12 王子様とのデート
待ち合わせ場所に指定した東門は、街の外れに出る門ではあるが、一番人目につきにくい。
今日は囲まれていること間違いなしのセドリックとの待ち合わせ場所をここにしたのは正解だった。
予想通り、セドリックは息を切らして姿を現した。
「はあ、はあ、管理人さん。遅れてすみません」
「問題ないわ。女の子に追いかけられて大変だったのでしょう」
「ど、どうしてそれを」
「それだけかっこよくなっているのだから、当然よ。この世界の女の子はアプローチが激しいから」
「さ、行きましょう」と彼が約束通りに被ってきた帽子のつばをを指先で押し下げて、街へと続く坂をくだる。
目的の店へ向かいながら、ふと思い出して口を開いた。
「そういえば、あなたにターゲットを紹介していなかったわよね」
「ターゲット?」
「あなたが狙う大手商家の娘さんよ。マリアベル先輩は、どうかしら?」
「マリアベルなんて僕には無理でしょう。彼女はハルトのような男が好きなんですよ」
困惑した様子のセドリックとハルトは確かに正反対だ。
軽くて女の子の扱いがうまいハルトに対して、セドリックは無意識にストーカーになってしまうくらいに女の子の扱いは絶望的だ。
でも、マリアベル先輩はハルトが好きということは、イケメン好きであることは間違いない。
しかも惚れっぽいマリアベル先輩なら、ロマンチックなことをひとつキメれば、きっと惚れてくれるだろう。
そのための服を今日は探しに行くのだ。
「マリアベル先輩はハルトに振られて傷心中の身の上よ。傷ついたところにさりげなく寄り添って、話を聞いてあげていれば、きっと惚れてもらえるはずだわ。マリアベル先輩は、絶対にそういう典型的なシチュエーションに弱いはず。それに、セドリックはそういう風に人の話を聞くのは得意そうだわ」
「どうして、そう思うんですか。僕は女性と話すだけでも緊張してしまうんですよ……」
「大丈夫よ。ダメなら次行こうくらいの気持ちで話せばいいわ。大手商家の娘さんなんて、この学園にはまだまだたくさんいるんだから」
マリアベル先輩は私の見立てだとイケるけど、どう足掻いても攻略不可能な相手というのはいる。
そういうときにはスパッと諦めてしまうのが吉だ。
「管理人さんは、僕なんかのために、どうしてここまでするんですか?」
「管理人だからよ。寮生を管理して幸せにする義務があるわ。それより、そろそろ敬語はやめない? あなたの方が先輩よ。セドリック」
「……では、メルリアと呼んでも?」
「もちろん。許可するわ」
「わかったよ、メルリア。はは、ほんと、緊張するなぁ」
ぽりぽりと頬を掻いたセドリックの横顔は、やっぱり綺麗だ。
こんな顔を髪の毛の下に隠していたなんて、もったいなさ過ぎる。
アンリも愛しの婚約者がいなければ、セドリックに傾いてしまっていたかもしれないと思わせるほどの美貌だ。
そんな美貌を持った相手に服を選ぶお買い物が、楽しくないはずはなかった。
マリアベル先輩の好みはハルトだ。それならば、ハルトの私服を参考にすればいい。
ハルトの私服は、不本意ながら管理人室に持ち込まれているため、どの店で買ったのかはすぐにチェックできた。
チェック済みのそのお店で、似合いそうな服を片っ端からセドリックに着させて、しっくり来たものを購入することを勧めた。
奇抜なものを選んでは私に阻止され、ようやく商品を選び終えたセドリックは、レジに行きかけて足を止める。
「どうかした?」
もしかしたら、値札を見ていなかったから値段が高かった可能性がある。。
自分の財布の中身を頭の中で計算していると、セドリックは振り返って赤い顔のままに口を開いた。
「その、メルリアの好きな服は、あったかな? 今まで着た服の中で」
「私が好きな服?」
「そう。これは全部、マリアベルが好きそうな服だろう?」
言いながら、セドリックは私が選んだ服をかけた腕を軽くあげる。
