26 実家
馬車に揺られること三日。
ようやくたどり着いたガルム城は見上げるほどに大きい。
美しい白亜の城とハルトを交互に見て、私は知らぬ間に怪訝な表情をしてしまっていた。
「俺が王子様だっていう実感わいた?」
「いまいちわかないから、微妙な気持ちなのよね」
ハルトが第二王子だというのはわかっている。つもりだったけど、そうでもなかった。
漠然としていたハルト王子のイメージが、この城を前にしてもいまいち固まらない。
首をひねる私に、ハルトはおかしそうに笑った。
「いいよ。メルちゃんにとって、俺はず~っと女好きのチャラいハルトくんだ。その方が居心地もいい」
「そうね……。ハルトが王子様なんだとは思えないけど、馬車を降りたら、あんたをきちんと王子様扱いして、恋人役を演じるわ。知ってるでしょ? 私、演じることには慣れてるの」
城へと続く坂道を上った馬車は、城門の前で止まる。
ヴェイルが馬車の戸を開き、先にハルトが降りてから、私も馬車を降りた。
紫色のドレスは日に当たると、キラキラと光る。
まとめあげたプラチナブロンドの髪にヴェイルがちりばめてくれた宝石の輝きもあり、今の私はきっと第二王子にふさわしい輝きを手に入れていることだろう。
ハルトにエスコートされて馬車を降りた私は、視線をあげる。
ハルトを迎えに来たのだろう騎士達がぽかんとした顔で私を見ている。
当然だ。第二王子が恋人を連れて帰ってくるなんて話は、ガルム城には伝わっていなかったのだから。
突然やってきた無礼な女である私は、騎士の中でも最も位が高そうな、正面に立つ紳士に微笑む。
ドレスをふんわりつまんで丁寧にお辞儀をした私は、自分史上最高に素敵だと思う笑顔で小首を傾げた。
「はじめまして。突然の来訪失礼いたします。メルリア・トゥルーリアと申します」
「兄上。この子、俺の彼女」
お行儀良くお辞儀をする私の横で、ハルトが軽すぎる調子で私を紹介する。
それよりも、今「兄上」と言わなかった?
驚いて顔をあげた私に、目の前の紳士であるハルトの兄上は、ハルトと同じ紫紺の瞳をパチパチと瞬かせる。
金貨を溶かしたような美しい髪と宝石をはめこんだみたいな綺麗な紫の瞳。
整いすぎているほどに整ったその顔は、ハルトの兄ということに納得がいくつくりだ。
兄上は、一瞬呆けたものの、人の良さそうな柔らかい笑みを見せた。
「はじめまして、メルリア様。私はシュタイン・ガルム・ガロウ。ガルム家の第一王子で、ハルトの兄です。今は騎士団団長を務めています」
撫でるような柔らかい声音と紳士的な態度。
チャラ王子の名をほしいままにしてきたハルトの兄上とは思えないほどに真面目そうな彼に、面食らってしまう。
ハルトを見やると、彼は苦笑いをしていた。
「兄上は底抜けにいい人なんだよ。緊張しなくていいよ」
「そんな紹介をしてもらえて嬉しいな。これでも、人を見る目には自信があるんですよ。メルリア様はいい人だと判断したから、私も『いい人』として対応したまでの話です」
にっこりと微笑むシュタイン様は、王の器がおありだ。
間違いなく彼は腹黒。いい人というだけでは、王様にはなれない。
彼が王になるのであれば、ガルム国は安泰だろう。
「ところで、メルリア様は……ハルトの、どういう相手でしょう?」
「恋人として参りました。彼が婚約者を探すということで、ご挨拶を早めにしなくてはと思い、参ったのです。急なことでご連絡がいかず、申し訳ありませんでした」
「婚約者探しのパーティーの連絡だって急すぎるっしょ。普通はもっと早く送ってくるもんだと思うんだけど?」
じとりと目を細めて、シュタイン様に不満を訴えるハルトの言い分はもっともだ。
第一男子寮にあの招待状が届いた日からパーティーの日までは数日しか猶予がなかった。
