表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/39

17 怖いもの


 ハルトとヴェイルと一緒に行った学園長室で、お父さんにこってりと絞られた。

 酒場に行くこと自体は、学則上禁止された行為ではないから罰はないけど、危険なことをしたことは確かだ。

 今回は怒られても仕方がない。

 ハルトと一緒に「すみませんでした」と謝罪すると、お父さんはすぐにいつものにこやかな父の顔に戻った。

 この切り替えの速さは父の美徳だ。


「でも、学園長先生はなんで、俺たちがあそこにいるってわかったんですか?」

「通報が入ったからだよ。冒険者ギルドの酒場で若い子が飲み比べして騒ぎになってるけど、お宅の学園の生徒じゃないですかってね。まさか、かわいい娘だなんて思っていなかったけれど」

「ごめんなさい……」


 かわいい娘が屈強な男に囲まれて飲み比べ対決をしていたと知ったときの父の心境を思うと、心の底から謝らざるを得ない。

 お父さんは「今後は無茶をしないこと」と優しく注意をしておしまいにしてくれた。


「それよりも今はヴェイル君の話だ。話の途中で君たちの報告が来たんだよ。ヴェイル君がやめてしまうと聞いたよ。悲しいし、寂しいから引き留めていたところだったんだ」

「え、ヴェイルさん辞めちゃうんですか?」


 驚いた様子のハルトに、壁に寄りかかって酒瓶を呷りながら話を聞いていたヴェイルが「そう」と頷いた。


「魔物が怖いから逃げ出すんだ。情けないお兄さんだろ」

「魔物って?」

「寮生には伝えてなかったけど、第一男子寮に魔物が侵入したのよ」

「え、あんなとこまで魔物が来るなんてやっぱおかしいな。酒場でも魔物の動きがおかしいって聞いたし、嫌な感じだ」

「ハルト君はなかなか鋭いね。強い魔物に追われてこの街に逃げ込んできたから、中心部の第一男子寮まで転がり込んできてしまったと考えるのが妥当だろうね」

「まさか竜害の前触れなんてことないですよね」


 ハルトが軽い調子で言ったのは、きっと自分の勘を否定したかったからだ。

 【予知】を持っているハルトがそう感じたのなら、きっと竜害が訪れるのだ。

 ヴェイルの鈍色の足と鉱山を破壊されたセドリックの話を同時に思い出して、背筋が寒くなった。


「断言はできないが、そうかもしれない。だから、ヴェイル君にはぜひうちに居てもらいたいんだけど……」


 お父さんが、窺うように私たちの背後のヴェイルを見やる。

 ヴェイルは困ったように眉を寄せていて、私はお父さんにキッと鋭い視線を向けた。

 

「お父さん。そんな酷な話はないわ」


 ヴェイルの過去をお父さんだって知っているはずだ。

 彼は腕が立つ。居てくれれば心強いだろう。

 でも、竜害で右足と家族を失った人に竜害が来る恐れがある街に留まれなんて言うのは、残酷すぎる。


「ヴェイルが働いている第一男子寮の管理人は私よ。私が彼を管理します。ヴェイルは辞めたいと言っているのだから辞めるの。彼のタイミングで出て行くことを許可しているのは私よ。お父さんが口出しすることじゃないわ」


 私の剣幕にお父さんが「おやおや」と目を丸めている。

 ヴェイルを振り返ると、彼も驚いた様子で光を反射して金色にも見える焦げ茶の目を大きくしていた。


「ヴェイル。あなたが戦いたくないなら戦わなくていいの。大丈夫。あなたは私が守るわ」

「メルリアさん……」

「メルがそこまで言うなら仕方がない。竜害が来るかもしれないということで警戒を強めておくことにするよ。ところで、酒場ではヴェイルの代わりが務まりそうな人は見つかったのかい?」

