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24 弱い英雄


 ハルトとキスして、それをヴェイルにめちゃくちゃ見られていた。

 その事実に耐えきれずに、真っ赤になる頬を覆い隠して俯く。

 ちらりと見やった隣のハルトは、なぜか自慢げな表情でヴェイルを見ていた。

 どういう感情かよくわからないが、私は私の感情を鎮めるので手一杯だ。

 口移しで薬を飲まされたのがファーストキスなのだけど、自分で意思を持って口づけに応えたのことは初めての経験だった。

 こんなに顔が近いのか。

 こんなに恥ずかしいものなのか。

 というか、こんなに柔らかかったのか唇というものは!

 頭の中は大混乱だけど、目の前で気だるげに立っているヴェイルは、隠れていたい身の上だというのに、わざわざ出てきてくれたのだ。

 おそらく、この倒れている寮生二名は、私たちにボックス魔法をかけた犯人で間違いないだろう。

 仕事モードに切り替えるために、自身の頬をぺちぺちと叩いてから、私はスッと背筋を伸ばした。

 隣でハルトがクスクス笑っているけど気にしない。


「この二人が、私たちにボックス魔法をかけた犯人? 捕まえて連れてきてくれたの?」


 努めて凜とした表情で訊ねると、ヴェイルがふっと少しだけ微笑む。

 真っ赤な顔の女が無理矢理凜としていても面白いだけだろうとわかっているけど、照れ隠しのためにもこうするしかない。

 じとりとヴェイルを睨むと「はいはい」と肩を竦めて答えてくれた。


「そうッスよ。一応ここにいる間は、家賃分働こうと思いましてね。大型のドラゴンはつがいのことが多いので、他にもドラゴンがいる可能性を考えて警備魔法を展開してたんですよ。そしたら、寮内でボックス魔法使ったアホがいて、その魔法にメルリアさんとハルトがかかったのがわかったので、一応とっつかまえておきました。ボックス魔法は立派な攻撃魔法なんでね」

「へえ。ひとりはボックス魔法を使った奴で、もう片っぽはメルちゃんの唇を狙ってた野郎ってことか」


 腕を組み、顎に手を当てたまま、ハルトはしゃがみこんで倒れている寮生の顔をよく見る。

 私もじっと二人の顔を見て、「あ」と思い至った。


「この人、私に告白してきたことがなかった?」

「あったあった。メルちゃんとまだ付き合いだしたばっかりの頃だよ」


 ハルトが中庭に女の子を連れ込んでいたときに、私を慰めながら告白してきてくれた自称真面目くんだ。

 彼を冷たく見下ろしたハルトは、首を傾げる。


「この自称真面目くんが、ボックス魔法でメルちゃんと一緒に入る予定だった奴ですか?」

「いや、その自称真面目くんが、おまえ達にボックス魔法をかけた」


 つまらなそうに言うヴェイルに、ハルトが「ふーん」と返す。

 つまり、自称真面目くんは氷の女王様は好きでも、メルリア・トゥルーリアという人間は排除したいほどに第一男子寮の管理人にはふさわしくないと感じたというわけだ。

 じっと寮生を見下ろしていた私に、ヴェイルが皮肉っぽい笑みを見せた。


「メルリアさん。どうッスか? 素を見せた結果がこれみたいですけど、どう思います?」


 眉を下げて、悲しげにヴェイルが笑う。


「一生懸命キャラを演じて愛されてきましたよね。で、素を見せた結果、告白してきた奴に攻撃魔法をかけられてるんですよ。そんな結果で、あなたは満足ですか?」


 ヴェイルは嘲るみたいな口調で言う。

 その声は悲しげな彼の表情とはアンバランスだった。

 ヴェイルは剣聖の英雄というキャラを演じて周囲の期待に応えることができなかった。

 かといって、素の自分を晒して生きていくこともできなかった。

 素を晒せば、今の私のように裏切られたり、嫌悪されたりすることを賢い彼は知っていたんだろう。

 でも、彼は知らない。

 勇気を持って本当の弱い自分を晒して、私が手に入れたものの全てを。


「こうやって攻撃されることについては最悪ね。面倒だし、今回は彼らがお間抜けさんだったから大丈夫だったけど、本気で殺意を持ってこられたら困るわ。身を守る術を手に入れなくてはとも思う。でも、それだけじゃないわ」

