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06 添い寝契約


 びっくりした。

 端から見たらイチャついているようにしか見えない現場を見られたことにではない。

 セドリックが着ている服のダサさに心底びっくりした。


 シャツ赤、ズボン黄色、靴青の組み合わせは完全に信号機。

 しかも柄が、シャツはアイスクリーム、ズボンはドーナツがポップな色合いで並んでいる。

 サイズ感もぴったりしすぎていて、衝撃的なまでに似合っていない。

 街中で出会ったら遠めに避けるレベルのダサさだ。

 昨日挨拶をしたときは制服姿だったから、ここまで服装のセンスが壊滅的な人だとは思っていなかった。


「ハルト! また女生徒を連れ込んでいたと聞いたぞ。毎回言ってるだろう、他寮生がここに入るには申請書がいると! ここには、命を狙われる立場の人間だってたくさんいるんだ。刺客でないと言い切れるか? 君だって、ガルム国の第二王子なんだ。もっと危機感を持った方が良い」


 金色の髪はもさもさした鳥の巣みたいになっていて、セドリックの顔はよく見えないけど、彼がとにかく怒っていることはわかった。 

 ダサすぎる格好の人が、至極まともな主張をして怒っている姿はちょっとシュールだ。


「……管理人さんは、その、ハルトから離れた方がいいです。そういった行為は寮では慎んでもらいたい」

「はっ、そうね」


 ポカンとしていた私は、ハルトに抱きついたままでいることも忘れていた。

 氷の女王様にあるまじきアホ面を晒していた気がして、私はすぐにハルトから離れて背筋をシャンと伸ばす。

 「ああ」と惜しそうに私を手放したハルトは、恨みがましくセドリックを睨んだ。


「そういう行為って具体的になんだよ、セドリック。その上品なお口で具体的にお話ししてくんなきゃわかんないなあ」

「おまっ。そういうセクハラまがいのことをするな! 管理人さんは女性なんだぞ。女性の前ではしたない話をする気はない」


 腕を組んで怒るセドリックは、ハルトとは比べものにならないくらい紳士だ。

 もさもさ鳥頭で、服装は信号機だけど。


「セドリック。おまえがモテないことがコンプレックスなのはわかるよ。ラブラブカップルの俺らへの嫉妬を爆発させるのも構わない」

「いきなり失礼すぎるだろう」

「でも、その服装だけは、どうかと思うよ。なんでアイスクリームとドーナツなわけ? 色合いもなんでそれ? どういう意図?」


 ハルトが面白そうに目を眇めてセドリックの服をいちいち指さしながら指摘する。

 そこはデリケートな部分なんじゃないかと、繊細な時期の男心を心配していると、セドリックはもさもさな前髪の下にわずかに見える唇をへの字に曲げた。


「甘いものが好きだから、アイスクリームとドーナツにしただけだ。色にこだわりはない。アイスクリームとドーナツの服だから選んだら、この色だった」

「……靴は何故青色なのかしら?」

「それは青色が好きだからです」


 思わず訊ねた私の疑問に爽やかに答えるセドリックは、まったく自分がダサいことを自覚していない様子だった。

 くくくと笑いをこらえるハルトを軽く小突いて、言外に「やめろ」と伝える。

 これ以上彼の服装について弄るのは心が痛い。

 彼のファッションセンスのなさは本物だ。これはつついてはならない領域である。

 話を戻すことにした。


「セドリック。確かに私は公私の分別がついていなかったようだわ。管理人として間違った行為だった。謝罪するわ。ごめんなさい」

「い、いえ。そんな。大丈夫です」


 じっとセドリックを見つめて話すと、彼はうろたえたように俯く。


「今後気をつけてくだされば、問題はないので。……でも、ハルトとお付き合いすることは考え直した方がいいかと。彼は本当に女性に対する扱いがひどいので」

「ちょっと、セドリック。悪口吹き込まないでくんない? 俺ほど女の子に優しい男もいないっしょ。それに、浮気を心配してるなら、その心配はないよ。もう俺、メルちゃん一筋だから」

「なにを言っているのか……」


 呆れた調子で言うセドリックは、まるでハルトの言葉を信じていない様子だ。

 今まで散々女の子を泣かせてきたんだから、信じられなくて当然である。


「ひどいなぁ。セドリックは。俺はもうマジだから。メルちゃんにガチ。ラブ。だから、手出ししないでよ」

「で、できるわけないだろ! こんな綺麗な人に……!」


 言ってしまってから、ハッとした様子でセドリックは口を覆う。

 もさもさ髪の下でセドリックがこちらを見た気がしたので、よく見ようと小首を傾げる。

 顔を近づける前に、セドリックは跳ね上がるみたいに後退して、こちらに背を向けてしまった。


「珍しいな。しつこいお説教に定評のあるセドリック先輩がこの程度で見逃してくれるなんて。やっぱかわいい女の子に正座はさせらんない?

