戦場はひとりの強者によって支配される
僕の飛び込みからの一撃で魔物を切り捨てる。魔物の最後の絶叫を合図に一気に戦闘が展開されていく。僕は一歩踏み込むごとに剣を振るいその命を確実に刈り取っていく。
見た事のない魔物だが、その強さはゴブゥと変わらない。その動きは鈍間で隙だらけだ。これではどんなに数を揃えたとしても僕の敵には成りえない。
僕の戦闘方法は剣戟によるヒットアンドアウェイだ。ひとつの場所に留まる事はない。僕に攻撃を当てたければ僕より速く動く必要がある。
それにいくら密集するほど多くの魔物がいても僕が通れる隙間があれば関係ない。攻撃してくださいと言っているようなもの。
僕が舞いを踊るが如く魔物の間を縫うように移動した後は、血飛沫が舞い、首が落ちる。誰一人として反応できていない。
一方マルの戦い方は予測がつかない。今ではそこら辺の魔物の相手をするよりも、よほど質が悪い。今も、マルの触手が鞭のようにしなり打ち付けて魔物を吹き飛ばしたと思ったら。下手に反応して防御する相手に対しては鞭が液体化して体に纏わりつき体を拘束する。
マルの攻撃に対して防御は時に悪手となる。防御体勢のまま固まってしまった魔物は、その防御の隙間から心臓を一突きされて絶命する。見渡す限り魔物があふれているこの場で容赦などしていられない。隙があればそこを突く。瞬きする間の出来事だった。
マルのスピードも馬鹿にできない。ここにきて日ごろから行っている出来る男の反復横跳びが生きている。
体の硬い魔物は触手を巻き付け持ち上げて振り回し、他の魔物にぶつけてダメージを与え巻き込んだ後は、そのまま地面に叩きつけ行動不能にしてしまう。
「マル、見ろよ魔物がいっぱいだ。森のどこにこんなに隠れてたんだ。......魔物石が取り放題じゃないか」
『あるじぃはちょっとずれてるじぇ』
「なぁ、僕が倒すから、マルは魔物石を回収してくれないか?」
『わかったじぇ』
僕は更に全身に魔力を循環させて身体能力を強化、そして同時に体に魔力を纏う。背中にマルを背負えば準備完了だ。軽くステップを踏み体の調子を確かめ、更に魔物が密集している場所へ躊躇なく飛び込んでいく。
魔物が目の前に迫ってもスピードを緩める事もなく全速力で駆け抜ける。剣先は魔物に当てる後は移動の運動エネルギーに任せて切り裂くだけ。それだけで面白いように魔物の体が切断される。ロキアロッド兄さんから譲ってもらった剣はなかなかの業物らしい。
目にも止まらぬ速さだが、マルは難なく魔物石だけを取り出していく。切り裂かれ魔物石を抜きたられた魔物が動く事はもうない。
魔物を切り裂いた分だけ次々と魔物石が渡されていく、そのたびに魔力を流して粒子化させてどんどん吸収していく。ゴブゥの魔物石と同程度なので、一個一個の強化量は大した事がないが、量が量だそれなりの負荷がある。それらの魔力を吸収すると同時にどんどん制圧していく。制圧するごとに僕の魔力量が増えて負荷がどんどん小さくなっていくのが不思議だ。
こんなに多くの魔物石を吸収しているというのに、僕がその魔力を制圧する速度の方が上回っている。なのでいくらでも吸収することができる。ここまで自身を強化してきたからこそできる荒業だ。
手当たり次第に魔物を切り捨てていると、太鼓の<ドン!>という音に合わせて魔法が降り注いで眼前に広がる辺り一面を殲滅する。流石にこの光景を見せられては僕の足も止まった。
「こりゃすごいな、この死体の山はそういう事か。まずは内側から片づけよう」
§§§
東の防壁町の反対を位置する西の防壁町。
「あっはっはっは、見ろっ!これが氾濫か!すごいな!!本当にすごい!!」
「フレア様、状況はそんな楽観的ではありません!今にも防壁をよじ登り魔物が町の中に入ろうとしています!!」
「わかってる。私が単独で殲滅してくるから、他の召喚騎士とチカラを合わせて防壁だけ守っていろ」
「フレア様といえど、あの大群の中に飛び込むのは無謀では?」