「……弱い自分を晒して、いいことはありましたか?」


 ヴェイルの目が私の目を見つめる。

 縋るような目に、私は満面の笑みで答えた。


「ええ。あったわ!」


 何事にもメリットとデメリットがある。

 弱い自分を晒すことのデメリットは今回の事件だ。

 今後も、弱いメルリア・トゥルーリアは嫌われることもあるだろう。

 でもそれは、強い氷の女王様でも同じ事だ。


「今回の事件は私が弱そうだったから起こった事件よ。でも、私の仕事を助けてくれる人もいる。弱い人間を叩く人も手を差し伸べる人もいるっていうことよ。氷の女王様の時は文句は言われなかったけど、孤独なことが多かったわ。今はいろいろな寮生が声をかけてくれる。中には氷の女王様のときの私は、怖くて近寄りがたかったと教えてくれた人もいたわ」

「氷の女王様でも嫌われるってことッスか?」

「ええ。どんな人間も万人に好かれることは不可能だわ。剣聖の英雄もね」


 変わる私を見るヴェイルの目は、期待と不安をごちゃまぜにしたようなものだった。

 弱い自分を晒した私に感想を求めるのは、彼が変わりたいと思っている証拠だ。

 私はハルトからもらった勇気の魔法を、ヴェイルにかけてあげたかった。


「誰かに嫌われるかもしれないっていう理由で自分を偽るのは愚かなことだって知ったわ。何やったって嫌われるときは嫌われるのよ。でも、私はヴェイルが何をしても好きよ。できれば、ずっと私の傍で働いて欲しいって願ってる。私は剣聖の英雄なんていらない。ヴェイルが欲しいの。だから、ヴェイル。あなたはあなたのままで、私の傍で今まで通り働いてはくれないかしら」


 誰かに嫌われるかもしれないと、誰かもわからない存在から嫌われることを恐れて、素の自分を隠したまま逃げようとしている彼は、とても弱い人間だ。

 剣聖の英雄なんて大層な名前は、お酒が大好きな酔っぱらいヴェイルには似合わない。

 ヴェイルはヴェイルのまま、この第一男子寮の有能な使用人として生きていって欲しい。

 微笑む私に、ヴェイルはため息をこぼして頭を搔いた。


「そんな口説かれ方したら、絆されちゃうじゃないッスか。彼氏の前でいいんスか?」

「大丈夫よ。ねえ? ハルト」

「ハイ、ダイジョウブデス」


 しゃがんだまま頬杖をついたハルトが何故か片言で答えたけど、まあ大丈夫だろう。

 気を取り直して、私はヴェイルに手を伸ばした。


「私、見ての通り弱いでしょ。身を守る術を身につけなきゃいけないとは思うけど、一朝一夕で身につくものじゃないわ。ヴェイルは魔法が得意でしょ。できれば、今のまま私の傍にいて、ついでに私を守ってくれると嬉しいのだけど、ダメ?」