「うるさい。僕は用事があるし、今日はこのくらいにしておいてやる。今後は人目のある場所ではイチャついてはいけないぞ、ハルト!」


 叫んだセドリックはそのまま走り去る。

 呆気にとられる私に、ハルトがくっくと笑っていた。


 *


「あんたの部屋は二階でしょ。管理人室の真上。階段通り過ぎたんだけど」


 上を指さして見せるも、ハルトは「うん?」といい笑顔で首を傾げるだけだ。

 セドリックも去り、そろそろ部屋に戻ることにした私は、ハルトと一緒に寮内に戻った。

 ハルトも自室に戻るのだとばかり思っていたのに、どうしてか彼は階段を上らず、ずっと私についてくる。

 黙々と歩いていると、とうとう管理人室の前にたどり着いてしまった。


「何を考えているのか知らないけれど、私はあんたを部屋に入れる気は無いわよ」

「俺はテラスの窓割ってでも入ってくるつもりだよ」


 さらっと恐ろしいことを言うハルトにため息を吐く。

 窓ガラスの修繕費を考えて欲しい。寮のお金は無限ではない。


「何が目的なわけ?」

「何って……わかんない?」


 艶っぽく目を細めるハルトを睨みつけて、私は首を強く横に振った。


「わかりません。お引き取りください。ヴェイルを呼ぶわよ」

「おいおい、恋人に迫られて他の男呼ぶ奴がいるかよ」

「恋人といっても仮でしょ。調子乗らないでよ」

「俺に浮気するなって言ったじゃん。それなら、相手してくれなきゃ無理なんだけど」

「どんだけ欲深いのよ、あんたは!」

「何にもしないよ。ちょっと隣で寝かせて欲しいだけ」


 「はい、開けて」とドアを指さすハルトに断固拒否の姿勢を示す。

 彼は困った様子で眉を寄せた。

 困ってるのはこっちだ。


「仕方が無い。また交換条件を提示するしかないな」

「どんな取引条件でも応じるつもりはないわよ」

「これ見ても?」


 「てってれー」と古くさい感じの効果音を口で発しながら、ハルトは魔法でポンと空中に何かを出現させる。

 それは、本だった。

 よく見ると、幻の恋愛小説『薔薇姫の口づけ 外伝』だった。


「そ、それは! 三十年前に刊行された『薔薇姫の口づけ』を特定の書店で購入した場合、しかも先着百名にしか配布されなかった幻の外伝……! 人気脇役の恋愛事情を描いた、特典とは思えないほど重厚と言われている名作!」

「おお、詳しい……。なんかレアものって聞いたから買ったんだけど、マジのレアものっぽくてよかった~」

「どこでそれを!?」

「闇市。昼間行ってきた」


 昼間って学校はどうしたのか、この不良王子は。

 しかも闇市って、悪い取引も盛りだくさんの危ない場所じゃないか。

 でも、そんなことはどうでもいい。薔薇姫の外伝が読めるのならなんでもいい。

 私は躊躇なく自室のドアを開いて、ハルトを招き入れていた。


「ぷっ。はは。メルちゃんのガードの緩さは心配だなぁ」

「外伝! 早くちょうだい」

「はいはい。どうぞ、女王様」


 甘く笑んだハルトの顔もろくに見ずに受け取った外伝を手にベッドへとダイブする。

 ゴロゴロしながら本を開くと、ハルトが本気のため息をこぼした。


「いや、マジでガード甘すぎない? 男の前でベッドでゴロゴロしちゃダメっしょ」

「静かにしてなさい」

「添い寝していい?」

「いい」


 ハルトに静かにして欲しくて、要求もろくに聞かずに頷く。

 お坊ちゃん大集合の第一男子寮は、管理人室のベッドも立派だ。

 ふかふかのダブルベッドに寝そべった私の隣にハルトが転がると、体がそちらに沈み込んだ。


「メルちゃん。もうちょっとこっち来て」

「ん」


 ぐいっと抱き寄せられて、体の位置がずれる。

 でも、両手に持った本の位置はずれないから問題ない。

 集中して本を読む私をじっと見ていたハルトが、にんまり笑ったことに私は気が付かなかった。


 *


 翌朝。私はぬくもりに包まれて目が覚めた。

 開けっぱなしのカーテンからは柔らかい朝日が差し込んでいる。

 そっと目を開けて、驚いた。

 整いすぎた顔が目の前にあった。

 伏せられた睫毛が長すぎる。隣で健やかな寝息を立てているのは、ハルトだ。

 ……やってしまった!?

