希望と絶望の力量差
ロキアロッドとフレアの眷属がランクAだとしたら、それを同時に相手取るデュポタリタスのランクは間違いなくランクSの魔物だ。だとしても、召喚騎士が加勢したことで戦況は有利になるはずだった。しかし、望むような結果が得られていない。アキストバーニアの眷属達はというと動きに精細さが欠けていた。その実力はCランクか精々Bランクと言ったところだろう。普段の彼らからは想像できないほどの不調。どうしてここまでの差が生まれてしまうのか?
確かに生体本来の強さは大きい要因だ。その中でもドラゴンが特別な存在というのは周知の事実だが、それに迫るフレアの眷属の強さは実は召喚士との距離にあった。
眷属がその実力を100%発揮するためには召喚士と眷属の物理的な距離を近づける必要がある。眷属は召喚士との距離が離れていくと弱体化してしまうのだ。残念ながらこの事実を人間は知らない。その為、戦闘の余波に巻き込まれない為にできるだけ遠くで召喚騎士は待機して、眷属を単体でデュポタリタスに差し向けていた。
本来なら、遠距離から魔法で攻撃できることや、魔物の攻撃範囲から外れるだけの距離が取れればよいのと、ダメージを受けた際は即座に回復するためにも、出来るだけ眷属の近くで待機しているのだが、今回はそれができなかった。そのため、強敵相手に普段の実力以下の戦闘力で立ち向かうことになってしまっていた。
本来通用するはずだった攻撃が通用しない要因なのだが、召喚騎士はこれが彼我との実力差だと認識してしまう事になり、状況は一刻一刻と悪化していく。
ロキアロッドは仲間たちが傷つきその命を散らしていく戦況を上空から正しく認識していた。その心中が穏やかでいられるはずもなく、焦りが生まれる。
再び強襲を仕掛け、次はデュポタリスの首を握りつぶそうと鋭い鉤爪が狙いを定める。これが成功さえすれば一発逆転の一撃になるはずだった。
しかし、その一撃は回避されると同時に、デュポタリタスの長い手に絡みつけられ、足を捕捉されてしまう。拘束を振り切ろうとルキルフが暴れるがその手が解けることはない。
『デュララララララララ!!』
デュポタリタスは力任せにルキルフの体を引き寄せ、憎悪に歪んだ顔で、ルキルフの足に鋭い牙を突き立てる。
「ギャアアアア!グルアアア!!」
「ルキルフ!!」
足に走る痛みでルキルフから悲鳴をあげ暴れるが、デュポタリタスは離すまいと両手で足を縛り牙が抜けないように口に固定する。
「やばい!ロキアロッドが捕まったぞ」
ルキルフの足から血液がどんどん抜き取られ、足がミイラの様に萎んでいく。召喚騎士たちが拘束を解こうと総攻撃を仕掛けるが、デュポタリスのドラゴンに対する執念はそれら攻撃を耐えるために全身に力をいれて体を硬質化させていく。デュポタリタスの動きも固まったが、これでは攻撃が通らない。まごついている間に最高戦力であるドラゴンがやられてしまう。
フレアは一時攻撃をあきらめ、判断したと同時次の行動に移った。フレアの眷属であるカムイはデュポタリタスの背中に飛び乗り、鱗に爪を引っ掻けデュポタリタスの背中を駆け登っていく。
デュポタリタスの上半身に飛びかかるようにカムイが襲いかかり、その鋭い爪に雷光が走る。
「雷刃!」
カムイの鋭い爪から発生した雷の刃はデュポタリタスではなくルキルフの足を斬り飛ばした。
ルキルフは足を斬り飛ばされる代わりに、デュポタリタスの拘束から解かれる。足を斬り飛ばされた痛みに一瞬ルキルフの意識が飛び体勢が崩れる中、フレアは更にルキルフの体を蹴り飛ばすようにカムイに指示する。
「ロキアロッド全力で回復しろ!!」
ロキアロッドの返事を待つ余裕などない。カムイは後ろ足でルキルフの体を遠くに飛ばす。この時の反動を活かしてデュポタリタスに襲い掛かり、その首に噛みついた。
『デュララララララララ!!』
「やっとこっちに意識が向いたかよ!このまま噛み殺してやんよ!!」
カムイの牙がデュポタリタスの首に食い込みギチギチと音をたてる。デュポタリタスは反射的にカムイの体を掴み、無理矢理に引きはがして地面に叩きつけた。
カムイの強靭な顎は決してデュポタリタスを離さなかったが、デュポタリタスの肉を喰いちぎる形で引きはがされた挙句に地面に叩きつけられた。執拗な抵抗が仇となり碌に受け身を取る事ができなかったカムイは戦闘不能となる。騎乗していたフレアも体が投げ出され地面に臥して動く様子はない。
ドラゴンが重傷で回復のために戦線を一時離脱、唯一ダメージを与えて少しばかり注意を引き付けていたフレアとカムイが戦闘不能。最高戦力であるふたりが動けなくなったことでデュポタリタスの意識が怒りが周りをうろついている召喚騎士に移る。
突然向けられた殺意に恐慌状態になったアキストバーニアは堪らずに一番得意とする魔法を指示する。
アキストバーニアの眷属エンザはそれに応え、最大出力の炎弾をデュポタリタスに放った。炎弾は少しばかりデュポタリタスの表面を焦がし、キラキラとした粒子に変わる。この時にデュポタリタスがカムイから受けたダメージでグラッと揺れた。それが召喚騎士達には魔法が効いたのだと思わせた。
「魔法が効いてるぞ!畳みかけろ!!」
召喚騎士たちは希望に縋り魔法を放ち続ける。デュポタリタスが閃光に包まれてもその攻撃は止まない。息の続く限り怒涛の攻撃を続ける。最後に弱々しい炎弾が立ち上る煙の中に消え、静寂が訪れる。
召喚騎士たちは固唾を飲んで煙が晴れるのを見守る。煙の隙間からキラキラとした光が見え隠れするが、その発光は次第に収まっていく。
『デュララララララララ!!』
煙の中からデュポタリタスの声が聞こえたと同時に、煙の中を突き抜け熱線が走る。それがデュポタリタスによる攻撃だったのか認識できた召喚騎士はいたのだろうか。熱線は召喚騎士を飲み込み防壁を突き破り街を焼き払った。
ステラの兄アキストバーニアも例外ではなく、熱線に飲み込まれ蒸発した。
上空に逃れていたルキルフは回復により、足の再生を完了していたが、ロキアロッドは再度デュポタリタスに攻撃を仕掛ける指示を出せずに今起きた災害に息をのんだ。
ロキアロッドの参戦により無事城壁まで下がっていた王はこの時初めて、人間が絶望と相対しているのだと正しく認識した。ドラゴンという希望も、デュポタリタスという絶望の前では霞んで見えなくなるほどちっぽけなものでしかなかった。
もうこの場で本当の意味で戦える者はもうロキアロッドのルキルフだけ、ルキルフが死ねばどう足掻こうが望みもない。
王は最後の決断に迫られていた。ここにいる全員に死ねと。その命を燃やしてデュポタリタスの注意を引き付ける囮になれと。この無責任な命令の最初の犠牲になるのはせめて自分であろうと。ガチガチに固まって言う事のきかない体を無理矢理に動かし、右手を天高く掲げ、王は口を開いた――――。




