲んだ。
「これも一緒にどうぞ〜。」
ゆみこはそう言って駄菓子が入ったバスケットをテーブルの上に置いた。