スライムは戦闘が苦手?
一般待遇の生徒に割り当てられる部屋はそう大きくない。それなのに僕の部屋には水がタップリと注がれた大きな容器が置いてある。ただ、中に入っているのは水だけではない。スライムがプカプカと浮いてる。これが僕が持っている唯一のインテリアだ。
スライムにはひとつ特殊な特性がある事がわかった。それは感情の繋がりだ。僕とスライムは心で繋がっているかのように感情となんとなく意思の伝達ができる。当初僕は、この感情の伝達は召喚士と眷属の関係なら誰にでもある繋がりだと思っていたがどうやら違うらしい。
スライムがリラックスしているとその精神状態が僕にも伝わって来るのでこっちまで引っ張られてぽわぽわした感じになる。セラピー効果と言えば聞こえはいいが、となりで昼寝されるとこっちまで眠くなるそれの強化版みたいな感じだ。困りのタネでもある。任意で遮断することもできるのでそこらへんはうまく活用している。
僕にはスライムの声は聞こえないが、そのうち聞くこともできるようになるのではないかと期待している。
スライムについて分かったことはまだある。
前回の授業で魔力が枯渇して死にそうになったスライムだが、僕の魔力を何とか渡す事ができて一命をとりとめた。
スライムにとって魔力は、他の眷属より重要度が高く、肉体?はそこまで重要ではないらしい。あくまで僕の推察だけど問題なのは魔力の枯渇だと思える。
以前、何も知らなかった僕は、リセマラさんと呟く人たちに向かって、スライムの体をちぎって投げていた。しかし、授業で「眷属は自然治癒しないので、ケガを放置していると生命力が枯渇して死ぬ」と聞かされて正直焦った。それからはスライムの体をちぎって投げるのは自粛していたのだが。
廊下ですれ違う人がリセマラさんと言うと、スライム自ら体をちぎって投げつけるようになった。「え?この前死にそうになったのにちぎって平気なの?」って訊いたら。『もんだいないじぇ』みたいな感じで触手をぐっとしてた。ちょっと面白い。いいぞもっとやれ。
......まぁそんなことがあった。
どうやら、プルプルボディは魔力を与えたら復元するらしく、ちぎっても痛みはないらしい。ただ、体を保持するためには魔力が必要で、魔力が少なくなると表面のハリがなくなり濁ったように見え、魔力が枯渇すると形が崩れてしまうようだ。つまり、スライムは体の維持で魔力を消費し続けていて、形状が保てなくなるというのはスライムの死の兆候だ。僕には魔力を視認することができないので常に魔力を送るようにしている。
魔力が十分に補充された今は、手で触れても体が崩れる事もなくなった。今では直接触って魔力を渡す事もできるのだが、水を介して魔力をもらうのをいたく気に入ったようで、スライムには珍しくおねだりしてくる。
なので、容器に水をいれ、そこに魔力を馴染ませてからスライムを入れると、ずっとプカプカ浮いている。こうやって部屋のインテリアの出来上がった。
こんな日常を続けていたら、僕にもちょっとした進歩があった。ヒマを見つけては何度もスライムに魔力を渡していたら体の中の魔力をなんとなく感じられるようになり、コントロールができるようになったのだ。人間は魔力感知能力がとてつもなく低いので、本来魔力がコントロール出来ないはずなのだが......。まぁ、だからと言って魔法が使えるわけでもないし、証明もできないのでみんなには黙ってる。
学園生活も6ヶ月目を迎えた現在。僕のスライムは外見の変化は全くないが、他のクラスメイトの眷属たちはすくすくと育ち、幼体から子供へと成長を遂げている。教育課程は次のステージへと移行し、本日から戦闘訓練が開始される事となった。
§§§
戦闘訓練という事で構内の闘技場に来ている。闘技場と言っても頑丈な壁に囲われた広場みたいな感じだ。闘技場の壁には檻状の扉になっていてそこに魔物が待機できるようになっている。今も魔物を待機させているのか、気配を感じて、眷属たちはそろって檻の向こう側を興味深く覗いていた。
「スライ君とマル君おはよ、戦闘訓練かぁなんだか緊張するね」
「おはよ、ステラ。フーランもおはよう」
「ぎゃ!」
彼女はステラ、以前スライムへの魔力渡しの時に氷を渡してくれた女性だ。あの日以来、友人として接してくれている。フーランは彼女の眷属で氷の魔法を使う事ができる丸いフォルムの鳥型の眷属だ。