「うっ。いえ」


 痛いところを突かれてしまった。

 ヴェイルの前だというのに思わず呻いてしまった私に、お父さんは眉を下げて微笑んだ。


「求人情報は出しておくけど、しばらくはメルも率先して頑張らなければいけないかもしれないね」

「わかってるわ」

「それじゃあ、話はこれでおしまいだ。今日はもう全員いい子にして寝なさい」


 お父さんに「おやすみなさい」と告げて、ハルトとヴェイルと一緒に第一男子寮へと帰る。

 帰路では、ヴェイルはずっと酒を飲んでいて、ハルトはいつもより元気がなかった。

 でも、元気がないのは私も同じだ。

 管理人室に帰り着くなり、私はベッドに倒れ込んだ。


「結局………、ヴェイルほどの実力がある人は誰もいなかったわね」

「生活魔法に関しては、あと十人くらい使用人雇えばヴェイルさん一人分くらいにはなりそうだけどね」

「問題は警備魔法よ」


 警備魔法はお坊ちゃんが集まる第一男子寮では必須の魔法だ。

 ハルトが言うように生活魔法はなんとかなるにしても、警備魔法は高度すぎて使える人を探すことがまず難しい。

 天井を見上げたままため息を吐く私の視界にハルトがひょこりと入り込む。

 こちらを見下ろす紫紺の瞳は、いつもより元気がないように見えた。


「なに? 今見ての通り考え事してるんだけど」

「ん。それはわかってんだけど、メルちゃんこのまま寝ちゃいそうだし、先にお礼言っておきたくてさ」

「お礼?」

「飲み比べ。俺が飲めないから代わってくれたっしょ。ありがとう」


 柔らかい声で礼を言いながら、ハルトが私の前髪を額からよけるように撫でる。

 くすぐったさに自然に目を細めてしまった。


「あんたにこれで対価を請求できるかと思ってたけど、トントンになっちゃったわ。薬盛られたのなんて全然気が付かなかった。こちらこそ、ありがとう」

「俺のメルちゃんがかわいいからって、勝負中にあんな薬混ぜるなんてな」


 怒った様子でハルトが眉を寄せて、私の隣にごろんと転がる。

 「はーあ」と大きく息を吐いたハルトは、肘で自身の顔を覆った。


「なによ元気ないわね」

「今日の俺は、あんまかっこよくなかったなぁって」


 落ち込んだ声で言うハルトに、私はきょとんとしてしまう。

 ハルトがかっこよくなかったことなんて、あっただろうか。

 顔はずっと綺麗だし、薬からも、丸太みたいな足からも私を守ってくれた。

 世間一般的に見て、ハルトはかっこよかったはずだ。

 疑問でいっぱいの私を見もせずに、ハルトはしょんぼりと続けた。


「ヴェイルさんかっこよかったから、困った」

「まあ、確かにヴェイルはかっこよかったわね。颯爽と助けに来てくれたし。けど、なんであんたがそれで困るのよ」

「……メルちゃんが、ヴェイルさんに惚れたら困るから」


 「は?」と小さく声が漏れてしまう。

 そろりと顔に乗せていた肘をよけてこちらを見たハルトは、頬を赤く染めていた。


「メルちゃん、ヴェイルさんのこと評価してるっぽいし? 負けそうで困る」

「ふ、ふふっ。なによそれ」


 ハルトの自信なさげな表情が珍しくて、思わず噴き出してしまう。

 「マジで困るの!」と子どもみたいな声をあげるハルトに、私はくすくす笑いながら首を横に振った。


「大丈夫よ、その点については安心して。私は恋できないんだから」

「その恋できないって根拠はなんなの」

「今までず~っとそうだったからよ。誰を見てもときめかなかったし、独り占めしたいだとか、そういう激しい感情を持てたことってないから。私はそういう人間なんだと思う」

「それは、メルちゃんがただビビってるだけなんじゃないの? 俺はビビってるよ。人のこと好きになると、いろんなことが怖くなるなって」


 ハルトが真剣な目でこちらを見ている。

 彼は相変わらず恋人の演技がとても上手だ。

 私は苦笑して彼に背を向けた。


「……また口説くつもり? 今日は疲れたからいいわよ」

「ガチで好きだから逃げずに聞いてよ」


 背中からハルトの腕が回ってくる。

 ぎゅっと抱きすくめられると、自分の体が小さく感じられた。


「俺もマジになったのなんて初めてだから知らなかったけど、すげぇいろんなことが怖いよ」

「マジになったのが本当かはともかく、なにが怖いの?」

「まずはメルちゃんが傷つけられるのが怖い。薬盛られかけたときも怖かったし、怪我したり、危ない目にあったりするのも怖い。できるだけ安全な環境で幸せに生きていて欲しいって思う」

「……他には?」

「そうだな。セドリックとかヴェイルさんとか、周りの男連中にメルちゃんの心が奪われないかって、いつも怖い。困ったことに、どっちもなかなかいい男だからな」

「私が恋をすると怖いことが増えるから、ビビって恋をしてないって思ってるの?」

「思ってる。だって、メルちゃんはたぶん俺のこと結構好きだもん」


 ハルトのぬくもりが背中から伝わってきて、体が熱い。

 頭の後ろで囁かれる彼の言葉は、そのまま脳に溶けるみたいだった。

 私が恋ができないんじゃなくて、怖がっている? ハルトのことが好き?

 ドクドクと心臓が鳴っているのは、図星を突かれたからなんかじゃない。きっと違う。

 そう思っているのに、声に出して否定することがどうしてもできなかった。


「メルちゃん。好きだよ」

「……はいはい。もう眠いから、寝るわ」

「そっか。いいよ、逃がしてあげよう。仕方がないなぁ、メルちゃんは」


 小さく笑ったハルトが、そっと離れる。

 うずくまったままの私の体に布団が掛けられて、大きな手がくしゃくしゃと頭を撫でる。


「おやすみ、メルちゃん」


 明かりを消して、ハルトが隣に寝る。

 彼が寝息を立て始めてもしばらく眠れなかった私は、翌朝寝坊して学校に遅刻しかけた。

 珍しく朝のホームルームギリギリに登校した氷の女王様の噂は、隣のクラスのアンリにまで届いたらしい。

 休み時間ににまにましながらやってきたアンリが「昨夜はお楽しみだったの?」と聞いてくるのに、「そんなわけないでしょ」と返事をしながら、私ははたと思いついた。

 そういえば、この子のスキルは【器用さ】だったと。


「アンリ。頼みがあるんだけど、いい?」

「おっ。いいよいいよ。なんでも言ってみて!」

「私に、生活魔法を教えてくれない?」


 ヴェイルが居なくなるのなら、その穴をすぐにでも埋めなければならない。

 たとえ管理人である私の手を使っても、だ。

【作者からのお願い】

お読みいただき、ありがとうございます。

「続きも読む!」と思ってくださいましたら、下記からブクマ、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!

よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