確かにそれは、マリアベルが好きそうだという視点から選んだ服たちだ。
私の好みとは少し違う。
ふむ、と少し悩んでから、私は自分好みだった紺色のジャケットを一枚彼に手渡した。
「こういうシンプルなものが私は好きよ」
「……わかった。ありがとう、メルリア」
照れくさそうに微笑んで、セドリックはレジへと向かう。
買い物は楽しかったけれど、少し疲れた。
戻ってきたセドリックにカフェで休憩してから帰ることを提案すると、彼は「もちろん。いいよ」と頷いてくれた。
ドアを開け、店の外に出た瞬間、突風が吹く。
制服のスカートが翻るのを抑えた私は、セドリックの帽子が吹き飛ぶのを見た。
飛んでいったキャップはそのまま広場の噴水に落ちてしまう。
「あ」と声をあげてキャップを追いかけて行ったセドリックを私は止められなかった。
「セドリック!」
「あー、帽子はダメだ。びしょびしょだよ」
噴水に落ちたびしょ濡れのキャップを拾い、こちらを振り返って苦笑する王子様スマイル。
傾いてきた日の光を一身に受けたみたいな輝きは目が焼かれそうなほどだった。
実家を立て直さなくても、その顔でいくらでも食べていけるでしょう。
そう確信したのと、周囲の女の子たちが騒ぎ出したのは同じタイミングだった。
きょとんとしているセドリックに駆け寄り、その手を引いて走り出す。
「行くわよ、セドリック」
「え? どこに?」
「静かな場所!」
スキル【魅了】と十歳から付き合ってきた私にはわかる。逆ナンしようとしている女の子達の視線が。
私はカフェでちょっと休憩してから帰る、素敵な放課後を過ごしたいのだ。
こんなところでその相方が逆ナンされまくるのは面倒すぎる。
セドリックと一緒に街を走り、人気の少ない物陰へと隠れる。
被ってきたキャップが使い物にならないため、その綺麗な顔面を晒し続けることになったのは面倒だった。
走って走って、ようやく女の子の気配がない物陰に身を潜めて、私は深々とため息を吐いた。
「ダメよ、セドリック。もう少し警戒心を持ちなさい。あなた、本当にイケメンなんだから。隙があると声をかけられまくることになるわよ。ハルトを見習いなさい。彼は隙を操る天才だから」
「ああ……。ハルトは、狙った女の子にだけ隙を見せているというわけか。わかったよ。僕は、どうやら女の子に好かれる顔をしているらしい。自覚した」
肩を弾ませているセドリックが自覚してくれて本当によかった。
びしょ濡れのキャップでは、その綺麗な顔を隠すこともできないだろう。
でも、カフェでお茶をして帰りたい。
どうしたものかとセドリックを見やると、彼はびしょ濡れのキャップをしぼって袋に入れた後に、スクールバッグに入れるところだった。
「申し訳ないけど、お茶は諦めて帰ろうか」
「……ええ、そうね」
氷の女王様なので表情は完璧に無。
でも、お茶をして帰りたいという気持ちがどうしても滲んでしまった。
だって、喉が渇いた! 走ったし、ここまで学園から結構歩いたし、疲れた!
それでも氷の女王様の鉄仮面が剥がれかけたことは悔やまれる。
真顔のままにセドリックを見つめていると、彼はふっと苦笑して小首を傾げた。
「少し、提案があるんだけど、いいかい? 恋人がいる君に頼むことではないとは思うんだけど、恋人がいる君と今の今までデートを楽しんでしまったんだし、いいかと思って」
「デート……。その発想はなかったわ。でも、確かに男女で出かけているのだからデートね。……浮気になるのかしら」
ハルトは恋人(仮)なのだから、浮気も何も無い。
でも、この間女の子と遊ぶハルトに「断固浮気は反対派」だと告げて、浮気はやめるという約束を取り付けたのだ。
浮気ってどこからだろうか。私は、セドリックに気は無いのだから大丈夫な気はする。
というか、恋をしない私は浮気なんてしようもないのでは?
