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13 自覚と告白


 夜の街をハルトに引っ張られて転がるように歩いて行く。

 門の前を掃除していたヴェイルがポカンとするほどの勢いで寮に帰ってきた私は、ハルトに引っ張られたまま管理人室に入った。


「ちょっと、ハルト! 急になにを……!」

「あのさ、怒ってるのは俺なんだけど」


 部屋に入るなり、ハルトが勢いよく閉めたドアに背中を押しつけられる。

 両手首をドアに縫い付けられて動けない私は、こちらを見つめるハルトを睨んでやろうとして怯んだ。

 美形が怒ると怖いと言うけれど、本当に恐ろしい。

 整った美術品のような顔がこちらをただじっと見つめてきている姿なんて、ゾクリとする。

 ハルトの紫紺の瞳に宿る光は、いつものようにキラキラしたものではなく、冷たくて鋭いものになっていた。


「なん、で、怒られなきゃいけないのよ」

「わかんない?」


 コツンとハルトが額と額をくっつけてくる。

 近すぎて逃れたかったけど、ハルトが寂しそうに怒っているのでそれもできなかった。

 至近距離で見るとハルトの瞳は、紫紺の中に水色や黄色の光が輝いているのが見える。

 それがハルトが瞬きするたびに揺らめいた。


「後ろめたいことなんにもない?」


 追い詰めるようにハルトが問いかけてくる。

 私は、いつの間にか噛んでいた唇をゆっくり開いて慎重に声を出した。


「う、浮気じゃないわ」

「浮気かもって思ったんじゃないの?」

「仮の恋人なんだから、浮気も何もないわ!」

「本当の恋人だったら、浮気だって思う?」


 どうして、そんな捨てられた子犬みたいな目をしているのか。

 ぐっと歯を食いしばって、私は否定することが出来ずに頷いた。


「お、もう」

「メルちゃんさ。仮とは言え恋人の俺が浮気してたら、メルちゃんがかわいそうな人になっちゃうからやめてって言ったっしょ?」

「言った」

「俺はかわいそうな人になってもいいの?」


 ハルトが犬だったら、今きっと彼はキュンキュンと寂しげな声で愛らしく鳴く子犬だ。

 ツンと鼻の先をくっつけて、甘えるみたいな声をあげるハルトが話す度に、その吐息が唇に当たる。

 下手すれば唇同士がくっついてしまいそうな距離感に耐えられずに顔をそらすと、ハルトは「ねえ」と肩に頭をもたれさせてきた。


「ごめんね、メルちゃん」

「なんで、このタイミングであんたが謝るのよ」


 肩口で喋られるとくすぐったい。

 もそもそ身をよじって逃れようとすると、何故か腰を抱き締められてしまった。


「俺さ、束縛してくる女の子とか苦手だったわけよ。どうせいつか政略結婚させられるからさ。俺に本気になる女の子は困っちゃうなって思ってた。でも、メルちゃんがセドリックと仲よさげにしてるの見たら、束縛する女の子の気持ちもわからくないなってね。思っちゃったよね」


