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11 王子への変身


「何を言っているんですか?」

「このままあなたを卒業させるわけにはいかないから、必ず、大手商家の娘と結婚させてあげるって言っているの」


 氷の女王様らしくクールで賢そうな表情で、言い切る。

 金髪の鳥の巣頭のせいで、今日もセドリックの整った顔は隠されている。

 唯一見えている口は、もそもそとサラダを食べてから「はあ」と小さくため息みたいな返事を返してきた。


「同情ですか? 僕がストーカーなんて罪を犯してしまったから」

「その罪については、被害者が許したのだから私がとやかく言うことではないわ。だから、同情もしていない。さっきも言ったけれど、私は管理人だからあなたを管理する必要があるの。セドリック。あなた、卒業したらどうするつもりなの? このまま誰とも婚約できずに帰ってご両親は許してくださるのかしら」

「それは……許してはもらえないでしょうね」

「卒業後、実家に帰りづらいとなれば、あなたはまた同じ罪を犯す可能性があるわ。今回はアンリだったから穏便に済んだけれど、他の淑女にそんなことをしたら許されるかわかったものではないわ。だから、その前に私があなたを管理して大手商家の娘と結婚させることは自然な流れよ」


 ぴっと勢いよくセドリックを指さす。

 彼は悲しそうにため息をこぼした。


「確かに。僕は無意識のうちに、アンリさんのストーカーになってしまっていました。声をかけるタイミングがわからず、戸惑った挙げ句にあんなに追い回すことになってしまったんだ。同じ罪を犯さないとは言い切れない。でも、どうやってこんな僕を大手商家の娘さんと結婚させるんですか……?」


「任せておきなさい、セドリック」


 私は、婚活のプロよ。

 にんまり笑う私を見て、セドリックがごくりと息をのんだ。


 *


 前世で、私は結婚できなかった。

 それは全てのプロポーズを断ってしまったからだ。

 私はあらゆる恋愛心理学の書籍を読みあさってモテテクを手に入れ、男に好かれる化粧とファッションを研究し尽くした。

 その結果、千人の男性と出会い、百人の男からプロポーズを受けることに成功した。

 そんな過密スケジュールのせいで過労状態に陥り、自損事故を起こして死んでしまったわけだけど……。


 とにかく、私は婚活においては死ぬほどの努力をした過去がある。

 私は女で、セドリックは男だけど、異性にモテる、結婚相手として意識させるためにまず大切なのは誠実であることだ。

 遊び相手ならチャラチャラしたハルトみたいな男でもいいんだろうけど、結婚相手となると別。

 真面目でとにかくちゃんとしていること。その条件をセドリックは満たしている。

 年収とか家柄とか、長男じゃないかとか、そういうことも大人になると考えるけど、そういうのは、まだウィンダム魔法学園に通う年頃の女の子には関係ない。

 関係あるのは、圧倒的に容姿だ。


「セドリック。じっとしていてね。耳を切り落としてしまわないように」

「は、はい」


 緊張しているセドリックの肩にかけたケープを軽く払ってから、鋏を握る。

 ショキリと最初の一束を切ると、イケる気しかしなかった。

 セドリックが結婚するために必要なのは清潔感のある容姿だ。

 男は黙って清潔感だ。とにかく清潔感がなければ、女は男を恋愛対象として見ることはない。

 このもさもさ金髪頭は清潔感とは対極の存在にある。

 まずはこの髪をどうにかしようと提案すると、セドリックは了承し、私たちは早朝の中庭に椅子を持ち出して、彼の散髪をはじめたのだった。


「こうやって切り出してから言うのも何だけれど、あなたはこの髪型にこだわりはなかったの?」

「こだわりはなかったですよ。目を隠すために髪を伸ばしていたんです」

「目を? どうして?」

「僕、すさまじく目が悪くて……。無意識で周りを睨みつけるみたいに見ていたんです。それで怖がられてしまって。今は魔法で矯正しているんですが、そのときのことが忘れられずに髪を伸ばしていました」

「あの綺麗な顔に睨まれたら、さぞ恐ろしいことでしょうね。本当に王子のような顔をしているもの、あなた」

「そ、その。あまり褒めないでください。女子と喋るだけでも緊張するんです」


 セドリックの耳が真っ赤に染まっている。

 本当にこの人は女性慣れしていないのだなと思うと、新鮮な気持ちになった。

 いつも、女性慣れしかしていない第二王子に真っ赤にされる側なので。


「ダメよ、セドリック。そうやって自分を下に見ていては。そんなことでは結婚できないわ」

「そ、それはどういう理論で?」

「自信がある人間の方が圧倒的にモテるからよ。好みはあるでしょうけど、堂々としている人の方が頼りがいがあるように映るわ。おどおどしていたはダメ。あなたは本当にかっこいいんだから。ほらこっち見て」


