強敵
一瞬意識がトンだ。もう少しでアイツを食べれたのに何があった。
気が付いたら、地面のウエだ。頭を振って意識をハッキリさせる。
「リョウリョウリョウ」
あぁ、オマエか。ワレを壁から落とした小っちゃいヤツ。小賢しい。イライラが募っていく。発散させるように地面を叩く。ムカつく。ムカつく。ムカつく。
なんだコイツ等はうじゃうじゃと、一つの場所にアツまって、ワレの邪魔をして、ムカつく。
いつからかこの奥から嫌な感じがしてフカイだった。最初は神経を逆立てるそれから離れていたが、ガマンできない。それはここに集まるミンナがそうなのだろう。
この群れのもっと奥から嫌な気配が漂ってクル。
ワレはそれを喰わねばナラぬ。
邪魔するヤツらは喰わねばナラぬ。
ヨク感じてみればコイツ等からも嫌な気配がにじみ出ているな。あぁ、だからイライラが募るのか。だから旨そうに見えるのか。
あの体を切り開いて、やわらかいところをクチャクチャする事を考えると楽しくなってくる。イライラがなくなる。生意気が静かになる。スッキリするダロウ。それはイイ。
それはイイな。それがイイ。その身を割いて。赤い血で染まる。叩いて潰して。柔らかいところを齧る。それはイイな。それがイイ。
「リョリョリョリョリョウ」
なんだか愉しくなってきた。気分が乗って毛が逆立つ。
「なんなんだ、攻撃されて笑っているのか?」
アイツが鳴くと、あのすばしっこいヤツが走って来る。段々とわかってきた。アイツが鳴くと、アイツが走る。
「召喚騎士殿、助太刀は必要ですか?!」
「大丈夫だ!それよりもそのまま他の魔物が近寄らないようにしてくれ!」
「了解です!!」
ナンだ?あっちにもいるのか?
「リョウ」
ワレはそいつのところに向かった。
「ッな?!」
近くまで来たのに全く動かない変なヤツだ。こいつもアイツのナカマなのだろう。イヤな感じはあまりしないが、まぁいい。
近くにいるソイツを手でツカミ捩じってみる。ぶちっと弾けたと同時にワレの全身に快感が走る。
「リョウリョウリョウリョウ!」
やわらかい!やわかい!やわらかい!ブチっとした面白い!愉しい!赤い赤い。思わずそれに齧り付く。
「リョリョリョリョ......」
うまい。なんだこれは。うまい。イイ。これはイイ。すごくイイ。やわらかい。コリコリする。やわらかい。愉しい。イイ。これはイイ。うまい。やわらかい。愉しい。
「ゾオォォォォン!!」
また変わったヤツがいる。見たことないヤツだ。手を振り上げて潰す。ちょっと硬い。もっと潰す。うん。イイ。イイ感じ。やわらかくなった。イイ感じ。
お腹を切り裂いてナカミを見る。赤い赤い。思わずそれに齧り付く。
「リョウリョウ!!リョウリョウ!!」
うまい。なんだこれは。うまい。イイ。これはイイ。すごくイイ。やわらかい。溶ける。やわらかい。愉しい。イイ。これはイイ。うまい。やわらかい。愉しい。
「このバケモノめ!!よくも!!エンザ!焼き尽くしてしまえ!!」
またアイツが鳴いている。アイツが鳴くと、アイツが動く。また熱いの投げてキタ。今はダメおいしいを食べてる。止まらない。おいしいが止まらない。
熱いのがたくさんぶつかって来る。手に持ったおいしいが黒くなる。イライラする。せっかく赤い赤いが黒い。なんでこんなことスル。
もったいない。もったいない。食べないともったいない。黒いけど食べないと、もったいない。
黒いのに齧りつく。なんだこれは。黒いもうまい。これはイイ。すごくイイ。熱いが面白い。少しかたくなった?やわらかくなった?わからない。これはオモシロイ。
熱いのはうまい。おまえが一番うまいのか?あぁわからない。わからないとイライラする。イライラするやつはうまい。おまえが一番うまいのか?