 いつも優しく響くハルトの声が、今日は切なげに聞こえた。

 一瞬その声に呆気にとられたけど、私はふうと小さく息を吐いて、彼の背中をぽんぽんと撫でる。


「意外ね。あんたって役にのめり込むタイプ?」

「うん?」

「恋人役してたら、気持ちが引きずられちゃったんじゃないの? 女たらしのあんたらしくないわよ。なんだか本気の嫉妬してるみたいに聞こえるわ」

「ふ、ほんと、どうしたんだろうな。本気になんてなったら、それこそ俺の人生狂わされて……」


 途中まで話して、ハッとした様子でハルトが私を抱き締めていた腕を離して、顔を覗き込んでくる。

 きょとんとしてしまった私を「まさか、俺の勘ってそういう……?」とか言いながら、ハルトが驚愕した表情でこちらを見ている。

 何か驚きの発見をしているところ悪いが、私は自分の中のもやもやをまずはどうにかしたい。

 だから、自分の世界に入っているハルトを引きずり戻すことにした。


「ハルト」


 何事かはわからないけど、とりあえず自由になった手で、ハルトの服の袖をちょんちょんと引く。

 我に返った様子で「なに?」と言ったハルトの声は裏返っていた。


「浮気のつもりはなかったけど、嫌な気持ちにさせてしまってごめんなさい。これからは、男の子とでかけるときは、ハルトに伝えて行くわ。そしたら、安心でしょ?」

「あ、うん。そんな恋人っぽいことしてくれんの?」

「仮とはいえ、恋人だから当然と言えば当然ね。浮気かもって思うことはしないって約束するわ。だから、今回のことは許してちょうだい。ごめんね」


 ハルトの袖をつまんだままに謝罪する。

 この後は管理人のお仕事がたくさんあって、課題も完璧にこなして、明日も氷の女王様として元気に学校に行くための準備をしなければならないのだ。

 罪悪感を抱えたまま、そんな作業にとりかかるのなんてごめんだったし、何よりハルトに申し訳ないことをしたなという気持ちもあった。

 まだハルトが怒っているかもと、チラッと見上げた彼の顔は想定外に赤かった。


「許す。好きだから」

「はいはい、ありがとう。仕事するから手伝ってくれる? 計算得意でしょ?」

「え、マジなんだけど?」

「はい。だから、ありがとう。手伝ってくれるの? くれないの?」

「くれるよ、もちろん。っていうか聞いてた?」

「何を?」

「好きだって」


 机の上に大量に乗っている書類を一枚手に取ってハルトを振り返る。

 拗ねた表情でこちらを見るハルトに、「うん」と頷いた。


「何度も言ってるでしょ。ありがとう」


 「はあ」と深々ため息を吐いたハルトが、私が持ってた書類をベッドに持って行って計算をはじめる。

 ちゃんと聞いてた。「好き」と言われたことを。

 でも、ハルトは百戦錬磨の女たらしだ。

 そう簡単に信じるわけにはいかないし、信じてしまっても、なんと返していいのかわからない。

 何せ私は恋愛できない女なのだから。


「いいよ。俺がマジだってこと、ちゃ~んと今後伝えて行くからな」


 机に向かった私に、じとりとハルトが視線を送ってくる。

 どうせ政略結婚させられるから、今だけの恋を楽しみたいと言っていた人がなにを言うか。


「楽しみにしてるわ」


 クールに答えた私に、ベッドに倒れ込んだハルトが「はあああ」と大袈裟すぎるため息を吐いた。


 *


 翌日の放課後。

 ハルトは終業のチャイムが鳴ると同時に私を迎えに来た。

 一年生の教室まで、二年生の教室からだとそれなりにある。

 まともに授業を受けていたら、終業直後に現れることは不可能なので、彼は授業をサボったのだろう。

 「そんなに信頼ない?」と肩を竦めた私に、ハルトは「メルちゃんは信じてるけど、セドリックはどんな手使うかわかんないだろ」と眉をひそめていた。

 なぜセドリックを急にそこまで敵扱いしているのかよくわからないけど、命を狙われているわけでもあるまいしと笑い飛ばすと、いつものじと目で睨まれた。なんなのか。

 とりあえず宣言通り、ハルトと一緒にセドリックとの待ち合わせ場所である東門に向かうと、そこにはセドリックがひとりで居た。

 そわそわと歩き回る彼は、まさに告白前の落ち着かない男の子だ。

 私と目が合うと、セドリックは伸びている背を更に伸ばした。


「メルリア……! と、ハルトか。本当に来たんだな、おまえは」

「そりゃ来るっしょ。俺とメルちゃん恋人だもん。ねえ?」

「ええ、一応ね」

「一応て」


 氷の女王様の表情のまま、セドリックのつま先から頭まで見る。

 完璧に美男子。素敵な王子様を体現したような容姿。

 これなら、マリアベル先輩だってイチコロのはず! と思ったところで、セドリックの着ているジャケットが、私が好きだと言った紺色のものだと気が付いた。


「セドリック。あなた、そのジャケットにしたの? マリアベル先輩はもうちょっとラフな感じが好きだと思うのだけれど」


 これはこれで素敵だけど、どうだろう。

 腕を組み、口元に手を当てて考える私に、セドリックは「いいんだこれで」と空色の瞳を細めた。


「マリアベルは来ないから」

「……まさか、呼び出しの時点でダメだったの?」


 マリアベル先輩は恋に恋する女の子だと思っていたけど、思っていたよりも一途で、未だにハルトへの思いを捨てきれず、ここには来てくれなかったのかもしれない。

 彼女の失恋で痛む心をもう少し丁寧に癒やす必要があるかと考えていた私に、セドリックが「違うんだ」と手を振った。


「その、僕、好きな人がいるんだ」

「好きな人?」


 その可能性は考えなかった。

