空を駆けるもの
弟のスライによって行われた魔力拡張は俺に画期的な変化をもたらしてくれた。身にチカラが漲る。初めて、ルキルフに魔力を満足するまで与えることができた。それにも関わらず倦怠感は残るが、ぶっ倒れてしまうほどではない。
ルキルフも魔力を受け取れて嬉しそうだ。スライによると外から魔力を入れるとその魔力が暴走する。その痛みは想像以上だったが、この結果だ。やって良かったと本当に思う。
妙に腹が空いて俺とルキルフのふたりで城の食糧を食い荒らしてしまったが、これから戦いに行くという事でお咎めはなしだ。
不思議と今なら何でもできそうな気分だ。じっとしていられない。それはルキルフも同じようでウズウズとしている。俺たちには確信があった。
「ルキルフ今なら飛べるな?」
「シギャ!」
「ちょっと待ってくれ今、鞍を取り付けるから」
俺は特注で作ってもらっていたドラゴン専用の鞍をルキルフに取り付けていく。
「どうだ?体を動かすのに違和感や支障はないか?」
「シギャギャ」
「良し、なら乗せてもらうぞ」
俺は散歩の時と同じようにルキルフの背中に飛び乗る。しかし、散歩の時とは違って鞍に装備されたベルトで俺自身の体を念入りに固定していく。
「できた......。ルキルフ、俺の準備はできたぞ。そっちはどうだ?」
「シギャ」
「じゃぁ行こう。今度は空の散歩だ!」
「シギャ!!」
ルキルフの翼を一振り、たったそれだけでルキルフの体は天高く舞い上がる。突然の上昇に俺の体は風圧と重力に押しつぶされて、ルキルフの体に貼りつけになってしまった。
「ははは、すごい加速だ。びっくりしたよ。まさかこんな風に飛び上がるなんて思ってもみなかった」
「ギャギャ?」
「大丈夫だ。俺の事は心配しないで好きなように飛んでいい」
「シギャ」
ルキルフはぎこちなく、急上昇と急降下を繰り返したり、フラフラとした飛行が続く。ベルトで固定しているとはいえ、気を抜いたら風に飛ばされてしまいそうだ。必死にルキルフの体にしがみつく。しかし、段々と調子がわかってきたのか飛行が安定してくる。
スムーズに飛行できるようになってからは快適だった。
「すごいぞルキルフ!空は気持ちがいいな!」
「シギャギャ!」
なんの邪魔もない空は俺たちの世界だった。下界を見れば城と街を一望できる。行き交う人々があんなに小さく見える。遠くをみれば農業地帯が見え、そのもっと先にうっすらと防壁町が見える。
「ルキルフ、あの遠くに見える町へ向かってくれないか?今、魔物が押し寄せて大変な事態らしいんだ」
「ギャギャ?」
「そうだな。その魔物をルキルフに倒して欲しいのだけどできるか?」
「シギャ!」
「ははは、それは頼もしいな。それじゃルキルフ頼む」
「シギャ」
ルキルフはゆっくり旋回して目標の南の防壁町へ進路方向を合わせ加速した。現在各防壁町は魔物の大群に襲われているらしい。話だけではそれがどの程度の規模なのか全く実感はないが、あの大臣の慌てようでは只事ではないのは確かだろう。
防壁町のその中でも特に魔物総数が多い南の防壁町へ俺たちは向かう事になった。スライが行った俺たちの故郷東の防壁町も気になるが、あの優秀な弟が向かった事を知っている俺は妙な安心感があった。スライなら何とかしてくれるそう思えてしまうのだ。
西の防壁町には召喚騎士のトップであるフレアさんが向かったと聞いている。正直あの人が困る姿を想像することができない。心配は無用だろう。
一方北の防壁町は一番魔物の数が少ないらしく比較すれば緊急性は一段階下がるとのこと、ここにももちろん召喚騎士が派遣されているので、彼らが対処してくれるだろう。
「兄として俺も頑張らないといけないな」
「ギャギャ?」
「はは、なんでもない。優秀な弟がいるとお兄ちゃんはプライドを守るのが大変だって話だよ」
ルキルフの空を駆ける速度は凄まじく、魔車で半日以上かかる道のりが、その半分......いやそれ以下の時間で到着することができた。空からずっと流れていく風景を眺めていた俺にとってはあっという間の時間だった。
次第に見えてくる町並み、町の防壁のその向こうに密集する魔物の群れをみてギョッとする。
「すごい数の魔物だ。ルキルフいけるか?」
「シギャ!」
「そうか、僕はまだルキルフに何ができるかわからない。ルキルフのチカラ俺に見せてくれるか?」
「シギャギャ!」
「よし、じゃぁ頼んだよルキルフ!!」
これほどの数の魔物を目の前にしてルキルフに緊張は見られない。俺はこれから起こる激しい戦闘を覚悟して、高鳴る心臓を落ち着かせるように胸に手を置いた。俺も覚悟を決めろ!!
