天使達のほほえみ・再び4
「オレは圭吾って言うんだ。頼みがあってやって来たんだ!」
ゆみこのレモンの木にやって来ていたのはこの圭吾だった、彼は以前この小児病棟に入院していた1人で。
そう1人で。
〜〜〜
「母ちゃんただいま!」
圭吾11歳。活発でやんちゃな圭吾だが学校が終わると寄り道ひとつせず家に帰る。
彼の母親は鬱を患っていたので圭吾は母親のそばにいる為に急いで家に帰る。
その日も同じようにドアを開けたが何か雰囲気が違う事を感じた。
そう圭吾の母親はそこにはいなかった。
その代わりに圭吾の父親がテレビを見ながらタバコを吹かしていた、圭吾を見るために振り向きもせずに。
「母ちゃんはどこに行ったんだよ?」
「あーあいつか、あいつは出て行ったよ。」
そう言うと父親はまた煙を吹き出した。
圭吾はその場に立ち尽くした。
その日から知らない女が家に入って来たがたびたび違う女に変わっていた。
圭吾の父親は圭吾に出来るだけ遅く帰って来て、帰ってきたら自分の部屋から出るなと言い出し圭吾が反発すると暴力を振るった。
ある日の夜、圭吾は喉が渇いたので水を飲もうとそっと自分の部屋の襖を開けると声が聞こえてくる。
「ねぇ〜あの子を母親に預けちゃってよぉ。」
「あっ?母親にねぇ、あいつの母親は捨てちゃったからどこにいるのかわかんねぇんだよ。」
「え〜わる〜い、放置して来たの?じゃぁ今度は・・・」
圭吾は目の前が真っ白になった。
母ちゃんは出て行ったんじゃなくて、あいつが追い出したのか?母ちゃんは病気なんだぞ、早く見つけないと母ちゃんが、母ちゃんが・・・
圭吾はそのまま家を飛び出して町中を走り回った、しかし思うように体が動かないし息が苦しいし、頭がクラクラすると思った瞬間に気を失っていた。
2日後に圭吾は子供病院で目を覚ました。
圭吾の父親は圭吾の捜索願いを出す事は愚か、女と夜逃げをしてどこで何をしているかわからない。
その日から圭吾は病気を抱えたまま一人ぼっちになった、だが圭吾は何度も何度も病気を抜け出して母親を探そうとしたが病気の体ではすぐに見つかってしまっていた。
このやんちゃな圭吾の担当は半ば押し付けられたように恭子がする事になった。
恭子は自分も病弱だったので圭吾の気持ちはある程度わかっていたがある日、堪忍袋の尾が切れた。
「何で毎回毎回脱走しようとするの?理由を聞いても言わないしもっと自分の体の事を考えなさいよ!」
「うるせぇなぁ、自分の体を考えろだって?オレはやらなきゃいけない事があるしオレの体なんて誰も心配しねぇよ、どうせオレは独りぼっちだからよ!」
「心配する人がいないですって?私はただ仕事だから言ってるんじゃない!君が圭吾が本当に心配だから言ってるのよ!」
日頃おとなしい方の恭子が目に涙を浮かべ興奮している事と彼女の目が真剣である事を圭吾は理解した。
「・・・ごめんなさい。ちゃんと点滴受けるよ。」
その日から圭吾は脱走をやめ、治療するようになった。
そんなある日。
「ねぇ恭子姉ちゃん。」
「ん?どうしたの?」
「オレが脱走してたのは、あの男がオレの母ちゃんを追い出したからなんだ、母ちゃんは病気だからオレ早く見つけたかったんだ。」
「そうだったの。」
「でもオレまずは自分の病気を治して強くなって母ちゃんを探す事にしたんだ。」
「そう!そうだね!それがきっと1番いいよ。」
「・・・なんか恭子姉ちゃんはオレの母ちゃんと同じ匂いがするんだ。」
「どんな匂いかな?」
「消毒液の匂い、母ちゃんも体調に気をつけていっつも消毒してたからかな、おやすみ。」
恭子はフフフと笑って圭吾の部屋を出た。
その決意とは裏腹に圭吾の容態は日に日に悪くなっていく。
だが圭吾は治療を受け副作用の苦しみも我慢して気丈に恭子に微笑みかける。
「・・・恭子姉ちゃん俺がいるから大丈夫だよ。・・・婦長や・・・他の奴が意地悪したら・・俺がやっつけてやるから。」
圭吾が浅く苦しそうに呼吸をしながら恭子を励ました。
「ありがとう圭吾君、心強いよ。時々婦長が怒るから懲らしめてもらおうかな。」
「・・まかしとけ。」
恭子は優しく笑いながら圭吾の足をさすりながら答えた。
「浜崎!すぐに圭吾君の所に先生を呼んで!」
恭子はドキドキしながらも医師に電話をかけすぐさま圭吾の病室へと向かった。
そこには呼吸器をつけられて意識が朦朧としている圭吾がいた。
「圭吾君、大丈夫大丈夫だからね。」
圭吾はマスクの中が曇るだけで返事は出来ないが恭子の目を見てかすかに頷いた。
医師が駆けつけ看護師達に首を横に振った。
それでも恭子は圭吾に話し続ける。
「圭吾君大丈夫だからね、お母さんを探しに行くんでしょ?君がお母さんも私も守ってくれてるんでしょ。大丈夫だからね。」
圭吾は真っ直ぐに恭子を見ながら涙を流した。
「かぁちゃん・・・ありがとう」
「何?なんて言ったの?圭吾君、圭吾くん!!」
圭吾のマスクが曇っただけで圭吾の言葉は恭子に聞こえなかった。
次の瞬間、圭吾のマスクが曇らなくなった。
医師が急いで容態を見たが彼は時計に目をやった。
「まだ、まだ間に合います!私が心臓マッサージォをやります!」
そう言う恭子を婦長が後ろから押さえ、恭子はその場に泣き崩れてしまった。
外は天気予報とは裏腹に嵐のような豪雨が降っていた。
「圭吾くん、君は1人じゃなかったよ。
天も哀しんで泣いてるよ圭吾くん。」
恭子は真っ赤になった目で降り続く雨を見ながらつぶやいた。
その約一年後、圭吾はゆみこの所に現れ、ゆみこの不思議な能力に助けを求め、この病院へと帰って来たのだ。
恭子を助けに。