「リョウリョウ」
アイツは速いから風で飛ばして捕まえる。
突然風が巻きあがり、炎狼の体を空に舞いあげる。炎狼は為す術なく体を浮かせ地面に落とされる。
「なんだ?!魔法か?!」
ワレはアイツを捕まえる為に落ちてくるところを狙って飛びあがる。よし、捕まえた。
「エンザ!!」
まただ、また逃げられた。アイツは速いイライラする。堪らずに地面をバンバンと叩く。
もう一回、もう一回。イライラがたくさんなるとおいしくなる。それはイイ。すごくイイ。愉しい。イライラは愉しい。
「リョウリョウリョウリョウリョウリョリョリョウ」
§§§
私の顔は真っ蒼になっていた。目の前で人が、眷属が食べられてしまった。胃の中がグルグルして吐き気がこみ上げてくる。
なにあのバケモノ。他の魔物と全然違う。あんなに攻撃してるのに苦しんでたはずなのに。怒りに顔を歪ませたと思ったら気味の悪い笑みを作って向かってくる。
あの魔物を見ているだけで気がおかしくなりそう。その口から言葉が発せられたときは特にひどい。得体のしれない不安が襲ってくる。このままではフーちゃんが食べられてしまう。お願い兄さま早くそいつを倒して!!
再び炎狼が空へ舞いあげられ、それから地面に叩きつけられる。そしてもう一度空へ舞いあげられ、地面へと落とされた。さすがに受け身が取れなかったのか炎狼のダメージが深刻だ。あれでは次の攻撃は避けられない。
毛むくじゃらの魔物が炎狼を捕食するべく飛びかかった。そのタイミングを待っていたと言わんばかりにフーちゃんが再びカウンターを決めてその巨体を弾き飛ばす。
さっきの場面の繰り返し、フーちゃんは賢い。そして勇気がある。今自分の役割は何か?何が最善か?を見極め、巨大な敵にも臆することなく立ち向かう。
フーちゃんが敵のヘイトを稼いだおかげで、攻撃目標をフーちゃんに切り替えたようだ。フーちゃんの危険に私の心臓はバクバクと警音をならし今にも口から飛び出してきてしまいそうだ。まるで生きた心地がしない。
兄さまはこのチャンスにすかさず炎狼に近づき魔力譲渡を開始、その傷を癒し始めた。その間援護はなく。魔物の注目を集め、時間を稼がないといけない。兄さま早く眷属の治療を完了させて。フーちゃんを助けて!!
フーちゃんの周りに突風が起きる。炎狼と同じく空中に打ち上げ自由を奪うつもりなのだろう。しかし、フーちゃんは体を氷で固定して、その突風に耐えた。
毛むくじゃらの魔物は手をバンバンと地面に叩きつけて咆哮をあげ飛びかかってきた。
フーちゃんは立ち位置を少しずらし、盾で受ける。毛むくじゃらの魔物の長い手が何度も襲い掛かって来るが盾ですべて受け流す。
何度も何度も振るわれる攻撃にフーちゃんは辛抱強く耐える。すべては兄さまの眷属が回復するその為だけに時間を稼いでいる。それでしかこの魔物を倒す希望がないからだ。
フーちゃんの粘り強い守りもあって、やっと兄さまの眷属の治療が終わったみたいだ。これでフーちゃんが解放されると胸を撫でおろした。
しかし、私の目には信じられない光景が映る。
――――兄さまが逃げ出した!
「兄さま!!何をしているのですか!!あの魔物を倒せるのは兄さまだけなんですよ!!」
私の声はその場に居たすべての者に聞こえただろう。誰もが、この惨劇を目撃していたのだ。私の声に反応して再び視線が集まる。
「兄さま!!お願い!!フーちゃんを助けて!!兄さま!!!ッッこのクソ兄!!ロクデナシ!!」
「......信じられねぇあの野郎逃げ出しやがった」
どうしよう。どうしようフーちゃんがひとりだけ残されちゃった。フーちゃんがあのバケモノに喰われる未来が脳裏を過り恐怖で歯がガタガタと震えだす。だめ。だめ。どうしよう。そんなのだめ。絶対だめ。フーちゃんがいなくなるなんてッ!!