「バカが、無謀に挑戦するのが生きるって事なんだよ」
全くどいつもこいつも臆病風に吹かれて何にも挑戦しねぇ。何もしないでただ日々を過ごすなんて死んでるのと変わらねぇんだよ。そんなマスターだから腑抜けて眷属もどんどん弱くなる。本当に鍛えた眷属がどうなるのか見せてやるよ。
「カムイ!」
「ガウ」
「これからするのは戦闘ではない!」
自然と私の口角が上がる。
「......蹂躙だ」
「ガオオオオオオオウ!!!」
カムイの咆哮が空気をビリビリと震わせる。気圧されたヤツは恐怖で体が委縮して上手く動けまい。
私はカムイに騎乗したまま魔物の渦のなかへと防壁から飛び降りる。着地点にいる魔物を踏みつぶし無事に着地する。
私とカムイの来訪に魔物たちが嬉しそうに雄たけびをあげて襲い掛かってくる。おいおい、そんなに喜んでくれるとは思ってなかったよ。嬉しいねぇ。
「来々雷」
カムイの体に雷が纏われタテガミが広がりビシビシと空気が弾けている。
「ガオオオオオオオウ!!!」
カムイを中心として轟雷の爆発が起きる。轟音と目を開けていられない程の閃光が収まった頃には爆発に巻き込まれた魔物は黒ずみとなっていた。
「はぁーーーーー~~っ!!き・も・ち・い・いぃぃぃぃ!!たまらないなぁ!なぁ!カムイ!」
「ガウガウ」
「いいぞ!いいぞ!全力を出せるなんて滅多にある事じゃない。思う存分暴れろ!」
「ガウ!」
カムイが嬉しそうに疾走して、魔物に噛みつきその頭部を砕く。そして前足の鋭い爪で切り裂く。体当たりで吹き飛ばす。倒しても倒しても湧いて出てくる魔物に1体ずつ処理しても埒があかない。
カムイは魔力を口元に収束させて一気に外に放出する。カムイの口から閃光が解き放たれ一直線上にいる魔物をすべて消し飛ばした。
それから、首を大きく振り閃光を横にズラす。閃光にあたった魔物からどんどん消し飛んでいく。凄まじい。カムイの攻撃した範囲全てが更地となってしまった。
「くふふ、あっはっはっは。さすが私のカムイだ。くぅぅ!お前の全力の攻撃を初めてみたが凄まじいなぁ!!まさかまさか!これほどとはね!!」
「ガウガウ」
「心臓が高鳴ってる。生きてる感じがするよ。お前は最高のパートナーだ」
「がう」
「さすがにちょっと疲れたか、あぁいくらでも魔力を補充してやる。もっと私を楽しませてくれ」
私はカムイの背中に抱き着き、心行くまでまで魔力を吸わせていく。私の魔力がカムイに流れていき心地よい倦怠感が残る。
「さぁ、カムイまだあそこに残ってるぞ続きをしよう」
「ガウ!」
カムイが残った魔物の群れに向かって一歩を踏み出した時だった、あろうことか魔物が背中を向けて逃げ出していく。
「おいおいおいおい......。おい!!向かってきておいて逃げ出すとかそりゃないだろ?」
「ガウガウ」
「あぁ、もちろんだよ。逃がすわけないよな」
「ガウ!」
「こっちはまだまだ遊び足りねーんだよ!!行け!カムイ!!」
カムイの俊足は易々と逃げ惑う魔物に追いつきその背中を切り裂く。中にはカムイの体に纏う雷電に触れただけで絶命する者さえいる。絶叫をあげクモの子を散らすよう逃げる魔物たち。カムイが進む先々に空白ができる。
「くふふ、逃げるなら、もっと上手に逃げろぉ?」
カムイの体に再び魔力が集中し、雷の爆発が放たれる。カムイは動いた分だけその体に雷電を蓄えそれを一気に解放させることができる。
この攻撃はカムイ自身も消耗してしまう欠点もあるが、放たれた後に動けるのはカムイと私だけだ。
§§§
南の防壁町ではこれまでの平和が嘘であったかのように他の防壁町と同じく大量の魔物に包囲されていた。
「っクッソ!こんな数の魔物どうすりゃいいんだよ!!」
「つべこべ言ってないで攻撃を続けろ!」
「おい!見ろよ!!リョウリョウガルマがいるぞ!!」
「ゴブゥの大群だけでも手一杯なのにリョウリョウガルマが防壁にたどり着いたら終わりだ」