思考を巡らせる私に、セドリックが眉を下げた。
「浮気になると思うなら、やめておこう。君に罪を犯させるわけにはいかない」
「いいえ、大丈夫でしょう。ハルトは女の子ともっとイチャイチャしていたわ」
「それは……かわいそうに。いや、そうじゃなくて、僕と、その、手を繋いでくれないかな。今だけ。そうしたら、お茶ができる」
「手を……?」
「そう。無茶苦茶な提案だって言うのはわかってるよ。でも、手をつないだら恋人っぽく見えるだろう? 恋人がいるんだってわかったら、女の子も僕には声をかけてこないはずだ」
「なるほど。恋人のふりをするわけね。それなら得意よ」
もうずっとハルトと恋人ごっこをしているのだ。大得意である。
「行きましょう」
自分から提案したくせに、全然手を差し出さないセドリックの手を柔く握って、物陰から外へと出た。
女の子たちが、セドリックを見て、私と手を繋いでいるところを見て、「なんだ」とがっかりした様子で視線をそらしていく。
なるほど。作戦は大成功だ。
目的の喫茶店では、奥の席を選んで、私はアイスティーとナポリタンを頼んだ。
喫茶店ではナポリタンを頼むものだ。ケーキなんて言語道断だと断言すると、セドリックも同じものを頼んでいた。
二人でナポリタンを食べながら寮のいろいろな話をする時間は楽しかった。
表情に出さないようにするのが大変だったくらいだ。
おなかいっぱい食べて、アイスティーも飲み干して、「さあ帰りましょうか」という気配になっても、セドリックは席を立たない。
どうしたのかと見ていると、セドリックは俯けていた顔をそっと上げた。
「セドリック……?」
「帰りたくないな。帰ったら、君はまたハルトのところに帰るんだろう?」
ハルトは管理人室で暮らしているため、それは避けられない事実だろう。
なにを言いたいのかわからず、首を傾げた。
「ええ、そうね。帰るわ」
「メルリア。ハルトは優秀だが軽薄な奴だ。あいつより僕の方が――――」
「はい、終わり! 終了! ごめんなさいね!?」
ダン! と机にたたきつけられた手にびくっと肩が跳ねてしまう。
誰なのかと見やると、そこには不機嫌を顔中に表したハルトが立っていた。
さっきまでキラキラしていたセドリックが、不満そうに唇を歪めている。
「なんだ、ハルト。邪魔をするな」
「人の恋人とデート行っといて何を言ってんですか、寮長殿。しかも、あんた人のもんに手だそうとしてただろ」
「現状より大切に扱うことは約束しよう」
「現状より大切に扱うことは不可能だな。現状最上級に大事にしてるから」
はあ、とため息を吐いたハルトがセドリックを睨んでいた目をこちらに向ける。
怒ったような困っているような。全部合わせると寂しそうな目に内心戸惑ってしまった。
「ハルト。勘違いしないで。私は管理人としての仕事中なの。セドリックをマリアベル先輩と結ぶことで、彼を犯罪者にしない作戦なのよ」
恐らく勘違いしている様子のハルトに淡々と作戦を告げると、彼は頭を抱えて深く息を吐く。
なにやら呆れられた様子だが、なぜ呆れられたのか。
不満で眉を寄せた私の手をハルトがぐっと握って、無理矢理立ち上がらされた。
「やめなさい。まだ作戦決行日が決まっていないのよ」
「作戦決行日は明日。速攻やれ。マリアベルに告れ。俺も見守ってやるよ。我が寮長の勇姿を! ってわけで、今日は
帰る」
「ちょっと」
手をぐいぐい引っ張って喫茶店を出ようとするハルトに抗議していると、セドリックが「メルリア」と声をかけてくる。
じとりと睨むハルトを睨み返してから、微笑むセドリックに視線を向けた。
「ごめんなさい。セドリック。こんな風になってしまって」
「いいんだ。抜け駆けしようとしたのは僕だから。メルリア。明日、がんばるよ。僕の勇姿を見に来てくれ。放課後、今日と同じ場所で待ち合わせよう」
「わかったわ」
「行くぞ」
不満げなハルトに引っ張られて喫茶店を出る。
気付けば、外は真っ暗になっていた。
ハルトは不機嫌なままとても足早に寮への帰路を、私を引っ張って歩いて行った。
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