下からは緑色の魔物たちがガヤガヤと騒音を立てている。何体かは町へ侵入している様子も見える。人々の悲鳴、破壊音。魔法による爆発がところどころから聞こえてきて一体何が何だかわけがわからない。
ルキルフは防壁を飛び越え平原に出て魔物全体を確認するように旋回を続ける。その姿を見た魔物たちが仲間を投げ飛ばし、俺たちのもとへ飛び上がって来る。中にはルキルフの足先を掠める魔物もいたが、逆にルキルフの足に拘束され、緑色の魔物は絞殺される。
絞殺された魔物はもう興味がないといったように、また魔物の群れの中に落とされる。
魔物が地面に落ちドスという音が微かに聞えたかと思ったら、ギャアギャアギャアと魔物たちが騒ぎだし騒音がより一層激しくなる。
ルキルフはそれが煩わしいとばかりに旋回をやめ、空中で停止すると口先に魔力を集めだした。口元から光が漏れ出るほど魔力が高まり、一気に解き放たれる。
それは収束された光そう表現すれば伝わるだろうか?ルキルフの口から一筋の光が放たれた。その光線は大地を飲み込み、一閃した。
光線が通り過ぎた場所は巨大な溝ができており、そこにいた魔物は言うまでもなく消滅していた。
「ははは......」
ルキルフの攻撃を一部始終みていた俺は渇いた笑いがこぼれた。
光線を解き放った後、ルキルフの体がガタンと落ちる。飛行も不安定でフラフラとしている。
俺はあわててルキルフに手を当て魔力を譲渡する。思った通り俺の体からグングンと魔力が吸われていく。その威力に見合った代償もあるようだ。この攻撃は俺がいる状態でなければ使ったあとの隙が致命的になってしまうな。
この攻撃で仕留められない魔物など考えられないが一応心の隅に置いておく方がいいだろう。
「ルキルフ、すごい攻撃だったぞ」
「シギャ?」
「あぁ、すごかった。ルキルフは本当にすごい子だ!」
「ギャギャギャ」
「あぁ、でも今の攻撃はとっておきにしよう。ルキルフに負担があるみたいだ」
「グルァ......」
「おそらく、ルキルフが本気を出さなくてもあの魔物は倒せるんじゃないか?」
「シギャ?」
「試しに何か攻撃してみてくれ」
「シギャ」
ルキルフは首を傾げて、それから光の球を口から吐き出し落とした。光弾は地を這う緑色の魔物を飲み込みそして破裂した。破裂した光弾が周辺の魔物に被弾していく。その余波だけでも魔物は重大なダメージを受けたようだ。
「シギャギャ!!」
ルキルフは弾ける光弾が楽しかったのか、次々と光弾を発射して地面に落としていく。とめどなく落ちてくる光弾に魔物もパニック状態だ。しかしそんな魔物たちも次々に光に飲み込まれて動かなくなっていった。
状況を察知して次々に魔物が森へ向かって逃げ出していく。ルキルフにも疲れがみえる。深追いは止そう。町を守れたなのならそれでいい。それよりも逃げ出さない魔物を優先的に始末した方がいいだろう。
「リョウリョウリョウリョウリョウリョリョリョウ!!」
「リョウリョウリョウリョウリョウリョリョリョウ!!」
「リョウリョウリョウリョウリョウリョリョリョウ!!」
奇声が聞えたと同時にルキルフの体がガクンと落ちる。タイミング悪く突風が俺たちを襲いルキルフがバランスを失い更にその高度を下げてしまった。
ルキルフの位置が下がった時を見計らって大型の魔物が跳躍して、ルキルフの足を掴んだ。
「グギャギャギャ!!!」
「しまった?!」
ルキルフの足にしがみついている魔物は、緑色の魔物とは違い巨大だ。伸び切った手足を計算に入れるとその体長は軽く10メートルを越えている。体は毛で覆われており。その姿を目に入れるだけで得体のしれない不安が襲ってくる。
