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万能感

 体が熱い。目が覚めるまでは良かった。部屋は夕日の光が差し込む時間帯。意識は虚ろではっきりとしない。体が熱く。衣服は汗で張り付いている。助けを呼ぼうと声を出すが、出るのは呻くような掠れた声だ。誰にも届かない。


 いっその事、意識を手放して眠れたら楽なのに、熱にうなされて、眠る事も起きることもできないまま苦痛の時間が続く。夕日に照らされていた部屋は、徐々に影を伸ばし、闇に包まれた。このまま死んでしまうのではないかという苦しみは、波が引くように和らいだ。いつ意識を失ったか覚えてないが、気が付くと朝になっていた。


 意識がハッキリして一番最初にしたのはマルの状態確認だ。マルの元に駆け寄り様子をみる。スヤスヤと寝息をたて穏やかな感情が伝わって来る。大丈夫みたいだ。......良かった。


 肌に張り付いた衣服は不快そのものだったが、僕の体調はすこぶる良かった。今なら何でもできそうな気がしてくる。


 結局昨日は、朝食を食べて、昼、夜と食事を抜いてしまったため、またしても胃の中は空っぽだ。タオルで汗をぬぐい着替えてから食堂へと降りる。朝のピークはとっくに過ぎ去っており、人はまばらだ。僕は店員に腹ペコ事情を説明して出来るだけ多く食事が欲しいと伝えた。

 店員はお金さえ払ってくれたら問題ないと快く引き受けてくれた。しかも、普段朝食にないはずだった肉料理まで用意してくれた。ありがたい。


 朝というのに大量に並べられた皿の数に、他の客から呆れたような視線が向けられる。お腹が空いているのはマルも同じだったようで、料理が配膳されると飛び起きた。ふたりしてパンに齧りつく。いくらでも食べれてしまう。配膳されては消えていく料理に店員も目を白黒させ「若いってのはすごいねぇー」とあっけに取られているようだ。


「もっとくれ」


「まだ食うのかい、そんなに食いつきが良いと気持ちいいぐらいだね。待ってな、厨房の中ひっくり返して全部もってきてやるからね」


 店員は軽快な笑い声をあげて、本当にひっくり返して来たんじゃないかというぐらい料理を運んでくれた。


「もう、ギブアップで」


「はははは、この勝負は私の勝ちだね」


 いつから勝負になってたかわからないが大満足だ。僕は気持ちが大きくなっていたので提示された料金より多い金額を手渡した。


「釣りはいらないぜ」


「口にソースがついた状態じゃ決まらないねぇ、ありがたく頂戴しておくよ」


 なんだろう、力が漲ってくる。マルもそわそわと落ち着かないといった感じだ。僕は木剣を持って防壁町の内側の農業地帯に移動した。


「マル、今日も訓練だ。いつも通りいくぞ」


 マルがプルンと揺れる。先手はいつもマルだ。それが訓練開始の合図。マルがぐっと力を入れ体当たりする見慣れた攻撃だ。それを僕は余裕を持って跳ね返す......はずだったのだが。予想よりも速く、重たい一撃に木剣は弾き飛ばされてしまった。


「っぐ?!」


 カランと落ちる木剣を時が止まったように眺め、マルが不思議そうに体を確認している。僕は嬉しくて仕方がなかった。明らかに攻撃が違う。マルが強くなっている!


「マル、すごいぞ!もう一度だ!続けるぞ!」


 マルからも戸惑いとワクワクした感情が流れてくる。


 僕は木剣を手に取り、一気に距離を詰めて薙ぎ払った。マルはそれをジャンプして避ける。すかさず木剣を切り返し空中のマルを狙う。マルはそれを触手で受け止め、後方に体を流して距離を取った。以前なら触手が届かなかった中距離だが、見てわかるほどにマルの触手が長くなって、間合いが逆転されてしまっている。僕の攻撃よりマルの攻撃の方がリーチが長いのだ。


 マルの触手は正しく鞭のようにしなって飛んでくるようになった。軌道が読みずらい上に速い。受け流すのも、避けるのもギリギリだ。逆に、僕はこんなに動けたのかと自分を褒めてやりたいぐらいだ。それほどマルの攻撃は鋭い。


 当たらない攻撃に、業を煮やしたのか、マルの触手が2本になる。僕はひきつった表情を浮かべた。ちょっとまって今でもキツイんだけど......。


 触手が2本となり、マルの攻撃は単調になってしまったものの、手数が増え、苛烈さが増した。触手の一本は必ず木剣で受け、間髪入れずにもう一本は避けないといけない。避けた後にはまた、触手が飛んでくる。この攻撃に僕が反応できているのがおかしいぐらいだ。


 もう一度、マルの触手を木剣で受け止めた時に衝撃が変わった。触手は爆ぜ、液体となって僕に降りかかってきた。卑怯だぞマル!!