主役であるハルトには、もっと早めに連絡が来てもよかったはずだ。
シュタイン様は困った様子で眉を細めた。
「ハルトは婚約者探しのパーティーなんて嫌がること間違いなしでしょう? 早めに伝えて、ハルトが根回しでもしてパーティーをなくしてしまうことを父上は心配していたんだよ」
「ギリギリに伝えれば、俺も断りようがないだろうって? 父上は相変わらず心配性だな」
「その心配性のお陰で、うちの国は大きな災いには巻き込まれずに済んでいるんだよ」
穏やかに微笑むシュタイン様に対して、ハルトが深々とため息を吐く。
困り顔のハルトは、シュタイン様と居ると完全にかわいい弟だ。
「そうだけどさ」と拗ねた表情を見せるハルトのあどけなさに新鮮味を覚える。
やっぱりここはハルトの家なんだなと感じると、巨大な城が身近なものに感じられた。
「メルリア様」
城を見上げていた私は、シュタイン様に声をかけられて姿勢を正す。
私を見下ろすシュタイン様は、真剣な眼差しをしていた。
「私たちの父であるガルム国王ディハイム・ガルム・ガロウはとても思慮深い人です。私はあなたを一目見て『いい人』だと判断しましたが、父上はそうではありません。第二王子であるハルトに、あなたがふさわしい人かどうか、失礼ながら見定めることになると思います」
「はい。覚悟をして参りました」
ハルトの恋人として見定められる。その覚悟はしてきた。
大丈夫だ。
今までうまくやってこれたのだから、きっと大丈夫。
深く頷くと、シュタイン様は笑顔で城の戸を手で指し示す。
「では、ご案内しましょう。父の元へ」
シュタイン様が指を鳴らすと、騎士が城への両開きの戸を開く。
「行こうか」と嬉しそうなハルトとシュタイン様に続いて、ヴェイルを引き連れて城内に入った。
第一男子寮も立派な調度品がそろっていたけれど、やはり城は格が違う。
踏むだけで上質だとわかる絨毯に、宝石でつくられたシャンデリア。柱はすべて高級な大理石だ。
絢爛豪華な内装に、内心感動していたけど、そんなのをいちいち表に出してはしゃぐ女は、きっと第二王子の恋人にはふさわしくない。
凜と背筋をただして歩いていると、ハルトがこちらを覗き込んできた。
「緊張してる?」
「してない……って言ったら嘘になるわ」
シュタイン様は優しかったけど、その彼が父上は思慮深い人だと言っていた。
今回の試験はかなり難しいですよと言われたようなものだ。
ちらりとハルトを見ると、ハルトが私の頭を優しく撫でる。
そのまま、ハルトはふんわり「大丈夫」と微笑んだ。
「父上が認めようが認めまいが、俺はメルちゃん以外と結婚する気はないから」
「私の気持ちは無視なわけ?」と文句を言いたかったのに、その言葉に悪い気がしなかったのだから困る。
自分の感情がわからなすぎて複雑な表情になった私の後ろでヴェイルが囁いた。
「メルリアさん。もうすぐ試験がはじまるッスよ」
「へ?」
「王様。背後からこっちに走ってきてるッス」
王様が走ってきてる……?
意味不明な発言に疑問は感じたけど、ヴェイルが言うならそうなのかもしれない。
ドレスを揺らして、くるりと振り返り、できるだけ清楚で可能な限り無邪気な笑みを浮かべる。
ヴェイルの背後。
廊下の向こうから確かに誰かが走ってきている。
背の高いその黒髪に紫紺の瞳を持った男性は、走ってくるなり私の肩を勢いよく掴んだ。
「君が、ハルトの恋人なのか!?」
「ええ、ご機嫌麗しゅう。国王陛下」
にこりと微笑んだ私に、ハルトが小さく親指を立てる。
王様のサプライズ登場に爽やかに対応するという第一試練はとりあえず突破できた。
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