「リョウリョウリョウ」
その巨大な魔物は力任せにルキルフを引き寄せ、投げ飛ばし。ルキルフを地面に落とした。
ルキルフは地面に落ちる際に衝撃を和らげるが十分ではない。衝撃を受けた体は地面を滑り横倒しになってしまった。騎乗している俺にもその衝撃が伝わり全身に痛みが走る。しかしそんな痛みよりルキルフの方が心配だった俺は、手を伸ばし魔力譲渡を行いルキルフの傷を癒す。
そんな俺たちに影が差す。先ほどと同じ魔物が跳躍して襲い掛かってきている。ルキルフは咄嗟に翼を動かしバックステップを踏みギリギリで回避。いや、首に引っ掻き傷があり、血が滴っている。
俺は持てる限りの魔力をルキルフに流し込み受けた傷を癒していく。ルキルフの傷が塞がった時、俺自身の魔力が枯渇に近づいてきている事に気付く。今まで何度も経験してきたぶっ倒れる直前の重度の倦怠感だ。
このままでは不味い。次に攻撃を受けてしまってはその傷を癒す事ができない。魔生物に自然治癒能力はなく、ダメージを受ければマスターが回復を行うまで、その傷から魔生物の生命力が絶えず失われていってしまう。
魔物が逃げていく姿を見て安堵してしまった。戦場にいるというのに気を緩めてしまった。今までに戦闘経験がなかったことがここにきて響く。痛恨のミスだ。
3体の巨大な魔物に取り囲まれてしまっている。空に逃げようとすればその隙を突いてまた捕まってしまう。かといって攻撃を仕掛ければ1体を倒せたとしても他の2体に隙を晒してしまうことになる。この魔物は強敵だ。ルキルフもそれがわかっているのだろう。下手に動かずに威嚇して彼我の距離が詰められないように牽制している。
硬直状態が数秒続いた時に、防壁から多数の魔法が降り注ぎ3体いる内の1体が被弾してその体を吹き飛ばした。それが合図となり残りの魔物がルキルフに飛びかかって来る。
最初の1体の攻撃をバックステップで避ける。しかし、それは囮で、本命は後続からくる魔物だったらしい。ルキルフの着地点を狙い跳躍しており、狙撃も回避も行えずルキルフの体にその魔物の手がめり込む。ルキルフの鱗がギシギシと音をあげている。
ルキルフの背中から覗き見る魔物の顔は皺くちゃで、満面の笑顔だった。瞳はギラギラと輝いており、開かれた口からは鋭い牙に粘着質な糸が引いていた。
大きく開かれた口はゆっくりとルキルフの首に近づき、噛みついた。
「シギャァアアア」
魔物の噛みつきによりルキルフの鱗が割れる音が聞こえた。その痛みにルキルフが暴れ叫んでいる。その様子を感じ魔物の顔が更に歪み目が細められる。
「この手を離せバケモノ!!」
俺は腰から短剣を引き抜き、魔物の手を斬りつけるが、魔物の皮膚は硬く、体重の乗ってない俺の攻撃ではその表面をわずかに傷つけることしかできない。
離せ!離せ!!離せ!!!!魔力が枯渇しかけている今の状態でダメージを受けるのはご法度だった。なのに易々と攻撃を受けてしまった。これ以上傷を広げてはダメだ。せっかくルキルフが目覚めたのに。せっかくルキルフとの生活が始まったというのに。
ルキルフの傷は治さないといけない。ルキルフの悲痛の叫びが俺の胸を締め付ける。俺は空っからになった体から魔力を手に集めるように絞りだす。
せめてその痛みだけでも和らげてやりたいその想いだけ。魔力を渡すそれしかできない自分自身が恨めしい。
最後に伸ばした手は、衝撃に揺れルキルフの体に触れることなく、むなしく空を切った。
30話となりました。ここまでお読みいただいているあなたに感謝を申し上げます。
僕自身結末がどうなるかわかっていない状況ですが、ぜひスライローゼたちの戦いを最後まで見守ってやってください。




