天使達のほほえみ・再び5
恭子は廊下の端にテレビが見られたりコーヒーを飲んだり談笑ができるスペースで眠っていた。
そこでは患者の子供達やその保護者達が集まりゆみこピエロを取り囲んで大笑いをしていた。
ゆみこピエロはおどけたり、手品を披露したり、はたまた風船で子供達が好きな動物を作りプレゼントをしていた。
「なぜこのピエロはうちのが好きな動物がわかるのかしら。」
保護者からはそんな声がちらほら聞こえてくる。
子供達も保護者もひと時日常を忘れて楽しんで皆笑顔になった。
いつしか子供達がゆみこピエロの近くに集まっていた。
「ありがとうピエロさん、すごく楽しかった。」
口々にそう言う子供達。
ゆみこピエロはニコニコしながら子供達の顔を見渡し、1人の子供の目の前に顔を突き出した。
「君はパパちとママにお互いに好きな気持ちをまた教えたねぇ。」
ゆみこピエロは子供の手を5秒ほど包んでこう続けた。
「お部屋に帰ったらママにほっぺたを包んであげてね。」
そしてニコリと笑って、また次の子供の前に顔を突き出した。
「君はパパに自信を取り戻してあげたねぇ。」
「君はパパママに愛しさを教えてあげたねぇ。」
「君はママに思いやりの大事さを再確認させたねぇ。」
ゆみこピエロは子供達ひとりひとりにそうやって話しかけ、手を握り、ニコリと微笑んだ。
子供達は部屋に戻るとゆみこピエロに言われたように行動を起こした。
「ねぇママ、私の近くに来て。」
「ん?どうしたの?」
「あのさ父さん、ここに来てくれる。」
「おお、どうした?」
そして子供達は優しくママ(パパ)の頬を包んだ。
その瞬間、母親(父親)は涙がボロボロと溢れて心が暖かくなり気を失ったように眠った。
そんな事が各部屋で起こっていたのだ。
しばしの間、8階病棟は静けさの中に包まれていた、子供達は満足そうにパパママの寝顔を眺めている。
ありがとうの言葉を添えて。
時間にすると5分ほどの出来事だが、起きた親達はなんとも清々しい気分になり疲労が嘘のように消えていたのだ。
少しづづ静寂の中から声が聞こえて来て、ゆみこピエロはまたニコリと笑った。
ゆみこピエロは眠っている恭子の頭元へ座り彼女の頭を優しく撫でていた。
またひと時静かな時間が流れた。
「恭子!恭子〜!」
その声に恭子はハッとして目を覚ました。
なんと紀之だった、彼は汗だくで恭子に近づいた。
「ど、どうしたの紀之?」
「あ、あの夢か夢じゃないかよくわからない んだけど生意気な男の子が俺に言うんだ。恭子姉ちゃんは俺の大事な人なんだ!粗末に扱いやがって、もし恭子姉ちゃんが大事なら今すぐ会いにいけじゃなければ俺がこのまま天国へ連れて行く。お前の行動次第で恭子姉ちゃんの病気だけ持って行くかそれとも恭子姉ちゃん自身を連れて行くかどっちかになる。
寝てねぇで早く動け!」
「こう言うんだ。」
紀之は息を切らせながらも早口で喋った。
「で?どっちに決めたんだよ。」
突然ゆみこが瞳の色が変わって紀之に言った。
「えっあ、あの、その・・・」
紀之は夢に出て来た少年の口調と声がそっくりなゆみこに青ざめてしまった。
「たくっどっちなんだよ、決めたからここまで来たんだろ!」
「あっはい、恭子!君がいなくなる事を想像したら僕は凄く恐ろしくなった。今まで辛くあたってごめんよ。僕と結婚して下さい!」
恭子は両手で口を押さえて目に涙を溜めて大きく頷いた。
「それでは恭子姉ちゃんさん。レモネードをどうぞ!」
瞳の色が元に戻ったゆみこは水筒に持ってきた温かいレモネードを恭子へと手渡した。
恭子は素直にレモネードを口に運んだ。
「あ〜美味しい、すごく美味しい。」
恭子は久しぶりに心から微笑んだ。
「その笑顔が一番いいよ、恭子姉ちゃん。じゃぁ余計な物だけ持っていくよ。会えて嬉しかったぜ。」
また瞳の色が変わったゆみこがそう言って、優しく笑った。
「も、もしかして圭吾君?」
ゆみこはもう一度微笑んで、目を閉じた。もう瞳の色は元に戻っていた。
「ま、待ってくれ〜圭太。」
「ワハハッ、パパ遅いぞぉ」
あれから3年が経っていた。
恭子と紀之の間には1人の男の子は授かっていた。
「ハァ本当にやんちゃなんだよぉ圭太は。」
息を切らせながら紀之が言った。
「うんうんやんちゃで結構!元気で結構!」
恭子が笑いながら答えた。
ワンッワンッ!
中型犬が2人に向かって吠えた。
「こら〜ママの吠えるな!」
圭太が滑り台から走って戻って両手を広げ恭子の前に立った。
「圭太いつもママを守ってくれて、ありがとうね。」
恭子が後ろから圭太を抱きしめながら言った。
「だってお兄ちゃんと約束したんだ。ママを守ってくれるか?って聞かれたからうんって僕言ったんだ。」
「お兄ちゃん?」
「そう、お兄ちゃんがお腹が治ってよかったなってそれから俺は母ちゃんと逢えたから心配すんなってママに言ってくれって。」
圭太はそう言ってまた公園へと走っていった。
気持ちのいい木漏れ日が圭吾の笑顔を運んで来てくれたと恭子は一粒の涙を流して微笑んだ。