28 塔
ハルトとの婚約をディハイム陛下に断られた私が監禁されることになったのは、城のはずれの塔だった。
綺麗なつくりではあるけど、周囲からは絶対に見えないつくりになっているこの場所は、誰にも見せたくない客人を匿うにはぴったりの場所だ。
第二王子の恋人である私に、第二王子の婚約者を探すためのパーティーでうろつかれたら困るからだろう。
塔からは出られないよう、厳重な警備付き。
私からすべての事情を聞いたヴェイルは「俺にしときます?」とふざけて、私を元気にしようとしてくれたけど、とても明るく元気になんてできそうもなかった。
「これじゃ何のために来たかわかんないわね」
塔の小さな窓から下を見下ろしてため息をこぼす。
パーティーは明日のハルトの誕生日に行われる。
前泊するご令嬢も来ているのか、塔の周囲に配置された騎士は増えている気がする。
まるで私とヴェイルは、大罪人だ。
「メルリアさんは、ハルトのこと好きなんでしたっけ?」
大人しく私と一緒に幽閉されてくれているヴェイルが首を傾げる。
私は眉を寄せて首を横に振った。
「恋愛的な意味ならそれはないわよ。私は人を好きになれないんだから」
「ハルトと会えなくなって以来、失恋してるっぽいオーラ丸出しじゃないッスか」
「どこがよ」
「窓の外を見てため息。口を開けばハルトのことばっかり。結婚断られた理由を繰り返し繰り返し話す。俺には恋の障害にぶち当たった乙女にしか見えないッスね」
からかうみたいに口角を上げるヴェイルに唇を歪める。
私は恋ができない。その自信は最近揺らいできている。
ハルトに会えなくなってから、私は彼のことばかり考えている。
こんな馬鹿みたいになってしまう感情を恋というのだろうか。
ふうと息を吐いた私はベッドにぼふりと顔から倒れ込む。
「大丈夫ッスか?」と聞いてくるヴェイルに頷いてから、もごもごと口を動かす。
「ヴェイル。私、本当に恋愛感情なんて自分にはないと思っていたの。でも、最近おかしいのよ」
「へえ。具体的にはどんな感じなんスか?」
「ハルトとの恋人(仮)契約はもう継続不要なのに、傍に居て欲しいって願ったわ。陛下に認めてもらえなかったときは、涙が出るくらい悲しかった。ハルトに会えなくなってからは、ヴェイルも言うとおりハルトの事ばっかり考えてる。馬鹿になったみたいよ。矛盾したり、無駄に思考したり」
恋愛はもっとキラキラしているもののはず。
こんなに苦しくて、馬鹿みたいなものじゃないはず。
そんな感情は恋愛じゃないよと否定して欲しくてヴェイルを見たのに、彼は困ったように眉を下げた。
「そんな恋バナされたら、むずがゆくって困るッスよ」
「恋バナじゃなかったでしょ!?」
「恋バナッスよ。いいッスか、メルリアさん。恋愛感情なんて綺麗なもんじゃないッスよ。相手を自分だけのものにしたいなんて感情はろくなもんじゃないッス。ドロドロしてて苦しくって、馬鹿みたいになっちまうもんなんスよ」
「……ヴェイルも馬鹿みたいになるの?」
「なっちまってますよ。困ったことに」
肩を竦めるヴェイルが誰に恋をしているのかはわからないけど、優秀なヴェイルもそうなるのなら、私のような凡人だってそうなってもおかしくない。
まさか、まさか私は恋をしていた!?
千人会っても恋できなかった私が!?
でも、たぶん、きっとこれは恋愛感情なのだろう。
認めようとした瞬間、心臓が早鐘を打って苦しいし、居ても立っても居られない。
「うううう」と唸ってベッドの上で足をバタバタさせて、私は恋愛小説のヒロインが同じ動きをしていたことを思い出した。
間違いない。私はハルトに恋をしている。
ハルトは私を好きだと言ってくれていたし、これは多分両思いだ。
陛下を認めさせる方法をふたりでしっかり考える必要があるかもしれない。
いや……まずは告白しなきゃ!
覚悟を決めて、がばりとベッドから起き上がった私にヴェイルが「うわ、びっくりした」と目を丸くする。
そんなヴェイルを私はびしっと指さした。
「ヴェイル。どうにかして、この塔を抜け出す方法はないかしら」
「この厳重警戒の塔をッスか?」
「そう。どうしても抜け出したいの。ハルトに会わなくちゃ。伝えたいことがあるの。あと、城のキッチンも借りたいわ」
「そうッスね。なくはないッス」
さらっと答えたヴェイルは、部屋にあったクローゼットから服を取り出す。
それはメイド服だった。
「ヴェイル……あなたそんな趣味が?」
「違うッスよ! ここに連れてこられるときに、これは監禁パターンだって思いましてね。隙を見て拝借しただけッスよ」
「ヴェイルが優秀すぎて、毎回びっくりするわ」
「そんな優秀な俺は一緒に行けないッスよ。二人一緒に出て行くと、ここで誤魔化す要員がいなくなるッスからね。メルリアさんが危険そうだったら、速攻駆けつけますけど、そうなったらもうこの城には立ち入れなくなります。もうハルトとの結婚なんて絶対に無理。メルリアさんがバレずに行って帰ってこられるなら、作戦を実行しましょう」
「メイド服の件もそうだけど、随分前から仕込んでいたのね?」
「ここに監禁されたときから仕込んでましたよ。メルリアさん、いつか絶対出て行くだろうなと思ってたんで。ハルトに誕生日プレゼント渡したいッスよね」
お茶目なウインクをキメるヴェイルは、やはり有能すぎる。
彼を連れてきたのは大正解だった。
私はヴェイルに大きく頷いた。
「ええ。ハルトにカップケーキをあげたいの」
*
「どうして、メルリアに会いに行くことすらも許されないんですか」
パーティーを明日に控えた本日。
ハルトはディハイムの元を訪れていた。
ハルトは目の下に隈をつくり、似合わない不機嫌な表情でディハイムを睨む。
書類仕事をしているディハイムは、ハルトに目もくれず答えた。
「わかっているだろう、ハルト。おまえは婚約者を探すんだ。そんな男が塔に通っているという噂が立てば、あの塔に誰かいるのかという噂に繋がる。婚約者探しのパーティーを前に、そんな噂を流すわけにはいかん」
「俺はメルリアとしか結婚しません」
力強く言うハルトに、ディハイムはため息を吐いてペンを置く。
ハルトを見たディハイムの目は、王の目だった。
「ハルト。おまえは、この国の第二王子なんだ。決められた相手と結婚することは運命。おまえの相手は、私が明日のパーティーで選ぶ。おまえが王家である限り、私の意思には従ってもらう」
「王家である限り、ね」
ぼそりと呟いたハルトは「わかりました」と頷いてディハイムの執務室を去った。
残されたディハイムは、ふっと笑んでからまた仕事に取りかかった。
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