僅かな希望と探求心
ローゼンワイナー建国譚
人はかつて身を潜めるように森の中に住んでいた。弱い魔物を見つければ数人がかりで狩り、強い魔物の気配を感じれば息を殺して隠れた。どこにも安住の地はなく、転々とする日々。人は常に絶望を抱えて生きていた。
その生活を変えたのは一人の少年だった。その少年の名はローゼンワイナー。
ローゼンワイナーは幼子の時から言葉を喋り、誰も知らない知識を持っていた。ローゼンワイナーは数々の奇跡を起こして人々を驚かせたが、最も驚愕させたことと言えば彼が魔法を使えたことであろう。
ローゼンワイナーはまさしく神の子であった。
ローゼンワイナーのチカラは魔物を討ち取る度に強大なものとなった。青年へと成長したローゼンワイナーはついに奇跡を起こす。彼が魔法を唱えれば空から強大な火球が降り注ぎ、魔物を殺し、広大な森を焼き払った。彼が地面に手を当てれば巨大な建造物が生まれ。人は初めて安眠を手にした。彼が祈りを捧げれば大地に命の芽が生まれ、人は初めて飢えを忘れた。彼は神の知識を惜しげもなく伝え、人は初めて知識を手に入れた。
時折襲ってくる魔物も、ローゼンワイナーの手に掛かればいとも容易く刈り取る事ができる。人は初めて平和を手にした。神の子は全ての民に崇拝され、王となり国ができた。
ローゼンワイナーは多くの子を授かったが、ローゼンワイナーの子といえど、誰一人として魔法を使う事は叶わなかった。
ローゼンワイナーが老いを見せた時、束の間の平和がなくなる事を誰もが嘆き、仄暗い絶望が再び芽生えた。
しかし、ローゼンワイナーはもう一度奇跡を起こした。
夜空に巨大な大魔法を唱えたのだ。
夜空に浮かぶ神文字が国全体を覆った後、幾万もの星の雫が降りそそいだ。人々は星雫を受け、その身に祝福を宿した。
大魔法の後、ローゼンワイナーは息をひきとり、民は悲しみに沈むが、王の間には民を導くローゼンワイナーの預言書が残されていた。
預言書には、これから生まれる子には神の命石が送られるだろう。命石は共鳴し魂を呼び寄せる鍵となる。命石に真摯なる祈りを捧げよ。
預言は現実のものとなり、人は召喚のチカラを手に入れた——。
本を閉じ思考を巡らす。僕はマルの成長に何かヒントはないか図書を漁り、今回はローゼンワイナー建国譚を読んでいた。
残念ながら召喚について得るものはなかったが、気になる点はあった。まずは、初代国王が魔法を使えたことだ。僕も召喚を得て魔力を意識し始めてから、体内の魔力のコントロールができるようになった。マルへ魔力を譲渡するたびに少しずつ魔力感知能力が鋭敏になってきている。しかし、魔法は使う事はできない。きっかけがあれば僕でも魔法が使えるのか?という淡い期待がくすぶっている。
そして、なぜか妙に引っかかる点があった。“ローゼンワイナーのチカラは魔物を討ち取る度に強大なものとなった。”という一節だ。訓練や実戦経験を積めば強くなれる。それは技術が磨かれるからだ。でもこの文面は単純にチカラが強化される事を表しているように思える。
現在でも魔物の討伐は何度も行われている。しかし、魔物を倒した召喚士や眷属が新たなチカラを得て強くなったというのは聞いたことがない。この一節は表現上のものなのか、目にした事実を記しているのかの判断は僕にはできない。
......考えてわからない事は試してみるしかない。問題は試すとして、今の僕たちに野生の魔物を討伐することはできるか?という事だ。......これ以上ここにいても仕方がない、戻るか。
