25 旅立ち
「で、メルは行くかどうか迷いまくっていると」
ハルトの誕生日に行われる彼の婚約者探しのパーティー。
婚約者をつくりたくないハルトは、恋人(仮)である私を恋人として父王に紹介したいというとんでもないお願いをしてきた。
旅立ちは今日の夜。
学校に関しては、都合のいいことに連休に入るから旅に出るのは問題ない。
問題は、行く理由が謎ということだ。
悩んだ私は放課後に第一女子寮にいるアンリのところへ相談しに来ていた。
「そうなの。彼との仮の恋人契約は、私が氷の女王様を演じていることをバラすって脅されたからはじまったわけでしょ? 私はもう氷の女王様はやめたんだから、バラすもなにもないじゃない」
「男だらけの男子寮でメルを守ってくれるっていうのも、ぶっちゃけ剣聖が守るって言ってくれたその言葉だけで完璧な守護みたいなもんだもんね。警備魔法バリバリのお兄さん相手にメルを無理矢理どうこうしようっていう男がいたら見たいくらいだもん」
新作の衣装を縫いながら、アンリが肩を竦める。
そう。私は気が付いてしまったのだ。
ハルトとの恋人(仮)契約は継続不要だということに。
それでも、私はハルトに傍に居て欲しいし、その理由に恋人 (仮)契約は非常に便利だと感じてしまっている。
自分が最低な女だと感じられてしまって憂鬱だった。
「メルは恋人のふりはできそうなの?」
「自信ないわ。一国の王様相手に嘘吐きに行くのよ。バレたら罪になることだってあり得るもの」
「それは、ハルト先輩がなんとかしてくれそうだけど、まあ学生相手に嘘吐いてる状況とは違うのは確かだよね」
「うーん」と悩むアンリにため息がこぼれる。
全くもってその通り。
今までと同じ嘘でもスケールが全く違う。
ハルトの恋人を演じるのではなく、今回は第二王子の恋人を演じに行くのだ。
恋愛経験もない私が、そんなうまいことができるだろうか。
「私に第二王子の恋人役なんて厳しいわ。失敗して、ハルトに迷惑がかかったらと思うと怖いし……」
「なるほど! メルはやることを想定して、心配してるわけね。それなら行った方がいいよ」
「は? どうしてそうなるのよ」
「やりたくないから悩んでるのかと思ったけど、やって失敗することを想定するってことは本当はやりたいんだよ。やりたくなかったら、最初からどうやって断ろう、断ったらどんな風に思われるかなとかそっち方面の心配するはずだし」
縫い物をしている手元から視線を外してアンリが微笑む。
確かに断ったときのことは全く考えていなかった。
「ハルト先輩のことが好きかどうかはよくわかんないんでしょ?」
「……恋愛感情なんてファンタジーだと思ってたから」
「でも、ハルト先輩とは一緒に居たいと」
「我が儘な話だけどね」
「わかんない感情のこととか、失敗するかも成功するかもわからない嘘のこととかはどうでもいいよ。メルが、ハルト先輩と一緒に居たい。その気持ちがあるなら一緒に居ればいいじゃん。どこにでもついて行けばいいし、一緒に居るためなら何でもやれば良い。例えば、王様に嘘を吐くとかさ」
にっと笑みを深めて笑うアンリに、私も噴き出して笑う。
私は氷の女王様を演じていた時から、何かもわからないものを恐れる癖が抜けない。
今回も不確定なことを恐れて、動けなくなってしまっていた。
今、明確にわかっていることを大切にすればいい。
私は、ハルトと一緒に居たい。
「ありがと、アンリ。私、ハルトと行くわ」
「うん。気をつけて行ってきてね。お土産話楽しみにしてる」
手を振るアンリに、笑顔で手を振り返して、第一男子寮へと戻る。
ヴェイルが復帰してからも、寮生たちは当番制を続けてくれている。
生活魔法の訓練になるからいいのだそうだ。
ヴェイルはそんな彼らに魔法を教えたり、行き届かない部分を補ったりして過ごしてくれている。
そんな彼らが門前にいたので、今夜旅立つことを伝えると、ヴェイルが何やら神妙な表情をしていたのが気になった。
管理人室に戻ると、ハルトが制服ではない王族らしい身なりで立っていた。
旅装飾なのだろう。高そうな外套を羽織ったハルトは、私を振り返った。
「メルちゃん。どうする? 俺と一緒に来てくれる?」
にこっと微笑むハルトの笑みが貼り付けたものだとわかる。
内心、彼が私に断られることを不安に思っているのだと思うと、何故か胸がぎゅっと苦しくなった。
「行くわ。あんたには助けられてばっかりだったから、恩を売って、弱みを握り返すことにしたの」
嘘すぎる話だ。
弱みなんて、もう握らなくたって仮の恋人契約はいつだって解消できる。
それでも、私は素直にハルトと一緒に行きたいから行くとは、恥ずかしくて言えなかった。
