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フーランとの闘い


 養成学校で一番大きな広場、自由訓練場がある。東西南北、学年ごとに入り口が異なり訓練に集中できるように学年別に区分けがされている。しかし、北口だけは制限なく交流できる合同訓練場となっている。


 今回はステラとの模擬戦なので、1学年に当てられた区間を使用する。また、他の生徒の邪魔にならないように人気のない場所を陣取った。この場所にいるのは、僕とマル。それにステラとフーランだけだ。今はお互いが距離を取って真剣な面立ちで相対している。

 さっきまで和気あいあいと話しながら来たのだが、模擬戦の開始位置に移動したとたん一気に緊張した感じになった。


 風になびく髪をかき上げステラが口を開く。


「もう覚悟はできているかしら?相手がマル君だとしても、手加減するつもりはないわ!甘い考えでそこに立っているなら立ち去りなさい!でも、向かってくるなら!全身全霊を持て捻りつぶしてあげる!」


 え?なに?何が始まったの?模擬戦の前ってこんなやり取りしないといけないの?ステラが顔に角度を付けて挑発してくる。え?僕もなんか言わないとダメ?



「もちろんだ、本気でないと意味がない!手加減などこちらから願い下げだ。勝てると思っているその傲慢を改め、今から負けた時の言い訳でも考えておくんだな!」


「っふ、それでこそスライ君よ。今日はいい勝負になりそうね」


 ステラさんキャラ変わってませんか?うわーっすごい満足そうな顔してキラキラしてる。これってそういうガチノリだった?違うよね。「一回戦ってみる?」みたいな軽いノリだってよね?一晩で熟成しすぎじゃない?


 召喚士サモナーのやり取りが終わったとみて、眷属が動き出す。あぁ君たちもするのね。いいよ。好きにして。


 マルとフーランが睨みあいながらゆっくりお互いの距離を詰めていく、お互いが接触する手前まで近づいて立ち止まり睨み合いが始まる。


 無言で睨みあった後、マルが自分の体を引きちぎり、フーランに手渡した。


 ......なにしてるの?


 フーランはプルプルと揺れる物体を当然のように受け取ると、魔法を使って凍らし、再度マルに返した。マルは形式に則った作法だというように凍った体を受け取りもう一度自分の中に取り込む。


 それを確認して両者が同時に背を向けパートナーのところまでゆっくりと戻って来る。


 一部始終を見ていたステラは胸のあたりで腕を組み不敵な笑みを浮かべて一度だけ頷いた。僕も咄嗟にアルカイックスマイルで頷いておいた。


 おそらく僕だけがこのデモンストレーションの意味を理解していない。



 眷属が定位置に戻ってもう一度相対する。それが勝負開始のタイミングだ!


「マル!一気に距離を詰めて攻撃だ!」


「フーちゃん、氷の弾幕を張って近づけさせないで!」

「ギャ!」


 マルが直線的に間合いを詰める、ジャンプを繰り返すごとにぐんぐん加速していく。それに対してフーランは固定砲台のようにどっしりと構え、氷塊を手元に作り、手を使って投げつける。フーラン、やっぱり君は熱血脳筋タイプだったのか。



 投擲された氷弾がマルめがけて飛んでくる。


「マル避けろ!かく乱して的を絞らせるな!」


 マルが氷弾を避ける。着弾した氷弾は地面をえぐり砕け散る。一投一投と投げるので球数は多くないが一発の威力はそれなりに高い。一発喰らって動きを止めてしまったらその後は集中砲火を受けてそのまま何もできずに終わってしまうだろう。絶対に当たってはいけない。


 素早さではマルの方が高く今のところ全部回避している。しかし、近づくほど氷弾の回避が難しくなっているのが見て取れる。このまま近づくのはリスクが高いと判断したのだろう。マルは回避の合間に触手を振り切り体から分裂させて飛ばす。弧を描くように飛ばした触手は空中で拡散する。拡散した触手は粘着弾となり雨のように降り注ぐ。


 速さも命中率も高くない攻撃だが、範囲のある攻撃だ。安全に避ける為にはその場から大きく動かないといけない。フーランは氷弾の攻撃行動を止め、粘着弾の回避に動く。


 それを好機とみて粘着弾の雨のなかマルが突入して一気に間合いを詰める。体に受けた粘着弾は体に取り込むのでマルには効果がない。


「マル!そのまま体当たりだ!」


 粘着弾の回避に取られ、反応の遅れたフーランはマルの体当たりをモロに喰らって吹き飛ばされる。

 

「っギャ!」

「フーちゃん!!」


 フーランは一度地面にバウンドするが体を回転させて、両手を地面についた状態で着地する。しかし、勢いを殺しきれず、流れる体が地面に道を作る。それでも、視線はマルを正面に捉え、すぐに態勢を整えたのは見事だ。だが、マルは追撃を開始しており、既にフーランの目前だ。ここからフーランの回避は間に合わない。


 パン!物体と物体がぶつかる衝撃音と吹き飛ぶ影。マルが何度も地面の上ではね跳び砂煙を舞い上げる。フーランが角ウサギ戦で見せたカウンターの一撃が決まってしまった。フーランは見た目よりも重い。体重に乗った一撃は一撃必殺に値する威力がある。それを、あのタイミングで喰らってしまったのだ。完全に意識の外からの攻撃だった。マルは大丈夫か?!