毛むくじゃらの魔物はロクデナシが逃げるのに気付いていたが、追いかけることはしなかった。まずは目の前のフーちゃんを食べてから追いかけよう。そのように考えているのだろう。
化け物に浮かぶ笑みがギラギラと物語っていた。
フーちゃんは現状、守りに徹している。フーちゃんの目に諦めはなく、何かを信じるように。悲鳴のひとつもあげずに地面から剥がされまいと踏ん張っている。頑張ってフーちゃん。私嫌だよ......。フーちゃんがいない世界なんて嫌だ耐えられない。
私の視界が滲む。とめどなく涙があふれて......。
フーちゃんに頭よしよしされるの私好きだよ。フーちゃんと一緒に食べるご飯も好き。フーちゃんの体に抱き着くのも、その声も、フーちゃんのすべてが大好き!
......だからいなくならないで。ずっとそばにいて。これから先も私と一緒に居てよ!!
私はろくに前も見ることができずに、これから起こる悲劇から目を逸らすよう手で顔を覆い隠し叶いもしない願いを無責任に言い放った。
「......たす、けて。......すらい、くん......フーちゃんを助けてスライ君!!」
「もちろんだ」
「なんだアイツ壁の向こうから飛び越えてきたぞ?!」
私がまさかと目を開け、すぐそばにあったスライ君の気配を確認する。わずかに確認できたのは、防壁の上を蹴って飛び込んでいく足。周りがざわざわと騒めき立つ。
「バカな!この高さから飛び降りるだと?!」
スライ君の幻影を追いかけるように下を覗き込む。剣を構えたスライ君が毛むくじゃらの魔物目掛けて急直下で落ちていく。
それは一瞬の出来事だった。スライ君が毛むくじゃらの魔物とぶつかると思った瞬間、太陽の光を反射する光速の剣の一振り。光の反射を受けてその眩しさに視界が奪われた。目の眩みが解けた後、まるで何事もなかったかのように地面に降り立つスライ君。
「よぉ、フーラン待たせたな」
「ぎゃ」
スライ君が剣を振り、その剣を鞘に納めると。毛むくじゃらの魔物の首が落ちた。
「......ッ?!?!」
......信じられないあんな、あんなに傍若無人に暴れていた魔物がスライ君の剣の一振りであっけなく決着がついてしまった。
マル君が戦うわけじゃなくスライ君が戦うの?どうしてスライ君がここにいるの?フーちゃんは助かったの?私の頭はいろんな嬉しさと驚きが入り混じり混乱の極みだよ。
そんな私の肩をツンツンと誰かが叩く。
「......マル君」
マル君は触手を振り上げ挨拶してくる。いつも通りのマル君だ。それからマル君が触手を使って下の方向を指す。
「下に降りるの?」
マル君がこくりと頷き、私に触手を巻き付け、防壁の外へ落とした。
「きゃあああああ!!」
一瞬の浮遊感を感じた後ゆっくりと下に降ろされていく。びっくりした。びっくりしたよマル君。
地面に降り立った私はフーちゃんのもとへ走る。近くで見るとすごく傷ついている。早く回復しないと。
「スライ君、どうしてここに?」
「前に言わなかったか?君は僕からは逃げられないんだ」
「逃げてないもん」
スライ君の声を聞いて安心してまた涙がでてくる。
「フーラン。よく頑張ったな。でもひとり占めはズルいぞ。ここからは、僕とマルの為に見せ場を譲ってくれるとありがたいのだけど?」
「ギャギャ」
「フーランはここでステラを守ってくれ、ステラが可愛いからほらこんなに悪い虫がうじゃうじゃと寄って来る」
何を言っているのかと顔をあげると魔物の集団が殺意を剥き出しにじりじりと包囲を固めていた。
「悪いが、僕は可愛い彼女は独り占めしたい質なんだ。指一本触れさせるつもりはないよ」
スライ君がもう一度剣を抜き、ビュンビュンと2度振って構える。
「スライ君も一緒に戦うの?」
「あぁ、ステラは僕が戦うのは初めて見るのか。大丈夫、僕は角ウサギなんかより強いんだ」
スライ君が冗談を言って、ニヤッと笑う。
「ステラ、この戦いが終わったらステラの手料理が食べたい。僕の願いは叶うかな?」
「うん。いくらでも作ってあげる」
「聞いたかマル、この戦いはご褒美付きだ。いくぞ!」
マル君がプルンと揺れる。
スライ君とマル君が気負いする事もなく魔物の中へ進撃を開始した。




