幕間 赤髪の侵入者
メルリアが薔薇姫外伝に夢中になっていた頃。
酔い潰れて寝ていたヴェイルは、人の気配に弾かれたように身を起こした。
酒の匂いでごまかしているが、優秀であるヴェイルは寮内全体に警備魔法を張り巡らせている。
寮生以外の者の侵入や寮生同士の争いが起きた際にすぐに感知できるようにしているのは、この第一男子寮がお坊ちゃん専用の寮だからだ。
その護衛でもあるヴェイルは、ため息を吐いて部屋を出た。
勤務時間外の仕事は、いつもの仕事より面倒くさい。
第一男子寮に侵入者が来ることは珍しいことでは無かった。
王族も暮らしているこの寮に刺客が侵入することは少なくない。
いつでも撃退できるように準備をして向かったのは、寮の門だ。
正面から堂々と入ってくるなんて、よほど自信のある刺客なのかと考えながら食堂横のロビーを抜けて玄関を開けたヴェイルは目を見開いた。
そこには、赤髪の女生徒がうずくまっていた。
肩を弾ませて息をしている女生徒に、ヴェイルは歩み寄り、目の前にしゃがみこむ。
またあの隣国の第二王子が女を連れ込んで泣かせたのかとも思ったが、どうも様子が違うようだ。
ヴェイルが覗き込んだ彼女は切羽詰まった表情をしていた。
「何かあったのか? ここは男子寮だ。女の子がいていい場所じゃない」
声をかけると、彼女の金色の瞳がヴェイルを捉えた。
疲れ果てた表情をしていたのに、その女生徒の表情は一瞬にしてキラリと輝く。
「ッ……イ、イケメンだ! お名前は!?」
「……ヴェイルだ。元気そうだな。気を付けて帰れよ、お嬢さん」
「あ~、待って! ヴェイルさん!」
慌てた様子で赤髪の女生徒はヴェイルの前に回り込む。
さっきよりは元気そうだが、やはり彼女の表情は何か追い詰められているように見えた。
「あたしは一年B組、第一女子寮のアンリ・バドゥです! あたし、多分この寮の人にストーカーされてるんです」
「ストーカー……」
必死な様子の彼女からは嘘は感じられない。
不穏な響きの言葉を口の中で転がして、ヴェイルは不穏だからこそ踵を返した。
「そうか。それはご愁傷様だ。気をつけて帰れよ」
「ちょっとちょっと、女の子がストーカーにあってるって言ってるんだから助けてくださいよ。それにその制服は、第一男子寮の使用人さんの服ですよね。おたくの寮生が悪さしてるんだから責任とってください! 女の子助けないイケメンも好きですけど、今回ばかりは困ります」
だらだら歩いていたら、アンリはヴェイルの前に回り込んでくる。
このままではストーカー被害にあっている彼女にストーカーされそうな勢いだったため、ヴェイルはため息を吐いて足を止めた。
「俺は一使用人で、管理人じゃない。寮生の管理は管理人の仕事だ。明日管理人に伝えておくから今日は帰れ」
「第一男子寮の管理人はメルじゃないですか。メルには迷惑かけたくないのでダメです! 言えません。犯人はあたしが探すので、ヴェイルさんがあたしを守ってください。明日から第一男子寮に潜入しますので」
「潜入だと?」
「メルのお部屋にお泊まりさせてもらいます。今日は外泊許可証がないので帰らなきゃなんですよ。送ってってくれません?」
「潜入に関しては俺は関係ないし好きにしてくれ。今日送っていくことに関しても俺は無関係だろ」
「ヴェイルさんのダルそうな顔、色気しかない……。でも、色気に負けたりしませんよ。送ってってくれないと、面倒ですよぉ。あたし、しつこいのでず~っとごねますよ~」
眉を寄せて迫真の表情でこちらを見ているアンリは確かにしつこそうだ。
しかも彼女は有名なバドゥ家のご令嬢らしい。
アンリの予想通り、第一寮の寮生がストーカーをしていて彼女に危害を加えれば面倒になることは間違いない。
バーグ学園長に寮長として娘を任されているヴェイルは、面倒が起こってメルリアを巻き込むことは避けたかった。
「……はあ。本当に面倒くさいが送って行ってやろう」
「心底めんどくさそうなとこも素敵ですね……! あ~、どうしてこんなときにカメラの容量がなくなっちゃうんだろう! 昼間にメルを撮りすぎちゃったからなぁ」
「メルリアさんには面倒をかけるなよ。迷惑をかけたくないんだろう」
「もちろん! あたし、これ以上メルの負担にはなりたくないので」
にこっと笑ったアンリが「さ、帰りましょう」と言って門に向かって歩き出す。
重々しい足取りで彼女を追ったヴェイルは、アンリを第一女子寮まで無事送り届けるのだった。
翌朝、ヴェイルはアンリが第一男子寮に侵入したことを感知した。
犯人捜しなんて厄介なことには、ヴェイルは決して首は出さない。
どうか、面倒な大問題が起こりませんようにと酒をあおりながら祈るしか無かった。
これにて1章はおしまいです。
2章はストーカープロデュース計画です!
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