幕間 招待状
「で、メルちゃん。俺の告白の返事をもらってなかったと思うんですけども」
ヴェイルの帰還で騒ぎになっている現場から、ボックス魔法の犯人二名を学園長室に連行し、事情を説明した私は、ハルトと一緒に管理人室に戻ってきていた。
ボックス魔法は立派な攻撃魔法。寮生二人にはお父さんからきつくお説教があって、その後処分が通告されるとのことだった。
剣聖であるヴェイルが私を守ると宣言してくれたことで、恐らく私に危害を加えようとする勇気ある人は居なくなるだろう。
平和な生活万歳と思っていたところだが、そうもいかない。
私は今、ハルトに今壁ドンならぬドアドンをされている。
「えっと……?」
「俺が恋愛的な意味でメルちゃんを好きだっていうのは伝わったと思ってたんだけど、どう?」
ハルトがぐっと顔を寄せてくる。
美術品みたいなハルトの顔が近付いてくると冷静ではいられないし、頭が混乱してしまう。
しかも、ボックス魔法のせいとはいえキスをしてしまった後だから、これだけ近いとあの唇の柔らかさを思い出してしまって気持ちが落ち着かない。
ハルトの顎をぐいっと押して、私は俯いた。
「その、私は恋、できない体質なので」
「じゃあ、メルちゃんは俺がフラれたって嘆いて、今すぐにこの部屋から荷物引き払って自分の部屋に帰っちゃってもへっちゃらってことだ」
「それは……」
「そうじゃないの? じゃあ、メルちゃんにとって俺ってなんなの?」
ハルトの顎を押す手の力が緩む。
彼は私の手をそっと握って顎から離すと、宝物に触るみたいに私の頬に触れた。
「メルちゃん。メルちゃんは恋ができなかったんじゃないよ。俺に出会ってなかっただけだ」
紫紺の瞳が美しい弧を描く。
キラキラと輝く瞳が眩しい。
ふわふわと胸の底が浮いたような感覚が怖い。
頬に触れるハルトのあたたかい手に触れて、私は首を横に振った。
「自分でも訳わかんないこと言ってるってわかってるけど、恋愛感情ってよくわかんないの。全然わかんない。だから、これが恋なのかもわかんない。こんな気持ちでハルトに好きって言えないわ。……でも、ハルトが私の傍から居なくなるのは嫌なの」
とんでもない我が儘女だと自分でも思う。
でも、恋愛感情なんて本当にわからないのだ。
物語のヒロイン達は、運命の人と出会い、真っ逆さまに恋に落ちる。
すぐに自分は彼が好きなのだと理解する。
でも、私はそんな感情を知らないから理解できない。
どんな感情を恋と呼ぶのかわからない。
ハルトは、私の我が儘すぎる話に、なぜかにんまりと笑った。
「な、なんで笑うのよ。怒ってもいいところだったでしょ」
「ぜ~んぜん怒るとこじゃなかったよ。メルちゃんかわいいなって」
「なんでそうなるのよ!」
「大丈夫大丈夫。いつか、きっとその感情が恋愛感情なんだってわかるよ。俺の【予知】が告げてるから」
「なんて告げてるのよ」
ハルトの【予知】はよく当たる。
でも、『私がハルトを好きになる』だとかそういう恋愛系のことは全く当たっていない気がする。
むすっとしたまま問うた私に、ハルトはくすっと笑って、私の頭を撫でた。
「『メルちゃんが、俺のこと好きすぎて馬鹿なことする』っていう【予知】。馬鹿なことするくらい俺のこと好きになってくれるらしいよ。楽しみだなぁ」
口角をあげてにやにやと笑う表情は意地悪だ。
「なによそれ!」と怒ったままに机に向かう。
ヴェイルは通常業務に戻った。
私は今日から管理人として、書類仕事と向き合う日々がまた始まるのだ。
まずはヴェイルが今日片付けてくれたはずの書類チェックをしようと、机に向かったところで私は一通の手紙を見つけた。
今日の郵便配達係である門前の掃除当番はセドリックだったはず。
管理人室に届く書類は多いから、郵便配達係にはスペアキーを渡してある。
そのスペアキーと一緒に置かれている手紙には、ガルム王家の紋章が入った封蝋が押されていた。
「ハルト。手紙よ」
書類を手伝ってくれるつもりなのだろう。
私が見ていた書類の山とは、また別の書類の山を見ていたハルトが「ん?」と顔をあげる。
私がひらひら振った紫色の封筒を見て、ハルトは目を見開いた。
「ハルト宛てよね。あなた、そういえば第二王子様だったわよね。あんまり暢気に暮らしてるから忘れがちだけど」
「そっか……。俺、もうすぐ誕生日だったな」
嫌そうに顔をしかめるハルトに、私は目を瞬かせてしまう。
ハルトの誕生日だなんて考えたこともなかった。
誕生日ならプレゼントを買うべきだろう。
セレブな生活を送ってきたはずのハルトが喜ぶものなんて、ぱっと思い浮かばない。
そういえば彼の好きなものってなんだっただろうか。……女の子?
「誕生日なら、もっと早く言いなさいよ。女の子は用意できないし、あげたくないから他のものを考えなくちゃいけないじゃない」
「なに、メルちゃん。俺の誕生日に女の子くれようと思ったわけ?」
「あんた、女の子好きでしょ?」」
「メルちゃんをくれてもいいんだけど?」
「私はあんたとずっと一緒にいるんだから、これ以上あげようがないでしょ」
何を言っているのかとハルトを睨むと、彼は「ああ、なるほど。メルちゃんはそういう子だった」と呆れたように笑う。
なぜ呆れられなければならないのかと睨んだままでいると、歩み寄ってきたハルトは私から手紙を受け取った。
「プレゼントなんていらないよ。毎年山ほどもらう割には、俺の私物になるものはひとつもない。貴族達にとって俺の誕生日は、俺へのプレゼントっていう名目で、王家にすり寄るためのプレゼントを贈る日だ。欲しいものもらったことなんてないよ」
「ハルトは何が欲しいのよ」
「そうだなぁ……。メルちゃんの手作りケーキとか。俺甘いもん好きなんだよね。腐っても王族だから、女の子からの手作りお菓子とか食べられたことないし」
「もらったことはあるでしょ?」
「毒入ってたら困るから、食べたことはないな」
何でも無いように言うハルトに、王族の苦労を感じる。
カップケーキくらいなら作ってあげられる気がする。
日頃お世話になっているのだから、彼の望むものをプレゼントしてあげたいと思う気持ちは当然だろう。
だから、これは好きだから尽くしたいとかそういうやつではない。
誰にとも無く胸中で言い訳をしていると、ハルトは私の机から勝手にペーパーナイフを取り出して手紙の封を開ける。
手紙を開いたハルトは、内容に目を走らせて、渋い表情を見せた。
「……なにか悪い報せ?」
「超絶悪いお知らせ。……メルちゃん。お願いがあるんだけど」
「なに?」
神妙な表情をしているハルトに、緊張しながら訊ねる。
彼はへにゃりと相貌を崩して、かわいい顔でお願いをしてきた。
「俺の誕生日に婚約者探しのパーティー開くらしいんだ。絶対に婚約者なんてつくりたくないから、メルちゃんを父上に恋人として紹介させてくんない?」
ハルトはガルム王国第二王子。
つまり、父上はガルム国王。
そんな人に嘘を吐く協力をしてくれないかと依頼された私は、思わず笑顔で首を傾げることしかできなかった。
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