§§§
自由訓練場にマルとフーランの姿がある。どうやらふたりで新しい遊びを模索しているようだ。マルがプルプルと揺れて、フーランが「ギャ!ギャ!」と鳴き討論している。物は試しと、フーランが地面に氷の足場を作る。うまくできたようでマルが喜んで跳ねている。
氷の足場はキレイに整っており、つるつると滑るようだ。マルはくるくる回転しながら滑って端から端まで移動する。フーランもお腹を付け手で漕ぐように滑って楽しそうだ。
マルとフーランはもう一度集合して、また意見を言い始めた。意見がまとまったのか、フーランがうつぶせの姿勢をとり、マルがその背中に乗った。
フーランはマルを背に乗せた状態で氷の足場を滑走する。すぐに端にたどり着くことになるが止まろうとしない。フーランは滑走する勢いをそのままに、前方に新しいアイスフィールドを作り出し氷の足場から飛び出した。
フーランが滑走する先々にどんどん氷の道が形成されるのでどこまでも突き進んでいく。魔力の消費を最低限に抑えているのか、フーランが通り過ぎた後のアイスロードは溶けてなくなるので、外から見ると、まるでフーランが低空飛行をしているような不思議な錯覚に陥る。
フーランは自慢の剛腕で地面を蹴って更に加速を繰り返す。その様子を静観していたら、とうとう氷の弾丸のような猛スピードとなった。あまりの速さにマルからは興奮した感情が伝わって来る。
あんなスピードで移動して大丈夫なのか心配になるほどだ。その心配はすぐに現実のものとなる。
それは一瞬の出来事だった。曲がろうと態勢を傾けた時にコントロールを失い、フーランの体がコーナーリングで跳ね上がってしまった。ふたりは勢いそのまま空中に投げ出され盛大にコースアウトした。運動エネルギーは地面に落ちただけでは消化できず、その後もゴロゴロゴロと転がりやっと静止する。僕なら死んでる勢いだ。
何が起きたかわからないといった感じで、2人の視線が合う。数瞬して、大失敗したことに気付き「ぎゃぎゃぎゃ」という笑い声が聞こえてくる。......なんで楽しそうなの?
「なんか衝撃的な事してるな」
「あ、スライ君おかえり、今の見た?!マル君と遊ぶとすごい事になるね!」
「フーランがあんな移動手段を使えるようになると怖いな」
「そう?なら特訓しないとだね」
「間違ってもステラが乗ったらダメだからな」
「むり、むり死んじゃうよ」
ステラはケラケラと笑いながら眷属の様子を見ている。しばらくして今思い出したと言わんばかりにステラが尋ねてくる。
「そういえば、長期休みスライ君はどうするの?お家に帰る?」
「長期休み?」
「ほら、もうすぐ収穫期でしょ、それに合わせて長期休みになるって知らせが出てたよ」
「......家には帰らないな」
マルを召喚してからほとんど家族とは話さないままにこっちに来てしまったため、気後れする部分もあるが、それ以前に騒がしい両親にとやかく言われたくないから今帰るのは無しだ。それに試したいこともある。今のモチベーションを削がれたくない。
「そうなんだ?残る人は食堂が使えないから注意してだって」
「それは、ちょっと困るな」
「だよねぇ」
「ステラは帰るのか?」
「わたしはー。どうだろ考え中......かな」
ステラは膝を抱え、マルたちの方向を向いているが、ぼんやりと遠くを見ているように感じられた。もしかして家に帰りたくない理由でもあるのだろうか?