 フーランが注意深く砂煙を覗く。砂煙の向こうから粘着弾が投げ込まれ一瞬注意が引き付けられる。その隙に粘着弾を迂回する形でマルが飛び出してくる。フーランは落ち着いて牽制に一投だけ氷弾をマルに投げ、粘着弾を回避する。


 マルは氷弾を投げ込まれてしまったせいで思うように距離を縮めることができず、完全にフーランは迎撃態勢となってしまった。


 フーランは手元に氷弾を作り投げつけてくる。もう一度最初の焼き直しかと思われたが、マルは氷弾を回避するたびに粘着弾を放出する。フーランも回避を余儀なくされ、避けて投げるの攻防を繰り返す事となった。


 両者とも攻撃に意識を割きすぎると被弾するといった感じだ。ギリギリの攻防で何度も危ない場面があった。両者とも余裕などありはしない。


 それなのに、どちらも被弾せず、攻撃の手も緩めない。遠距離戦は長引く。


 でもそれでいい。このまま遠距離でやり合えば不利になるのはフーランの方だ。氷弾は地面に当たって砕け散るだけだが、マルの粘着弾は地面に残りフーランの移動を妨げる。最後は捉えることができるだろう。懸念はそれまでマルが保っていられるかどうかだ。


 ほどなくしてフーランは逃げ場所をなくした。攻撃のチャンス............だが。


「マル!そこまでだ!」


 マルとフーランの動きがピタリと止まると同時に僕は走り出した。マルも、フーランもすごかった。よく戦った。でも、もう限界だ。マルの形状が崩れかけている。......マル惜しかったな。僕はマルの元に駆け寄りポーションを振りかけ、それから手を当てて魔力を渡す。


「良い戦いだった。すごかったぞマル」


 『ふーらんはつよいじぇ』っていった感じでゆっくりと揺れる。そうだなフーランは強かった。マルに魔力がぐんぐん吸われていく、今の戦いだけで限界まで消耗した証拠だ。マルの燃費はあまり良くないな。いや、それもあるが、フーランのカウンターが効いたせいか。あの一撃だけでも戦闘不能になる威力があった。【スライムの特性】ダメージを魔力で補完するおかげで肉体的な損傷は免れて行動に支障は出なかったが、ごっそりと魔力を消費してしまったのだろう。


 普通の眷属なら、あのカウンターで骨が折れて行動不能になり、あの時点で勝負が決まっていたかもしれない。眷属は内在魔力で肉体の回復ができないので、逆転もないだろう。


 マルの粘着弾の効果が消え、フーランが近づいてくる。


「ギャ!」

「マル君大丈夫?途中で試合止めちゃったけど何かあった?」


「あぁ、マルの魔力切れで、試合の続行は難しそうだから止めたんだ」


「そっか」


「模擬戦はフーランの勝ちだな」


「違うよ、引き分け。ね?フーちゃん」

「ギャ!」



 マルとフーランはいい試合だったとお互いを褒め讃えるように労い合う。そこに私恨はなく、楽しかったという感情があふれている。


「ステラ、フーランの回復忘れてないか?」


「あぁ!そうだったピンピンしてるからうっかりしてたよ!」


 ステラがとてとてとフーランに近づき治療を開始する。ステラは体を撫でながら魔力を渡すようだ。「すごくカッコよかったよ」と褒めながら癒している。


 おそらく撫でる行為が魔力譲渡の合図となっているんだろう。撫でられているフーランは気持ちよさそうに目を細めている。


 今回の戦い、マルの動きは素晴らしかった。すべての能力を出しきった戦いだったと言えるだろう。しかし、100%に近いパフォーマンスを発揮しても、あの後戦闘を継続できたとして勝てたかというと答えられない。


 たしかに、フーランは粘着弾で動きの制限をかけられていた。もう一度粘着弾を放てばフーランは被弾して硬直状態になったはずだ。しかし、最初の全力の体当たりでもフーランはすぐに立て直し迎撃してきた。おそらくフーランはマルの攻撃を10回以上耐えることができるのではないかと思う。


 それに対して、フーランの一撃は重い。氷弾にしても、カウンターにしてもその一撃一撃がとてつもない威力だ。マルはあと1回でも攻撃を喰らえば戦闘不能になっただろう。常に綱渡りの攻防だった。


 なので、たとえフーランが粘着弾に被弾しても、粘着弾の効果が切れるまで耐えるだろうし、効果時間を読み間違えたらそのままモロに反撃を受ける危険もある。粘着弾の重ね掛けをすれば多少は拘束時間も伸びるだろうが、マルの粘着弾が魔力による性質変化によるものなのでいずれはレジストされてしまう。自身より強い相手を拘束し続けるなど不可能なのだ。