 ヴェイルは私の伸ばした手を見つめて、脱力したように微笑む。

 困ったように身を竦めて、一歩踏み出した彼は、私の手を握ってくれた。


「こんなびびり野郎でよければ、俺のこと傍に置いてくださいよ。絶対にお守りしますんで」


 ヴェイルは笑って、私と繋いでいた手とは反対側の手をいきなり横に薙ぐ。

 何事かと思った瞬間、ヴェイルは自身の周りに浮かべた光の剣を空に向かって放った。

 数秒遅れて、何かが落ちてくる。

 私たちの隣にズドンと大きな音を立てて落下してきたのはドラゴンの首だ。

 ついで落ちてきた竜の体に地面が揺れ、周囲から音を聞きつけた人々が集まってくる。

 ぽかんとしている私に、ヴェイルは何でも無いみたいに笑った。


「警備魔法にやっとこないだの大型ドラゴンのつがいを見つけたんで、退治しときました。言ったでしょう。お守りするって」


 へらっと笑って、ヴェイルは私の手を離す。

 唖然としている私とハルトの前で、ヴェイルは取り出した酒瓶をぐいぐい呷った。

 集まってきた人々も、呆然としたままヴェイルを見ている。

 ぷはっと瓶から口を離したヴェイルは、唇を拭ってから、私の肩に腕を回した。


「どうも。剣聖の英雄とか呼ばれてるヴェイルッス。大したことないただの酒飲み使用人で、ちょっとだけ魔法が得意ッス。過度な期待は絶対すんなよ。俺はここの管理人さんを守ることが第一任務なので、大それた事はまったくできません。よろしくお願いします」


 にっと最後はどこか誇らしげに笑ったヴェイルに、呆れた顔をする人ももちろんいた。

 でも、ほとんどの人達は、ヴェイルの帰還にただただ喜んでいた。

 剣聖の英雄ではなく、ヴェイルの帰還にだ。

 「どこ行ってたんですか!」「魔法教えてくださいよ」と詰め寄られるヴェイルに肩を組まれたまま、一緒にもみくちゃにされている私に、ヴェイルが大声で笑う。

 吹っ切れたみたいに笑ったヴェイルは、観衆から逃げるように私を抱えて飛び上がった。

 「おい!」と叫ぶハルトが小さく見える。

 気付けば第一男子寮の高い高い屋根の上で、ヴェイルに抱きかかえられていた。

 絶景に「うわぁ」とため息をこぼすと、なにかが私の頬にくっついた。

 この感触は、さっき散々味わった。唇だ。

 驚く私に、ヴェイルはにんまりと笑った。


「安心してくださいよ。俺、大人の女がタイプなので」

「そうだったわよね。安心した」


 唖然としたまま答えたけど、じゃあなんで頬にキスしたのか。

 口を開けている私にくっくと笑って、ヴェイルは満足げに私を強く抱き締めた。


「もう期待に応えなきゃなんて思うのは金輪際やめるッス。俺は俺らしく、俺がやりたいように生きます。それで好かれても嫌われてもいい。メルリアさん。あんたが、俺を好きでいてくれるならね」

「安心して。私はどんなヴェイルでも好きだから」


 ぎゅうっと私を抱き締めたヴェイルが「ありがとう」と泣きそうな声で言った数秒後、屋根の上にどうにかのぼってきたハルトが私をヴェイルの腕から奪い返した。


「あんた全く安心できないですよ!」


 叫んだハルトの声が、屋根の上からよく響いた。


 *


 観衆がざわめき、ハルトの叫びが聞こえる中、セドリックは真面目に門前の掃除を続けていた。


「まったく……ハルトは何を騒いでいるんだ」


 まさかハルトが屋根の上で騒いでいるだなんて当然思いも至らない。

 困った後輩に呆れながら、彼はポストを開いて手紙を受け取る。

 各生徒に届いた手紙を配るところまでが、門前の掃除当番の役割だ。

 何通もある手紙を見ていくと、一通だけ明らかに品質が桁違いにいい手紙を見つける。

 宛名を見て、セドリックは「そうだった」と声を漏らした。


「忘れてたけど、あいつ王族だったな」


 高級な紙でできた手紙には、ガルム王家の紋章が刻まれた封蝋が押されていた。

【作者からのお願い】

お読みいただき、ありがとうございます。

「続きも読む!」と思ってくださいましたら、下記からブクマ、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!

感想一言だけでも貰えたら嬉しいです!

よろしくお願いいたします!

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