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31 決断

ハルトは本当に王子様だった。

知っていたはずの事実だけど、実際に目にすると知っていることと理解していることの近いを感じる。

 ハルトは貴族達が王家に媚びを売ろうと次々に献上してくる贈り物を笑顔で受け取り、爽やかに謝礼を述べて愛想を振る舞っている。

 ガルム王国王家は王位を継げない者は騎士団に入ると聞く。

 ハルトは王位継承権第二位の存在であるため、王家にいる限りは、現在シュタイン様が務めている騎士団団長のポジションに就くことになるはずだ。

 騎士団団長は騎士団の顔だ。

 ハルトのような人気者が団長になれば、騎士団は民衆に慕われる存在になることだろう。

 ハルトは自分の良さと第二王子としての立ち居振る舞いをよく理解している。

 それが、メイドに扮して影を潜めてじっと見つめていた私の感想だった。

 そして、そう思ってしまうと、私が彼が傍にいることを望むことで、ハルトという素晴らしい第二王子をガルム王国から奪うことが良いことなのかという迷いが生じてしまっていた。


「ハルト様、本当に本当に素敵ですわ。ねえ?」


 隣で瞳をキラキラ輝かせていた桃色の髪の少女が私の顔を覗きこんでくる。

 まさか地味で影の薄いメイドである今の私に声をかけてきているとは思わず、「へっ!? ええ」という間抜けな返事をしてしまった。

 かわいらしいご令嬢から突然話しかけられて私が驚いている間に、ハルトが贈り物を受け取り続ける時間は終わりを告げたらしい。

 ハルトが「皆さんお待たせしました。ダンスとご歓談をお楽しみください」と微笑んだのを合図に、会場には楽団による演奏が流れ始める。

 桃色の髪のご令嬢は、ハッとした様子で私を見た。


「私、つい先日デビュタントを迎えたばかりで、ハルト王子をお誘いできるか不安ですわ……」


 言葉通り不安そうにシュンとする令嬢に私はあたふたしてしまう。

 デビュタントは社交界デビューを迎えた紳士淑女が招かれるパーティーのことだ。

 ガルム王国での社交界デビューが通常何歳なのかはわからないけど、私の国と同じであれば彼女は十四歳か十五歳頃ということになるだろう。

 こんなに愛らしい年下の少女が、ハルトとお近づきになりたいと言っているのに不安になるのはこっちだ。

 だけど、そんなことをメイドである今の私が言えるはずもなく、私は「大丈夫ですよ!」と彼女を励ましてしまっていた。


「まずぶつかってみなければ、どうなるかもわかりません。勇気を出してお誘いしてみるべきだと思います」


 瓶底眼鏡の向こう側に見えるご令嬢は、私の言葉に「そうですわよね」と小さく拳を握る。

 そんな姿も愛らしいのだから、かわいい女の子というのは困る。

 この会場には、こんなかわいらしい女の子がたくさんいて、そのほとんどがハルトを狙っているのだから私はもう気が気では無い。

 見ると、会場に降りてきたハルトは既に女性に声をかけられているところだった。


「私、がんばって声をかけてみますわ! 今日のためにハルト様に見せる魔法も練習してきたんですの」

「魔法ですか?」

「ええ。私のスキルでもありますのよ」


 可憐に笑った少女が両手の平で器をつくると、そこにポンッと花が現れる。

 桃色の小さな花は、彼女にぴったりなものだった。


「わ、かわいいですね。【花魔法】ですか?」

「ええ。今感じている私の感情の花言葉を持った花を生み出すことができるんですの。ハルト様には愛を込めた薔薇をプレゼントするつもりですわ。勇気をくれたあなたにはこれを。ピンクのガーベラですわ」


 手渡された花を胸に刺し、「ありがとうございます」と微笑むと、彼女は嬉しそうに笑ってハルトの元へと行く。

 ハルトは何人もの女性と踊っていた。

 その間、【花魔法】のご令嬢は、何度も話しかけようとしては順番を奪われ、ようやく話しかけられた頃には、大分時間が経ってしまっていた。

 それでも、ご令嬢は笑顔で宣言通り真っ赤な薔薇を手のひらに生み出してハルトに贈る。

 ハルトは素敵なスキルに驚いた様子で喜んでいた。

 あんな可愛らしいスキルだったら、きっとディハイム陛下も気に入られるはずだ。

 害の欠片も無い、【魅了】とはまるで違うスキル。

 赤い薔薇を胸にさしたハルトが彼女と一緒に会場の真ん中で踊り出す。

 ハルトは第二王子として、誘われたダンスをお断りするわけにはいかないのだ。

 わかってはいても、胸が痛い。

 【魅了】なんてスキルを持っている私に、彼の隣は似合わない。

 ハルトを王家から引き離すのは、間違った選択だ。

 私の胸は、もうそういう気持ちで満ちてしまっていた。

 ダンスを終えたご令嬢は、何を考えたのか私の方を指し示している。

 ハルトが彼女の示したとおりにこちらを見た瞬間、私は咄嗟に下を向いた。

 ハルトに会う機会を窺う予定だったのだから、これは大チャンスだ。

 わかっているのに、どうしても顔を見られる気がしなかった。

 俯く私の見つめる床に影が差す。

 誰の影なのかはもうわかっていて、私はおずおずと顔をあげた。


「……やっと会えた」


 ぼそっと呟いたハルトが、第二王子の仮面を崩してほっとしたような笑みを見せる。

 それに私は笑顔の仮面で返した。


「ご機嫌麗しゅう。私と踊っていただけませんこと? ハルト様」

「すみません。何曲も踊って疲れてしまって……。少しの間、休憩させてもらっても構いませんか?」

「ええ、もちろんですわ。お疲れのところ申し訳ありません」


 声をかけてきた令嬢は、残念そうに引き下がっていく。

 パーティーももう終盤にさしかかっている。

 主役であるハルトが引っ張りだこにあって疲れてしまっていてもなんらおかしくはない状況だ。

 ダンスは体力を使うため、少し下がって休むというのも珍しいことではない。

 令嬢をうまくかわしたハルトは、メイドである私に命令を下した。


「水が飲みたい。休憩室に持ってきてくれるか?」

「承知しました」


 恭しく頷くと、ハルトが嬉しそうに微笑んで去って行く。

 私は言われたとおりに水を手にして、新米メイドのフリをして教えてもらった王室専用の休憩室へと向かった。

 ドアの前で変装用の瓶底眼鏡を外して、カップケーキを取り出す。

 ろうそくが一本だけ立てられた手作りのカップケーキ。

 それに私はある魔法をかけてから、ドアを叩いた。


【作者からのお願い】

お読みいただき、ありがとうございます。

「続きも読む!」と思ってくださいましたら、下記からブクマ、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!

感想一言だけでも貰えたら嬉しいです!

よろしくお願いいたします!

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