07 吸血鬼の撮影会
「おわ~っ。本物の王子様はヤバい! 顔が国宝級! 仮とは言えメルちゃんの彼氏にふさわしいのはハルトさんしかいないですね!」
「でしょでしょ? メルちゃん圧倒的美少女だもんね。圧倒的美男子が相手じゃ無くっちゃ見劣りするってもんよ」
「そのポーズも最高です! ありがとうございます!」
部屋に響く騒がしい声に私は氷の女王様の表情のまま、内心で眉を寄せる。
ハルトと添い寝契約をし、アンリがしばらく泊めてくれと転がり込んできてから早数日。
管理人室は騒がしい日々が続いていた。
ハルトと添い寝契約をしてしまったから。
ハルトは添い寝契約をしたことを盾に、私の部屋で暮らし始めた。
彼は少ない荷物を管理人室にすべて持ち込み、堂々と暮らしている。
イケメンに弱すぎるアンリは、そのことについて文句を言う味方にはなってくれず、「いいじゃん。イケメンが常に視界に入る生活」とうっとりしていた。
そして、毎晩毎晩学校から帰ってくるとふたりは撮影会を開始するのだ。
あまりに騒がしすぎる。
「メルは仕事終わりそう? 一緒に撮影会しようよ~」
「終わらないわ、永遠に。あなた達がうるさいから」
「そんなこと言っちゃって~。優秀なメルちゃんががんばってこんだけ仕事終わらせてるの、ちゃんと俺は見てますよ」
にっこり笑ったハルトが、私が積んでいた処理済みの書類の束をポンポンと叩く。
正直に言って、管理人の仕事は使用人の仕事ぶりと寮生の見守り、監督さえしておけばいいと思っていた。
だが、実際は書類仕事まみれだった。
ヴェイルが書類の束を持ってきた時は唖然としたほどだ。
寮の管理費や使用人の給料の計算から各方面からのクレーム処理までとにかく仕事は多かった。
【魅了】スキルが規格外なレベルで強いこと以外なんのチートも持たない私は、地道に努力をするしかない。
学業の傍ら、仕事を覚えてこれだけこなすだけでも大変だった。
「優秀なメルちゃん」だなんて煽っているのかと思い、ハルトを睨むと、彼はふっと口角をあげた。
「そ。優秀なメルちゃんが、すご~くがんばったって知ってる。それでも終わんないんだから、この仕事はひとりでやる許容量を超えてんだよ。前の管理人さんだって老夫婦でやってたわけだし。俺に手伝わせてよ。『恋人』として」
小首を傾げて片目を瞑るなんてあざとすぎる真似は、顔が良くなければ許されない。
なので、ハルトの場合は許される。
ぐうの音も出ないくらい顔がいいことに悔しさを覚えながらも、私は肩を竦めた。
何日間かやってみてわかった。ハルトの言うとおり、これは私がひとりでやれる仕事量ではない。
「『恋人』としては必要ないけど、管理人室の居候としては働いてもらうわ。この数字全部計算してちょうだい」
「お任せを。女王様」
「あたしも手伝うよ、メル! だから、さっさと終わらせてふたりの撮影会やろ!」
「アンリも欲望に忠実でたいへん結構ね。じゃあ、リストにある備品の発注をお願いするわ。第一男子寮にふさわしい、良質でいて安価なものを」
「了解。まっかせて~」
ハルトとアンリは渡した書類をそれぞれ持って仕事を開始する。
ふたりは私が数日間ひとりで黙々と仕事をするところを見ていた。
アンリは私の変にプライドが高い性格をよく知っている。
私ががんばれるところまでがんばらないと、手を差し伸べられてもその手を取らないことがわかっていたのだろう。
だから、ハルトが声をかけてきたタイミングで便乗したに違いない。
ハルトがどうして声をかけてこなかったのかは不明だが、多分彼も様子を窺ってくれていたのだとは思う。
その証拠に、彼は夜寝るときに「限界が来たら無理だぁって言えることも力だよ」と毎晩話すのだ。
もちろんソファーの上から。
添い寝希望を叶える約束はしたが、アンリがいる以上ダブルベッドで三人で寝るわけにはいかない。
とっても寝付きの良いアンリが寝付いたあとに、ハルトは寝付きの悪い私にそうやって甘く声をかけるのだ。
ああやって、何人もの女性を騙してきたのだろう。あれは騙されても仕方が無い。
書類を少し任せたが、他にも目を通しておかなければならない書類は山ほどある。
苦手なコーヒーを飲みつつ、黙々と仕事を進め、きりの良いところで顔を上げると、いかにも褒められ待ちの二人の顔が並んでいた。
「書類は終わったのね?」
「当然っしょ。はい、どうぞ」
まずはハルトから差し出された書類に目をやる。
ハルトに渡した書類は前年度分の経費の計算だった。その書類に並ぶ数字は、見ていて頭が痛くなるほどの量だ。
そんな書類をハルトは計算機も持たずに、ただ眺めていた。
