27 王家
第二王子の恋人の突然すぎる登場に狼狽しているディハイム陛下を宥めたのは、シュタイン様だった。
「どうどう父上、落ち着いて。こんなところで騒いではいけません。とりあえず応接室に参りましょう」という彼の言葉で落ち着きを取り戻した陛下は私の目の前に座っている。
応接室には、私とハルト、陛下とシュタイン様だけが入ることができた。
執事役のヴェイルは廊下でお留守番だ。
見た目はハルトがそのまま年を取ったような色男であるディハイム国王陛下は、ハルトがこぼしていた通り心配性らしい。
私を見る目は、猜疑心に満ちている。
「メルリア君。知っているようだったが、私がディハイム・ガルム・ガロウ。ガルム王国の王であり、ハルトの父だ」
「存じ上げております」
「父上。恋人のメルリアです。俺は彼女と結婚するので、婚約者は不要です。パーティーはもう招待状を出しているでしょうし、開催しましょう。そこにメルリアも招待して、俺がその場で惚れたことにすれば、婚約もスムーズだと思うんですが」
さらさらと提案するハルトに陛下は頭を抱える。
第二王子がこんなことを言い出したら当然困るだろう。
「ハルト……。婚約は両家の問題だ。メルリア君の家庭の事情もあるだろう。トゥルーリア家はウィンダム魔法学園の学園長一族だ。しかも、一人娘だったと記憶しているが?」
「ええ。ですが、父は私が私の希望通りの人生を歩むことを望んでくださっています。ですので、私が継がなかった場合は養子をとることを検討してくださっています」
これは、三日揺られた馬車の中で考えた切り返しだ。
それに、お父さんなら例え私が王家に入ると言っても、跡継ぎ問題を理由に止めはしないだろう。
余裕の微笑みで答える私に、陛下は小さくため息を吐いた。
「メルリア君。君は王家に入ることの苦労がわかっていない。王族はしきたりも多いし、我慢も多い。それに何より……命を狙われる。理不尽に死を願われる。毒を盛られることなんて日常だ。そんな世界に入るということを承知しているのか?」
ディハイム陛下の心配性は筋金入りだ。
こんな私の心配までしてくれるなんて、きっと彼は底抜けに優しい人なのだろう。
ちらりとハルトを見ると、彼は眉を下げる。
その表情を見ただけで、陛下が嘘を言っているわけではないということがわかった。
愛読している恋愛小説でも王家の跡目争いはつきものだ。
煌びやかな世界には死の香りがつきまとう。
ハルトと結婚することを想像してみる。
彼がいつも隣にいて、時々私をからかって、優しい瞳でこちらを見てくれている。
その想像をすると、常につきまとう死の香りにも耐えられる気がした。
「ええ。問題ありません。私はハルト様がいれば、どこでも生きていけますので」
口から出た言葉は、意識して言った言葉ではなかった。
ぽろりと出たような言葉が我ながら熱烈すぎて驚いたけど、表情には出さない。
じっと見つめる私を、陛下は見つめ返して、その不安そうな瞳を和らげる。
「そうか」と呟いて、陛下は頬杖をついた。
「私の妻も同じようなことを言っていた。私と結婚すれば殺されるかもしれないと伝えたら、彼女は『陛下と居られるなら、大きな問題ではありません』と答えたんだ。その彼女は、私の心配していたとおり殺された」
ディハイム陛下の妻ということは、ハルトの母ということになるだろう。
お母様の話は聞かなかったが、仲でも悪いのかと思ってさして気にしてはいなかった。
亡くなっているとは思っておらず、ハルトの様子を窺うと、彼は伏し目がちになって黙り込んでいる。
ハルトは、きっとお母様のことがとても好きだったのだろう。
そうでなければ、この話を聞いただけでこんな悲しげな表情はしない。
ディハイム陛下は続けて口を開く。
「そんな運命をたどった王族の女がいると知っても、メルリア君。君はハルトと結婚したいのか?」
深刻な表情で陛下は訊ねてくる。
どうか逃げてくれとでも言うようなその表情は、心配しているというよりも怯えている。
優しいこの人は、きっと息子に自分と同じ思いをして欲しくないのだろう。
愛する人を失うという経験を。
私は胸を張って答えた。
「ご安心ください、陛下。私がハルト様と結婚できるのなら、最強の護身術を身につけます。幸いなことに、ウィンダム魔法学園にはまだ二年通えますので、勉強する環境には困りません。ハルト様も守れるくらい強くなって、王族の中でも強くしたたかに生き延びていきますので大丈夫です。私は殺されても死にません」
幸いなことに、私には魔法が得意な友人が何人もいる。
彼らに魔法を教わり、最強の護身術を身につければ、そうそう死ぬことは無いはずだ。
生涯を共にすることを誓った結婚相手が亡くなる悲しみは計り知れない。
恋人役を演じているだけの関係であっても、ハルトともしも結婚するなら、そんな悲しみを彼に背負わせたくは無かった。