 僕はバランスの崩れた態勢でそのまま前に転がり、マルの粘着液を偶然に回避した。......が、そこまでだ。僕の眼前で触手が停止した。初めて、マルに負けてしまった。



 マルが強くなった嬉しさと、勝負に負けた悔しさがごちゃ混ぜな感情になった。でもやっぱり嬉しいのは確かだ。


「マル、すごいぞ」


 マルを褒めると、嬉しそうに飛び跳ねた。角ウサギ戦以来、訓練でも、模擬戦でもマルは一度も勝てなかった。久しぶりの勝利だ。嬉しいに違いない。......僕は、悔しいが。



 僕は悔しさを紛らわすように木剣を片手でビュンビュンと振る。木剣が軽い。それから何回も素振りを行う。素振りを行う毎に魔力が体の中で循環しているのがわかる。今までになかった感覚だ。僕は意識を木剣から体内の魔力に移し、魔力の循環速度を高めた。その何気ない思い付きは功を奏し、剣速が上がり、空気を切り裂く音が変わった。


 僕はこのチカラの変化を確かめるべく、大地を蹴り、一気に間合いを詰めてからの袈裟斬りを行った。一歩の踏み込みで驚くほどの距離を移動し、弧を描くように振り下ろした剣筋はシュっと空気の隙間を切り裂いたような静かな音を残した。ゴブゥーの首を撥ねた一撃。それが僕の中で技として生きている。


 マルも強くなったが、僕自身も強くなっている。体が軽いし、剣の一振りの鋭さが増した。魔力を体内で循環させると更に顕著だ。


 魔物を倒してチカラを手に入れる。それが現実のものとなった。確かにある手ごたえに感情の波が押し寄せてくる。


 僕たちが強くなれたのは十中八九魔物を倒したからだろう。しかし、明確にしておかなければならない事がある。


 僕らのチカラは魔物を倒した事によるものなのか、それとも魔物石に魔力を注ぎ結果的に体内に吸収したせいなのか?ということ。最後に、これを繰り返せば僕たちはもっとチカラを手にすることができるのか?という事だ。


 僕はもう一つ残った魔物石を手の上で転がした。確かめたくてうずうずしてくる。我慢できずに魔物石を握りしめ、その場で魔力を流した。魔物石は発光し、昨日と同様に爆ぜて僕の中へと吸い込まれていった。


 その光景をマルは見ていたので、僕は企みのある笑みをマルに向けた。何かに気付いたのか、マルが触手を伸ばしてくる。『あるじぃだけつよくなるのずるい!』と言わんばかりだ。考える事は一緒らしい。


 僕とマルは、もう一度熱にうなされて地獄を味わう事となった。



 回復後の僕たちは更にチカラを手に入れていた。動きがもう一段良くなったのだ。僕は確信した。魔物石を体内に取り込めばそのチカラを手にすることができると!


 僕とマルはすぐさま森へ向かった。門兵は心配そうにしていたが、僕たちは強い何も問題がなかった。


 森に入って最初に見つけた魔物はランラブルブという4足歩行の魔物だ。頭には2本の枝分かれした角が生えており、獲物を突き刺して、木にに打ち付ける攻撃を得意としている。攻撃的な性格で、獲物を見つければ、先手必勝とばかりに突撃してくる。


 マルの気配探知で目標を見つけてから、遠目で観察していたのだが、僕たちの気配に気づいたランラブルブは、躊躇いなく突撃を開始していた。


 森の障害物を苦も無くすり抜け、ものすごい速さ迫って来る。スピードの乗った巨体のプレッシャーは飲まれると身をすくめてしまいそうになる。


 僕はしっかりとその動きを捉え、ランラブルブの突進を回避した。


 ランラブルブの角は大木の幹を打ち抜き、遅れてくる頭突きで大木をへし折ってしまった。呆れるほどの威力だ。


 大木を破壊したランラブルブは角に残った木片を振り払うように頭を振り、〈ブルルルルル〉といなないた。


 だが、その隙は僕とマルの前でするのは致命的だ。マルの触手はランラブルブの前足を捉えた。

 ランラブルブは膝をつき態勢を崩した。自然と前傾姿勢となり頭の位置が下がる。


 僕は処刑人のようにその晒された太い首を断ち切った。


 落ちた首は呆然と僕を眺め、ふっと瞳の光を失った。Cランクの魔物があっけなくその命を散らした。


 ランラブルブの攻撃を一度でも受ければ死んでしまうという状況だったのにも関わらず、僕の中には絶対的な自信と万能感があった。だから、恐怖で身をすくめることもなく、最善の回避と、最善の攻撃を行う事ができた。


