召喚騎士とデュポタリタス
ステラの兄であるアキストバーニアは北の防壁町が壊滅した知らせと招集の命令を受けて、その日のうちに中央へ向かっていた。
アキストバーニアは東の防壁町で冒してしまった失態を打ち消すために、戦果を挙げることだけを考えていた。アキストバーニアにとってリョウリョウガルマは相性の悪い相手という認識であった。相手がリョウリョウガルマでさえなければ、アキストバーニアの眷属はその実力を遺憾なく発揮できるはずだったのだ。
よもや自慢の眷属であるエンザの得意とする炎の魔法が通用しない相手がいるなど想定外であり、本来炎はその性質上高い攻撃力を有する以上通用しないというなどあってはならない事なのだ。事実これまで炎による攻撃で倒せなかった魔物はいなかった。その攻撃力こそが自慢であり通常ならば攻撃さえ通じればどんな相手でも倒せるはずなのである。
陽も完全に昇った頃に、アキストバーニアを含む召喚騎士たちは中央に到達した。そのまま街内を突きっきり北の門を目指す。門に近づくほどに戦闘の気配が強く感じられた。気になって魔車から身を乗り出し門の方を覗いてみると、その上空にはドラゴンが旋回していた。
それを見て、ロキアロッドのドラゴンが目覚め魔物と対峙しているという事がわかり、戦果を独占されてしまうのではないかと焦りが生まれる。アキストバーニアは無意識に駆け出していた。
北の門にたどり着くや否や碌に戦況確認もせずに戦場へと飛び出す。アキストバーニアの目に飛び込んできたのは、巨大なヘビの魔物。そして吹き飛ばされて防壁に激突するフレアとその眷属のカムイの姿だった。
「ッ?!」
予想外の光景に言葉が出てこない。戦況を理解することを頭が拒んでいるかのように思考力が鈍くなる。
「あの野郎ぉ、舐めやがって。カムイ魔力は全部回復に当てろ。もう一度いくぞ」
「ガウガウ」
召喚騎士の中で絶大な力を誇り孤高の存在のあのフレアが苦戦している事に驚愕する。アキストバーニアから見てもフレアは化け物と評するほど別格の存在であった。それがあの魔物には取るに足らないとでもいうのか眼中にも入らない。巨大なヘビの魔物は常にドラゴンを注視しており、フレアの眷属は片手間であしらわれていた。
「なぜ、フレアは魔法を使わないんだ......?」
アキストバーニア含む召喚騎士の到着に気付いた兵士が近寄って戦況を伝える。
「召喚騎士様お待ちしておりました。あの魔物、デュポタリタスによって兵士および勇士兵は壊滅、只今応援に駆け付けたフレア様とロキアロッド様の2名が戦闘中です。デュポタリタスに魔法は効かず、また魔法を放ってしまうとそれを利用される恐れがあり、我々では援護すらできない状況です」
「魔法が効かない?」
「そうです。魔法が効きません。ですので召喚騎士様は近接戦闘で応戦していただきたく申し上げます」
「近距離から魔法を放つのも効かないのか?」
「はい、フレア様の眷属の魔法で少々体表を傷つけるのみでとても有効打とは思えませんでした。それに、魔法を放つとあの魔物も魔法で反撃してくるので注意が必要です」
「そうか、報告感謝する」
召喚騎士たちは目配せしてデュポタリタスに向かって走り出す。アキストバーニアの顔色は悪く、さっきまであった戦意が早くも消沈してしまっていた。
(無理だ。あんな巨大な魔物相手に魔法も使えないなんて)
アキストバーニアの眼前には自身の眷属の何倍もの大きさの魔物相手に、これまた巨大なドラゴンが争いっている。遠目で見ても両者が織りなす戦闘はすごい迫力であった。その戦いを見ていると自分自身が矮小な存在に思えてくる。
遠距離から安全を確保して魔法を放つのならまだいい。しかし、今からやろうとしているのはあの怪獣同士の争いの中に入り込んで接近戦を挑もうとしているのだ。無謀としか言いようがない。
事実、あのフレアでさえ、尻尾でいいように翻弄されてしまっている。カムイの鋭い爪で引っ掻こうとも、鋭い牙で噛みつこうともまるで体に纏わりつく羽虫を払うように尻尾の一薙ぎで吹き飛ばされ満身創痍となり、回復してはまた被弾覚悟で突撃して攻撃を繰り返しているのだ。こんなに泥にまみれた彼女の姿を誰が想像できただろうか。
ロキアロッドの眷属であるルキルフも上空から強襲を仕掛けては一撃を与える代わりに一撃を貰っている。頻繁に回復して何とか互角の戦いをしているように見えるが、敵は負傷しても怯む様子はなく、逆に怒りにより一層激しさが増しているように思える。ロキアロッドが回復ができなくなった時点で詰みなのは間違いなかった。つまり、回復が出来るうちにデュポタリタスにトドメを刺さなければいけない。
戦闘に参加した召喚騎士の眷属たちがデュポタリタスに総攻撃を仕掛ける。しかし、魔法の使用不可も相まって思うようにダメージを与えることができない。
「なんて強靭な体だ。俺たちの攻撃がまるで効いちゃいない」
召喚騎士の眷属は強力な個体だ。例え魔法が使えないとしてもその攻撃力は脅威であるはずだった。それぞれが鋭い爪や牙、はたまた角や剛腕で攻撃を仕掛けるが、デュポタリタスの鱗の表皮を傷つけてかすり傷を付けるのがやっとだった。
唯一フレアの攻撃だけが、体表を裂き、肉を喰いちぎる事ができている。しかし、デュポタリタスの巨大な体からみれば些細なものにも見える。あと何十回、または何百回攻撃を仕掛ければいいというのか。
それなのに、召喚騎士の眷属はたった一撃の攻撃を喰らっただけで深刻なダメージだ。今もまた、デュポタリタスの反撃にあい、回復が間に合わず、絶命してしまった眷属の前で茫然自失している召喚騎士がいる。
「そんな。嘘だろ......」
「おい!しっかりしろ!もう戦いから下がれ!!」
自分の半身である眷属が目の前で死ぬというのは耐えられるものではない。どんなに声をかけてもその召喚騎士は眷属から離れようとはしなかった。戦場でそれがどんなに危険な事か誰が見てもわかっていた。しかし誰もが自分のみを守る事で精一杯で救う事ができなかった。
デュポタリタスの大地ごと薙ぎ払う尻尾の一撃に飲み込まれ、眷属に寄り添い続けた召喚騎士の姿は跡形もなくなっていた。どこに吹き飛ばされてしまったのか見当もつかない。ただ、その命が失われたことだけは確実であろう。
「うあ......うあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
その一部始終を確認していた召喚騎士から悲痛と苦悩の叫びがあがった。