しかし、長期休みか、魔物狩りに挑戦するにはもってこいかもしれないな。そのつもりで計画を立ててみるか。
僕は、それから長期休みまでの数日間を、マルとの連携の訓練に当てた。
魔物との戦いにおいて、マルの攻撃力不足は不安材料でしかない。それを補う為に僕も戦闘に参加した方が良いと考えた。接近戦は極力避け、マルの粘着弾で行動を封じた時点で確実に剣を突き刺し仕留める。粘着弾からのスムーズな連携、それだけをひたすらに繰り返し練習した。
訓練の結果、僕は予定通り魔物の討伐に挑戦する事にした。
長期休み初日に僕は荷物をまとめ、南の防壁町に向かうべく部屋を出たところで、ステラと鉢合わせた。
「あれ......?スライ君お家帰る事にしたの?」
「あぁ、いや。私用で南町に行くことになったんだ」
びっくりしたようで、ステラの瞳が揺れていた。
「そう......なんだ。てっきりここに残ると思ってたよ」
「ステラは学校に残ることにしたのか?」
「うん。そのつもり......だったんだけどね。失敗しちゃったなぁ」
「どうした?なにか問題でもあったのか?」
「ううん大丈夫だよ!それより、魔車の時間大丈夫?」
「あぁ、あまり余裕はないな」
「ごめんね?引き止めちゃったね。気を付けていってらっしゃい」
「ぎゃぎゃ」
「ありがとう、いってくるよ」
ステラの様子が少し気になるけど、今は時間がない。まさか危険な魔物討伐につき合わせるわけにもいかないし、ステラにも予定があるだろう。マルが心配そうに覗いてくる。大丈夫だ、行こう。考えても仕方がない。
僕は、予定通り魔車に乗り南町へ向かった。
中央と南町までは直線の道で繋がっている。魔車は眷属が牽引する車だ。魔車のスピードは速くはないが、安定した速度が出ている。夕方には南町へ到着する予定だ。
魔車から見る景色は一面小麦色だ。光の加減で金色に輝いているようにも見える。穀物を収穫して様々な種類の眷属が街まで運んでいる。
彼らは戦わない事を選んだ。生産職の人たちだ。彼らのおかげで僕たちは食べていける。前の僕なら見向きもしなかった人たちだ。きっと僕もあの中に入る事が本来の姿なのだろう。それをひっくり返したくて、強くなれるかもしれない、そんな根も葉もない理由で魔物を倒しに行こうとしている————。
正しいかどうかはわからない。でも、浮かんでくる否定的な気持ちは飲み込むことにした。
§§§
南町には予定通り夕方に到着した。暗くなる前に宿を確保し、今日は早めに休むことにした。
翌朝、情報収集のためにハントギルドに出向いていた。
「すまない、森の情報を教えてほしい」
「なんだ、もしかして狩りにいくつもりかい?度胸試しならやめときなよ」
「いや、まとまったお金が必要なんだ、ここでは森の品を高値で買い取ってくれると聞いている」
「まぁ、そうなんだけどねぇ」
「心配してくれるのはわかる。でも僕はもう行くと決めてるんだ」
「......わかったよ」
受付の人はマルの姿を見て心配そうに僕を覗き込んだ。僕は目を逸らさない。受付の人は肩をすくめ、「心配だねぇ」と小さくこぼしながら一冊の本を取り出した。それから、生息している魔物の特徴や、採集するとお金になるものを教えてくれた。
「気持ちは変わらないのかい?」
「あぁ」
「......そうかい、なら赤煙筒を持っていき」
「ありがとう。戦利品を期待しといてくれ」
「やだね、若者の命をかけるものでもないよ」
ハントギルドを出て、森側の防壁に向かう、強靭な門には見張りが立っており、案の定引き止められる。先ほどと同じようなやり取りが繰り広げられたが渋々了承してくれた。注意はするが、止めはしないのだ。
「どうしても、行くって言うんだな?」
「あぁ」
「赤煙筒は持ってるか?」
「さっきハントギルドでもらってきた」
「そうか、もし、魔物から逃げきれず、森を抜け出してしまった時は、赤煙筒を燃やして、防壁の近くまで何とか走ってこい。そうすれば俺たちが倒してやる」
「例えば、それがAランクの魔物でも?」
「っは!随分とひねくれてやがるな。そんな魔物と出会ったら逃げれねぇよ」
「それもそうか」
「......奥まで行くなよ。ちゃんと戻ってこい」
僕は頷いて、門を抜けた。門を抜けた先は平原になっており、森まではけっこう距離がある。僕はマルを連れて森まで駆けていった。