自分の仕事をする傍らチラチラ様子を見ていた私は、こいつは本当にやる気があるのかと内心疑っていたのだが、提出された書類を見て内心で目を瞠った。
見る限り、完璧。細かい計算はもちろん、記載されている数字の誤りまで訂正されている。
氷の女王様モードのため顔には出さないが、思わずハルトの顔を見てしまう。
目が合うと、ハルトは子どもみたいに笑って嬉しそうに身を竦めた。
「俺が顔だけの男じゃないってわかったっしょ? 本気になってもいいんだよ、メルちゃんっ」
「それは絶対に無いから安心しなさい。でも、優秀であることは理解できたわ。ありがとう」
クールな表情のままに言う礼で感謝はちゃんと伝わるのだろうか。
氷の女王様状態で礼を言うとき、必ず不安になることなのだが、ハルトは照れたように頬を掻いたので一応伝わった様子だ。
今度はアンリの方を見やる。
「アンリはどうなったの?」
「終わったよ。得意分野だったから、仕事のクオリティについては期待してくれていいよ~」
にんまり笑うアンリは、正直に言ってしまえば、成績がよくない。頭はいいのだが、とにかく勉強が出来ない子なのだ。
それを知っていて、私はアンリに備品発注の仕事を任せた。最もアンリに向いている仕事だってわかっていたから。
「さすがね、アンリ。バドゥ家の娘なだけあるわ。品物を見る目が確か」
「えっへん」
羨ましいサイズの胸を張るアンリにハルトが驚いた表情をする。
そういえば、ハルトにアンリの家については話していなかった。
「バドゥ家って、あのでっかい商家の? 世界を股にかけてるあのバドゥ家?」
「ええ。アンリは、ありえないほどの交易ルートを持っていて、手に入らないものはないと言われているバドゥ家の娘さんよ」
「マジでか……。じゃあ、いろいろとお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。ガルム王家の皆様にはよくしていただきまして、父も兄も感謝しております」
ぺこりぺこりとお辞儀し合う二人がなんだかおかしい。
既に本性がバレているハルトと気の許せるアンリしかいない空間で、油断していた頬が一瞬緩みそうになったのをどうにかこらえる。
こほんと咳払いをしてから、きりの良くなった書類を傍らに置いた。
「アンリもありがとう。これで休めるわ」
「よっし、じゃあいよいよ撮影会ね! 楽しむぞぉ!」
「ええ、楽しんでちょうだい」
「あれ? 俺は面白そうだしいいんだけど、メルちゃんが抵抗しないのは意外だな」
「アンリの撮影会を断ると引くほど落ち込むのよ」
小躍りするアンリの喜びぶりを見て、ハルトは「ああ」と納得した声を出す。
これだけ楽しみにしているイベントを断られたら、膝を抱えて部屋の隅できのこが生えそうなくらい落ち込むのも当然だ。
「むふふ、こんなこともあろうかと衣装つくってきてるんだよねぇ」
「つくってきたってことは、手作りってこと? アンリちゃん気合いの入り方がすごいわ……」
「私のスキルは【器用さ】なので、出来はばっちりですよ。はい、ハルト先輩はこっち、メルはこっちね」
アンリが持ってきていたやたらと大きな鞄から取り出されたのは、立派な衣装だ。
ハルトに手渡されたのは、まさに王子様という紺色の衣装。金色のこまかい刺繍が施されているところには、アンリのこだわりを感じる。
ハルトの紫紺色の瞳に合わせたこの衣装は、きっと彼に似合うことだろう。
そして、私に手渡されたのは真っ赤なドレスだった。
深い赤色のドレスには布が惜しげも無く使われている。
花を象ったレースがドレスの膨らんだ部分に流れるような配置でついているのが美しい。
びっくりするくらいの綺麗なドレスをアンリがつくってくるのは、見慣れた光景だ。
驚くこともなく、赤いドレスを鑑賞する私を、隣からハルトがぽかんと見つめていた。
「相変わらず素晴らしいドレスね、アンリ。さ、ハルトはとっとと隣の部屋に行きなさい。着替えられないでしょ」
「ああ、そっか。ごめんごめん」
へらっと笑ったハルトは軽口もたたかずに隣の部屋へとさっさと行ってしまう。
「脱がせてあげる」とかなんとかのセクハラ発言を警戒していた分、拍子抜けしたが、何もないのならそれがいい。
アンリに手伝ってもらって身にまとったドレスは、鏡で見ると薔薇を体現したかのようだった。
自慢のプラチナブロンドの髪もアンリが丁寧に巻くと、より美しくなる。
最後に、アンリは私の頭に薔薇の髪飾りを飾った。
「お~い。まだぁ?」
暇を持て余したのだろう。ドアの向こうから聞こえてきた声に、「いいわよ」と返事をする。