 自分が恋愛できないからって、その可能性を考えなかった自分を反省する。

 思わず言葉を反芻してしまった私は、次の瞬間には眉を下げて謝罪していた。


「ごめんなさい、セドリック。そうよね、私ったらあなたの気持ちも考えずにマリアベル先輩に告白白だなんて……。マリアベル先輩にも失礼な話だったわよね」

「いや、マリアベルには確かに悪かったかも知れないけど、僕は本当に大丈夫なんだ。好きな人ができたのは、つい最近のことだから。というか、昨日、自覚した」

「昨日?」


 昨日はセドリックがザ・王子様スタイルに生まれ変わった日だ。

 たくさんの女の子に声をかけられて、その中で見初めた子がいたのかもしれない。


「誰なの? その好きな人というのは」

「君だよ、メルリア」

「へ?」

「おいおい、セドリック。だから、メルちゃんは俺の……」

「わかってるよ。ふたりがとても仲の良い恋人だということは。メルリアが僕には見せない顔を、ハルトが知っているんだろうなってことも、わかってる」


 告白されたことによる動揺で、氷の女王様の仮面が一瞬崩れてしまった。

 呆けた顔をしてしまった自分の頬を俯いて両手で挟む。

 しっかりしろ。しっかりしないとキャラが崩壊してしまう。

 告白がなんだ。真正面から、バシッと受け止めてやる。

 決意を固めて顔をあげると、ザ・王子様フェイスが切なげにこちらを見つめていた。


「恋人がいるっていうのに、僕に告白されて悩むのはわかるよ。でも、知っていてほしかったんだ。僕が本気だってこと」

「落ち着いて、セドリック。あなたはきっと私の【魅了】にやられているのよ。それは一時の感情よ。流されてはいけないわ」

「恋なんて、どれもこれも一時の感情かもしれないものなんだと思うよ。僕は初めてだから、よくわからないけど……。でも、こんな感情があるって知ってしまった以上、もう好きでもない人と生涯を共にする人生は考えられないと思っている」

「そんなんセドリックの両親は許すのかよ。セドリックの政略結婚が、ドメイア家の今後を左右するんだろ?」

「そうよ。ご両親は大丈夫なの?」


 ハルトの疑問はもっともだ。

 セドリックがアンリのストーカーになったのは、両親の期待に応えるためだったはずだ。

 私はウィンダム学園学園長夫婦のひとり娘。

 将来的には学園長を継ぐ教育者になり、養子をとって次の学園長を育てる予定だ。

 そんな私とセドリックが結婚したところで、商家であるドメイア家にはなんのメリットもないはず。

 内心困惑している私に、セドリックは優しい表情で頷いた。


「両親とはあの後話をしたよ。魔法で実家に帰ってね。好きな人ができたから、僕は政略結婚はできませんって」

「許してもらえたの……?」

「ああ、今日の昼までかかったけどね。一晩中親子喧嘩していたから寝不足だ。こんな顔で告白することになって恥ずかしいよ」


 こんな顔って、相変わらず完璧なお顔だよ。

 そんな完璧なお顔で、両親を説得してまで、告白してくれる気概が嬉しい。

 でも、私は彼の思いに応えることはできなかった。


「……ごめんなさい、セドリック。あなたが本気で伝えてくれてることはわかっているし、あなたが素敵な人だっていうこともわかっているわ。でも、私はセドリックを友人以上には見られない」

「俺もいるしな」


 ハルトが眉を寄せて腕を組む。

 私にとっては仮だけど、何も知らないセドリックにとってハルトは私の本当の恋人だ。

 想い人の恋人がいる状況で告白ができるセドリックは、肝が据わってるなと感心してしまう。

 それと同時に、気持ちを返せない自分が申し訳なくて仕方が無かった。

 セドリックはそんな私の頭にぽんと手を乗せる。

 ハルトも私も止める暇もなく、セドリックは私のプラチナブロンドの髪に唇をちょんと押し当てた。

 すぐに真っ赤になって離れるところは、セドリックらしい。

 唇が当たった髪の毛に触れて赤くなってしまう私に、セドリックははにかんだ笑みを見せた。


「ハルトといることが君の幸せなら、僕はその幸せを守るよ。だけど、ハルトが裏切ったりなんかしたら、僕はすぐに君を奪いに行くから。弱ったところを狙うと良いって教えてもらったしね」

「ふふ。そうね」


 思わず笑ってしまった私に、セドリックがぽかんと口を開く。

 慌てて氷の女王様の表情をつくりなおした私に、セドリックはたまらないといった様子で、声をあげて笑った。


「ははは! 氷の女王様の笑顔はかわいいんだな」

「でしょ? 俺のなんだよね」

「メルリアの男の趣味だけはちょっとなぁ」

「よく言われるわ」


 セドリックと一緒に肩を竦めると、ハルトが「なんでだよ」と拗ねた声をあげる。

 その後は三人で楽しく話をしながら、仲良く寮に帰った。

 告白されたことは想定外だったけど、これで一件落着。

 セドリックは、もうストーカー事件を起こす心配はなくなっただろう。


 管理人の仕事がひとつ片付いた。

 そう安心して帰った私は、翌日に衝撃的な書類をふたつも受け取ることになる。

 ひとつは、第一男子寮に魔物が入り込んだ報告書。そして、もう一つは、副管理人のヴェイルからの退職願を。

 

【作者からのお願い】

お読みいただき、ありがとうございます。

「続きも読む!」と思ってくださいましたら、下記からブクマ、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!

よろしくお願いいたします!

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