ちなみに僕のスライムの名前がマルだ。ステラにスライムの名前を問われ名づけすら怠っていた事に気付かされ、思い浮かんだ名前をそのまま付けた次第だ。
フーランが「ギャギャ」と鳴いて、マルに氷を作って渡している。あの日以来これが彼らの挨拶となっている。氷を受け取ったマルは嬉しそうに跳ね上がり体内に取り込む。なんとも微笑ましい光景である。
「フーちゃん、ちゃんと戦えるかな、緊張して胃がキリキリする」
「相手は角ウサギらしいな。人間でも討伐できる魔物だからフーランなら問題ないと思う」
「そうだと良いんだけど、マル君は平気なの?」
「多分、勝負がつかないんじゃないかな......。実はマルの攻撃方法は触手でぺしぺしなんだ」
「ぺしぺし。......かわいい」
「ギャギャ」
先生がやってきたので生徒全員が集まる。
「皆さん今日は、魔物との戦闘をします。今回の目的と注意事項を説明するので、しっかり聞いてくださいね。まず、目的から、戦闘訓練は魔物と相対してしまった時に、ちゃんと召喚士を守って戦えるか?そしてちゃんとトドメを刺せるかというのも重要になります」
魔物と遭遇してしまえば、始まるのは命のやり取りだ。もし、魔物を行動不能にできたなら確実に息の根を止めなければいけない。隙をみせたら殺されるのは僕たちの方なのだから。
「そして、注意事項ですが、今回の魔物は角ウサギです。初戦ということで万が一のトラブルも起きないように角は折ってあるのでそこは安心してください。ですが、戦闘後は目立つ傷が無くてもかならず治療を行うこと。どんなに小さなケガも見逃さないようにしてください」
先生が繰り返し回復の重要性を説くのは、眷属は通常の生物に備わっている自然治癒能力がないからだ。傷を癒す為には召喚士の魔力が必要となる。戦闘終了後は速やかに魔力を渡して回復することが求められる。じゃないと命に係わるのだ。
「みんなの戦い方をみるのも勉強ですよ。それではひとりずつ対戦していきましょう」
クラスメイトのひとりが前にでると檻が開かれ角ウサギが飛び出してくる。角ウサギは体長50センチの魔物で、本来なら額から10センチほどの角が生えているが、安全のために折られている。この状態では有効な攻撃手段がないので眷属が大きなケガを負う心配はない。
魔物の強さランクもEランクなので、たとえ角が生えていても問題はないのだが念のためだろう。ランクE、ランクDは人間でも討伐できる強さの魔物だ。ランクCになると人間では太刀打ちできないので眷属のチカラが必要になってくる。
しかし、僕たちのクラスの眷属は非戦闘型であり、強さはランクEとランクDだ。すこしややこしいのだが、ランクDの眷属は、“ランクDの魔物との戦いなら勝てる”という基準であり、ランクCの魔物とも戦う事はできる。しかし、死を覚悟した戦いとなるので、戦闘の回避が推奨されている。
角ウサギとの戦闘はやはり、眷属の圧倒的勝利で勝負にならない。サクサクと順番が進んでステラの順番になったようだ。
「フーちゃん、頑張ってね!」
「ギャ!」
檻から角ウサギが出てくる。フーランは威風堂々と仁王立ちしている。フーランは氷魔法が得意だ。その反面、あまり素早さはない。おそらく近づかれる前に遠距離から氷魔法をぶつける戦い方になるだろう。
......そう思ってたのだが、フーランは一向に魔法を放とうとしない。どうしたんだ?しびれを切らした角ウサギが三段跳びで一気に間合いを詰める。角が折られているからと言ってフーランと角ウサギに体格差はほとんどない。勢いのついた体当たりはそれなりの威力だ。1撃で致命傷になる事はないが当たらないに越した事はない。
だというのに、フーランは初動からまったく反応がない。どうしたんだ?注意深く見てみるとフーランは目を閉じている。......え?寝てる?
「フーちゃん!あぶない!!」
ステラが堪らずに悲鳴に近い叫び声をあげる。角ウサギがフーランに接触すると思われた時、フーランの目がカッ!と見開いた。
パン!物体が爆ぜるような破裂音が鳴り響いた。
角ウサギは進路方向を直角に曲げ地面の上を転がり砂煙を巻き上げる。フーランは右腕を振りぬいた形で静止して微動だにしない。
僕は今何を見せられているんだろうか?活劇かなにかかな?