ハルトと結婚して王族に入るのなら、どんな努力をしてでも最強の護身術を身につけて自分の身は自分で守れるようになってみせる。
覚悟を決めて伝えると、ディハイム陛下はくっくと笑い、その後ろに控えていたシュタイン様も微笑みを深めた。
「そうかそうか……。よかったな、ハルト。おまえはなかなかいいお嬢さんを連れてきた。王家ではふわふわしただけのかわいいお嬢さんは生き残れない」
「そうでしょう。俺のメルリアは、強くて可愛いんです」
自慢げに微笑むハルトに、なんだか照れくさい気分になる。
頬を赤らめる私に、ディハイム陛下は上機嫌で首を傾げた。
この心配性な陛下を攻略できる気がしてきた。
そんな自信がわいてきた私に、陛下は追い詰めるような質問をしてきた。
「そういえば、君のスキルはなんなのか訊ねても良いだろうか? 無礼な質問だとはわかっているが、家族になるのだから聞いておきたい」
柔らかかったハルトがまとっていた空気が凍る。
私も目を見開いて固まってしまった。
【魅了】は立派なレアスキルだし、私の場合はレベルもかなり高い。
誇れるくらいのものだけど、使い道もなければ、王族的には印象がいまいちなスキルなのだろうということは、ハルトの反応を見ればわかってしまった。
ディハイム陛下は上機嫌に「そうだ」と歌うように話す。
「スキルを聞くなんて無礼な真似をしているんだ。私のスキルから、まずは伝えよう。私のスキルは【読心】だ。恥ずかしながら、レベルはそんなに高くはないし、常時発動もしていない。その人が悲しんでいるか、怒っているかわかる程度のものだ。シュタイン。おまえも教えてあげなさい」
「承知しました。私のスキルは【剣術】です。剣が一般人よりうまいという平凡なスキルです」
「ハルトの【予知】もレベルは低いものだからな。王族のスキルは平凡なものでいいんだ。あまり仰々しいスキルを持つと、他国から恐れられたりして余計な争いを生みかねん。恥ずかしがらずに教えてくれ」
優しく笑む陛下は、今こそ【読心】を発動してほしい。
私は恥ずかしがってなんかいない。
追い詰められているのだ。
王族ふたりがスキルを明かした以上、私がスキルを明かさないわけにはいかない。
隣のハルトは何か策を考えている様子だけど、間に合いそうも無い。
このまま黙りこくっているわけにもいかず、私は勇気を持って口を開いた。
「私のスキルは【魅了】です」
「【魅了】だと!?」
ガタッと音を立てて陛下が立ち上がる。
ハルトも勢いよく立ち上がったのを見て、私がぽかんとしていると、ハルトは陛下につかみかかる勢いで前のめりになった。
「父上! スキルで人を差別するなど、とんでもないことです!」
「人を差別する気はない。王族でなければ、どんなスキルでも問題はない。だが、王族に【魅了】を持った者が入ることは許されん!」
「何故ですか!?」
「メルリア君が【魅了】で第二王子であるおまえを虜にしたのではないと、おまえはどうやって証明するつもりなんだ!」
叫ぶ陛下の背後でシュタイン様も戸惑った表情を見せている。
ハルトも陛下の言葉に返せずに唇を噛んだのが見えた。
指摘されたことはその通りだ。
誰も私が【魅了】を使っていないことは証明できない。
「とにかくこの話は白紙だ。ハルトには予定通り婚約者探しをしてもらう。このまま第二王子が独り身でふらふらしていることは王家の恥だ」
「父上! 俺はメルリア以外とは……!」
「メルリア君。申し訳ないが、パーティーまでの期間、君には隠れていてもらう。執事と一緒に来ていただろう。身の回りのことは世話をするから、彼と一緒にこもっていてくれ」
「……はい」
「メルちゃん!」
泣きそうな表情でハルトがこちらを見ている。
第二王子であるハルトと私は釣り合わない。
そんなことはわかっていたことだった。
こんなのは全部演技で、国王に無礼者として殺されなかっただけでも万々歳。
悲しげな笑顔でこの舞台を去れば良いだけのこと。
そうわかっていたのに、私はどうしてか悲しくて仕方が無かった。
シュタイン様に抑えられているハルトが滲む。
あ、私涙が出てるんだとそこで自覚して、目尻を拭った。
何も泣くことはない。
ちょっと脚本が想定とは違っただけのことだ。
「ごめんね、ハルト」
陛下に促されて廊下に出た私は、待っていたヴェイルと目が合う。
涙目の私に驚いている彼の前に、騎士がふたり現れた。
「メルリア様。陛下のご命令ですので、ご同行願います」
「……メルリアさん? 何がどうなってんスかね?」
「ヴェイル。私とハルトは、きっとずっと一緒には居られないんだわ」
ぽつりと呟くように言ってから、騎士に「行きましょう」と告げる。
騎士の後ろについて行く間、ありがたいことにヴェイルは何も聞かないでいてくれた。
今話すと、無意味に涙が出そうだった。
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