ハルトは、私の下手な嘘に一瞬呆けていたけど、すぐに満面の笑みを浮かべて私へと歩み寄ってくる。
そのまま私の脇に手を差し入れて、くるりと私ごと一回転したハルトは、私を力強く抱き締めた。
「ありがと。嬉しいよ、メルちゃん。メルちゃんは微笑んで立ってくれていたらいいからね。パーティーではおいしいものいっぱいあるから、たくさん食べるといい。ダンスも俺と一緒に踊ろ」
「婚約者探しのパーティーなんだから、私以外とも踊っておきなさいよ。第二王子様」
「メルちゃんは寛大な恋人だなぁ」
くっくと笑って、ハルトは私を離す。
私の髪を整えるみたいに頭を撫でてから、ハルトは「さて」と自身の荷物を振り返った。
「城に行けばなんでもあるから、なにも持って行かなくて良い。馬車で三日ほど旅したら、城に着くよ。長旅だから本を持って行くといいかもね。馬車に酔わないのなら」
「わかったわ。積ん読がたくさんあるから、持って行くわ!」
「あとは、ドレス持ってる? 城に行ったら、着替えられるけど、一応ドレスで登場した方が印象いいと思うから」
「アンリがくれたのならあるわ」
頷いて、管理人室の隣の部屋へと行く。
彼の隣に立つのにふさわしいドレス。
それは彼の瞳と同じ色の紫色のドレスだろう。
真珠と宝石がちりばめられた、アンリ渾身の一作は、たくさんの布が使われた贅沢な造りだ。
そのドレスを抱えてハルトの元に戻ると、彼はドレスを見て首を傾げた。
「赤いドレスは選ばなかったの?」
「ああ、吸血鬼の撮影会のときに着たドレスでしょ? ハルトは赤いドレス好きじゃないんでしょ。この紫は、ハルトの瞳の色に似て綺麗だから素敵だと思ったんだけど、ダメかしら?」
ガルム王国にはガルム王国のマナーがあるだろう。
なにかマナー違反だったかと首を傾げる私に、ハルトは嬉しそうに首を横に振った。
「大丈夫。すっごく素敵なドレスだと思う。長旅中ずっと着てたら大変だから、城に着く日に着てもらうよ」
ハルトが杖を振ると、光の輪が空中に浮かぶ。
この輪の中に物を入れると異空間に転送することができる生活魔法のひとつ。収納魔法だ。
ドレスを中に入れると、ハルトは本棚を指さした。
「どうせ大量に持ってくんでしょ? 重いの持ちたくないから、持ってく本入れて」
「わかったわ!」
張り切った私が本の内容を語りながら、どんどん本を入れていくのをハルトが苦笑しながら眺めること数十分。
ようやく旅の支度が終わった頃には、もう日も暮れていた。
出発時間だ。
門の前に向かうと、そこには立派な馬車が止まっていた。
黒塗りの馬車は細かな装飾が施されていて、とても立派だ。
高いんだろうなと思いながら見ていると、御者が馬車の戸を開く。
その御者に、私とハルトの目は点になっていた。
「……ヴェイル? あなたが御者なの?」
旅装飾を身にまとったヴェイルは、執事よろしく頭を下げている。
呆然とする私たちに、顔をあげたヴェイルは気だるげに頷いた。
「俺の第一任務は、メルリアさんを守ることッスよ。傍にいないで、どうやって守るんスか。ガルム王国にメルリアさんの知り合いはいない。ハルトは第二王子ッスから、自由に動けない可能性もある。味方のいない場所に俺なしで行かせるわけにはいかないッス」
「せっかくの旅行だったのになぁ。ヴェイルさん空気読んでくださいよ」
「確かに何があるかわからないわよね。私は第二王子の恋人なわけだし、命を狙われる可能性だってあるわ。それに執事が着いていたら箔がつくってものよ」
トゥルーリア家はウィンダム魔法学園を経営する由緒正しき一族ではあるけど、執事を雇うだとかそういった贅沢生活を送ってきたわけではない。
貴族といえば執事。ヴェイルの身のこなしなら、完璧執事を演じられることだろう。
それに執事がいるっていう状況に憧れる。
目をキラキラさせる私に、ハルトはため息を吐いた。
「ま、確かにヴェイルさんがいると安心できないけど、ある意味では安心か」
「ヴェイルは安心できる男よ。有能なんだから」
「そうだぞ、少年。俺の好みは大人の女だから安心していい」
「全く安心できないから、二度と俺の前でそれ言わないでください」
じとりとした目でヴェイルを睨んでから、ハルトは私より先に馬車に乗り込む。
そして、私に馬車の中から手を差し出してくれた。
「ありがと、メルちゃん。一緒に来てくれて」
「やると決めたからには演じきってみせるわ。あんたの恋人を」
口角をあげた私は、ハルトの手を握って馬車に乗り込む。
馬車は夜の街を走り出した。
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