 戦闘を娯楽のように楽しんでいる。それが今の僕だ。魔物を狩り、また魔物石で強くなれると期待に口角が上がっていた。



 僕たちは、この森でも強者の部類に入るチカラを手に入れたのだ。嬉しくないわけがない。


 ランラブルブを干物にして持ち帰り、門兵とハントギルドでの驚愕する反応を楽しんだ。あぁ、楽しくなってきた。ランラブルブの魔物石に魔力を流し、そのチカラを手に入れる。


 何度も熱にうなされて、死にそうな苦痛が襲い掛かってくるが、チカラが手に入ると思うといくらでも耐えることができた。


 それに、乗り越えた後の万能感は、まるで世界を手にしたように爽快なものだった。


 僕は来る日も来る日も森に突入して、魔物を狩って、狩って、狩りまくった。魔物の位置はマルの気配探知で簡単に見つけることができる。もう、森に恐怖を感じる事はない。森の中を魔物目掛けて一直線に駆け抜け、すれ違いざまに命を刈り取る。そして、また魔物を見つけて駆けだし討伐する。


 最初は、倒すたびに魔物を持ち帰っていたのだが、それも億劫になり、魔物石だけを取り出して、遺体は放置するようになった。ただ効率を重視して倒して、魔物石を回収して、そのチカラを手に入れる。狂気の沙汰だった。


 長期休みに終わりが近づく頃には、ハントギルドや門兵の心配は違うものに変化していた。


「おい、スライ!今日も森に行くつもりか」


「そうだよ、もう休みも少ないんだこのチャンスは今しかない」


「そうは言ってもなぁ、なんだ、危なっかしくて見ていられねぇんだよ」


「危ない?僕の強さはもう知っているだろう?僕なら大丈夫だ」


「あぁ、お前が強いのは知っている。でもそういう意味じゃねぇんだよ」


「意味が分からない。心配しなくてもあと数日で僕は中央に帰る。なんの問題もないだろう?行くぞ、マル」


「っクソ!馬鹿野郎が。お前は何に憑りつかれてやがるんだ」



 僕は勝手知ったる我が家の如く、森の中を闊歩する。森の中は魔物が狩りつくされたのか以前に比べて静かだ。ところどころにある果実を楽しみながら、散歩する。いつの間にか足場の悪さも気にならなくなった。


 魔物も森の奥へ住処を移したのか、マルの気配探知でも見つけることができない。僕はやれやれそろそろ潮時かと考えていた。


 魔物を倒す度に吸収していた魔物石だが、取り込んでも熱にうなされる事はなくなった。その反面チカラが増す事もなくなってしまった。もう完全にここいらの魔物のチカラを上回ってしまったせいだろう。今ではゴブゥー程度ならマルだけでも倒す事ができるし、僕も角ウサギを刈り取るのと違いなく簡単に倒す事ができる。


 今ではなぜみんながここまで森を恐れるのか不思議に思うぐらいだ。


 まぁ、理由ぐらいは知っているのだが。僕とマルが特殊なのだ、敵の位置はわかるし、僕自身が魔物を倒す事ができる。このふたつが大きい。


 大体の人は、魔物を見つけることができず、初日の僕のように緊張にやられてしまうし、いくら強い眷属をパートナーに持っていても召喚士サモナー自身は弱いままだ。魔物と相対すると分かるのだが、魔物は積極的に召喚士サモナーの方を狙ってくる。


 1対1の勝負なら良いが、もし魔物が複数同時に現れた時、全ての魔物を眷属が抑える事は難しい。魔物が複数いるそれだけで、召喚士サモナーは死のリスクが高まる。それがランクDの魔物であったとしてもだ。


 なら、「眷属だけ森の中へ突入させればいいじゃないか?」っと思う事もあるだろう。しかし、もし傷を負った時回復する手段がない。リスクは極めて高いのだ。


 結論を言うと、森と召喚士サモナーの相性は最悪に悪い。だから防壁町の門兵は森へ入る事はない。召喚士サモナーは防壁の安全なところに陣取り、指示を出して眷属に戦ってもらう。戦闘が終了すれば魔力を渡して回復する。それが賢く、安全で、有用な戦闘方法なのだ。



 もう、獲物は見込めないなと思い、中央に帰る算段をつける。もう町に戻ってゆっくりするのも良いだろう。それで明日、中央行きの魔車に乗ろう。


 そうして、道を引き返している時に、僕は久しぶりに恐怖を感じる事になった――――。



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