「フーちゃんそれ、“ぺしぺし”じゃなくてただのビンタだよ......」
安心からかステラがへなへなと座り込む。なるほど、さっきの会話を聞いてたのか。角ウサギは自身のスピードと体重の乗ったフーランのビンタによって絶命した。フーラン、君は物理タイプだったのか。
戻ってきたフーランはマルに近づいて「ギャギャ」と話しかけている。マルはそれを聞いてプルプルと揺れている。何を話しているのだろうか?
「次、スライローゼ君準備して」
どうやら僕の出番のようだ。なんで僕を最後にしたんだ先生。みんなが快勝した後にランクFのスライムが通りますよ。スライムの戦闘、僕ですら予想できないのだけど。
「マル、好きなよう戦っていいから全力を出してこい」
マルはプルンと揺れて、自信満々に飛び跳ねていく。どこから来るんだその自信は。
マルが立ち止まると、檻が開き角ウサギがでてくる。両者が向かい合いすぐに戦闘が始まると思ったが、なにやら角ウサギが困惑しているように見える。
角ウサギは恐る恐るといった感じでゆっくりとマルに近づく、マルは静かに迎え撃つようだ。角ウサギはゆっくりと移動してあと少しでマルに届く距離まで近づいた。あれは絶対に「なにこれ?生き物?」と思っている顔だ。そうだな。動かないスライムなんてただの丸い球だ。
角ウサギがニオイを確かめようと鼻をひくひくさせた時、マルが突然触手をニュっ!と伸ばした。角ウサギはびっくりして後ろに飛び跳ねる。マルから満足気な感情が伝わって来る。このいたずらっ子め。
今ので完全に敵と認識した角ウサギが突進してくる。マルは居合い抜きのように触手を振り抜き迎え撃つ。おそらく先ほどのフーランと同じ戦術をとるつもりなのだろう。
マルの触手は、タイミングばっちりで角ウサギにぶつかった。決まった!と思われた触手の一撃は角ウサギにぶつかったと同時に爆ぜ液体となって飛び散る。液体を全身受けても角ウサギの体当たりは止まらない。角ウサギの捨て身の突撃はマルをとらえ吹き飛ばした。
砂煙を巻き上げながら転がるマル。クラスメイトから「うわ!大丈夫か?」という声が聞えた。ステラも口に手を当てて心底心配そうにマルを見守っている。砂煙が落ち着いたあと、プルプルと震えながらマルは立ち上がった。『いまのはきいたじぇ』みたいな気持ちが伝わって来る。......僕にはわかるアイツ余裕だな。
角ウサギ再度動き出したマルを警戒してみている。マルは体を引きずり傍から見れば、一見して満身創痍のように見える。しかし角ウサギへ向かう歩みは止まらない。それもそのはずすべてマルの演出なのだ。このいたずらっ子め。まだ勝負はついていないと言わんばかりに立ち向かっていく。その姿に触発されたのかみんなが「ガンバレ!」「きっと勝てるわ!あきらめないで!!」と声援を送る。
みんなが僕より応援してる。
声援を受けてマルは、さっきまでの重い足取りが嘘のように角ウサギに向かって一直線に加速する!角ウサギは回避行動をとろうとしたのだろう。しかし、体についた液体は粘着質となり、角ウサギはその場から動けない。
「今だ!!いっけえぇぇぇぇ!!!」
クラス全員の声が重なった。なんだろうこの一体感は。
会心の一撃。マルの体当たりはそう表現するにふさわしい一撃だった。しかしそこでマルの攻撃は止まらない。跳ね返った反動をバネにもう一度跳躍して体を回転させながら触手の乱舞がさく裂する。周囲から「おぉ!」という感嘆の声が漏れる。視聴者の皆さん(クラスメイト)が良いリアクションを返してくれてマルからノリノリの気分が伝わって来る。
マルはそのまま角ウサギを飛び越え、角ウサギの背面に着地する。振り切ったままの触手は体にしまうのではなく、その場で液体にして拡散させた。
マルは振り返る事はせず、もう勝負はついたというように歩みを進める。角ウサギは体勢を崩し力なく倒れた。
「おおおおぉぉぉぉぉよくやった!!」
クラス全員の祝福にマルは満足そうだ。フーランも腕を組んで「ぎゃ」っと頷いている。うん、そうだね。良くできました。マルはカッコつけて大地をゆっくりと前進する。それはイイんだけど、それよりマル。僕はこっちだ戻ってきなさい。