化け物という名が相応しい
僕たちは東の防壁町に派遣されていた召喚騎士が中央へ向かう姿を見送ってから、多少無理を強いて魔物石の強化をステラとフーランに施した。
僕の補助もあり、6時間という短さですべての魔物石の消化に成功して、フーランの内在魔力はリョウリョウガルマを上回る程になっている。これだけの強さがあれば大抵の魔物相手に遅れは取らないと思う。防御に関して言えばまさに鉄壁と言えるほど強固だ。これなら僕も安心して戦う事ができる。そう思っていたのだけど――――。
「マル、魔物の位置ってあの方角か?」
『そうだじぇ』
僕はマルと違って気配探知能力は低い。いやマルの気配探知が高いという事もあると思うけど、そういう事が言いたいわけではない。
普段僕は目の届く範囲に入るまで気配を感じることができない。でも、今は目に見えない魔物の存在が手に取るようにわかる。これは異常だ。
「スライ君どうかしたの?」
「いや、魔物の位置を確認したくて、今のマルなら街中を走るより防壁の外周を回り込んだ方が速いと思って」
ステラに言った事は本心だけど、僕の背中は冷や汗で濡れていた。どうやらステラはこの禍々しい気配を感じていないようだ。もう目を凝らせば防壁が視界に入っている。1時間もしないうちに到着するだろう。マルに直接魔物の場所まで移動するように指示を出した後に考える。
本当はステラも一緒に戦うつもりで、その準備もできる限りしてきた。でも、それは無しだ。もし、一緒に戦うとなると嫌な予感がする。どうにか理由をつけてステラを戦闘から離したい。
ここでステラとフーランを無理矢理降ろしても、今のフーランはマルに劣らない移動手段を持っている何を言っても後をついてきてしまうだろう。
考えがまとまらない内に魔物の姿が目に届く。
「あんな魔物がいるのか」
「大きい......」
さすがに戦闘が始まっていて、巨大な魔物とルキルフが争っている。あのルキルフが小さく見えてしまうほど魔物が大きい。
近づくごとに詳細がはっきり見えてくる。ルキルフの外にもおそらく召喚騎士の眷属が魔物を取り囲み攻撃を行っているようだ。遠目で見る分には召喚騎士側が優勢の様にも見える。
魔物と召喚騎士の迫力に僕とステラは無言になる。あの中に飛び込んでいくとなるとさすがに勇気がいるな。
マルはスピードを緩めることなく、僕らを乗せて移動し続けている。
固唾をのんで戦況を見守っていると、ルキルフが魔物に捕まってしまった。ルキルフの悲痛の叫びがここまで聞こえてくる。
「ドラゴンが!!」
「マル!急いでくれ!!」
不味い事になった、ルキルフがやられたら一気に戦況が傾く恐れがある。今すぐ助けたいのにまだ距離がある間に合うか?!
ドクンドクンと心臓が嫌な音をたてて喉が渇く。ルキルフはロキアロッド兄さんの眷属だ。ドラゴンという事を差し置いても失うわけにはいかない。
焦りの中戦いを見守る事しかできないのがもどかしい。そうこうしている間に召喚騎士の1人が動いた。巨大な魔物の背中に飛び乗り、背中をすごい勢いで駆け上っていく。
その眷属が魔物の上半身に向かって跳躍して、魔物を攻撃するかと思ったらルキルフの足を切り落とし、それからルキルフの体を蹴り飛ばした。一体何が何だかわからない。
「ッな?!」
「今、ドラゴンを攻撃したの?!なんで?!」
ルキルフが僕達とは反対の方向へ飛ばされていく。それから、先ほどルキルフを攻撃した召喚騎士の眷属は巨大な魔物に襲い掛かりその首に噛みついた。
ルキルフの方を再度確認すると体勢を持ち直し離れた位置で旋回を始めた。回復しているのだろう。詳細はわからないが、どうやらルキルフの足を切り落とさなければ魔物から拘束を解けないと判断した上の決断なのだろう。すごい決断力だ。
感心と畏怖がごちゃ混ぜな気持ちで魔物に喰らいつく眷属の姿を確認すると、魔物の手によって剥がされ、地面に叩きつけられたところだった。ステラから短い悲鳴が漏れる。
「っきゃ」
「......今のはマズイ」
地面に叩きつけられた眷属はピタリと動かなくなってしまった。それにどうやら眷属に騎乗していたのだろう召喚騎士も投げ出され地面に臥している。
「マル、あの召喚騎士のところに行ってくれ。できるなら助けたい」
『わかったじぇ』
僕達は救助のためにひとまず倒れた召喚騎士のもとへ進路を変えた。残された召喚騎士たちが魔法攻撃を魔物に仕掛ける。
「あの炎弾は......兄さまだ」
どうやら、東の防壁町から先発した召喚騎士たちは既に戦闘に参加していたらしい。彼らから嵐のような怒涛の攻撃を繰り出す。距離があるというのに僕達のところまで余波が届く凄まじい攻撃だ。その攻撃の最中に倒れた召喚騎士のところにたどり着く。
「マル、あの眷属をここまで運んできてくれ」
「フーちゃん防御を展開して戦闘の余波からこの人を守って」
「ぎゃ!」
マルが引き連れてきた眷属と召喚士の状態をみる。どちらもまだ息はあるが意識はない。眷属と召喚騎士の女性が寄り添うように寝かしつける。
「ステラはここでこの人を守ってくれるか」
「......わかった。スライ君は行くの?」
「あぁ、でももう決着はついちゃったかもしれないけど」
あの怒涛のような攻撃だ。あの攻撃を受けて無事という事はないだろう。そう思って視線をあげた時だった。
立ち上る煙を晴らすように熱線が飛び出し、召喚騎士を飲み込み街を破壊した。あまりの出来事に言葉が出てこない。
「......兄さま?」
煙が晴れたそこには依然として魔物が立っていた。その魔物はあり得ないほどの魔力を持っていて、今では魔力量だけならぶっちぎりだったマルを凌駕していた。
「なんだよあれ。化け物かよ」
化け物という言葉がこれほどまでしっくりくる魔物はいただろうか。アイツに比べれればリョウリョウガルマなんて雑魚に等しく思える。あんなの勝てるわけがない。勝てるわけがないけど、勝たなければならない。
僕は隣で茫然としているステラを力いっぱい抱きしめた。
「ステラ、僕が倒してくるから」
ステラが抱きしめ返してくる。その体は震えていた。
「ごめんねスライ君。私も一緒に戦いたかったけど、怖くて......動けそうにないよ。ごめんね」
「大丈夫。いいんだステラは戦わなくていい。僕が倒すから、ステラは僕の帰る場所になってくれ」
ステラから数瞬の迷いの後、か弱い返事が返って来る。
「......うん」
「フーラン、ステラの事任せたぞ」
「ギャ!」
フーランは当然だと力強い返事を返してきた。ステラの体をゆっくり剥がしてフーランに預ける。
「マル、行こう」
『じぇ!』
見栄もある、意地でもある。かつて思い描いた理想の自分と重なるように僕は一歩を踏み出した。