 セドリックの前に回り込み、彼の顎をつまみ上げる。

 くっと顎を持ち上げて上向かせると、セドリックが「うわ」と小さく声をあげた。

 そのまま「目を閉じて」と声をかけて、額と前髪の間に鋏を滑り込ませる。

 少しずつ丁寧に、バランスを見て前髪を切り落とすと、伏せられた長い睫毛が見えてくる。

 きゅっと寄っている眉毛が震えているのが、なんだか可愛くて、見えていないのをいいことにふっと小さく笑ってから、ちゃんと氷の女王様らしく無表情を整えた。


「目、開けて良いわよ」


 声をかけると、そろりと目が開く。

 空を閉じ込めたような爽やかな青色が覗き、私を映しこんだ。

 彼の白い肌がぽうっと赤く染まる。

 本当にこの人は女性に免疫がない。そういうところは結婚相手として魅力的だ。


「うん。やっぱり、綺麗な顔だわ。特に目が綺麗。自信を持って。素敵よ」

「そ、んなこと」

「褒められたら、『ありがとう』って微笑むといいわ。できる?」

「あ、ありがとう」


 照れた様子でぎこちなく笑むセドリックに「上手よ」と声をかける。

 「はあ、困る……」と項垂れる彼の頭をぐっと掴んで元の位置に戻して、後ろ髪も整え始めた。


「ところで……、セドリックはどうして私とアンリを追いかけていたときにあんな服を着ていたの?」


 顔は問題ない。髪もこの調子で整えていけば、大丈夫だろう。

 だが、ファッションセンスは大問題だ。

 私たちを追いかけていたときのセドリックの服装を思い出す。

 黒いタキシードと半ズボン、ショッキングピンクの靴とストール。極めつけの目出し帽。

 どういう意図なのか全くわからない服装をしていたというのに、セドリックはファッションについてだけは自信満々な様子で答えてくれた。


「実は前日の夜には白いタキシードで追いかけたんですけど、やっぱりプロポーズは地味目の正装がよかったかもしれないと思い直したんです。なので、黒いタキシードにしました」

「……どうして半ズボンにしたのかしら。膝小僧まるだしの」

「その方が動きやすいと思ったんです。それに半ズボンは足が長く見える」

「なぜ靴とストールはショッキングピンクにしたのかしら」

「小物にワンポイントカラーを入れるとおしゃれだと思ったので」

「目出し帽は?」

「アンリさんは僕を怖がっている様子だったので、顔が見えなければ大丈夫かと」


 ちょっと、この人は天然なのかもしれない。

 その天然さがファッションセンスをあらぬ方向に飛ばしているのかもしれない。

 内心も真顔になったところで、後ろ髪を整え終わった。

 セドリックの前に回って、顎に手を当ててじっと彼の顔を確認する。

 もさもさ金髪頭のさえない寮長だった彼は、髪を切るだけで、ウェーブがかった金髪青目のザ・王子様へと変化を遂げた。


「どうでしょう。……かっこよくなりましたかね?」

「ええ。驚くほどにかっこいいわ。だから、今日の放課後は制服のまま、帽子を被って学園の東門に来てください」

「はい?」

「セドリック。あなたの洋服を買いに行くわ。だから、放課後に街に行くわよ。そんなにかっこよかったら、目立ってしまうから顔を隠してきてちょうだいね」


 切った短い髪の毛を払うために、仕上げとして彼の髪の毛をくしゃくしゃ撫でる。

 最後に丁寧に整えてあげてから「いいわね?」と顔を覗き込むと、セドリックは真っ赤な顔のまま、壊れたロボットみたいに頷いた。


「わ、わかりました。喜んで」


 *


「メ~ルちゃん。迎えに来たよ」


 放課後の教室。

 メルリアを迎えにいつものように一年生の教室にハルトが顔を出すと、女生徒が黄色い声を上げる。

 いつもなら、メルリアが冷たい氷みたいな表情で彼を迎えてくれるはずなのだが、今日はそれがない。

 「あれ?」とその紫紺の宝石のような目をきょとりとさせたハルトの後ろを通りすがったのは、アンリだった。


「あれ、ハルト先輩じゃないですか。メルから聞いてないんですか? 今日はメル、デートですよ。セドリック先輩と街まで」

「は?」


 ぽかんとした表情で掠れた声をあげた瞬間のハルトを、アンリは激写する。

 「お、いい表情撮れた~」と喜ぶアンリの耳にハルトの叫びがキンと響いた。


「はあああああ!?」


【作者からのお願い】

お読みいただき、ありがとうございます。

「続きも読む!」と思ってくださいましたら、下記からブクマ、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!

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よろしくお願いいたします!

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