 慌てて自分がちゃんと服を着ていることを確認する。


 薔薇姫外伝を読み終えた途端、新生活の疲れで速攻寝落ちてしまった私は隣にハルトが寝ていることなんて気にもしていなかったのだ。

 寝ているところを襲うほど彼が獣ではなかったことにほっとしていると、彼の睫毛が震える。

 薄く開いた目を何度か瞬かせて、ハルトは私の顔を確認した。

 その顔が深く安堵した様子に見えたことが不思議だった。


「おはよ、メルちゃん。ありがとう、傍にいてくれて」

「……不本意よ」

「なに言ってんの。これからは毎晩一緒に寝てくれるって言ったくせに」

「言ってない」

「え~言ったよ。聞く?」


 どうやって聞くというのか。

 試しに頷いてみると、ハルトは身を起こして胸元に隠していた杖を取り出した。

 彼がくるんと杖を振ると、杖の先から光の粒があふれ出す。

 大量にあふれた光の粒は、やがて私とハルトの姿に形を結んだ。


『メルちゃん。俺と約束して欲しいことがあるんだけど、お願い聞いてくれる?』

『ん』

『俺と一緒にこれからず~っと寝てくれる? 何もしないからさ、ね』

『ん』

『いいの!? 本当に!?』

『うるさいわね。いいわよ。本当よ』


 嬉しそうな顔で私を見るハルトと本に夢中になっている私の姿を光の粒子が形作っている。

 唖然としていると、ハルトは杖を下ろした。

 光の粒子が霧散する。


「ね? 言ってたっしょ?」

「あんなの無効よ! 私、よく聞いてなかったんだから」

「え~、メルちゃんって約束破る人なんだ……」

「人聞き悪いわね」

「いいの? 約束破っちゃって。俺はメルちゃんの弱みがっちり握っちゃってるんだけどなぁ。氷の女王様のだらしな~い私生活をオープンにすることくらい簡単だよ」

「あんたはまたそうやって私を脅すわけね」


 ベッドに座って、隣のハルトを睨む。

 ハルトは私の視線を歯牙にも欠けない様子で微笑んでいる。


「俺が手出ししないっていうのは昨夜のことでわかったと思うんだけど。絶対にメルちゃんの許可なしに手を出したりしないって約束するよ。だから、俺と添い寝してほしいんだ」

「……わかったわ。でも、こちらにも交換条件があるわ。」

「へえ。言ってみてよ」


 口の端を上げて悪い顔をするハルトに、私もふふんと顎を上げた。


「あんたの弱みのヒントを教えなさい。そうしたら、添い寝してあげても構わないわ」


 ハルトの弱みが手に入らないと、私の恋人(仮)契約は終わらない。

 どうにかヒントだけでも欲しいと思っての条件だったが、ハルトは顎を撫でて首を横に振った。


「ダメダメ。俺はメルちゃんの秘密をバラさない代わりに添い寝希望なわけだ。もうこの時点でトントン。そこに俺の弱みのヒントをくれって交換条件出すなら、俺にもっとメリットがなきゃ」

「わかってるわ。私があんたから弱みのヒントをもらう代わりに提示する条件は、これよ」


 ベッドから立ち上がり、チェストの引き出しの中からあるものを取り出してハルトに掲げる。

 ハルトは驚いた様子で目を見開いていた。


「この部屋の合鍵をあんたにあげるわ。添い寝したいんでしょ。自由に出入り出来た方がいいんじゃない?」

「ガチのマジでガードが甘すぎるんだけど、大丈夫? 俺って有名な色男だよ」

「あんたは私の許可がないと手は出さないんでしょ。約束は守る男だって信じることにするわ」


 今までハルトは些細な約束も取引もすべて守っていた。

 契約事に関しては、ハルトは信頼に値する。

 ハルトは私の言葉が意外だったみたいで、子どもみたいにきょとんとした顔をしていた。


「で? どうするわけ? 応じるの?」

「ははは。いいよ。合鍵をもらう代わりに、弱みのヒント教えよう。よ~く聞いててよ」


 気が抜けたように笑ったハルトは、目を細める。


「俺、ひとり寝ができないんだ。さて、何故でしょう」


 おどけた調子で言うハルトの表情が悲しげなのが気にかかった。

 でも、ヒントをもらえたことは素直に嬉しい。

 思わずにんまり笑った私にハルトは嬉しそうな笑い声をあげた。


「氷の女王様の悪い顔は、すんごい綺麗だな」


 嬉しそうなハルトに肩を竦める。

 これからこの綺麗な顔と毎晩添い寝するのかと途方に暮れていると、テラスに何者かがあがりこんできた。


「ッ誰!?」

「おお、メルちゃんの部屋のテラスは、もう玄関みたいなもんだな」

「おはよう、メル! 相変わらず美しいわね。ハルト先輩もびっくりするくらい顔がいいです。おはようございます。昨夜はお楽しみで?」

「へへへ、まあ?」

「誤解を招かないでちょうだい」

「いいなあ。絵画みたいだったんだろうなぁ。写真撮りたかった……!」

「そんな写真を撮らせるはずがないでしょう。ところで朝早くから申請もなくあがりこんでくるだなんて、どうしたの? アンリ」


すんっと、氷の女王様になってテラスからの来訪者であるアンリに向き合う。

アンリはにぱっと笑って私の手を握った。


「ねえ、メル。しばらく泊めさせてくれない?」

「へ?」


私の部屋で男女混合お泊まり会という青春極まりないイベントが開催されようとしていた。


【作者からのお願い】

お読みいただき、ありがとうございます。

「続きも読む!」と思ってくださいましたら、下記からブクマ、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!

感想一言でも嬉しいです!

よろしくお願いいたします!

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