隣の部屋は管理人室の倉庫だ。備品まみれの狭い部屋から現れた王子様は、しっかりと衣装を着こなしていた。顔が良いとなんでも映えてずるい。
「うわ……。メルちゃん死ぬほど綺麗じゃん」
「そうでしょそうでしょ! ささ、その壁際で撮影しましょ。薔薇舞わせますから」
言いながらアンリは薔薇の花びらを投げる。
風の魔法で薔薇の花びらを操って演出をつけるのは、たいへん【器用さ】を活用できている素晴らしい芸当なのだが、もう少し他に使いようがあったようにも思う。
言われたとおりに壁際に並ぶと、アンリは「姿勢はこう!」と細かく指示を出してくる。
アンリの熱意に圧倒され、指示通りにしていると、ハルトは私の背後から腹に手を這わせ、あげく首筋に食らいつく寸前というポーズになっていた。
「アンリ……? これはどういう?」
「テーマは吸血鬼! 見た目パーフェクトな二人がやればいやらしくならないから。完璧な芸術作品になるから安心して!」
ぐっと親指を立てるアンリに、まったく安心できない。
アンリにとっては芸術作品かもしれないけど、私にとってはセクハラされ放題祭りみたいなものだ。
そろりと背後のハルトを見やると、ハルトはにんまり笑う。
アンリがバシャバシャとすごい勢いでシャッターを切り始めた。
「メルちゃんさ。髪の毛長いから首筋よく見えないんだよ。これじゃ吸血したくでもできないから、どけてもいい?」
「好き勝手触らないでちょうだい」
「アンリちゃんはどう思う? 絶対首筋出てた方が綺麗だよね? メルちゃん美白だしさ」
「ハルト先輩とは美的感覚が合いそうで嬉しいです! もちろんどかせちゃってください!」
撮影会では、すべての主導権をアンリが握っている。
私が抵抗できないように追い詰めるのが得意なハルトは、いたずらっ子みたいににんまり笑って「じゃ、失礼」と囁いて、私の胸元まである長い髪をどかした。
普段髪の毛に隠されている首筋が晒されるとヒヤッとする。
ハルトが首に顔を近づけてくるから、体がわずかに逃げるのを意外にたくましい腕に阻止された。
「やっぱ、メルちゃんいい匂いだわ。落ち着く。抱いて眠るのにちょうどいい」
「抱いて寝ることは契約範囲外よ」
「じゃあ、いつか抱いて眠れるように迫ることにするよ」
ふふっとハルトが笑った吐息が首筋にかかる。
くすぐったさに耐えていると、アンリが指示出しのために手をあげた。
「ハルト先輩! 口開けてかみつくフリしてもらっていいですか!?」
「いいよ」
よくない!
思わず私が首を横に振ったタイミングで、ハルトがぱかっと口を開ける。
私が首を振った勢いで、ハルトの唇が首筋に触れたのがわかって、ぞわっとした。
「あ、ごめん」と言ってハルトはすぐに離れたが、アンリは大興奮で「いいですいいです! セクシーですよぉ!」と大盛り上がりしている。
ハルトはアンリに聞こえないよう耳元で囁いてきた。
「じっとしててよ。事故って今度は唇にキスしちゃうかもよ?」
「ね?」と微笑んで、ハルトはアンリに言われるがままにポーズを取っていく。私もその後は無心でアンリに付き合う時間となった。
彼女が満足した頃には、私はくたびれ果てていた。
でも、アンリが嬉しそうにしていたのでよしとしよう。
さっきと同じようにハルトを隣の部屋に追いやってから着替えを済ませ、ベッドにダイブしたところで、アンリが時計を見た。
「あ、そろそろ夜の散歩の時間だ。すぐ帰るから、疲れただろうし先に寝てて良いよ。撮影会付き合ってくれてありがとうね」
快活に笑って、アンリは撮影で散らかったものを片付けて部屋を出て行こうとする。
あれだけ大興奮して撮影をした後だというのに元気なアンリに驚きながら、ベッドから上体を起こしてその背に問いかけた。
「最近、散歩に行っているけれど、なにかあったの?」
「前も言ったけど、ダイエット! むちっとしてきたからさぁ」
アンリはついこの間まで夜に散歩に行く習慣なんてなかった。
見る限りダイエットが必要な体には見えないし、明らかに不自然だ。
彼女が夜に散歩に行く理由は、彼女が自寮に帰りたがらない理由となにか関係があるのではないかと思っていた。
「じゃ、いってくるね」
爽やかに出て行ったアンリを、とりあえず見送る。
心配には思っているけど、追求しても話してくれそうにはない。
だから、私は今夜強硬手段に出ることに決めていた。
「私もちょっと出てくるわ」
「メルちゃんも行くわけ? どこに?」
ソファーに転がって欠伸をしていたハルトが慌てた様子で身を起こす。
私は彼に真剣な眼差しで答えた。
「もちろん、アンリの尾行よ」
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