防壁に張り付いてバンバンと叩くゴブゥ。しかし、後続から続くゴブゥが押し合い、すし詰め状態になって身動きがとれなくなっている。その圧力は凄まじく防壁から嫌な音が絶えず聞こえてくる。防壁が破られてしまうのも時間の問題かと思われる。しかし、それによって救われる部分もあった。後方に見えるリョウリョウガルマもゴブゥの肉壁に阻まれて近づけれずにいる。
リョウリョウガルマは我慢できなくなったのか、奇声をあげ目の前のゴブゥたちに攻撃を仕掛けた。リョウリョウガルマの長い手に振り払われゴブゥの体が吹き飛ぶ。
それに対してゴブゥはリョウリョウガルマに数の利を生かして飛びかかる。1対1では相手にもならないが、全方向からとめどない攻撃に流石のリョウリョウガルマも捕まってしまう。数匹のゴブゥが体に飛びついてからは早かった。何十......何百ものゴブゥがリョウリョウガルマの体に飛び乗り圧迫していく。
「な、なんなんだ。魔物同士で殴り合ってるぞ」
しばらくして、ゴブゥたちが離れていく、ゴブゥたちが立ち退いたその場所にはリョウリョウガルマの体は無くなっているように見えた。
「まさか、ゴブゥたちがリョウリョウガルマをやっつけたって言うのか?」
「信じられねぇがそうみたいだな」
「俺たちにとっちゃありがてぇけど......おっかねぇな」
今まで懸念していたリョウリョウガルマの存在が、ゴブゥたちによって解決されたこれは意外な誤算だったが、その誤算を発生させたゴブゥの大群こそが正に問題の中心ともいえる。
とても一体一体数えられる数ではない。防壁に立つ一人の兵士が手で四角いマスを作りその中にゴブゥだけを数えてみると、その手で作った小さな枠内だけでも30匹のゴブゥが確認できた。
この枠内30匹を目安に全体をおおよそで計算すると、おそらく5000匹を超えるゴブゥが防壁前に集結している事がわかった。
兵士や町民も全力で攻撃を仕掛けているのだが、まるで減っているようにはみえない。
「もうおしまいだ......」
「バカ!滅多なことを言うじゃねぇよ!!」
その言葉をきっかけとしたように防壁の一部が壊されゴブゥが町内へと雪崩れ込んでくる。
「防壁が破壊されたぞ!!」
町の中から悲鳴が聞こえてくる。
「おま、お前が!変な事言うからこうなったんだぞ!」
「そんなわけあるか!言い掛かりはよせ!!」
破壊された防壁へ召喚騎士が集結して次々に町へ侵入するゴブゥを対処する。
ゴブゥが破壊された穴を通る度に防壁は崩れていきどんどん防壁の穴が大きくなっていく。それに合わせてゴブゥの侵入速度も上がる。
「っく、町民を中央へ避難させろ!!この町が落とされるのは時間の問題だ!!」
「くそおおおおおおおぉぉ!!」
「撤退命令を発令する。撤退命令を発令する。町民は直ちに中央へ移動を開始しろ!兵士はその場に残り魔物の足止め、および殲滅を続行!繰り返す。撤退命令を発令する......」
戦場に困惑が走る。
「待て、待て待て、待ってくれ俺たちを置いていくのか?」
「すまない。俺には家族がいるんだ......」
「ふ、ふざけるな!家族だったら俺にもいる!!俺も、俺も逃げるぞ!こんな、こんなことあってたまるか!!」
恐慌状態に陥った兵士に、その場に同行していた兵士が声をかける。
「クソが......。逃げたければ逃げればいい、お前などは兵士でもなんでもない。この先後ろ指刺されて無様に生きていけ」
「そ、それがぁどうしたぁ......。命に代えられるかよ。お、俺は無様でも生き続けるぜ」
「好きにしろって言ってるだろ!!邪魔だ!!俺たちが逃げる時間を稼がなきゃ、俺の家族が逃げる時間を稼がなきゃ、大切な人が死んじまったら、俺は生きてたってしょうがねぇんだよ!!」
「あぁ......あぁ......」
言い争っている兵士の頭上を何かが横切り、不意に影が差す。
「すごい数の魔物だ。ルキルフいけるか?」
「シギャ!」
「そうか、僕はまだルキルフに何ができるかわからない。ルキルフのチカラ、俺に見せてくれるか?」
「シギャギャ!」
「よし、じゃぁ頼んだよルキルフ!!」