 拘束の効かないフーラン相手に接近戦を何度も繰り返すとなると絶望的だ。それほどマルとフーランのステータス差は大きい。


 これから、フーランは更に成長して体格も大きくなる。それに対してマルは肉体的な変化はない。そうなると、半年後はもう試合にもならない。......つまり、友人の遊び相手になる事ができない。そんなことでマルを悲しませるわけにはいかない。


 マルはスライムだ、その他の眷属とは根本から違う。おそらく成長の仕方が異なるんだ。眷属の強さを引き出すのは召喚士サモナーの役割......。



「スライ君、フーちゃんの治療終わったよ」


「そっか、マルたちも疲れただろうし、もう部屋にもどるか」


「つれないなぁ、やるだけやってバイバイとかそれっていいの?」


「言い方!」


「はは。ねぇ、軽食作ってきたの!一緒に休憩しよ?」


 ステラが腕をつかんで逃がさないぞという態度を表す。身長差があるので近づくとステラは少し見上げる態勢になる。あまり近づかれると対処に困るのだが......。その様子を見ていたフーランが僕の足をぺしっとはたく。それを真似たマルが反対側の足をぺしぺし叩く。


「あーぁ、このまま叩かれ続けると足が使い物にならなくなるぞぉ?」


 ステラがニヤニヤしながら挑発してくる。


「いや、僕の足はもうダメみたいだ、近くに休憩できるところはないか?」


 ステラは声に出して笑った。「肩でも貸そうか?」と冗談を言いながら僕の手を引き、木漏れ日の差す大木の根元に腰かけた。


 カバンからサンドウィッチを取り出し手渡される。マルとフーランの分もある。他にも簡単につまめる野菜スティックやクッキーもあって思ってた以上に豪華で驚いた。


 水筒から入れられたお茶にはフーランが魔法で作った氷が浮いていて、熱を帯びた体を冷やしてくれる。


 サンドウィッチの中身は葉野菜とトマト、チーズにハムとシンプルな物だが、中に塗られたソースがパンのパサつきを抑え、とても美味しい。サンドウィッチを食べている様子をちょっと心配そうに覗いてくるステラに「すごく美味しい」と感想を言うと花咲くように笑った。


「よかった~。ほんと?美味しい?へへへ」


「うん、具とソースのバランスが絶妙だ。これステラが作ったんだよな?」


「そだよ。やっぱ食べてもらうのって嬉しいな」


「普通、作ってもらって嬉しい。じゃないか?」


「そんなことないよ、私が作った料理をおいしそうに食べてくれる。それが頑張って作ったご褒美なんだよ」


「そうか、でも、見られてると食べにくいんだが」


「ごめんね?我慢して?」


「......見るのはやめないんだ?」


「うん」


 僕は視線が気まずくて、早く解放されようと出来るだけ早く食べ終えた。もっと味わって食べたかったが仕方がない。


「あー、もう食べ終えちゃった。ゆっくり食べないといけないんだー。お行儀悪ーい」


 そういうと、ステラはハンカチを取り出して「ソースついてるよ」と口元を拭き取る。あまりにも自然な動作だったので僕は固まってしまった。ステラ、君は僕のお姉さんポジションを狙っていたのか。


「また、作るから食べてね」


「あぁ、作ってくれるなら」


「嬉しかろう?」


「......嬉しい」


「うむ。よろしい。はは」


 冗談を言って恥ずかしくなったのか、照れ笑いするステラ。クッキーを引き寄せ僕のひざもとに置いてひとつ摘まんで小さくかじり一息ついて、肩にもたれ掛かってくる。


「ご飯食べたら眠くなってきちゃった。スライ君もクッキー食べてね」


 言葉の通り、ステラは弛緩して、うとうとしている。時折吹く風は心地よく、ステラの髪の毛を揺らす。さっきまで騒がしかったのがウソのようにゆっくりとした時間だ。


「あはは、ねぇあれ見て」


 ステラの指さす方向には、マルとフーランがいて、フーランの手には野菜スティックが握られている。フーランが「ギャ!」と鳴いて野菜スティックを天高く掲げ、それからマルに野菜スティックをゆっくり差し込んだ。


 マルに差し込まれた野菜スティックは挿入された先から消化され、キレイさっぱり消えてしまう。それが面白いのかフーランが「ぎゃぎゃぎゃ!」と手を叩きながら笑っている。


 マルも『まだまだいけるじぇぇ』といった感じでご機嫌に揺れる。フーランはそれならと、野菜スティックを両手に持ち、遠慮なくマルに差し込んだ。勢いよく差し込んだ先から消える野菜スティックがツボったのか、フーランが地面に倒れ込み手足をバタバタして「ぎゃぎゃぎゃ!」と笑う。マルは得意げに出来る男の高速反復横跳びを開始した。


「ちょっとまっておかしい!なんで反復横跳びなの?!しかも速いし!あはははははは」


 それをみて、僕とステラは腹を抱えて笑った。 





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